375's MUSIC BOX/魅惑のひとときを求めて

想い出の歌謡曲と国内・海外のPOPS、そしてJAZZ・クラシックに至るまで、未来へ伝えたい名盤を紹介していきます。

歴史的名盤を聴く(7) オットー・クレンペラー @1969 Munchen Live

2010年04月04日 | クラシックの歴史的名盤


メンデルスゾーン:交響曲第3番スコットランド』、シューベルト:交響曲第8番未完成
オットー・クレンペラー指揮バイエルン放送交響楽団
(1969年5月23日『スコットランド』&1966年4月1日『未完成』、ミュンヘン、ヘラスレスザール:ステレオ・ライヴ録音) EMI-5 66868 2

クラシック音楽で有名な作曲家のうち、小学校時代から好印象を持っている作曲家が何人かいる。といっても、それほど早い時期からクラシック音楽に興味を持っていたわけではない。その印象は音楽そのものでなく、学校の音楽室に飾られた肖像画から来ていたのである。

当時好感を持っていた肖像画を2つあげるとすれば、シューベルトとメンデルスゾーンだった。シューベルトの柔和で優しそうな顔は、いろいろと不遇な目に遭うことの多かった当時の自分にとって癒しの役割を果たしたものだが、ある意味それ以上に萌えたのはメンデルスゾーンだったかもしれない。第一印象ではてっきり女性と思ったほど、典雅な雰囲気が漂っていた。反対に、苦手だったのはベートーヴェン。あの闘争心丸出しの顔には、どうも引いてしまうところがあった。クラシック音楽を聴き始めてから、しばらくの間はあまりベートーヴェンのCDに手を伸ばさなかったのも、その時の感覚が尾を引いていたせいだったかもしれない。今ではもちろん、ベートーヴェンの素晴らしさも認識しているつもりだけれど。

さて、そのメンデルスゾーンで最も聴く機会が多い曲は、ダントツで交響曲第3番『スコットランド』である。同じメンデルスゾーンでも第4番『イタリア』はほとんど聴かないのに、『スコットランド』には「惚れた」と言っていいほど入れ込んでいる。演奏はオットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団による名高い1960年スタジオ録音。ほの暗い曲の魅力を余すところなく描き尽くした代表盤で、これがあれば十分とも言えるが、ここではもう1枚、同じ指揮者が最晩年にバイエルン放送交響楽団を振った1969年ライヴ録音を紹介しておこう。

クレンペラーの演奏は、一般的には「アンサンブルや音色・情緒的表現など表面的な美しさよりも、遅く厳格なテンポにより楽曲の形式感・構築性を強調するスタイル」(wikipediaの文章より)と言われており、それゆえに彼の作り出す音楽は冷たく、感情に欠如すると思われているところもある。ところがクラシック音楽の世界は、そう一筋縄では行かない。人間的な感情表現を排することによって、作品本来の美しさが浮き彫りになるという、逆説的効果を生み出すことがあるのだ。クレンペラーの指揮する『スコットランド』は、その最上の成功例と言うことができる。「小手先の情緒表現にとらわれることなく、ありのままの音を鳴らす」というアプローチが、結果的に格調の高い叙事詩的スケールの表現を可能にしたのである。

第1楽章は、中世スコットランドの荒涼とした自然を思わせる幻想的な序奏で始まる。それに続く主部は、数奇な運命にもてあそばれた英雄たちの物語。まさに『ブレイブハート』(スコットランド建国の英雄ウィリアム・ウォーレスの半生を描いた映画)の世界を思わせる。クライマックスでの盛り上がりは、圧政から立ち上がろうとするスコットランド人たちの情熱を代弁するかのような迫力だ。

第2楽章は、首都エディンバラの夏祭りを思わせるようなメルヘンチックなスケルツォ。民族楽器バグパイプの演奏に合わせて、カラフルな衣装の女の子たちが踊っているような、賑やかな雰囲気に満ちあふれている。

第3楽章は、ハイランド地方の雄大な大自然を思わせる音楽。緑の森が地平の彼方まで続き、太古の海獣が今も棲むといわれる紺碧のネス湖と、湖のほとりに打ち捨てられたアーカート城の廃墟が目に浮かぶ。

第4楽章は、スコットランド王室の波乱に満ちた歴史を振り返るような、荘厳な行進曲となる。悲劇的な色合いが濃いのは、悲劇の女王メアリー・スチュアートの影だろうか。フィナーレはやがて突然イ短調からイ長調に転じ、勝利の凱歌で幕を閉じる…というのがメンデルスゾーンの原曲だ。ところが、このクレンペラー盤は違う。一瞬イ長調に転じたかと思いきや、すぐにイ短調の第2主題に戻り、悲劇的な雰囲気のまま寂しく終わってしまうのである。

なんと!クレンペラーはオリジナルの終結部を改変してしまったのだ。昔の指揮者は基本的に独裁者であり、「オレ流」の演奏を貫くのが当然だったとはいえ、ここまではなかなかできるものではない。おそらく、よほどの確信があってのことだろう。「メンデルスゾーンは、本当はこう書きたかったに違いない!」と。

実際、何度も聴いていると、違和感がなくなってくるから不思議だ。

自分は10年以上も前、このクレンペラーの演奏を聴いてから、どうしてもスコットランドに行きたいという気持ちが芽生え、時を追うごとにその思いから逃れられなくなってきた。メンデルスゾーンが歴史的な霊感を得た現場をいつか訪れなければならないというのが悲願となり、ずっとチャンスを待った。そしてついに2009年5月、その夢は実現した。ハイランド地方の都インヴァネスと神秘に包まれたネス湖。世界遺産の街エディンバラの街並み。そしてエディンバラマラソンで走った北海沿岸の風景…。

そこはまさにメンデルスゾーンが描いた『スコットランド』そのものだったのである。

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