りなりあ

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指先の記憶 第三章-12-

2010-05-25 00:14:18 | 指先の記憶 第三章

「随分と冷酷だな。」
哲也さんの声には感情がない。
「…もしかして私の事ですか?」
「他に誰がいる?」
無表情の哲也さんに言われるのは納得できない。
「どうして私が冷酷なんですか?“彼ら”の方が非常識で酷いと思いますけれど。そんな人達に対して、私は精一杯の対応をしていますよ?」
「人数も覚えていないのに?」
「え?」
「今までの延べ人数は覚えていないだろう?顔も覚えていないはずだ。もちろん名前も知らない。」
「そ、それは!話をしたこともない人達だから。それなのに私に彼氏がいるのかどうか聞いてくるとか、そっちのほうが変でしょう!」
「話をする為に、名前を知ってもらう為に、自分自身の存在を好美に知ってもらう為に告白しているんだろう?俺が好美の前に現れなかったら、好美は俺のことを知らないままだった。違うか?」
「そ…そうですけれど。」
「最初の段階として好美の前に姿を見せているのに、顔も名前も覚えてもらえない。精一杯の対応をしていると言うが、好美には誠意がない。」
車が裏門の前で停まる。
「だが」
開いている裏門の前に立つ人影。
「卑怯ではないみたいだ。その点は評価できる。」
「どうして私が哲也さんに評価されなきゃいけないんですか?」
車が裏門を通過する。
「俺は好美を婚約者に選んでいるんだ。評価して当然だろう?…まったく…康太は」
須賀君の名前を呼ぶ時は、少しだけ哲也さんの声に感情が見える。
「来るなと言っても無理だな。どれだけ心配性なんだ。」
裏庭に車が停まる。
ドアが外から開けられる前に、私は自分でドアを開けた。
そして、哲也さんにお礼を言おうと思ったのに、彼は運転席のドアを開けて外に出てしまう。
私が車から降りると、哲也さんは私の手から荷物を取り、それを須賀君に差し出した。
「ほら。好美の荷物。」
須賀君が荷物を受け取る。
「康太。好美に話がある。」
「…邪魔だと言いたいんですか?」
「別に。聞かれて困る話じゃない。そこで待ってろ。」
車内での哲也さんの説教のような注意を思い出して、少し嫌だった。
「好美。今の状況を繰り返していても、何も変わらない。余計に悪化するだけだ。」

哲也さんが、ゆっくりと丁寧に話す。
「面白がっている生徒もいるかもしれないが、何人か
は本当に好美の事を好きで告白しているかもしれない。」
私は首を傾げた。
彼らが本気だとは思えない。
「好美は相手にしない、冗談だと適当に受け流す。はっきりと断らない好美が悪い。」
新学期が始まってから振り回されているのは私なのに。
「好美が毅然としていないから、不特定多数の人間が近寄ってくるんだ。」
哲也さんの人差し指が私の額に触れる。
「嘘はつかなくていい。」
そして少し力を込められて、私の視線は上を向く。
「しっかりと相手の目を見ろ。」
言われて私は哲也さんの瞳を見た。
「そらすな。惑わされるな。面倒だと思っても、相手の言葉を聞け。気持ちに答えられなくても想いは受け止めろ。」
感情的に話されていたら、私は反論していたかもしれない。
でも、哲也さんの抑揚のない口調は、混乱している私の気持ちを少しだけ滑らかにしてくれた。
「今の好美は相手の気持ちを無視している状態だ。それは逃げていることになる。」
治まっていた鼓動が、突如早くなる。
「好美?」
哲也さんは私の変化に気付いたようで、人差し指が動く。
「私」
あの時、須賀君は私を放してくれなかった。
逃げたかったのに。
どうして私1人が、現実と向き合わなきゃいけないのか、分からなかった。
「逃げるのは嫌です。」
哲也さんの大きな手のひら。
無表情で冷たい口調で、怖い印象だけれど。
この人の手の温もりから離れたくないと、私は思ってしまう。
だけど、そんな心地良さは一瞬だった。
「逃げたくないのなら、今すぐに哲也さんに断れ。」
私の頭上に置かれていた哲也さんの手が離れる。
須賀君が哲也さんの手首を掴んでいた。



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