りなりあ

番外編 12 4/7 UP 
ありふれた日常 4/8 UP
ありふれた日常 5/30 UP

約束を抱いて 第四章-27

2008-04-04 16:24:20 | 約束を抱いて 第四章

「杏依さんの言った通りだわ。」
「なにが?」
「杏依さんから聞いた事があるの。瑠璃さんは、はる兄に冷たいって。はる兄の手を払い除けた事があるって。」
「また、そんな昔話。でも、悪い事をしたとは思っていないわ。だから謝らない。」
瑠璃の言葉にむつみが笑う。
「瑠璃さんなら、はる兄に言い返す事も出来ちゃうんだよね。凄いな。」
「凄い…のかしらね。」
理不尽な事を言われたり、自分が正しいと思っている考えを否定されたら、言い返しても許されると思う。例え、新堂晴己が相手でも。ただ、友人の夫なのだから、失礼な事はしてはいけないとは思うが、新堂という存在を恐れたくないと、瑠璃は思っていた。
「私は、むつみちゃんの方が凄いと思うわ。舞ちゃん楽しそうよ。」
「え?」
「誰が何処で聞いたのか分からないけれど。むつみちゃんの“おかえりなさい”の効力は凄かったみたいね。」
むつみは意味が分からずに瞬きを繰り返す。
「誰も話しかけられなかったのよ。むつみちゃんが最初だった。あなたが全てを知っていて、でもそれを1人で抱えて。鈴乃さん達が帰ってきた事を喜んだ。」
もう一度、瑠璃はむつみの髪を整えてあげる。
「私は、この会場にいる人達の事、あまり知らないけれど。むつみちゃんは知っている人が多いでしょう?むつみちゃんの事を知っている人も多い。鈴乃さん達の状況を知っている人も大勢いて、舞ちゃんの育った環境を耳にしている人も多い。みんな、あなたと同じ気持ちだったと思うわ。」
見上げてくるむつみの瞳を見て、泣かす訳にはいかないと思い、瑠璃はむつみの両手を取った。
「鈴乃さん達が帰ってきた事、舞ちゃんが笑っている事。みんな喜んでいる。だから、むつみちゃんも。ほら。深呼吸して。」
瑠璃に言われて、むつみは素直に深呼吸をする。
「演奏が終わるまで、このパーティが終わるまで泣かないのよ。」
むつみは瞳を閉じ、風が髪を撫でたような気がした。
坂道を自分の足で歩きたいと望んだ気持ちを思い出す。
「行きましょう。」
瑠璃の言葉に、むつみは瞳を開いた。

◇◇◇

加奈子達の演奏は大好評だった。
むつみは何度も加奈子のピアノを聴いた事があるが、杉山のヴァイオリンは初めて聴いた。
「素敵ですね。」
瑠璃の言葉に、森野が満足気に頷いた。
「森野先生は教え子に恵まれていますね。」
「それは認めるが、自分で言うな。」
「私の事ではなくて。杏依に祥子に加奈子ちゃん。むつみちゃんも自慢の生徒でしょ?」
「香坂と目黒が桜学園を受験すると言った時、何を考えているんだと思ったが。こういう事になるとはなぁ。ところで松原は?」
「帰りましたよ。バイトがあるからって。」
むつみが瑠璃に連れられて杏依の友人達と合流した時、松原英樹の姿はなかったが、森野が同席していて、むつみも瑠璃もホッとした。
誰かが何かを言いに来たとしても、森野がいれば対応方法は広がる。
「飯田は勿体無いな…。」
「え?」
森野の呟きに、むつみが反応する。
「杉山は、どうにかなるが…。今日、ここにいる金持ちの誰かが、良い話でも飯田に持って来てくれると良いんだが。」
「…良い話?」
「才能があっても飯田は留学するのは難しいだろう?香坂純也さんの好意で、今も練習を見てもらったり先生を紹介してもらったり出来るが、今後は…。」
「加奈ちゃんは分かっていると思います。」
むつみの言葉に、瑠璃は彼女を見た。
「これが香坂先生の考え、だと。香坂先生が与えてくれたチャンスを無駄にはしません。」
拍手が沸き起こる。
杉山と加奈子が握手をし、そして香坂純也が2人に歩み寄る。
晴己と杏依が感動と謝辞を述べ、皆がアンコールをリクエストしていた。
この場所には希望が溢れている。
幼い時から、そして記憶に残っていない日々も。
ずっと、むつみは、この暖かい空間で過してきた。

多くの人達の未来に繋がるチャンスが溢れる場所で、希望の未来を掴めるのは、選ばれた者だけなのかもしれない。