りなりあ

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指先の記憶 第三章-8-

2010-05-07 23:15:18 | 指先の記憶 第三章

須賀君が住む家を出た私は自宅の門を開けた。
そして、玄関ではなく裏門に向う。
久しぶりに姿を見せた石畳の上を歩きながら周囲の草木を眺める。
夏休みが始まる前に、雅司君が私の腕の中で眠ってしまったことがある。
翌朝、泣き叫ぶ弟の声を聞いて駆け込んできた須賀君は、先ほどと同じように慌てていた。
雅司君は須賀君が来てくれたことを凄く喜んでいたけれど、私は違う。
祖母の病室でのことを思いだしてしまった。
病室から私が逃げないように、須賀君の両腕は私を放さなかった。
後ろから抱きしめられてしまうと、私よりも体の大きな須賀君から逃げることは無理だった。
「嫌だなぁ…ご飯、1人で食べようかな…。」
引越してしまうことを説明したいとカレンさんが言った時も同じ。
カレンさんが私に何かを話すことを恐れていた須賀君。
そして、哲也さんが私に何を話すのかを恐れていた。
「裏門かぁ…。」
これからは、哲也さんの車が裏門から庭に入ることになる。
「もっと綺麗にするべきかな?」
体の向きを変えて石畳の道を戻る。
「姫野。」
歩いていると、須賀君が私を呼ぶ声が聞こえた。
石畳の上に姿を見せた須賀君は、笑顔で私に手招きをする。
「弘先輩と瑠璃先輩、来てるぞ。」
その名前に驚いて、須賀君の後を追いかけて、私は小走りで表に戻った。
「随分と大騒動だったみたいね。裏庭どうするの?」
弘先輩と瑠璃先輩が袋を抱えている。
「裏門まで行けるようにしたんですけれど、もうちょっと綺麗にしたい気も…。でも時間が取れないから、しばらくは現状維持です。」
「部活を気にしているのなら、休んでも大丈夫よ?」
「え?」
親切な瑠璃先輩の言葉に、弘先輩が反応する。
「あ、そっか。小野寺君が困るわね。姫野さんに会えなくなるから。はい、須賀君。お野菜どうぞ。」
その袋の中は、瑠璃先輩のご両親の田舎から送られてきた野菜のようで、須賀君が満面の笑みで瑠璃先輩にお礼を言う。
「なんだか、須賀君って主婦みたい。」
呆れたような瑠璃先輩の声。
「姫野さん。何か飲み物もらえる?やっぱり疲れるわ。この階段。」
瑠璃先輩が私の家を指差した。
「弘先輩も瑠璃先輩も一緒に食べませんか?すぐに作りますから、その間、姫野は勉強を教えてもらえ。」
須賀君の態度と口調は普段通り。
「いただこうかな。小野寺君は?」
「僕も。」
須賀君と2人だけの食卓ではないことに、私はホッとした。

◇◇◇

須賀君は食事を終えると、早々に隣の家に戻った。
弘先輩と瑠璃先輩が届けてくれた野菜を新鮮なうちに調理しておきたいと、嬉しそうに語る彼は、男子高校生としては変わっている気がする。
「姫野さん。良かったら参考にして。」
瑠璃先輩がノートを机の上に置く。
「必要ならコピーして。少しは役に立つと思うわ。」
そのノートを開くと、内容は中学の授業の内容で、私は不思議に思った。
「いつでも良いから返してね。私も必要だから。帰ろうか。小野寺君。」
「いいの?瑠璃ちゃん。後片付け。」
「いいわよね?姫野さん。須賀君も言ってたでしょ?後片付けは姫野さんがするって。それに私、掃除とか嫌いだから。」
「じゃ…僕が」
「大丈夫です!弘先輩。片付けは好きですから。」
「そう…じゃ、ごちそうさま。」
「小野寺君。名残惜しい気持ちは分かるけど、帰るわよ。それじゃあね姫野さん。戸締り、ちゃんとするのよ。」
「はい。」
朝から続いた苛々や戸惑いが、先輩達と話していくと流れるように消えていく。
私は軽くなった気持ちのまま、四人で食べた食器を洗う。
普段よりも食器の量が多いのは当然だけれど、大阪で響子さん達と生活をした一週間は、もっと数が多くて、その事を思い出して懐かしい気持ちになる。
片付けを終えて、私は瑠璃先輩のノートを開いた。
私の学力を瑠璃先輩が心配して、中学の内容を復習するように言ってくれているのだろうか?
このノートを瑠璃先輩が必要としていることを不思議に思いながら、私はページをめくり、そして最後のページに辿り着いた。



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