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375's MUSIC BOX/魅惑のひとときを求めて

想い出の歌謡曲と国内・海外のPOPS、そしてJAZZ・クラシックに至るまで、未来へ伝えたい名盤を紹介していきます。

●歌姫たちの名盤(21) 藤圭子 『新宿の女 演歌の星/藤圭子のすべて』

2013年10月07日 | 歌姫③ ENKA・裏街道系


藤圭子 『新宿の女 演歌の星/藤圭子のすべて
(2013年4月10日発売) MHCL 30048 *オリジナル盤発売日:1970年3月5日 

収録曲 01.新宿の女 02.星の流れに 03.あなたのブルース 04.カスバの女 05.命かれても 06.逢わずに愛して 07.夢は夜ひらく 08.柳ヶ瀬ブルース 09.東京流れもの 10.花と蝶 11.長崎ブルース 12.生命ぎりぎり


1970年3月に発売されて以来、オリコン20週連続1位というとてつもないセールスを記録した伝説のアルバム。黒のベルベットに身を包み、白いギターをかかえた少女のジャケットが、文字通り、日本を制覇してしまったのである。

このレコードの素晴らしさを語るのに、言葉はもはや必要ない。レコードの盤面に針を乗せた瞬間から(どうしても、こういう古い表現になってしまうが)、出てくる音すべてに鮮明な躍動感がある。そのドスの効いた凄まじいまでの歌声はもちろん、バックに流れる各楽器がこれほどまでに精彩に富んだ音を出しているレコードは稀有であろう。

藤圭子が「演歌の星」 というキャッチフレーズでデビューした頃(この「○○の星」という表現は当時の流行だったわけだが)、当時小学校6年だった自分が真っ先に連想したのは、いうまでもなく「巨人の星」だった。現代の人たちが見たら実に泥臭いと思われるであろうこのアニメドラマが、当時は国民的な大ヒットを勝ち得ていたのである。

この作品のどこがそれほど魅力的なのだろうか。
実は主人公・星飛雄馬の姿からは、野球を楽しんでいる様子が、ほとんど伝わって来ない。
彼は本当に野球が好きなのだろうか? 自分の意思で「巨人の星」 を目指しているのだろうか? 
どうも、そうではないように見えて仕方がない。

思い当たる理由はただ一つ。
きっと、あの執念深い父親の息子として生まれたから、好むと好まざるとに関係なく、「巨人の星」を目指さなくてはいけない羽目になってしまったのだ。

自分の意思に反して、いと高き目標を与えられ、それに向かって狂おしいまでの努力を重ねる毎日。
やめたいと言えば、ちゃぶ台をひっくり返され、ライバルに負けたら、根性なしと怒られる。
そのような泥沼のスパイラルに陥った状態を、人は「宿命」 と呼ぶ。

そんな宿命に支配された人生の中で、必死に闘い続ける主人公こそが、時代のヒーロー/ヒロインだったのである。

そういう意味で、藤圭子の登場はタイムリーだった。
まるで劇画の世界から飛び出してきたかのような、暗い影を背負った美少女。幼少の頃から浪曲師の父母とともにドサ回りの生活を続け、あまりの苦難の中で盲目になってしまった母の手を取り、冷たい夜風に身をさらし、来る日も来る日も24時間ぶっ続けの”流し”を行なう毎日。生活の糧を得るために、好むと好まざるとに関係なく、歌っていかなければならなかった。

歌が好きという次元ではなかった。歌わなければならない「宿命」のもとで、歌い続けた。
そういう暗い過去の中に、まさに当時の人たちが心の底からシビれた「ド根性」があった。
「宿命」と「ド根性」
これこそが、星飛雄馬と藤圭子に共通するキーワードだったのである。

しかし、藤圭子自身は決して悲劇のヒロインを好んだわけではなかった。
むしろ、不幸な衣を着せようという周囲の流れに反発して、過分な幸福を求めようとしたのではなかろうか。
今、あらためて彼女の歌声を聴いてみると、決して悲壮感一本槍でなかったことがわかる。

デビューシングルとなった「新宿の女」は、愛人に捨てられてネオン街に彷徨う女の心情を歌いながらも、明日もまた頑張っていこうという前向きな気概を感じさせるし、愛人の待つ宿を点々としながらさすらいの旅を続ける女を歌った「星の流れに」も、落胆を越えた希望が根底にある。

一方では、いったん悲壮な世界に落ち込んだら、徹底的に悲しみの地獄となる危険も孕んでいる。
圧巻は「あなたのブルース」 。あなた、あなた、あなたと連呼し、ラールルラ、ルルラ、ルラーと慟哭するあたり、とても10代の少女の声とは思えない迫力だ。

アルバムの発売後にシングルカットとなり、藤圭子の代名詞的な傑作として知られる「夢は夜ひらく」 は、オリジナルを歌ったのは別の歌手だった。筆者もごく最近までこれが園まりのカバー曲であることを知らずにいたのだが、それほどまでに藤圭子以外には考えられないほど、彼女の色に染め上げられていたのである。

この曲は歌声ばかりではなく、伴奏するベースのアルペジオ、さびれたサックスの音色がいい味を出しており、演歌というよりは上質なジャズとして聴けるアレンジも魅力的だ。

他のカバー曲、「柳ヶ瀬ブルース」 (美川憲一)や「長崎ブルース」(青江三奈)なども、藤圭子独特のハスキー・ヴォイスによる節回しがカッコよく、まさにブルースの真髄ここにあり、と呼びたいような仕上がりになっている。

今回の2013年盤は、最新技術でオリジナルの音質を再現するBlu-spec CD2での再発売であり、一段と音が良くなったようだ。今後も昭和歌謡曲の黄金時代を伝える記念碑的な名盤として、時代を越えて聴かれ続けることになるだろう。
 
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●歌姫たちの名盤(19) テレサ・テン 『ラスト・コンサート/完全版 -1985.12.15 NHK HALL-』

2013年08月05日 | 歌姫③ ENKA・裏街道系


テレサ・テン 『ラスト・コンサート/完全版 -1985.12.15 NHK HALL-
(1999年12月1日発売) POCH-1892/3

収録曲 [Disc. 1] 01.オープニング~ 空港 02.メドレー~ アカシアの夢~ 03.ふるさとはどこですか~ 04.女の生きがい~ 05.雪化粧~ 06.夜のフェリーボート 07.船歌 08.海韻 09. 何日君再來 10.釜山港へ帰れ 11.浪花節だよ人生は 12.北国の春 13.夜來香 [Disc. 2] 01.A GOOD HEART 02.CARELESS WHISPER 03.THE POWER OF LOVE 04.I JUST CALL TO SAY I LOVE YOU 05.つぐない 06.乱されて 07.ミッドナイト・レクイエム 08.愛人 09.ノスタルジア 10.今でも・・・ 11.アンコール~ ジェルソミーナの歩いた道 12.リクエスト・コーナー~ 1) 梅花 2) 漫歩人生路(ひとり上手) 3) 東山諷雨西山晴 13.愛人


「アジアの歌姫」テレサ・テンが1985年12月15日にNHKホールで行なったコンサートが完全収録された2枚組CD。前年の日本復帰第1作「つぐない」の大ヒットに続き、この年も「愛人」が大ヒットして年末のNHK紅白歌合戦への初出場が決まるという、まさに昇り竜のタイミングで、日本では実に9年ぶりとなる単独コンサートが行なわれた。

このCDは『ラスト・コンサート』というタイトルになっているが、この時点では、日本でのライヴはこれが最後になろうとは予想されるはずもなかった。結果的に、テレサ自身のMCも含めて完全収録されたこの日の録音は、二度と繰り返すことのできない奇跡のような体験を刻印する貴重な媒体となったのである。

まずDisc.1。人々のざわめきの中で、おもむろに空港のアナウンスが聴こえてくる。ジェット機が飛び立つ音。そして1974年に大ヒットした初期の代表作「空港」のイントロが現われ、待望のテレサの歌声が響く・・・という絶妙のオープニング。

ここでテレサの挨拶があり、最初のプログラムはポリドール時代に録音した演歌のメドレー。「アカシアの夢」、「ふるさとはどこですか」、「女の生きがい」、「雪化粧」と歌い継いだあと、「夜のフェリーボート」で序盤のクライマックスとなる。演歌歌手としてのテレサの足跡を振り返るような導入部分だ。

ここから舞台は東南アジアに移り、インドネシア民謡「船歌」 、中国の愛唱歌「海韻」と「何日君再來」、人気の高い韓国の名曲「釜山港へ帰れ」、日本のスタンダード・ナンバー「浪花節だよ人生は」、「北国の春」と続く。「北国の春」 では1番と2番の間に中国語のワン・コーラスを挟み、拍手喝采が巻き起こった。

会場には香港からも多数のファンが来ているようで、しばしの間、広東語で会話するシーンもあり。
好きな歌手なら国境を越えても追いかけるという熱烈なフォロワーは、日本同様に存在するようだ。

前半の締めは世界で最も有名なチャイナ・メロディといわれる「夜來香(イェライシャン)」。往年の山口淑子(李香蘭)の歌でヒットし、テレサ・テンの歌によって復活したこの名曲は、まさに天女のような・・・と表現するしかない絶品で、居ながらにして極楽浄土に引き込まれるような感覚になる。

Disc.2は一転して洋楽ナンバーでスタート。乗りのいい「A GOOD HEART」 はこのアルバムで初めて聴く曲なのだが、これはどうやらテレサのために書かれたオリジナル英語曲のようである。欧米圏でも十分ヒットしそうなメロディだ。

続いて当時の最新ヒット曲のカバー「CARELESS WHISPER」(ジョージ・マイケル)、「THE POWER OF LOVE」(ジェニファー・ラッシュ)、「I JUST CALLED TO SAY I LOVE YOU」(スティーヴィー・ワンダー)を歌う。そして、そこから間髪入れずに「つぐない」 に突入していくプログラミングも鮮やかだ。ベートーヴェンの第5交響曲ではないが、いかにもシンンフォニーの最終楽章が来た・・・という感じがする。

ここからは、まさにテレサ・テンの「なう(NOW )」となり、新しいレコード会社トーラスに移籍してからのオリジナル曲「乱されて」、「ミッドナイト・レクイエム」、「愛人」、「ノスタルジア」、「今でも・・・」と続く。そして、アンコールの「ジェルソミーナの歩いた道」でライヴの幕が閉じられるかに見えた。

ところが、テレサは広東語でリクエスト曲を募集する。わざわざ香港から追いかけてきた人たちへのファン・サービス。さすがに歌詞をトチったり、どこか怪しげだったりするが、なかなかここまでやる機会はないだろうから、これはこれで貴重な光景といってもいいだろう。

アジアの歌姫による、一期一会のラスト・コンサート。それからわずか10年後、42歳で世を去った時、悲しさよりも「あぁ、天女が空へ帰っていったんだな・・・」と妙に感慨深い思いがしたのも、実際に彼女が天に選ばれた人だったからかもしれない。

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●歌姫たちの名盤(18) テレサ・テン 『ベスト全曲集 ~21世紀へ伝えたい名曲たち~』

2013年07月22日 | 歌姫③ ENKA・裏街道系


テレサ・テン 『ベスト全曲集 ~21世紀へ伝えたい名曲たち~
(2000年9月20日発売) UPCH-3005

収録曲 01.悲しみと踊らせて 02.冬のひまわり 03.夕凪 04.空港 05.夜のフェリーボート 06.ジェルソミーナの歩いた道 07.あなたの空 08.乱されて 09. つぐない 10.愛人 11.時の流れに身をまかせ 12.別れの予感 13.香港~Hong Kong~ 14.上海エレジー 15.恋人たちの神話 16.悲しい自由 17.今でも・・・ 18.Yes, 愛につつまれ


テレサ・テン。彼女について書こうとすると、どうしてもラヴレターのようになってしまうので、ひとまず自制しなけれならないが・・・やはりアジア圏でこれほど愛されている歌姫はいないし、これからも出てこないだろう。なにしろ、あまりの影響力の強さに中国共産党も恐れたほどだったのだから。

テレサの生前、つまり1995年以前の段階では自分自身が若かったこともあり、まだまだ真の魅力に気づいていなかった。本当にテレサの歌声が聴きたくなったのは、自分がテレサの没年齢(42歳)に追いついた2000年以降なので、完全な没後ファンである。もちろんライヴに接するには時すでに遅く、市販されているCDやDVDに頼るしかなくなってしまった。

しかもこれだけの大スターなので、代表曲を含めた、いわゆる「ベスト盤」のCDだけでもおびただしい数が出ている。今年(2013年)は生誕60周年に当たるということもあって、新たに未発表音源を収録した『ダイヤモンド・ベスト』なる新譜も発売された。これだけ多くの「ベスト盤」があると、初めてテレサを聴こうという人は、どれを買えばいいのか迷ってしまうだろう。

筆者が選んだ最初の1枚は、2000年9月に発売された『ベスト全曲集 ~21世紀へ伝えたい名曲たち~』 というCDだった。まず最初に目を惹くのは、ジャケットの素晴らしさである。顔だけではなく全身で表現された大人の女性の魅力は、他のCDを大きく上回っているのではないだろうか。名盤といわれるレコードはたいていジャケットのデザインも極上であることが多いが、これも例外ではないだろう。

このCDのブックレットには、テレサの代表曲4曲(「つぐない」、「愛人」、「時の流れに身をまかせ」、「別れの予感」)のメロ譜が付いており、カラオケが趣味の人にとっては歌の練習に利用することができるという点で便利な特典である(筆者もそれが目当てだった)。そして、この4曲以外の収録曲も「21世紀へ伝えたい名曲たち」というコンセプトを反映して、いかにもそれにふさわしい曲目が選ばれており、単なるシングル・コレクションではなく、アルバムとしてトータル的なバランスが取れているところがいい。

個人的には前記4曲に続く名曲として「恋人たちの神話」と「香港 ~Hong Kong~」は欠かせない。大きな賞こそ受賞していないが、実際はおそらくこの2曲がテレサのキャリアの上でピークを極めていると思われ、昭和の幕切れを飾る名曲と呼びたいような輝きがある。続いて1990年代に歌われた「Yes, 愛につつまれ」、「悲しみと踊らせて」、「冬のひまわり」、「夕凪」になるとテレサの歌声はいよいよ透明度を増し、俗世間を離れた彼岸の響きというか、何かこの世ならざるものを帯びてくるようになる。

このような歌声を獲得するには、もちろん天性の才能に加えてそれ相応の努力も必要なのだろうが、もう一つのファクターとしては「常人には想像もつかない過酷な運命」というのもあるかもしれない。世間的な名声とは裏腹に、どうにも解決しようのない孤独感が見え隠れする。

 何故にわたしは 生まれてきたの
 何故に心が 淋しがるの

「香港 ~Hong Kong~」の中で歌われる一節が、当時の悲痛な心境を吐露しているかのように響く。
抗いがたい運命に翻弄された悲しい人生と反比例するような天使のような歌声が、どうしても表裏一体のものと思えてしまうのは、考え過ぎだろうか・・・

ところで、CD店などに行くと、テレサ・テンは「演歌」にカテゴライズされていることが多く、そのことが若い音楽ファンには誤解を招く原因にもなっているのだが、実際は「演歌」 に該当するテレサの曲はそう多くない。あるとしても1970年代にヒットした「空港」など初期の数曲だけで、あとは純粋にAORというか「大人向けラヴソング」と考えたほうがいいだろう。このアルバムにも「上海エレジー」(南こうせつ作曲)、「今でも・・・」(飛鳥涼作曲)といったJ-POP指向の作品が含まれており、全体的に透明度の高い1980年代中盤以降の楽曲を中心にまとめられている内容からも、若いリスナーには特にお勧めできるアルバムと思われる。

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●歌姫たちの名盤(15) 日吉ミミ 『たかが人生じゃないの ~日吉ミミ、寺山修司を唄う』

2013年05月13日 | 歌姫③ ENKA・裏街道系


日吉ミミ 『たかが人生じゃないの ~日吉ミミ、寺山修司を唄う
(2008年10月1日発売) VICL-63069 *オリジナル盤発売日:1983年7月21日

収録曲 01.たかが人生じゃないの 02.かもめ 03.時には母のない子のように 04.もう頬づえはつかない 05.ひとの一生かくれんぼ 06.生まれてはみたけれど 07.かもめが啼けば人生暗い 08.兄さん 09. わたし恋の子涙の子 10.キラキラヒカレ


人生の裏街道を歌う個性派シンガー、日吉ミミがビクターからリリースしたアルバムは13枚。その中で現在CD化されているのは1970年のデビュー・アルバム『男と女のお話/日吉ミミの世界』と1983年のラスト・アルバム『たかが人生じゃないの ~日吉ミミ、寺山修司を唄う』の2点のみである。残りのアルバムも中古LPなら入手可能なものもあるが、一般のファンには敷居が高い。やはり日吉ミミの真価を広く認知してもらうには、13枚のアルバムすべてを復刻するBOX SET企画が待たれるところである。

さて、現在市場に流通している2枚のオリジナル・アルバムのうち、『たかが人生じゃないの ~日吉ミミ、寺山修司を唄う』は間違いなく昭和歌謡曲の歴史に刻印されるべき傑作である。タイトルとなっている「たかが人生じゃないの」は、1973年1月に発売されたシングル曲。この曲は以下のようなフレーズで始まる。

 あのひとが死んだわ 朝日が昇った あたしは文無しだけれど 何とかなるわ

ある晩、たびたび自分の部屋を訪問していた愛人が突然の死を迎える。決して正式な「夫」でないだろうということは、女が「文無し」、つまり男の遺産が自分のものにならないところから推測できる。男が形見に残したセーターを匂いがついたままそばに置いて、たったひとりで余生を過ごしていこうと心に決める女の哀しさ。「たかが女の 人生じゃないの・・・」
ドラマチックな展開を一切排除した淡々とした語り口が、逆に波乱万丈なドラマを浮き彫りにする。

このシングル曲は、発売される前年の1972年にリリースされた『たかが人生じゃないの ~日吉ミミ、オリジナルを唄う 第2集』というアルバムに、すでに収録されていた。つまり、日吉ミミは「たかが人生じゃないの」というタイトルのアルバムを2回出していることになる。1回目の1972年はオリジナル曲を集めたアルバムとして、そして2回目の1983年は寺山修司追悼の企画アルバムとして。このことから、日吉ミミと寺山修司との間には何か特別な縁があったかもしれない、という憶測が可能になる。

日吉ミミがライナーノーツで自ら回想している記述によれば、彼女が寺山修司と最初に出会ったのは、1972年に寺山修司が最初に作詞を手がけた新曲「人の一生かくれんぼ」のレコーディングの打ち合わせの日であった。背広にノーネクタイで現われた寺山修司は、意外にボソボソと話をする人だったので、彼女は「エッ?エッ?」と何度も聞き直さなければならなかったという。この時に受けた第一印象は「澄んだ目をした湯上りの里いも」。なんともユニークな表現だが、これこそが寺山修司の澄み切った慧眼と素朴な人柄を端的に言い表した比喩であると思う。

 ひとの一生 かくれんぼ あたしはいつも 鬼ばかり

この「ひとの一生かくれんぼ」は人生をかくれんぼの遊びに重ね合わせ、いつも鬼の役回りを演じる運命になってしまう哀しい女の一生を唄ったものである。

人生は決して思い通りにならない。生まれ出る親を自分で選ぶことはできない。生まれた時の境遇で、ほぼ一生のアウトラインは決まってしまう。ごく一部、恵まれない境遇を脱して成功する人もいるにはいるけれど、それはごく少数でしかない。境遇を抜け出そうとして一心不乱に努力しても、それが実現する保障は何もない。それとは逆に、もがけばもがくほど泥沼に堕ちてゆく人の何と多いことか・・・

寺山修司は彼自身の体験から、その過酷な現実を身にしみて実感していた。彼にとってラッキーだったのは、その現実をプロデュースする才能に恵まれていたこと。彼は「人生の裏街道に生きる人たち」 を主人公に、ある時は歌人として、ある時は詩人として、ある時は写真家として、ある時は演出家として、ありとあらゆる表現方法で世に問うことを続けた。マルチな才能で数多くの作品を残したが、根底に流れるテーマは一貫していた。

その寺山修司の世界を最も端的に表現できる歌手、それが他ならぬ日吉ミミだったのである。

「たかが人生じゃないの」にしろ、「ひとの一生かくれんぼ」にしろ、日吉ミミが歌うとあまりにも生々しい説得力がある。歌手と歌の主人公のイメージが完全にだぶってしまうのだ。ライナーノーツで小西良太郎が述べているのをそのまま引用すれば、「理不尽なくらい辛いことが多過ぎて、もう涙も出ない女。どうせ人生そんなもんだと見切った上で、せめて心だけは貧しくならずに生きようとする女。カラコロと不幸せな過去を音をたてて引きずりながら、それでも背筋はしゃんと伸ばしていたい女。いじらしくもけなげに、明るく振る舞おうとする女。そんな主人公が日吉ミミには似合いすぎた・・・」 

このアルバムには、すでに紹介したシングル2曲のほか、寺山修司の真髄を存分に味わうことのできる「寺山歌謡」の名作が10曲収録されている。カルメン・マキの歌で知られる「時には母のない子のように」、浅川マキの歌った「かもめ」、桃井かおり主演の映画「もう頬づえはつかない」のエンディング・テーマ曲等々、いずれも日吉ミミのために用意されていたかのような曲目。独特のハイトーン・ヴォイスが出口のない現実を照らす一筋の光明となり、絶望の中にもほのかな希望を見出すことができる。それが、まさに裏街道に生きる人たちにとっては救いなのだ。

これ以外にも、妻子ある男を恋してしまった女の心境を綴る「生まれてはみたけれど」 、不幸せな出来事の連続に絶望するものの自殺もできず、かもめのように人生の海をさまよう「かもめが啼けば人生暗い」、借金に追われ、仕事も女もない兄を慰める「兄さん」、結婚しても依然として恋の炎から逃れられない「わたし恋の子涙の子」、持ち主を次々と不幸に陥れてゆく悪魔の指輪物語「キラキラヒカレ」と、いずれもクォリティの高い傑作が揃う。

寺山修司+日吉ミミという昭和中期に生まれた2人の天才が織り成すコラボレーション。
それは時代を越えて、庶民の心を照らし続けるだろう。

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●歌姫たちの名盤(14) 日吉ミミ 『THE昭和歌謡 日吉ミミ スペシャル』

2013年05月05日 | 歌姫③ ENKA・裏街道系


日吉ミミ 『THE昭和歌謡 日吉ミミ スペシャル
(2008年11月19日発売) VICL-63163

収録曲 01.男と女のお話 02.男と女の数え唄 03.むらさきのブルース 04.あなたと私の虹のまち 05.男と女の条件 06.結婚通知 07.途中下車 08.りんご 09. 十時の女 10.捜索願 11.想い出ばなし 12.流れ星挽歌 13.猫 14.男の耳はロバの耳 15.タ・ン・ゴ 16.雪 17.未練だね [ボーナストラック]18.おじさまとデート(昭和44年 日吉ミミデビュー曲) 19.涙の艶歌船(昭和42年 池和子名義でのデビュー曲)


万国博覧会が開催された1970年。その年の5月に大ヒットし、強烈な印象を残したのが日吉ミミの「男と女のお話」だった。
「恋人にふられたの よくある話じゃないか 世の中かわっているんだよ 人の心もかわるのさ」

わずか1行でワン・コーラスが終わる。「シンプル・イズ・ザ・ベスト」のお手本のような歌詞。あまりにもわかりやすい真実なので、当時中学1年だった筆者も1回聴いただけで憶えてしまった。これなら大ヒットするのは当然であろう。

同じ年の10月には男と女シリーズの第2弾「男と女の数え唄」 も連続ヒット。勢いに乗って年末の紅白歌合戦にも初出場を果たす。
当初は補欠だったのだが、常連の大御所・江利チエミが「自分はヒット曲がないから」と潔く辞退するという幸運にも恵まれ、千歳一隅のチャンスをものにした。これ以後、紅白出場は実現していないわけだから、江利チエミには一生感謝していたに違いない。

舞台姿が、また印象的だった。1970年の紅白歌合戦に出場した時の映像が最近までYouTubeで見られるようになっていたが、当時23歳だった日吉ミミはセンスのいい衣装も含めてルックスも十分可愛い。クールな微笑をあまり変化させずに歌う姿は人形のような魅力があるし、独特の鼻にかかるハイトーン・ヴォイスは今聴いても新鮮味がある。細部まで絶妙にコントロールされた歌唱力もあり、その実力をあらためて再評価したい気持ちにさせられる。

実際、1967年5月に池和子名義で最初のデビューを果たしてから、2011年8月に膵臓癌で亡くなるまでの44年間、大手レコード会社のビクターは一度も日吉ミミを手放さなかった。人生に表街道と裏街道があるとすれば、間違いなく「裏」に属する人たちの喜怒哀楽を歌った個性派歌手だけに、根強い固定ファンの多い貴重な「隠れドル箱歌手」としての価値を認めていたということだろう。

日吉ミミの魅力を音源だけで味わうとしたら、うってつけのCDが出ている。2008年、デビュー40周年を記念して発売された企画もののベスト・アルバムで、タイトルは『THE昭和歌謡 日吉ミミ スペシャル』。THE昭和歌謡とは大きく出たものだが、この1枚に昭和歌謡曲の最良のエッセンスが詰め込まれているという意味では決して大げさなタイトルとも言い切れない。いわゆるヒット・アルバムではなく、隠れ名曲を中心に選曲したファン向けのベスト・アルバムであるところが味噌なのである。

最初の2曲はお馴染みの代表曲「男と女のお話」と「男と女の数え唄」。まずは一般的に知られている日吉ミミを聴いてもらおう、というわけでイントロダクションとしては最も適切な選曲。続く3曲目からが本番のプログラムとなる。

収録曲のうちシングルB面の曲が「むらさきのブルース」(1971年)、「あなたと私の虹のまち」(1972年)、「途中下車」(1973年)、「りんご」(1973年)、「捜索願」(1973年)、「男の耳はロバの耳」(1983年)、「雪」(1986年)、「未練だね」(1988年)の8曲。いずれも隠れ名曲と呼ぶに値するものだが、特に「りんご」は1度聴いただけで忘れられない感銘を残す傑作だ。

ある日、幼い女主人公はあまりにお腹がすいていたので、1個のりんごを盗んでしまう。そのために悪い娘だと折檻され、お寺に追いやられる。すでに実の母は亡くなっており、継母にも疎ましくされていたのだろう。その後「不良少女」のレッテルが貼られ、あちこちの親類にたらい回しされる日々が続く。淋しさからタバコも覚え、男性遍歴も繰り返していく。しかし男運も悪く、財産はすべて持っていかれ一文無しの身に。「赤いりんご1個で、私の人生は終わった・・・」

まさに不幸を絵に描いたような女の一生。普通の歌手が歌えば暗すぎて聴いていられなくなるところだが、日吉ミミのハイトーン・ヴォイスで聴くと、不幸な中にもどこか救いがあり、それでいてなんともいえない哀愁が漂ってくる。まさしく「人生の裏街道」を歌うために生まれてきたような唯一無二の個性がここにある。

「捜索願」も面白い。1年間同棲し、結婚話まで進んでいたという恋人のヒロシが、ある時タバコを買いにいったまま行方不明になってしまう。いったいどこへ行ったのか? 心配したスナック「かもめ」のヨーコは捜索願を出す・・・ 
要するに捨てられたことに気づいていない女の哀れを歌った失恋歌なのだが、これがまた独特の詩情を醸し出す一作になっている。

シングルA面曲の中では、心変わりした愛人に捨てられゆく女の心境を歌った「流れ星挽歌」(1978年)が堂々たる力作。ただしリアルタイムでは聴いた憶えがないので、それほどヒットしなかったのだろう。やはり1970年代も後半になるとレコードの購買層がやや若年化してくるので、渋い大人向けの楽曲はやや不利になってくるのは否めない。

もちろんプロデューサー側もそのような時代の流れは察知しているので、日吉ミミの場合もこの時期を境にしてニューミュージック系アーティストへの楽曲依頼が増えるようになる。このアルバムには収録されていないが、TV番組の劇中歌に抜擢された中島みゆき作曲の「世迷い言」(1978年)はこの系列の代表作であろう。

それ以外の収録曲では、ボーナストラックの1曲目「おじさまとデート」(1969年)が凄い。これは「男と女のお話」でブレークする直前、日吉ミミ名義での第1作ということになるが、よくもここまで・・・と思えるほどの徹底的なオヤジキラーぶりを発揮したアダルト・ソングである。しかも、このシングルのB面曲のタイトルはなんと「恋のギャング・ベイビー」。いったいどんな曲なのか想像もつかない。

もう1曲のボーナストラック、池和子名義のデビュー曲「涙の艶歌船」 (1967年)は純然たる演歌なので、日吉ミミの個性はまだ出し切れていないが、ハイトーン・ヴォイスを生かした歌唱力は素晴らしく、後のブレークを予感させるものがある。

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