りなりあ

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指先の記憶 第三章-10-

2010-05-14 23:58:18 | 指先の記憶 第三章

観たことも聞いたこともない。
須賀君がテニスをしていたことを知ったのは、哲也さんと大輔さんが学校に来た日。
「優勝までしたのに、その翌年からの試合には名前がない。怪我でもしてる?」
「怪我?」
「怪我をしてテニスが出来なくなった?」
「須賀君、サッカーしてるよ?」
「手首を痛めている、とか。」
「でも、須賀君…かつらむき上手だよ?」
「…包丁使いとテニスが関連あるかどうか私には分からないけれど。とにかく、須賀君は健康体よね。どこか体を痛めているとか、そんなことは感じないわ。」
和穂の言葉に私は頷いた。
「優勝しているのに、やめてしまうなんて変だと、好美は思わない?」
私は和穂の問いに答えられなかった。
須賀君のことで分からない事や理解できない事は、たくさんある。
「どうする?前回私が調べたのは、ここまで。再開する?」
私は和穂を見た。
真剣な眼差し。
校内での彼女の印象は真面目な生徒、だと思う。
輪を乱すことなく、秩序を守る。
そして、こちらが助けを求めるまで彼女は何も聞かない。
「…桐島…太一郎の家族のことを…。」
その後の言葉が続かない。
しばらくして、和穂が口を開く。
「政治家よね。香坂先輩の祖父、でしょ?」
「知ってるの?」
「当然。ファン暦は好美よりも長いのよ。気になって当然でしょ?本人にその意思はなかったとしても、私から見れば、松原先輩から、あっさりと乗り換えたとしか見えなかったわよ?新堂晴己に惹かれてしまった香坂先輩を責める気はないけれど、どうして新堂晴己が香坂先輩を選んだのか、気になるでしょ?その時に知ったの。彼女の祖父が桐島太一郎で、彼女の母親が新堂晴己の父親の元婚約者だと。」
「元、婚約者?」
和穂の口元が上がる。
自信に溢れる表情。
瑠璃先輩のノートに書かれていたことが事実だとしても、そこに記されていない真実も存在するはずだ。
「和穂。」
和穂が微笑む。
「好美。報酬は貰うわよ。」
和穂の要求に答えられるだろうか?
「須賀康太とデートさせて。」

「え?そんなことで良いの?」
和穂が頬をふくらませた。
「そんなことってねぇ…好美は当たり前のように彼の温情を受けているでしょうけれど。」
「えっと、和穂って須賀君のこと、好きなの?」
「別に。好美の話を聞いていたら気持ちも冷めちゃうわよ。あまりにも校内でのイメージとギャップがありすぎて。でも、親しい人間に対しては、優しいのかなって考えると、興味があるの。だって作り物みたいな感じだもの。普段の須賀君は。」
「作り物?」
和穂が私の頭を、子どもにするように撫でると私に飴を差し出した。
「似てると思ったのよね。好美と須賀君。」
私は飴を口に含む。
「好美の場合は、結果的に良かったと思うよ。みんな、どんな話題で好美と話せばよいのか分からなかったもの。でも、ファンクラブに所属したことで、共通の項目で話ができたわ。」
「項目って…。」
「実際そうでしょ?松原先輩のことを話題にする時は、お互いの家族構成や生活なんか関係ない。好美が私達に歩み寄ろうとしてくれたんだって分かる。須賀君も同じように、私達に馴染もうとしてる。でも彼の場合は同級生達と同等というよりも、頼れるクラスメイトの位置みたいだけれど。」
「だって須賀君変わっているもの。おじさんだよ。精神年齢とか。」
「じゃ、どうして須賀君が、そんなに“おじさん”なのか、調べましょうか。」
「ちょ、ちょっと待って。私は桐島」
和穂の視線に私は言葉を止める。
「桐島が須賀君と関わりがあるから調べて欲しいんでしょ?」
俯いた私に、和穂の少し冷たい声が降り注ぐ。
「好美。今度は途中で中止とか、なしだからね。調べて欲しいのなら、ちゃんと覚悟を決めて。」
私は握った両手が太ももの上で震えるのを止められなかった。



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