りなりあ

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番外編 5

2014-03-03 01:03:53 | 指先の記憶 番外編

お誕生日会をして、加奈子ちゃんの演奏を聴いて。
杏依ちゃんが絵本を読んでくれている間に眠ってしまった私の髪は、女の子達が何本も細い三つ編みを作り、雅司に大笑いされた。
三つ編みは四方八方に、重力を無視した方向に持ち上がっている。
上着を羽織った私に驚いた女の子達が呼び止めてくれたけれど、私は三つ編みのまま迎えの車に乗った。
杏依ちゃんに頼っても、上手にほどいてくれるとは思えない。
私には響子さんという強い存在がいる。
子ども達の夕食の時間も迫っていたから、私はそのままの髪型で帰宅した。
そして帰宅すると。
「三つ編みにはセーラー服じゃないのか?」
哲也さんの変態発言に出迎えられた。
「哲也さんも、そっちの趣味ですか?」
母屋の和室に座る哲也さんは私を見上げて、ちょっとだけ眉を動かす。
だけど、すぐに無表情になって、その表情に私は少し安堵した。
今日は酔っていない。
感情を抑えている。
「大輔と一緒にするな」
大ちゃんは、まぁ色々と…多趣味だ。
「好美ちゃん。おかえりなさい」
その声に振り向くと、響子さんが持つお盆には湯飲みが2つ。
「三つ編み?みんな上手になったのね」
「でしょー?」
ふふっと響子さんと笑い合う。
出来るようになった三つ編みを上手に再現してくれるのは嬉しい。
私が教えたわけじゃないけど。
「好美ちゃん。お客様よ」
「おなかすいたー。今日は何?食べて髪洗うから、響子さん、三つ編みほどいてね」
体の向きを変えて離れに向かおうとした。
「好美」
背後からの声を無視すれば良いのに、足の動きが止まってしまう。
「お客様だと響子さんが言っただろう?」
「…私に、じゃないですし」
私のお客様ではないのだと、勝手に判断した。
そう思い込みたい私は、どう対応して良いのか分からなくて、そんな自分が嫌だ。
平然と対応したい。
だけど、やっぱり嫌だ。
空港で出来る限り普通に会話していたつもりだけれど、その後電車で泣き続けた自分を思い出して、心が痛い。
あれから時間が経過したのに、弘先輩とは楽しい時間を過ごしたはずなのに。
哲也さんのことを思い出す回数など、減っていたはずなのに。
たった数日で私の気持ちを過去に戻した彼と、普通に会話する自信がない。
「好美に、だ。涼は仕事中らしい。会社に戻るから、あまり無駄な時間を使うな」
哲也さんの言葉に振り向いて、私は2つの湯飲みの意味を理解する。
「こんばんは」
部屋の奥で立ち上がる人に視線を向ける。
「…こん…ばんは」
なぜ、この人がいるのだろう?
この人がお客様なら、哲也さんは何だろう?
どうして哲也さんは来たのだろう?
タイミングが良いのか悪いのか分からない。
私は喜んでいるのか怒っているのか、自分でも分からない。
「哲也が言ったように会社に戻らなければならないので、手短に。直接報告したかったので」
元気いっぱいの男の子と顔は似ているのに、随分と涼さんの印象は違う。
だけど、最近の優輝は涼さんに、ちょっと似ているかも、と思った。
無邪気にテニスだけに夢中になっていた小学生だったのに。
近所に引っ越して来てからは、落ち着いてしまった。
「報告、ですか?」
嫌な予感がした。
色んなことが起きた高校一年の秋、なぜ私は冷静だったのだろう?
失った人達と思い出が戻って来て、私を包んでくれた。
変化は大きかったけれど、満たされる気持ちも大きかった。
だけど、この数週間は違う。
失ってばかりだ。
みんな、私の前からいなくなる。
「姫野好美さんの婚約者候補に立候補することになった」
涼さんの言葉の意味が分からなかった。
助けを求めるように目の前の哲也さんを見て、そして湯飲みをテーブルに置いた響子さんを見る。
「…痛い」
その声に、再度哲也さんを見る。
「好美、頭を振るな。当たると痛い」
四方八方に広がっている三つ編みは、私が頭を動かすと凶器のようになる。
「あっ…ごめんなさい…って…そうじゃなくって、今の何ですか?」
「何って、そのままの意味だろ?何人か候補を選ぶんだろ?その1人に涼が立候補した。それだけだ」
「それだけって、哲也さんは納得しているんですか?ライバルになるのにっ!」
「好美自らライバルだと認めてくれるのか?光栄だな。俺を選べ。それで解決だ」
「そうじゃなくってっ!」
ダメだダメだ。
哲也さんとの問題は、後回しだ。
「涼さん」
クルリと体の向きを変えたら、バシッと音がした。
たぶん…三つ編みが哲也さんの腕に命中した音だ。
「どういうことですか?」
私は焦っているのに、涼さんは座ってお茶を飲んでいた。
「ちょ、ちょっと!何を悠長に、お茶なんて」
「俺、お客様なので」
そうですけれど!
私は和室の奥に進んで、涼さんの隣に座る。
お茶を飲む横顔を見上げて、訴えた。
「婚約者の意味、分かっていますか?結婚するってことですよ?それに私の場合は晴己お兄さまのこともありますし、私の家族の事、ご存知ですか?」
「うーん、なんとなく。今まで興味なかったから知らなかったけど。祖父母の話を繋ぎ合わせれば、なんとなく」
「興味がないのなら、どうしてですか?」
「面白そうだから」
「はい?」
「哲也には話しておいたほうが良いかと思って。本気みたいだし。だから付いて来て貰った。あーちなみに晴己も納得済み」
「納得?」
晴己お兄様の選択肢の中に、橋元涼が含まれる意味が分からない。
だって、私とは何の関わりもない人だ。
哲也さんも大輔さんも賢一君も、他人だけど親戚のような人達だ。
他人だからこそ、私は彼らと結婚することで本当に家族になって彼等の家族とも親族になれる。
それくらい、晴己お兄様は考えてくれている。
全くの部外者や他人と私を結婚させようなどとは思っていない。
「意外だと、思っている?」
涼さんが湯飲みを置く。
「お互いに何も知らないのに候補だと言われても気味悪いだけだろう?」
迷って私は頷いた。
涼さんが、ちょっと笑う。
「だけど、俺の家族は、どうだ?」
「…え?」
「俺と結婚すれば、好美さんは家族を手に入れられる」
ピクッと私の指先が震えた。
「まぁ、弟は不要か?優輝はうるさいだけだろうし。可愛い盛りの弟が実際にいるんだから。俺の家族は何も特別じゃない。普通の家族だ。俺が好美さんに与えることができるのは、普通の家庭だ」
震え始めた体を、自分で抱きしめた。
落ち着けと、呼吸を整えようと、だけど唇が震えていた。
おじいちゃんは、大好き。
庭を綺麗にしてくれた。
私の思い出を取り戻してくれた。
おばあちゃんも、大好き。
おじいちゃんの為に作るお弁当には、愛情がいっぱいだ。
優輝は時々顔を見る程度で良い。
恋人とベッタリだろうし、日本に居続けるとは思えないし、時々会うだけで充分だ。
姫野のおじ様の援助で、私も時々試合を応援してあげよう。
その程度で良い。
「晴己が納得した意味、理解できた?」
私は、ゆっくりと頷いた。
「あぁ、これ。イワシの煮物、夕食にどうぞ」
渡された容器は、いつもおばあちゃんが渡してくれる容器。
「涼。それぐらいにしておけ」
背後から、そっと私を包む哲也さんの腕に抵抗せず、私は体の向きを変えた。
三つ編みは哲也さんの頬を直撃した気がするけれど、今は気にしていられない。
哲也さんの胸に額を当てると、後頭部を撫でてくれる手のひらが懐かしい。
両手が塞がっていなかったら、哲也さんの背中に腕を回していたかもしれない。
イワシの容器があるから、ポロポロと流れる涙を拭うことも出来ない。
涼さんの家族と過ごす空間にいる自分を想像して、欲しいと思ってしまった。
凄く魅力的だった。
自分が家族というものに執着しているとは、思わなかった。