りなりあ

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約束を抱いて-40

2006-11-15 16:17:04 | 約束を抱いて 第一章

優輝は玄関のドアが開いた音に気付かなかった。
ダイニングのドアが開き、ようやく言葉を止める。
「兄ちゃん…。」
涼が庭に出ている祖母に話しかけながら玄関のドアを開けた時、家の中から優輝の声が聞こえてきた。すぐに止めに入ろうと思ったが、祖母に諭されてしまった。
優輝の本音を聞く事が出来て良かったと思うが、そこには涼が認めたくない事実も含まれていた。
「何を…している?」
それは弟に対してだけでなく、むつみに対しても向けられていた。関わって欲しくないのに、家に入り込んでいるむつみが信じられなかった。
「帰ってくれないか?」
冷たく言い放つ涼の言葉に俯いてしまったむつみは、床に置いてあった鞄を手に取った。
「優輝?」
むつみの行動を見ていた涼は、優輝が自分の後ろを通った時に、ようやく気付いて、慌てて廊下へと出た。
玄関へと足を向けている優輝の腕を掴む。
「優輝!」
勢いよく腕を掴まれて優輝は壁に背をぶつけた。
「…いってぇ…何するんだよ!」
例え運動神経が優れていて、力のある優輝でも成人した兄には敵わない。壁に抑え付けられると、その場から逃げる事など、出来なかった。
「何処に行くつもりだ?」
涼が優輝を見下ろす。
「あの家に行くのか?笹本絵里とは関わるな!」
反論しない優輝の態度が答えになっていた。
「笹本絵里?」
むつみの声が聞こえて、涼が視線を向けると、和室から出てきたむつみが廊下に立っていた。
「…絵里…さん?」
むつみの顔が引きつり、焦点が合わなくなっていく。
「どうして、優輝君が、あの人を知っているの?」
口元が震えていて、涼は久保の言葉を思い出していた。
幼い頃に笹本絵里に叩かれ、頭上から赤ワインを流されたむつみにとって、笹本絵里の存在は恐怖に近いものだろう。
「学校に来なかったのは…あの人の家に…いたから?」
むつみが優輝と涼の傍まで駆けて来た。
「やめて!お願い。あの人の所に行かないで!」
むつみの悲痛な叫びに涼は眉間に皺を寄せた。
「利用されるだけだわ!あの人は、はる兄の周りにいる人間が邪魔なだけ。優輝君は新堂の犠牲にならないで!」
むつみは、自分の声が耳に届いた瞬間、呆然とした。その姿を見た涼が、むつみに問う。
「君は、自分が犠牲になっていると分かっているのか…?」
「…そんな、つもりは…」
否定するむつみは、自分の言った内容に驚いていたのだろう。だけど、おそらく、それが彼女の心の底にある本心。
「分かっていて、晴己と離れないのか?」
「…だって」
むつみが、その場に座り込んでしまった。
「…はる兄から離れられない…」
優輝は、そんなむつみを見て背筋が震えた。
怖い。むつみに執着している晴己も、晴己から離れられないと思っているむつみも。2人の関係に嫌悪感を感じる。
「そんな事を言っているから何も改善されないんだろう?」
涼が優輝の腕を放して、むつみの前に膝をついた。
「もう、幼い子供じゃないだろう?晴己がいなくても生活していける。年齢と共に、時と共に、関係が変わるのは当然だろう?どうしてそれを受け入れられない?」
涼を見上げるむつみの瞳が潤む。
「昔と同じ状況を続ければ、君が犠牲になるだけだ。」
「犠牲?」
立っていた優輝も、慌ててむつみの前に座った。
驚いたむつみが、思わず後退りするのに構わず、優輝はむつみを食い入るように見て、そして涼へと視線を移した。
「俺、笹本絵里に会ってくる。」
「優輝!」
ゆっくりと言い切った優輝の腕を涼は掴むが、優輝は涼をしっかりと見ていた。
「あの人が、卓也の事を何か知っているんだ。」
「優輝?」
涼は、弟の目の奥にある光を、懐かしいと感じた。
ずっと、塞ぎこんでいた優輝が、少しだけ自分自身を取り戻し始めたような気がする。
「俺は、晴己さんの言いなりにならない。新堂の犠牲になんて、ならない。」
強く言い切った優輝が2階に上がり、数分で降りて来た。その間、むつみと涼は状況が分からず無言のまま座っていた。
玄関に立つ優輝が、涼に告げる。
「兄ちゃん、家まで送ってあげて。」
そして、ドアが閉められた。



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