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『めぐり逢わせのお弁当』

2014年08月26日 | 映画(ま行)
『めぐり逢わせのお弁当』(原題:Dabba)
監督:リテーシュ・バトラ
出演:イルファン・カーン,ニムラト・カウル,ナワーズッディーン・シッディーキー他

『ソウォン/願い』で嗚咽するほど泣いたあとは本作を。
数日前に予約した時点ではこれが本命だったのですが、
その後の女子会でお会いしたお姉様が先に観に行っておられてイマイチだった模様。
「踊らないインド映画なんて」とおっしゃっていたことから、
踊るシーンがひとつもないことが不満だったのかと思っていましたが、
なるほど~、観て大納得。

インドの大都会ムンバイには、世界でも稀な画期的サービスがある。
それは、家庭でつくった出来立てほかほかのお弁当をオフィスに届けるサービス。
1日に20万個のお弁当箱が5千人の“ダッバーワーラー”(=弁当配達人)によって運ばれ、
家庭とオフィスの間を正確に行き来、誤配率はなんと600万分の1。

イラは、夫と娘、三人暮らしの家庭の主婦。
夫は必要最小限のことしか喋らず、イラにまるで興味がない様子。
そんな夫の心を取り戻そうと、イラは階上に住むおばさんに相談。
美味しい料理で夫の心は戻るとのアドバイスを受け、
丹精を込めて4段重ねの弁当をつくり、オフィスに配達を依頼する。

食べ終わった弁当箱はダッバーワーラーによって返却される。
返ってきた弁当箱を見てイラはビックリ、綺麗にたいらげられていたのだ。
おばさんに早速報告、「ほら、言ったとおりだろう」とおばさんは笑う。

帰宅した夫に弁当を褒められることを期待していたが、夫は何も言わない。
しつこく今日の弁当はどうだったかと尋ねてみると、
カリフラワーが旨かったと言う。カリフラワーなんて入れていないのに。
弁当箱は夫ではない人のところへ誤配されたのだと気づくイラ。

翌日、イラはふたたび弁当をつくり、弁当箱の中に短い手紙を入れる。
誤配を指摘しなかったから、弁当箱は今日もまちがったオフィスへ。
その弁当箱を受け取っていたのは、妻に先立たれたサージャンという初老の男。
経理畑に35年、ひとつのミスもなく過ごしてきた彼は、来月早期退職予定。
後任候補として若者シャイクがやってくるが、まともに仕事を教える気にもならない調子の良さで……。

お昼にグラスにたっぷりめに注がれたワインを2杯飲んで、
『ソウォン/願い』で泣いて酔いがぶっ飛んだとはいうものの、
いつ眠気に襲われても不思議ではない状態。
なのにちっとも眠くならなくて、面白かったんですけれど。

この弁当配達システムは本当に凄くて、
なんでこんな煩雑として適当っぽいのに誤配がないんだと驚かされます。
誤配率を計算したのはハーバード大学だというのですから、本当なのでしょう。

そしてもうひとつ驚いたのが、シャイクの行動。
公共の交通機関の中で、書類をまな板代わりに包丁で野菜を刻みはじめるのですから。
電車の中で野菜を刻んでおけば、帰宅してから鍋に放り込むだけ。
そりゃそうだけど、これが周りから白い目で見られないなんて。

イラの階上に住むおばさんは声のみ聞こえるだけで、一度も姿を見せません。
スパイス等の貸し借りは、棹に通した籠で階上と階下を往復。
このやりとりは非常に楽しい。おばさんに助演女声賞をあげたいぐらい。

イラとサージャンの文通は、最初は短文だったのが徐々に長くなり、
本日の弁当についてという内容から、日々のこと、自分の心の吐露へと変わってゆきます。
通信手段が発達してゆくなか、アナログな手紙ってええやんか。

と、1カ所も眠ることなく観たのですが、ラストがなんだか。
「ふーん」と、ただそれだけの思いしか出てきません。

ネタバレです。

一度会うべきだというイラの言葉で、ふたりは会う約束をします。
しかし、待ち合わせのカフェにたたずむ美しいイラの姿を見て、
自らの加齢をその朝に感じたばかりのサージャンは声をかけられません。
この辺りの描写も切なくてよかったのに、
サージャンの気持ちを知ったイラが意を決してオフィスまで会いに行ったら、
そこにはもうサージャンがいない。
サージャンは隠居、イラは幸せの国ブータンへ行くことを夢見て、
サージャンに出すかどうかもわからない手紙をしたためるというラスト。

インド映画はなんとなく、ハッピーエンドであってほしいのに、
これはなんとも言えないオチ。
女性の自立をまだまだおおっぴらには謳えないお国柄としか思えません。
『マダム・イン・ニューヨーク』にしても、
ラストの主人公のスピーチには強烈な皮肉が込められていたとはいえ、
作品的にはそれが皮肉とは取られないような描き方。
女性を蔑む夫であったとしても、その夫と別れて自分を認めてくれる男性へと走ることは許されない。
だから、本作ではこの終わり方が最善の妥協だったのかなと思います。

で、オチに不満を持ちつつ振り返ると、

・弁当の配達システムが凄い。
・電車の中で野菜を切るのが凄い。
・声だけ出演のおばさんが凄い。

それ以外に何かあっただろうかという気がしてきてしまい。

まちがった電車に乗っても正しい場所へ行き着くことがあると言うけれども、
まちがった電車に乗ってみることすら叶わないのかもしれない、そう思いました。

インドはまだまだむずかしい。

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