375's MUSIC BOX/魅惑のひとときを求めて

想い出の歌謡曲と国内・海外のPOPS、そしてJAZZ・クラシックに至るまで、未来へ伝えたい名盤を紹介していきます。

本田美奈子.POPS期の名曲集(3) 『優しい世界』

2006年12月31日 | 本田美奈子


本田美奈子.『優しい世界』 (2006年12月6日発売) CRCP40164/40165

収録曲 1. 優しい世界 2. Sweet Dreams 3. FLOWER 4. 満月の夜に迎えに来て 5. shining eyes <jazzy funk mix>  6. Sweet Dreams <sk55 re-mix>

初回生産限定版(CRCP40164)のみ、秘蔵映像を収録したDVD付き。
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早いもので、歌姫・本田美奈子が旅立ってから、1年2ヶ月になろうとしている。今では、さすがに立ち直ってきたものの、昨年の今頃は、それまでに経験しなかったような、深い喪失感から、まだ抜け出せない状態だった。

アイドル時代から、たえず気になる存在だった。同年代の歌手の中で、誰よりも好きだったことは間違いない。けれども、一方では、どこか軽く見ているところもあった。年齢も10歳ほどの開きがあったので、夢中で追いかけるには、こちらは歳を取りすぎていたかもしれない。彼女のほんとうの素晴らしさに気がついたのは、かなり後になってからのことだった

1990年以降、個人的な事情で、長らく日本を離れた時期があった。その間は、本田美奈子どころか、日本の芸能界の様子が皆目わからなくなってしまった。気がついてみると、とっくに歌謡曲の時代が終わり、「J-POP」と呼ばれる、新しい若者向けの音楽の時代に移行していたのである。

しかし、歌手・本田美奈子が最も目覚しい飛躍を遂げたのは、まさにこの時期だった。2003年5月、クラシック歌手としてのデビュー・アルバム「アヴェ・マリア」のリリースを知った時、最初、この人は別人か・・・と疑った。自分の知っている本田美奈子と比べると、まるで女神のように見えたのだ。

そういうわけで、自分にとっては、空白の1990年代を埋めてくれるようなDISCがリリースされると、とても大きな収穫になる。「本田美奈子交響曲」の失われた第2楽章を復元する試み。それは、すでに紹介した「LIFE~プレミアムベスト」(2005年)と「I LOVE YOU」(2006年)のリリースによって、ようやく始まったばかりなのである。

そして今、この時期における、さらなる幻の音源が発掘された。2006年12月6日に発売されたばかりの最新アルバム、「優しい世界」。ここに初めて収録された4つの曲は、当初1996年頃に発売が予定されていたそうだが、様々な事情でお蔵入りになっていたものだ。(ただし、「満月の夜に迎えに来て」は、MDへのダウンロードという形で配信された時期もあったらしい。また、最近ではMUSEというアイドル・グループが同曲をカバーし、CDも出ている)。

それは、今になって思うと、彼女が永遠の天使になってからも、時々会えるように残しておいてくれた、「歌の置き土産」のようにも思える。もちろん本人が意識してそうするはずはないのだが、結果的には、われわれファンの今後の楽しみが枯渇することのないように、配慮されていたのである。これ以外にも、未発表の作品が多く埋もれているのではないだろうか。

ここで、アルバム初収録の4曲について、思うところを気ままに綴ってみよう。

①「優しい世界」。歌詞通りに聴けば、今は遠く離れてしまった、恋人への想いを歌った曲。しかし今になって聴くと、どうしても、本来の意味を離れた解釈が入り込んでくる。「いつかまた会えると期待しては打ち消して・・・」。まさに、そんな気持ちで日々を過ごす自分がいる。将来、彼女と天国で会えるかどうかは、しょせん保証のない夢なのだろうけれど・・・。そんな思いの中、いつも優しく心を癒してくれる、彼女の歌声。生きてこの歌声を聴ける限りは、2人だけの「優しい世界」の住人であり続けることができるのよ、と教えてくれるかのように。

②「Sweet Dreams」。この曲も、遠く離れた恋人を想う歌、という本来の意味を超えたニュアンスを持つ。「どうかそばで輝いていて」と願う相手は、すでに、この世にある人とは思えない。「悲しみに心が迷う夜は・・・」「悲しみに心が揺れる夜は・・・」そんな夜は、やはりあなたの歌が、そばにあってほしいと思う。

③「FLOWER」。遠く去った「あなた」との、過去の日々は戻らない。ここでは、たった一人で、強く生き抜いていこうとする主人公の、熱く、健気な思いがあふれている。芸能界の荒波にもまれながら、必死に戦い抜いたアイドル時代。新たなチャンスを掴み、本格的な歌手として大きく成長したミュージカル時代。いつの時代も、彼女は熱い夢を持ち続けた「Endless Flower」だったのだ。

この曲は、サビの部分で思いきり盛り上がる絶唱が素晴らしい。将来、「本田美奈子.物語」という映画でも作られたなら、主題歌に採用したいほど、彼女の生き様にぴったり合った名曲だと思う。

④「満月の夜に迎えに来て」。本田美奈子自身の作詞・作曲。マジカルな月夜の雰囲気で思い出すのが、初期の「ハーフムーンはあわてないで」。才能の開花度で言えば、当時はまだ半月だったが、1996年の時点では、すっかり満月に成長したようだ。

ところで、満月の夜に迎えに来るのは、誰なのだろうか? 恋人? それとも月からの使者? けっこう、意味有り気なタイトルではある。もしこれが、無意識のうちに、「現代のかぐや姫物語」をイメージしたものであったとすれば、賑やかなはずの「恋人たちのカーニバル」が、どこか物悲しいものに思えてくる。夢から覚めた時、あなたは、もうここにはいないのではないかと・・・。

せめて、この夢が永遠に終わらないことを願おう。永遠の歌姫・本田美奈子とは、会おうと思えば、いつでも会えるのだ。私たちが、彼女のことを忘れない限りは。


本田美奈子.POPS期の名曲集(2) 『I LOVE YOU』

2006年12月27日 | 本田美奈子


本田美奈子.『I LOVE YOU (2006年3月29日発売) MJCD-20054

収録曲 1. 風のうた 2. ナージャ!! 3. 愛の砂漠 4. 晴れた空お天気 5. 星空 6. Honey 7. shining eyes 8. etoile -星- 9. I LOVE YOU 10. impressions 11. 一瞬/永遠
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本田美奈子交響曲」の、知られざる第2楽章は、2005年5月の「LIFE」発売によって、ようやく、その一部が陽の目を見るようになった。しかしながら、まだこの時点では、多くの名曲が幻のままとなっていた。マーキュリー・レーベルから発表された2つのアルバム「ジャンクション」(1994年)と「晴れときどきくもり」(1995年)のあとは、2003年の「アヴェ・マリア」リリース時まで、ほぼ7年間、オリジナル・アルバムという形でのリリースがなく、単発的に発売されたシングルや、アニメの主題歌、ゲームソフトの音楽などは、すべて廃盤になっていたのである。本田美奈子の実力からすれば、信じられないほどの不遇な時代だった。

それらの廃盤中の曲が、「I LOVE YOU」というタイトルで、ようやく1枚のアルバムにまとめられて世に出たのは、彼女が旅立ってから4ヶ月余りが経過した、2006年3月29日のことだった。発売元のマーヴェラス・レーベルも、当初から、このような企画アルバムを考えていたわけではなかったが、ファンの声に押される形で、ようやく重い腰を上げたのである。

ここに収められた11曲は、いずれも、初めて耳にするものばかりだったので、自分にとっては、事実上、新作アルバムと言ってもいい。1996年から2003年にかけての長期間の録音を集めたものなので、普通なら、作品の完成度にバラつきがあるはずなのに、最初からオリジナル・アルバムを意図したような、不思議な統一感がある。これをもたらしたのは、まさに、本田美奈子の「一曲入魂」の精神だったのではなかろうか。たとえ、どのような用途で作られた曲であろうと、彼女にとって、すべての音楽は心を込めるべき対象なのだ。それが生きた音楽である以上、決して手を抜くことなく、歌手としての誇りを持って、一曲一曲を丹念に仕上げていったのである。

ここで、例によって個々の楽曲を見ていこう。(この部分は、以前別のブログに投稿した文章に、手を加えたものとなる。)

まずは、TVアニメ「HUNTERXHUNTER」のエンディング・テーマとなった、①「風のうた」。 このアニメは、もちろん見ていないので、ドラマの内容は想像するしかないのだが、これを見ていた子供たちは、なんと幸せな時を過ごしたことだろう、と思わずにはいられない。まさに、アニメ史上に残る名曲だ。

  聞いたのね 大地にそよぐ 風の声
  遠い記憶 呼びさます…

この最初のフレーズから、いきなり別世界に連れて行かれる。深い叡智に満ちた歌詞と、哀愁あふれるメロディ。一度聴いただけで、その幽玄な味わいに、魅了されてしまう。澄みきった歌声が、なんと奥深く心に響くことだろうか。まるで、本田美奈子自身が風の化身となって、歌っているよう感じである。

このアルバムには、同じアニメのカップリング・ソング、④「晴れた空お天気」も収録されている。歌詞の通り、「ドキドキワクワク」の青春応援歌。この曲を聴いて一日を出発すると、今日も何かいいことがありそうな気がしてくる。

②「ナージャ!!」は、TVアニメ「明日のナージャ」のオープニング・テーマ。このアニメも見たことはないが、この曲をTVで聴いた子供たちが、あまりの歌のうまさにびっくりした、という話も聞く。なにしろ、録音されたのが、2003年。すでにクラシックでのデビューが目前に迫っている時期であり、歌唱力に関しては、まさに絶頂に達しようとしていたのである。曲自体も素晴らしく、明るく力強いメッセージと、微妙な感情のゆれが絶妙にブレンドされた名作。子供たちだけではなく、世代を超えて、すべての大人たちに聴かせてあげたいと思う。

同じアニメのカップリング・ソング、⑧「etoile -星-」は、詩情にあふれた子守唄。古代エルサレムの郊外、ベツレヘムの星のもとで、生まれたばかりのキリストを抱く、聖母マリアの優しいイメージが、思い浮かぶ。

③「愛の砂漠」と⑤「星空」は、ゲームソフトで使われた実用音楽ということなので、歌そのものの芸術性は、本来、問われない。しかし、そのような音楽でも、入魂の歌唱を見せるところが、本田美奈子という芸術家の真骨頂であろう。 作品自体も、ほの暗いロマンをたたえて疾走する曲想が魅力的で、ゲームの音楽に終わらせておくのは、もったいないくらいだ。

⑦「shining eyes」と⑩「impressions」は、1996年にバンダイ・レーベルからリリースされたシングル。どちらの曲も、必殺のハイトーン・スキャットが聴きものだ。

⑥⑨⑪の3曲は、デビュー15周年を記念してリリースしたマキシ・シングルの収録曲だが、この中では、最後に収められた⑪「一瞬/永遠」(えいえんぶんのいっしゅん)が素晴らしい。このシングルが発売された2000年当時のJ-POPシーンでは、ちょうど宇多田ヒカルやMisiaなどのR&Bテイストの歌手がブレークしていたが、同じ時期に、本田美奈子も堂々たるR&Bの名曲を残していたのである。宣伝力さえあったならば、宇多田ヒカルの「Automatic」やMisiaの「Everything」に引けを取らない大ヒットになっていたかもしれない。 

  永遠分の一瞬を重ねて  
  2人の未来(あした)を描こう  
  一秒ごとに 見つめる瞳に私だけを映して…

歌詞・メロディともセンス満点と言えよう。

⑥「Honey」と、尾崎豊のカバー曲⑨「I LOVE YOU」は、第一印象としては、それほど目立たないが、繰り返し聴いていくうちに、独特の美奈子節が、心にしみ込んでくる。特に「I LOVE YOU」での乙女チックな語り口は、本家・尾崎の絶唱とは好対照の面白さがあると思う。


本田美奈子.POPS期の名曲集(1) 『LIFE~プレミアムベスト』

2006年12月25日 | 本田美奈子

本田美奈子.『LIFE ~Minako Honda. Premium Best
(2005年5月21日発売) UMCK-9115

収録曲 1. 祈り  2. 愛の讃歌  3. アマリア 4. BBちゃん雲にのる 5. Oneway
Generation 6. 1986年のマリリン 7. Temptation(誘惑) 8. 幸せ届きますように。 9. この歌をfor you 10. Fall in love with you -恋に落ちて- 11. 僕の部屋で暮らそう 12. June 13. ら・ら・ば・い ~優しく抱かせて 14. 命をあげよう ~ミュージカル「ミス・サイゴン」より 15. あなたとI love you 16. つばさ

DVD(初回限定版のみの特典) 1. ら・ら・ば・い ~優しく抱かせて 2. 僕の部屋で暮らそう 3. Fall in love with you -恋に落ちて- (いずれもプロモーション・ビデオ)
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前回までは、「本田美奈子BOX」の紹介を通して、彼女の初期のキャリアを簡単に振り返ってみた。ごく最近まで、本田美奈子の曲といえば、この時期の、いわゆるアイドル時代のものしか知らない人が多かったし、今でさえ、かなり多くの人が、本田美奈子の代表曲といえば、「1986年のマリリン」を連想するだろう。

しかしながら、この時期は、「本田美奈子交響曲」という「人生のシンフォニー」で言えば、あくまで、「第1楽章」に過ぎなかったのである。

本田美奈子交響曲の「第2楽章」は、1991年のミュージカル「ミス・サイゴン」のオーディション合格の時に始まり、クラシック歌手としてのデビュー前まで続く。この時期は、職業的には「ミュージカル女優」が本業となり、純粋な「歌手」としての活動は、ミュージカル出演の合間を縫って、展開されることになる。

この第2楽章の時期、いわゆるミュージカル時代にリリースしたオリジナル・アルバムは、わずか2枚。1994年発売の「ジャンクション」と、1995年発売の「晴れときどきくもり」のみである。しかも、さほど売れなかった為か、現在に至るまで廃盤になっており、ちょうどその時期にアメリカに定住して、日本の音楽界そのものから遠ざかっていた自分には、手に入れるチャンスがなかった。当時は、インターネットによるウェブ販売もなかったので、地理的に離れてしまえば、どうしようもなかったのである。

この時期の曲が、一般的になかなか知られなかったのは、もう一つ原因があったと思う。それは、時代の変化である。本格的歌手が競って名曲を生み出した昭和歌謡曲の時代はとうに終わっていた。さらに、1990年代の中頃になると、CD購買層の世代交代と若年化が進み、聴く音楽も「J-POP」と呼ばれる、新しいジャンルの音楽に取って代わってしまった。もはや、越路吹雪をカバーして、歌謡曲の王道を行こうとする本田美奈子のような存在は、古くさいものに見られてしまったのかもしれない。

ところが、実際に聴いてみるとわかるのだが、古いどころか、むしろ、周囲の「J-POP」というカテゴリーには収まりきれない、いわば「MINAKO POPS」とも言うべき、独自の新世界が広がっているのだ。個人的には、「M-POP」という造語で呼んでいるのだが、それはミュージカルの舞台を経験することによって、さらに磨かれた歌唱力を獲得した歌手のみが実現し得る、次元の高い「魂のPOPS」なのである。

この時期の曲がようやく陽の目を見たのは、2005年5月21日、ここに紹介する「LIFE」と題するアルバムが発表された時である。本来は、この時期、デビュー20周年の記念アルバムが予定されていたのだが、突然の入院によって、レコーディングの延期を余儀なくされてしまい、急遽、別のアルバムを出すことになった。それは、2枚のオリジナル・アルバム「ジャンクション」「晴れときどきくもり」の収録曲を中心にして、本田美奈子が、病床で自ら選曲した命をテーマとする企画アルバムだった。そして、このアルバムによって、「つばさ」を始めとする、「本田美奈子交響曲・第2楽章」を彩る名曲の数々が、ほぼ10年ぶりに復活することになるのである。

ここで、収録曲について、簡単にコメントしておこう。(尚、このコメントの部分は、別のブログで以前発表した原稿を、部分的に手直ししたものである)

まず、グレゴリオ聖歌を題材とした①「祈り」。男声合唱で歌われる讃歌「キリエ」を背景にして、世界平和への願いを、心を込めて訴える。ここには、すでに後年のクラシック時代を予見させる萌芽を見ることができる。

②「愛の讃歌」と③「アマリア」は、まるでミュージカルの一場面を見ているような、生き生きとした情感が目に浮かんでくる。どちらも往年の大歌手・越路吹雪のカバー曲だが、ひたむきさと、ピュアな感情にあふれた、独自の美奈子流シャンソンになっているところが素晴らしい。

伝説のシネマスター「ブリジット・バルドー」をモデルにした④「BBちゃん雲にのる」。愉しいJAZZ、もしくはチャールストン風のゴキゲンな大傑作。これぞ、大人の歌謡曲だ。冒頭からいきなり炸裂するハイトーン・スキャットの素晴らしさも含めて、もはや名人芸の域と言えるだろう。これを聴いてしまうと、大部分のJ-POP歌手は、まだまだ子供に過ぎないと思えてくる。

⑤「Oneway Generation」⑥「1986年のマリリン」⑦「Temptation(誘惑)」では、アイドル時代へタイムスリップ。ちょうど、「本田美奈子交響曲」の第1楽章を回想するような感じである。前後の曲とのつながりが良いので、ここだけ浮いてしまうような違和感はない。

⑧「幸せ届きますように。」は、優しく、思いやりに満ちた語りかけが心にしみる名曲。本田美奈子自身によるデリカシーあふれる歌詞が素晴らしく、素朴な、手作りの良さを満喫できる一品だ。

⑨「この歌をfor you」は、静かな語りかけで、自問自答するように始まるが、後半になると、劇的に感情が高ぶり、ついには頂点に達し、次の瞬間には、涙で崩れ落ちていく。ここまで激変する感情を表現できる人は、なかなかいないのではなかろうか。

⑩「Fall in love with you -恋に落ちて-は、岩谷時子作詞による、純粋で、ひたむきな、デュエット曲。「ねえ 高い空から 天使の歌が きこえるわ・・・」で始まる天使のモチーフが、俗世間を超越した、天界の雰囲気を感じさせる。

⑪「僕の部屋で暮らそう」は、レゲエ風、もしくは沖縄音階風の、ちょっと変わったメロディー。途中で聴こえてくる会話は、どこの国の言葉だろうか。

⑫「June」は、「words インスピレーション:本田美奈子」とあるが、事実上の「作詞」ということかもしれない。ただ、彼女自身の心象風景にしては、ちょっと悲しすぎるようにも思う。

⑬「ら・ら・ば・い ~優しく抱かせて」。アニメ「魔法騎士レイアース」の主題歌。1990年代に作られた最高の名曲の一つ、と言いたいくらい、気に入っている曲。クラシックの格調の高さと、ロックのビート感が絶妙に溶け合い、歌詞の素晴らしさも相まって、カラオケのレパートリーにするには理想的といえよう。魔法のスキャットを駆使する本田美奈子の歌唱も、最高にカッコいい。こういう曲がたくさん出てくれば、日本の音楽界にも希望が持てるのだが・・・。

⑭「命をあげよう 」は、ミュージカル歌手・本田美奈子としての代表作。「つかまえなさいチャンス!」という言葉に、思わず「そうだ!」と叫びたくなりそうな、強烈な説得力。まるで人類の母になりきって、世界中にメッセージを投げかけるかのようなド迫力がある。

⑮「あなたとI love you」は、作詞・作曲とも本田美奈子自身。日常の恋愛風景に、「天使のモチーフ」が入り込むところは、尊敬する岩谷時子先生の影響か。おそらく作詞家としても、岩谷時子の後継者になり得たかもしれない。

そして、⑯「つばさ」。この曲こそ、「本田美奈子交響曲・第2楽章」における、まぎれもない代表作。夢・希望・勇気、そして永遠なるものへの憧れ…。彼女が命を賭けて追い求めてきたすべてのものが、この一曲に込められている。「雲のなかで私と つばさを重ねよう-ーーーーー」のところで、一気に突き進む「伝説のロングトーン」は、あらゆる波風を越えて真っ直ぐに生きた、本田美奈子の人生そのものであろう。これだけの曲、これだけの歌手は、もう二度と出て来ないのではあるまいか。

本田美奈子BOX(DISC 6) 「SLOW WALK」他

2006年12月21日 | 本田美奈子


★本田美奈子BOX - disc6

収録曲 1.School Girl Blues 2.あなたと、熱帯 <Album Virsion> 3.JULIA 4.勝手にさせて 5.愛が聞こえる 6.HEARTS ON FIRE 7.WALK AWAY 8.HELTER SKELTER 9.HEAT ME UP (THAT'S WHAT YOU'RE DOING TO ME) 10.SLOW WALK 11.KILL ME 12.朝まで 13.SURRENDER 14.7th Bird “愛に恋” 15.SHANGRI-LA 16.I~私のままで 
(17~18.「勝手にさせて」「7th Bird “愛に恋”」オリジナル・カラオケ)
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「灼熱のロックバンド」MINAKO with WILD CATSが活躍した1988年から1989年という時期は、世界史の激動期でもあった。ゴルバチョフ書記長のペレストロイカ政策をきっかけに動き始めた自由化の波は、ついにソ連邦崩壊へと発展し、ゴルバチョフは新生・ロシア共和国の初代大統領となった。難攻不落と思われた「ベルリンの壁」も音を立てて崩れ、相次ぐ東欧革命の嵐によって、長年独裁者の圧制に苦しんでいた人々は、念願の自由を手に入れることができたのである。

そのような、劇的に移り変わる世界情勢の中で、ロック歌手・MINAKOはひたすら歌うことに邁進した。彼女が目指していた理想は、本質的にはデビュー当時と変わることはない。歌一本で、芸術的感動を与えられる存在。他の誰でもなく、彼女はいつも、「未来の本田美奈子」を目標に、歌い続けたのである。

MINAKO with WILD CATSの活動2年目、1989年7月にリリースされた、7thアルバム「豹的(TARGET)」(収録曲の4~13)には、MINAKO自身の作詞のものが3曲含まれている。これまでの、伝統的な「歌手」という存在は、自分で曲を作るということは、ほとんどしなかった。「プロが作った曲を、プロの歌手が歌う」というのが、歌謡曲のスタイルだったのである。自作自演の歌手は、フォークやニュー・ミュージックの世界に属していた。彼らは、歌手というよりは、「アーティスト」と呼ばれたが、この当時のMINAKOは、すでに「歌手」と「アーティスト」をクロスオーバーさせる存在になっていた、と言えるのではないだろうか。

この時期は、オリコン順位を見る限りでは、低迷期であるかのように錯覚するかもしれない。なにしろ、「WILD CATS」が最高32位、「豹的(TARGET)」が最高86位である。

しかしながら、これはアルバムの出来が問題なのではなく、時代的に早すぎたというのが、本当のところだろう。時代の先端を行き過ぎて、もはや、ついて来れる人が少なくなっていたのだ。もしも、これらのアルバムが、あと7~8年後、ヴィジュアル・ロック全盛期に発売されていたならば、間違いなく、ヒットチャート上位に食い込んだことだろう。内容的に中身が濃いし、実際、何度聴いても飽きないのである。

さて、美奈子BOX最後を飾る、disc6マイ・ベスト5を選んでみよう。まずは、「Full Metal Armor」のB面曲として発売された③「JULIA」。冒頭からエンディングにかけて、命を賭けたような、猛烈なシャウトが続く絶品である。こんな歌唱を続けていたら、本当に喉がつぶれてしまいそうな気がする。

④「勝手にさせて」。沢田研二の「勝手にしやがれ」に応答するかのように、ハイヒールを投げつけ、あるがままに振る舞うMINAKO。「こっちこそ、勝手にさせてよ!」といった感じで、あくまでも自分の生き方を貫いていく。

⑩「SLOW WALK」。美奈子史上に燦然と輝く、ロック・バラードの名作。作詞はMINAKO自身だが、ここでの彼女は、まさに名作詞家であり、何気ない言葉の選び方の中に、「天才のひらめき」を随所に見ることができる。

♪Slow walk 急ぎ過ぎてはだめ 心で道を歩いて
 ちっぽけな人間(ヒト)にならぬように… 気持ち 消毒して…

この歌詞を思い浮かべるたびに、急ぎ足で時代の流行を追うのではなく、あくまで、「心で道を歩くこと」を大事にした彼女の生き方を、少しでも見習わなければ、と思う。この曲は、自分にとって、いつまでも「座右の歌」であり続けるだろう。

⑭「7th Bird“愛に恋”」。「MINAKO」から、久しぶりに、ソロの「本田美奈子」に戻って発表したシングル。まるで、悟りを開いたかのような、軽やかで、ノスタルジーに満ちた名曲だ。一見、深みがないように思えるが、何度も聴いていると、なぜか不思議な魅力から逃れられなくなる。それにしても、「7th Bird」って、どんな鳥だろう? 

⑮「SHANGRI-LA」。1990年に発表した唯一のシングルであると同時に、EMI時代の最後を飾る名曲。ラテンのリズムに乗って情熱的に愛を歌うところは、「第2のSosotte」のようでもあるが、KISSで終わらず、もっと先まで進んでいく。美奈子史の中では珍しい、肉体的アダルト・ラブソングだ。

これと同じ時期に、新アルバムの発売が予告されたこともあった。結局、お蔵入りになってしまったらしいのだが、いつの日か、「幻の8thアルバム」を聴ける日は来るのだろうか。音源が残されているならば、ぜひリリースしてほしいものである。


本田美奈子BOX(DISC 5) 「We Are Wild Cats」他

2006年12月18日 | 本田美奈子


★本田美奈子BOX - disc5

収録曲 1.ONE SHOT 2.DO YOU REMEMBER? 3.夢見心地 4.ABOUT~
ADULT 5.はじめて言うけど… 6.DESTINY 7.EYE言葉はLONELY 8.あなたと、熱帯 <Single Version> 9.We Are Wild Cats 10.Let It Burn 11.
VIRGINITY 12.Bang Bang 13.霧のヴェール 14.Full Metal Armor 15.カシスの実 16.Because You're Mine
 
(17.「あなたと、熱帯」オリジナル・カラオケ)
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本田美奈子がデビューした1985年は、「昭和60年代」の幕開けでもあった。しかし、それは同時に、昭和歌謡曲史が、いよいよ最終章を迎えることを意味した。わずか4年後の1989年1月、昭和天皇の崩御によって、「激動の昭和」が終わり、多くの名曲に彩られた昭和歌謡曲史が、幕を閉じるのである。

その頃から、時代は急速に変貌した。まず、歌謡曲そのものが、以前ほど聴かれなくなった。かつて隆盛を誇ったTVの歌番組は、次々とゴールデンアワーから撤退した。某国営放送局の「紅白歌合戦」も、すでに1980年代後半から、視聴率が下がり始めていた。自由なライフスタイルを求めるようになった若者の生き方が、音楽の嗜好にも多様化をもたらしたのだろうか。もはや、一家揃って、TVの歌番組を聴くような時代ではなくなっていたのかもしれない。

そんな時代の変わり目に、昔ながらの「歌手」の理想像を求めて、最後まで果敢に闘い抜いたのが、本田美奈子だったのである。

1987年12月。通算5枚目、20歳を迎えてからの最初のオリジナル・アルバムとなった、「Midnight Swing」(収録曲1~7、およびdisc4に収録された「孤独なハリケーン」「今夜はビートにのれない」「悲しみSWING」)をリリースする。

これまで多くの代表作を生み出してきた、秋元康・筒美京平コンビから離れ、小林和子作詞・西木栄二作曲による作品が、アルバム全曲を占めている。曲の傾向としては、「孤独なハリケーン」「今夜はビートにのれない」を初めとする青春ロックと、「悲しみSWING」「夢見心地」「ABOUT~ADULT」などの、大人らしさを指向したポップスに2分されており、あたかも、「右に行くか、左に行くか」という2つの方向性を内包しているように見える。

この5thアルバムは、前作までのオリジナル・アルバムが、すべてオリコン4位以内を記録したのに対し、最高23位にとどまった。個々の曲は、なかなか良いのだが、アルバム全体のコンセプトが、今ひとつ見えにくかったせいかもしれない。

そして翌1988年、本田美奈子は、「右か左か」の二者択一から、ひとつの方向性を決めたかのように爆走を開始する。青春の炎を燃やし尽くす、過激なハードロック。「本田美奈子」から「MINAKO」に改名し、女性だけのロックバンド「MINAKO with WILD CATS」を結成するのである。

当時、この豹変ぶりには、ぶったまげた人が多かった。「ついに、本田美奈子も不良になってしまったか」という声も、多く聞かれたものである。が、歌に関しては、「ものすごい」の一語につきる。まさに、この時期にしかできないような、「灼熱のシャウト」の連続なのだ。

1988年8月、6枚目のオリジナル・アルバムとして発売された「WILD CATS」(収録曲の9~16、「School Girl Blues」と「あなたと、熱帯」<Album Version>のみDisc6に収録)。不良のふりをしながらも、本当は誠実に生きたい本心が垣間見えるところが、魅力的だ。個人的にも、かなり好んで聴いている。EMI時代のアルバムから2枚を選ぶとすれば、「キャンセル」と「WILD CATS」が双璧ではあるまいか。現代のJ-POP世代には、このアルバムあたりから、勧めてみたい気がする

例によって、Disc5マイ・ベスト5をあげてみよう。いずれも、アルバム「WILD CATS」の収録曲である。

⑨「We Are Wild Cats」。夜の舗道に座り、鋭い爪にマニキュアを塗る少女たち。すでに人生の苦楽を知り尽くしている彼女たちが信じるものは、「血と汗と涙」。灼熱のロックバンド「
MINAKO with WILD CATS」の代名詞ともなった傑作だ。

⑩「Let It Burn」。暗闇の中を照らすマッチの火から、消えかけていたローソクの火へと広がる、絶妙な「火」のモチーフ。どこまでも疾走するメロディーと、熱く燃え上がる炎のような、MINAKOの熱唱が素晴らしい。

⑪「VIRGINITY」。外見は派手に遊んでいるように見えても、本当は、どこにでもいる、地味な性格の女の子。有名になっても、決して豪邸を構えることなく、故郷・朝霞の実家に住み続けたMINAKO自身を思わせる、愛すべき名曲だ。

⑬「霧のヴェール」。旧約聖書「創世記」に登場するアダムとイブをモチーフに、恋人たちが迎えた「罪深い朝」を歌う。霧のヴェールに隠された大自然の情景が、神秘的な彩りを添える。

⑭「Full Metal Armor」。個人的なイメージとしては、新約聖書「黙示録」の世界。最終戦争の荒野に立つ戦士は、大天使ミカエルか、未来のジャンヌ・ダルクか。あるいは「Stand up and fight! Stand up !」と、終わりなきシャウトを繰り返す、MINAKO自身の姿だろうか。


本田美奈子BOX(DISC 4) 「孤独なハリケーン」他

2006年12月14日 | 本田美奈子


本田美奈子BOX - disc4

収録曲 1.GOLDEN DAYS<UK盤> 2.CRAZY NIGHTS<UK盤> 3.HEART
BREAK(日本語) 4.SNEAK AWAY 5.LET'S START AGAIN 6.THAT'S THE WAY I WANT IT 7.TAKE IT OR LEAVE IT 8.PLAYBOY 9.HEART BREAK(英語) 10.PLAYTHING 11.GIRL TALK 12.YOU CAN DO IT 13.孤独なハリケーン 14.今夜はビートにのれない 15.悲しみSWING 16.今夜はビートにのれない<LAリミックスヴァージョン> 17.PASSENGER 
(18~19.「孤独なハリケーン」「悲しみSWING」オリジナル・カラオケ)
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本田美奈子BOXシリーズも、今回で4枚目のdisc紹介となる。自分は、このシリーズを連載するにあたって、自分なりに「美奈子史」を振り返ってみたいという思いがあった。単なる音楽解説ではなく、自分がどのように感じたか、という主観的な印象に重きを置いているので、どちらかといえば、徒然草的な文学に近いかもしれない。

実際のところ、専門的な音楽教育を受けてきているわけではないので、ともすれば、「感性だけが頼り」になっているような箇所もあるだろう。が、それも一つのスタイルということで、気軽に読み流して頂けたらと思う。

1987年。デビュー3年目を迎えた本田美奈子は、快調にヒットを飛ばし続けた。この年発表した5枚のシングルは、すべてオリコン・ベスト10入りを果たし、1985年9月発売の4thシングル「Temptation(誘惑)」から数えると、10曲連続ベスト10位以内を達成した。

オリジナル・アルバムに至っては、1stアルバム「M'シンドローム」が2位、2ndアルバム
LIPS」が3位、3rdアルバム「キャンセル」が2位、と続いていた。そして、1987年6月、いよいよ収録曲全曲が英語の歌詞という意欲作、4thアルバム「OVERSEA」をリリースするのである。

100曲以上の候補曲から絞り込んだといわれるだけに、このアルバムも完成度が高い。特徴としては、重厚なブリティッシュ・ロックとも呼べる前作「キャンセル」に対し、LAレコーディングということもあって、アメリカ西海岸のライトな雰囲気が際立っているという点であろう。全体的に激しい感情表現は抑えているように聴こえるので、第一印象での衝撃はやや欠けるものの、繰り返し聴いているうちに、深い味わいに魅了される。いわば、「美奈子流AOR」とでも呼びたいような、極上の一品だ。

夏の昼下り、ロッキング・チェアに揺られながら聴くには、最高だと思う。

本田美奈子BOXのdisc4には、この「OVERSEA」全曲(収録曲の4~12)と、英国のみで発売されたシングル「GOLDEN DAYS / CRAZY NIGHTS」のUK盤、「HEART BREAK」「孤独なハリケーン」「悲しみSWING」の3つのシングルAB面全曲、主演映画のテーマ曲「PASSENGER」が含まれている。

例によって、disc4マイ・ベスト5を選んでみよう。アルバム「OVERSEA」は、個別の曲よりも、トータル的雰囲気を楽しみたいと思うが、あえて1曲選ぶとすれば、今なら⑤「LET'S START AGAIN」だろうか。実にさわやかな作品で、朝の目覚めの一曲には最適だ。「失敗しても、それはなかったことにして、もう一度やりなおしましょ」という、気楽さも、いろいろと厳しいことの多い現実の中で、救われる気分になる。

①「GOLDEN DAYS」<UK盤>は、作曲者ブライアン・メイによる最新リミックスが遺作アルバム「心を込めて」に収録され、あらためて、この曲の魅力に目を開かされた。どこか、東洋的無常観を醸し出すメロディと、諦観に満ちた歌詞。ロックというよりは、むしろネオ・クラシックと呼ぶのが適切な、格調の高い名曲だ。

⑬「孤独なハリケーン」は、わが美奈子史において、絶対に欠かすことのできない、人生の応援歌。人は皆、転びながらも地平に駆けてゆく戦士である。今日まで生きてきて、人生は闘いの連続であると、つくづく思う。そんな時は、静かな気持ちでもいいから、闘志を忘れてはいけない。まさしく、「いつも心にハリケーン」なのだ。その闘いは、きっと、天に召されるまで(やがて空に吸い込まれて 眠る時まで)、続くのであろう。

⑭「今夜はビートにのれない」も、スピード感のある、迫力に満ちた傑作。タイトルとは裏腹に、最高に「ビートにのれる」名曲だと思う。「孤独なハリケーン」とのAB面の組み合わせは、美奈子史上でも最強コンビのひとつかもしれない。

そして、1987年最後のシングル、⑮「悲しみSWING」。別れた恋人への断ちがたい想いを胸に、たった一人で踊る舞踏会。20歳になった本田美奈子の大人の魅力が、シンプルなジャケット写真からも伝わってくる。今後、もしかしたら、ますます成熟した大人の歌を聴かせてくれるのだろうか・・・と思ったら、さにあらず。

翌1988年夏、彼女は想像を絶する姿で、私たちの前に戻って来るのである。


本田美奈子BOX(DISC 3) 「止まらないRAILWAY」他

2006年12月10日 | 本田美奈子


本田美奈子BOX - disc3

収録曲 1.キャンセル 2.止まらないRAILWAY 3.Lovesong for somebody 4.SHIKASHI 5.Bond street 6.24時間の反抗 7.ルーレット 8.Feel like I'm running 9.NO PROBLEM 10.涙をF.O.(フェードアウト)して 11.the
Cross -愛の十字架- 12.HEARTBEAT AWAY 13.Oneway Generation 14.心のアラーム響かせて 15.CRAZY NIGHTS 16.GOLDEN DAYS
 
(17~18.「the Cross -愛の十字架-」「Oneway Generation」オリジナル・カラオケ)
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1986年のマリリン」の大ヒットによって、一躍メジャーな存在となった本田美奈子であるが、この時すでに、ある宿命的な闘いが始まろうとしていた。それは、「アイドルと呼ばれることへの闘い」。当時主流の、フリフリの可愛らしさを売り物にしたアイドル像に反発して、「自分はアイドルではなく、アーティスト」という主張を始めたのである。デビュー当初から、「歌で身を立てたい」という志の強かった彼女にしてみれば、当然の主張だった。

現在ならば、わざわざそう主張するまでもなく、デビューしたばかりの段階で、すでに「新人アーティスト」と呼ばれる。しかし、当時は、そうではなかった。若くて可愛い新人歌手がデビューすれば、まずアイドルとして見られてしまう。「アーティスト」という言葉は、日本の芸能界においては、ほとんど使われていなかったのである。

彼女が「アーティスト」という言葉で表わそうとしたもの、それは自分が思うに、日本ではなく、「海外のアーティスト」のイメージではなかっただろうか。

彼女自身が言っている。「その頃、社長さんに毎日毎日、海外のアーティストのビデオを見せてもらってました。日本ではルンルンの人がウケるけど、海外の人に共通する点は、やっぱし歌唱力と大人の歌い方です。反対に考えると海外のアーティストみたいな人は日本にいないわけで、私はこの路線で行くしかないと思った。」(「天国からのアンコール 1986年のマリリン」より)

その言葉を実践するかのように、1986年9月に発売された3rdアルバム「キャンセル」は、前2作と比べて、ガラリと内容が変わるものとなった。収録された10曲のうち、なんと6曲が外国人による作曲である。作詞はすべて秋元康が担当しているものの、全体として見ると、きわめて洋楽色の強い、統一コンセプトに貫かれたアルバムとなった。一言で表現すれば、日本語で歌うブリティッシュ・ロックである。このアルバムで、彼女は本格派アーティストの道へ、大きな一歩を踏み出したと言えるだろう。

本田美奈子BOXのdisc3には、その3rdアルバム「キャンセル」全曲(収録曲の1~10)と、1986年9月から1987年4月にかけて発売された3枚のシングルAB面全曲(収録曲の11~16)が収録されている。例によって、このdiscでのマイ・ベストの5曲を選んでみようと思うが、傑作の並ぶ激戦区なので、今後、他の曲と入れ替わる可能性は十分にある。

まずは、アルバム「キャンセル」の収録曲から、②「止まらないRAILWAY」。強靭なリズムと意志力で、過去を振り切り、未来の夢に向かって驀進する特急列車。まさに、重量級の傑作である。汽笛を模写する中間部の間奏が、後ろ髪を引かれるような哀愁を醸し出す。まるで、彼女自身の心を映す鏡のように。

同じく、アルバム「キャンセル」の中の一曲、⑧「Feel like I'm running」。現状を振り切り、真実の愛を求めて走り続ける、快速ランナー・美奈子。ゴールにたどり着くのは、いつだろうか。自分には、天使になった今も、まだ走り続けているように思えてならない。

「キャンセル」に先立って発売されたシングル、⑪「the Cross -愛の十字架-」。こちらは、ゲイリー・ムーアの作詞・作曲(秋元康の訳詞)による、ロック・バラードの名作。「十字架」のモチーフが暗示するのは、運命的な恋の行方だろうか。謎めいたドラマを包み込む、深みのあるヴォーカル。「マリアになれない」と哀しむ歌詞とは裏腹に、後年の本田美奈子は、立派に「聖母マリア」になり得たと思う。

1987年の大ヒットシングル、⑬「Oneway Gerenation」。作詞を手がけた秋元康は、迷いながらも一途な生き方をする本田美奈子を見て、「若さというのは“one way”だなあ」と思ったという。これがきっかけとなって、「Oneway Gerenation」が生まれた。いわば、彼女自身が作詞家を通して書かせたメッセージソングである。

数年後、本田美奈子主演のミュージカル「ミス・サイゴン」を観劇された皇太子様が、終演後に楽屋を訪れ、「Oneway Generationをよく聴いていました」とお話されたとのこと。皇室という伝統の中にあって、皇太子様自身も、自分なりの“one way”を模索されていた時期があったのだろうか。

マイ・ベスト5最後の一曲は、⑭「CRAZY NIGHTS」。クイーンのブライアン・メイ作詞・作曲による、ノリノリの傑作。秋元康はあくまで「訳詞」なので、英語のほうがオリジナルということだろうか。次のdisc4には、英語版が収録されているが、最後のほうは日本語のフレーズになり、「カッ飛んでいこうぜーっ」という掛け声も同じように入る。

大物海外アーティストとの交流によって、独自の歌世界を広げていく、新時代の旗手・本田美奈子。彼女は、この時すでに、他に並ぶ者のない「ワン・アンド・オンリー」の存在だったのである。


本田美奈子BOX(DISC 2) 「1986年のマリリン」他

2006年12月07日 | 本田美奈子


本田美奈子BOX - disc2

収録曲 1.1986年のマリリン 2.マリオネットの憂鬱<Single Version> 3.
Sosotte 4.ハーフムーンはあわてないで 5.Sold out 6.リボンがほどけない 7.1986年のマリリン<New Version> 8.スケジュール 9.JOE 10.バスルームエンジェル 11.ドラマティックエスケープ 12.マリオネットの憂鬱<Album
Version> 13.YOKOSUKAルール 14.愛の過ぎゆくままに 15.HELP 16.
TOKYO GIRL
 
(17~20.「青い週末」「1986年のマリリン」「Sosotte」「HELP」 オリジナル・カラオケ)
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本田美奈子デビュー2年目の1986年。それは、天文ファンであれば、何年も前から待ち焦がれていた、ハレー彗星接近の年であった。

ご存知の人も多いと思うが、ハレー彗星は76年ごとに回帰する。前回の1910年には、地球の軌道とすれすれのところで交差し、一時は激突するのではないかと大騒ぎになった。「ドラえもん」にも、当時の騒ぎを題材にした話があるが、この時のハレー彗星は、尾の長さが、全天の3分の2にも達したという。

当然、1986年の接近時にも、さぞかし見事な天体ショーを見せてくれるだろうと期待されたのだが、あいにく、軌道上の位置関係が良くなかったこともあって、今ひとつ見栄えがしなかった。泰山鳴動して、ねずみ一匹というところだろうか。あとは、とにかく長生きして、次回の2062年を待つしかないだろう。

不発に終わったハレー彗星に代わって、歌謡曲の世界では、前代未聞の大爆発が巻き起こった。本田美奈子の衝撃的ブレイクである。

今では、ごくふつうの女性ファッションになっている、ヘソ出しルック。これを彼女は、1986年の時点で披露したのである。もちろん、世評は真っ二つに分かれた。「和製マドンナ」という呼び名で、もてはやす一方では、某国営放送のように、放送コードに触れるとして、紅白歌合戦に出場させない、という仕打ちをする勢力もあった。

しかし、大人たちがどう言おうとも、同世代での人気の高さは、疑いようもなかった。ブロマイド売り上げ、年間第1位。名実ともに、トップアイドルに駆け上ったのである。

本田美奈子BOXのdisc2に含まれるのは、その1986年の前半に発表し、いずれもベストテン上位の大ヒットを記録した、3枚のシングルAB面全曲(収録曲の1~4と15~16)と、2ndアルバム「LIPS」全曲(収録曲の5~14)。前年にもまして意欲的な楽曲が並び、まさに上り坂の勢いを感じさせる。

ここで、前回と同じく、disc2でのマイ・ベスト5を選んでみよう。まずは、大ブレイクの火付け役となった①「1986年のマリリン」。伝説のシネマスター、マリリン・モンローを、1980年代の夜の都会によみがえらせた傑作。一般的に最も知られた代表作ではあるが、これを素人が歌いこなすのは、むずかしい(と、実際にカラオケで歌ってみて思う)。並みのアイドルが歌っても、まずサマにならない。本家マリリンに負けないほどの輝きを持つ本田美奈子だからこそ、成功したのである。

「マリリン」には、「♪もっと自由に 恋がしたいの」というフレーズがあるが、この時期のキーワードは、「もっと自由に」だったのかもしれない。「マリリン」に続いて発売されたシングル③
Sosotte」では、陽気なラテンのリズムに乗って、カルメンのように、情熱的で自由奔放な恋を歌いまくる。「♪許されない関係もいいわ」と言うのだから、強烈だ。これでは、PTAからクレームが出るのも当然だろう。

「Sosotte」のB面、④「ハーフムーンはあわてないで」は、スケールの大きい、幻想味あふれる名曲。妖しい半月の夜、恋の魔術師・美奈子のマジックが冴える。

シングル以外の曲では、まず⑥「リボンがほどけない」。誕生日のお祝いの曲かと思いきや、実は恋人とのお別れの曲。夢幻空間を漂うようなメロディが絶妙で、現在でも、テレビドラマの挿入歌に使えそうな雰囲気がある。

ベスト5、最後の1曲は、⑪「ドラマティックエスケープ」。やがて来るロック時代を予見するような、スピード感にあふれた快作。「ガラス張りのエレベーター」で昇って行く、52階の高層ホテル。NYCで言えば、マリオット・マーキースか。ここでも舞台は夜で、さらなる自由奔放なロマンスを求め、星空の海へ旅立っていく。

既成概念からの「ドラマティックエスケープ」。それこそが、この時期の本田美奈子が模索していたものかもしれない。


本田美奈子BOX(DISC 1) 「Temptation(誘惑)」他

2006年12月04日 | 本田美奈子


本田美奈子BOX - disc1

収録曲 
1.殺意のバカンス 2.恋人失格 3.好きと言いなさい 4.暗闇に紅いドレス 5.青い週末 6.モーニング美奈子ール 7.Temptation(誘惑) 8.if …… 9.M' 10.Temptation(誘惑)<NEW MIX VIRSION> 11.讃美歌は歌えない 12.マンハッタンの蛍 13.HARD TO SAY "I LOVE YOU" 14.DOUBT 15.
CHARLIE 16.NOVEMBER SNOW 17.APERITIF
 
(18~20.「殺意のバカンス」「好きと言いなさい」「Temptation(誘惑)」オリジナル・カラオケ)
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本田美奈子がデビューした1985年には、衝撃的な事件があった。520名の犠牲者を出した日航機墜落事故。その犠牲者の中には、歌手・坂本九の名前も含まれていたのである。

坂本九は、子供から年輩の方に至るまで、あらゆる年齢層に親しまれた、文字通りの国民的アイドルだった。自分自身も、小学校1年生の頃から、いや、その前から知っていたかもしれない。物心がついた頃には、すでに「上を向いて歩こう」のメロディーを憶えていたのである。

自分にとって、「ひとつの時代が終わった」とも言える1985年の4月、歌手・本田美奈子はデビューした。当時デビューするアイドル歌手は、すでに世代的には、自分より一回り下になっていたので、よほどのことがなければ、注意を払うことがなかった。自分にとってのアイドル史は、同世代の石川ひとみを最後に、終わったつもりになっていたのだ。

しかし、本田美奈子は、一味違った。当時としては群を抜くスレンダーなルックスも目を引いたが、やはり歌唱力が尋常ではなかった。「普通のアイドルではない」と、最初から思わせるものがあった。もしかすると、将来は日本の歌謡曲史を変えるかもしれない、と思わせるような、スケールの大きさを感じたものである。

本田美奈子BOXのdisc1には、デビューしたばかりの1985年の全楽曲が収録されている。4枚のシングルAB面全曲(収録曲の1~8)と、最初のアルバム「M’シンドローム」全曲(収録曲の9~17)である。最初の1年だけでも、実に中身が濃く、バラエティに富む楽曲が並ぶ。何よりも、ひとつひとつのテイクの完成度が高いので、決して聴き飽きることがない。

この粒ぞろいのdisc1で、あえてマイ・ベストの5曲を選ぶとすれば、まず⑤「青い週末」は欠かせない。どこまでも続く青空のように、広々とした曲想の中で歌われる、青春の旅立ち。この曲を聴くと、いつも故郷・湘南の海と江ノ電の情景を勝手に想像し、ノスタルジックな気分に浸るのである。

同じく、海辺での恋心を歌う⑦「Temptation(誘惑)」。このdisc中では、最も一般に知られている、ヒット曲。リズミカルな前奏が聴こえてくる段階で、すでに青春のときめきに包み込まれる。何度聴いてもワクワクしてくる名曲だ。

アルバム「M’シンドローム」の第1曲を飾った⑨「M’」。当時流行したディスコティックのリズムで、夜通し踊りまくるダンシング・ガール。文字通り、ディスコ版「踊りあかそう」である。

⑬「HARD TO SAY "I LOVE YOU"」。デビューわずか半年で成功させた日本武道館のライブで、ラストを飾った名バラード。「♪もうこれ以上 そばにいられない・・・」という最後の部分の歌詞を、あらためて聴いてみると、まるで永遠の旅立ちを前にした、惜別のメッセージのようにも聴こえてくる。

そして、屈指の名曲⑯「NOVEMBER SNOW」。ロシア民謡風の翳りと共に疾走するメロディーラインに、ドラマティックな歌唱が絶妙にブレンドされていくさまは、見事というほかはない。シングルで出していれば、かなりのヒットを記録したことだろう。


開けてびっくりの音楽玉手箱! 『本田美奈子BOX』を聴く。

2006年12月01日 | 本田美奈子


★『本田美奈子BOX  (2004年12月15日発売) TOCT 25543~48
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新ブログ「音楽玉手箱」の第1弾は、今からおよそ2年前の2004年12月15日、本田美奈子の歌手デビュー20周年を目前にして発売された「本田美奈子BOX」を紹介しよう。

ここには、1985年から1990年にかけての東芝EMI在籍期(いわゆるアイドル時代)に発表された、18枚のシングルAB面全曲、7枚のオリジナルアルバム全曲、英国限定で発売された「GOLDEN DAYS/CRAZY NIGHTS」の英語VIRSION、主要曲14曲のオリジナル・カラオケ等が、全6枚のCDに網羅されている。

さらには、映像クリップ集「DANGEROUS BOND STREET」のDVDと、デビュー直前の業界向けパンフレットの復刻を含む、貴重な写真満載の別冊ブックレットが付いている。まさに、開けてびっくり、聴き始めると時間が経つのも忘れてしまう、究極の音楽玉手箱である。

のちには、ミュージカルを経て、クラシック音楽にまで活躍の舞台を広げ、日本最高のクロスオーバー歌手へと成長した彼女であるが、このBOXに収められた6枚のCDを聴いてみると、すでに初期の頃から、アイドル歌謡洋楽風ロック歌謡→AOR→青春ハードロックという、変化に富んだクロスオーバー路線を突き進んでいたのがわかる。安定指向の「売れ線」に決して留まることなく、常に新しい分野を開拓し、自己のイメージを千変万化させていくところがすごい。

このBOXを聴き始めると、いつも一週間以上、ここから逃れられなくなる。彼女の声にいったんハマってしまうと、なかなか他の歌手に移行できない。「もっと、美奈子の歌を聴いてよ!」と、言われている気がするのである。

ならば、徹底的に聴いてみようではないか。他に類を見ない、アイドル性と芸術性を兼ね備えた、最強の歌姫・本田美奈子の原点が、ここにある。次回からは、このBOXに収められたCD6枚の魅力を、1枚ずつ、自分の好きな楽曲を中心に綴っていこうと思う。