りなりあ

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番外編 9

2014-03-20 09:56:03 | 指先の記憶 番外編

意味もなく発言する人じゃない。
理由なく行動する人じゃない。
それは分かっているけれど、晴己お兄様の言葉を受け止めることが出来ない。
「1ダースって…ちょっと迷っちゃいますよ?」
笑顔を返せば笑顔が返ってくる。
「相手が12人だと、二股とか浮気とか超えちゃいますよね」
「そうだね。だけど好美は特定の異性と付き合っている訳じゃないから、二股でも浮気でもないよ」
優しい笑顔で言われると、そうだよね、悪いことじゃないよね、大丈夫だよね、と思ってしまいそうになる。
身内の女性に12人の男性をどうぞ…そんな人は世の中に存在しないだろう。
冗談だと思いたいけれど、晴己お兄様が冗談を言うのも信じられないし…というか、不用意に発言したら周囲が動いちゃう可能性があるから冗談など言わないはずだ。
「あのー…ちなみに、晴己お兄様の頭の中には12名の男性の姿は、ありますか?」
あるから発言してるんだろうなぁ。
周囲の年齢が近い女性は、ほとんどが晴己お兄様の婚約者候補だったらしいし、単位がダースとか、そういう次元ではない。
「桐島賢一、三上大輔、立辺哲也、橋元涼」
並ぶ名前。
「小野寺君は12人に含んでも含まなくても、どちらでも良いからね」
お気遣いありがとうございます、なのか、どうなのか。
「あとは、これから選ぼうか?」
12名、選出していないみたいですね…。
こんなことを言い出したのは、機嫌が悪いからなのか、パーティでのことを怒っているのか、それとも可愛い中学生女子が従弟に夢中だからなのか。
色々と問いたいけれど、現在、晴己お兄様の感情が良くも悪くも私に向いているのは事実だ。
「晴己お兄様が選んで下さるのなら、私は待っているだけで良いですよね?20歳で決めれば良いんでしょう?」
適当で良いかなぁ。
まだまだ時間はあるし。
電撃的な出会いとか、しちゃうかもしれないし。
「それでも良いけれど、もちろん好美が候補者を選出しても良いんだよ?涼みたいに立候補する人もいるかもしれない」
いないでしょう。
面倒だよ、鬱陶しいよ。
私を取り合う為に、その他の11人と争う人なんて、いない。
前出の人達は、色々と考えがあって、メリットデメリットがあって…だから。
「そうだね…松原君は、どう思う?」
「え?えーっ!!晴己お兄様、何を言ってるの?」
そこで、ようやく、私は感情を出した。
「何って…松原英樹君。卒業後も好美と親しいし、凄く親身になってくれたみたいだから」
「そうですけれどっ!」
本人の気持ちは、完全に無視ですか?
「頼れる人だよね?」
「そうですけれどっ!」
弘先輩の親友を候補にしますか?
過去…一応過去ってことにしておくけれど、過去の恋敵を候補にしますか?
「晴己お兄様、酷い」
「そうだろうね」
責めたのに、彼は平然としている。
「僕は好美を護れる人が1人でも多いと安心だ」
そうかもしれませんけれど。
「僕自身の個人的な感情は不要だし、過去よりも未来が大事だと思っている」
ですが。
「報われないと分かっていながらも好美を護れる男性が必要だ」
色んな意味で、松原先輩は報われていませんけれど…。
ちょっと、勝手過ぎる。
従弟に対して、どう思っているのだろう?
妻の従兄に対しても、申し訳ないと思わないのだろうか?
「そういう感じの選び方で良いから」
私は盛大な溜息が出た。
「適当に聞こえますけれど?」
「適当で充分だよ」
「え?」
「涼が自ら名乗り出たことで、他も騒ぎ出すはずだ。好美はそれを見ているだけで良い」
見てるだけって、私は当事者なのに?
「加奈子ちゃんが正式に姫野本家を訪問したのは、今日が初めてなんだ」
急に話が変わって、私は少し混乱する。
「彼女を援助するのは姫野でも新堂でもない。僕だよ。僕は加奈子ちゃんの才能を壊したくないからね」
ゾクゾクと、体が少し震えた。
こういう時に、私と気持ちを共有してくれるのは誰だろう?
姫野でも新堂でもない、誰にも影響されず、誰とも関わらなくても自分の力で生きることが出来る人。
「優輝は…どうするつもりですか?」
本当に訊きたいのは、優輝の事じゃない。
優輝に対する晴己お兄様の考えなど、分かっている。
「涼とは適度な距離をお願いできるかな?僕は響子さんに関わって欲しくないからね。優輝には僕だけで充分だ」
晴己お兄様にとって、時々姫野は邪魔な存在になる。
その援助を受けて留学した弘先輩は…どうなるのだろう?

◇◇◇

晴己お兄様は車から降りず帰って行った。
自宅に戻ったのか、仕事なのか、テニスクラブなのか、それとも、あの子の家なのか。
友人の夫という位置でいて欲しいのに、晴己お兄様は私の身内で、社会的な地位を考えれば私の後見人としての立場にもなれる。
幼い頃から今までの記憶が全て繋がっていて、そして私の記憶に晴己お兄様が存在していれば、私は何の迷いもなく彼に従順に生きてきたと思う。
だけど、現状では無理だった。
「おかえりなさい。好美さん」
「おかえりー」
母屋の玄関で出迎えてくれたのは、桐島明良君と雅司だった。
明良君に荷物のように軽々と片腕で抱えられている雅司は、楽しそうに喜んでいる。
だけど、雅司は随分と体が大きくなったから、片腕で軽々は来年は無理かもしれない。
明良君も成長するから無理じゃないかもしれないけれど…みんな、どんどん成長していく。
「兄も来ています」
履物で分かっていたけれど、明良君に言われて憂鬱になった。
「落ち込んでいますから慰めてあげてください」
なぜ私が?
そう言いたいけれど、それは雅司の楽しそうな姿に、言えなくなる。
私が雅司を弟だと認識する前から、大切に護ってくれた。
心配性の兄が雅司を預けた兄弟。
客間に辿り着いて、おかえりなさいと出迎えてくれた人は、優しすぎて、ちょっと頼りない人。
だけど、最近変わってきたから…鬱陶しかったりもする。
「座って下さい」
落ち込んでいる人の口調では、ない。
「橋元涼さんが候補に名を連ねると聞きました。どういうことですか?」
知りません。
勝手に、涼さんが言い出して晴己お兄様が納得して、哲也さんと一緒に来たんです。
「好美さんは了承したのでしょうか?」
了承って言うか、私の意見なんて通るのかな?
勝手に決まっていたけれど?
「これ以上、候補を増やしてどうするつもりですか?」
そうだよね。
私も同じ意見です。
でもね、まだまだ増えるんだって。
1ダースだって。
鉛筆と同じ扱いだよ?
「現状の候補だけでは不服ですか?違いますよね?哲也さんを選ぶか小野寺さんを選ぶか、それは好美さんが決める事です。同列にする為に大輔さんが加わり、時間稼ぎの為に僕が加わっただけです。橋元涼さんは全くの無関係でしょう?面識は?」
賢一君の中では、哲也さんか弘先輩、その二択だけだ。
あくまでも、彼自身は脇役らしい。
「会ったことはなかったけれど…彼の家族には全員…おじいちゃんとおばあちゃんと、ご両親と弟には会った事があって」
盛大な溜息を賢一君が出す。
「それは、僕達ではダメですか?叔父が…桐島裕が和歌子さんと結婚しないからですか?僕の家族は、僕が好美さんと結婚するしないは、全く関係なく、あなたの事を大切に思っています。橋元さんの家族に頼らなくても…」
そうだよね。
だけどね。
普通なんだよ。
橋元家は、凄く普通の家族なの。
支えあって助けあって、泣いたり喧嘩したり笑ったり、たぶん、そういう家族。
祖父の謝罪の為に、叔父の願望の為に、従妹の安堵の為に彼女の夫の命令に従い、自分の気持ちは全て無視して排除して、従弟の幸福の為に結婚しても良いと、全て自分が犠牲になっても良いと、そう考えてしまう賢一君が育った家庭とは、違うの。