375's MUSIC BOX/魅惑のひとときを求めて

想い出の歌謡曲と国内・海外のPOPS、そしてJAZZ・クラシックに至るまで、未来へ伝えたい名盤を紹介していきます。

本田美奈子.POPS期の名曲集(1) 『LIFE~プレミアムベスト』

2006年12月25日 | 本田美奈子

本田美奈子.『LIFE ~Minako Honda. Premium Best
(2005年5月21日発売) UMCK-9115

収録曲 1. 祈り  2. 愛の讃歌  3. アマリア 4. BBちゃん雲にのる 5. Oneway
Generation 6. 1986年のマリリン 7. Temptation(誘惑) 8. 幸せ届きますように。 9. この歌をfor you 10. Fall in love with you -恋に落ちて- 11. 僕の部屋で暮らそう 12. June 13. ら・ら・ば・い ~優しく抱かせて 14. 命をあげよう ~ミュージカル「ミス・サイゴン」より 15. あなたとI love you 16. つばさ

DVD(初回限定版のみの特典) 1. ら・ら・ば・い ~優しく抱かせて 2. 僕の部屋で暮らそう 3. Fall in love with you -恋に落ちて- (いずれもプロモーション・ビデオ)
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前回までは、「本田美奈子BOX」の紹介を通して、彼女の初期のキャリアを簡単に振り返ってみた。ごく最近まで、本田美奈子の曲といえば、この時期の、いわゆるアイドル時代のものしか知らない人が多かったし、今でさえ、かなり多くの人が、本田美奈子の代表曲といえば、「1986年のマリリン」を連想するだろう。

しかしながら、この時期は、「本田美奈子交響曲」という「人生のシンフォニー」で言えば、あくまで、「第1楽章」に過ぎなかったのである。

本田美奈子交響曲の「第2楽章」は、1991年のミュージカル「ミス・サイゴン」のオーディション合格の時に始まり、クラシック歌手としてのデビュー前まで続く。この時期は、職業的には「ミュージカル女優」が本業となり、純粋な「歌手」としての活動は、ミュージカル出演の合間を縫って、展開されることになる。

この第2楽章の時期、いわゆるミュージカル時代にリリースしたオリジナル・アルバムは、わずか2枚。1994年発売の「ジャンクション」と、1995年発売の「晴れときどきくもり」のみである。しかも、さほど売れなかった為か、現在に至るまで廃盤になっており、ちょうどその時期にアメリカに定住して、日本の音楽界そのものから遠ざかっていた自分には、手に入れるチャンスがなかった。当時は、インターネットによるウェブ販売もなかったので、地理的に離れてしまえば、どうしようもなかったのである。

この時期の曲が、一般的になかなか知られなかったのは、もう一つ原因があったと思う。それは、時代の変化である。本格的歌手が競って名曲を生み出した昭和歌謡曲の時代はとうに終わっていた。さらに、1990年代の中頃になると、CD購買層の世代交代と若年化が進み、聴く音楽も「J-POP」と呼ばれる、新しいジャンルの音楽に取って代わってしまった。もはや、越路吹雪をカバーして、歌謡曲の王道を行こうとする本田美奈子のような存在は、古くさいものに見られてしまったのかもしれない。

ところが、実際に聴いてみるとわかるのだが、古いどころか、むしろ、周囲の「J-POP」というカテゴリーには収まりきれない、いわば「MINAKO POPS」とも言うべき、独自の新世界が広がっているのだ。個人的には、「M-POP」という造語で呼んでいるのだが、それはミュージカルの舞台を経験することによって、さらに磨かれた歌唱力を獲得した歌手のみが実現し得る、次元の高い「魂のPOPS」なのである。

この時期の曲がようやく陽の目を見たのは、2005年5月21日、ここに紹介する「LIFE」と題するアルバムが発表された時である。本来は、この時期、デビュー20周年の記念アルバムが予定されていたのだが、突然の入院によって、レコーディングの延期を余儀なくされてしまい、急遽、別のアルバムを出すことになった。それは、2枚のオリジナル・アルバム「ジャンクション」「晴れときどきくもり」の収録曲を中心にして、本田美奈子が、病床で自ら選曲した命をテーマとする企画アルバムだった。そして、このアルバムによって、「つばさ」を始めとする、「本田美奈子交響曲・第2楽章」を彩る名曲の数々が、ほぼ10年ぶりに復活することになるのである。

ここで、収録曲について、簡単にコメントしておこう。(尚、このコメントの部分は、別のブログで以前発表した原稿を、部分的に手直ししたものである)

まず、グレゴリオ聖歌を題材とした①「祈り」。男声合唱で歌われる讃歌「キリエ」を背景にして、世界平和への願いを、心を込めて訴える。ここには、すでに後年のクラシック時代を予見させる萌芽を見ることができる。

②「愛の讃歌」と③「アマリア」は、まるでミュージカルの一場面を見ているような、生き生きとした情感が目に浮かんでくる。どちらも往年の大歌手・越路吹雪のカバー曲だが、ひたむきさと、ピュアな感情にあふれた、独自の美奈子流シャンソンになっているところが素晴らしい。

伝説のシネマスター「ブリジット・バルドー」をモデルにした④「BBちゃん雲にのる」。愉しいJAZZ、もしくはチャールストン風のゴキゲンな大傑作。これぞ、大人の歌謡曲だ。冒頭からいきなり炸裂するハイトーン・スキャットの素晴らしさも含めて、もはや名人芸の域と言えるだろう。これを聴いてしまうと、大部分のJ-POP歌手は、まだまだ子供に過ぎないと思えてくる。

⑤「Oneway Generation」⑥「1986年のマリリン」⑦「Temptation(誘惑)」では、アイドル時代へタイムスリップ。ちょうど、「本田美奈子交響曲」の第1楽章を回想するような感じである。前後の曲とのつながりが良いので、ここだけ浮いてしまうような違和感はない。

⑧「幸せ届きますように。」は、優しく、思いやりに満ちた語りかけが心にしみる名曲。本田美奈子自身によるデリカシーあふれる歌詞が素晴らしく、素朴な、手作りの良さを満喫できる一品だ。

⑨「この歌をfor you」は、静かな語りかけで、自問自答するように始まるが、後半になると、劇的に感情が高ぶり、ついには頂点に達し、次の瞬間には、涙で崩れ落ちていく。ここまで激変する感情を表現できる人は、なかなかいないのではなかろうか。

⑩「Fall in love with you -恋に落ちて-は、岩谷時子作詞による、純粋で、ひたむきな、デュエット曲。「ねえ 高い空から 天使の歌が きこえるわ・・・」で始まる天使のモチーフが、俗世間を超越した、天界の雰囲気を感じさせる。

⑪「僕の部屋で暮らそう」は、レゲエ風、もしくは沖縄音階風の、ちょっと変わったメロディー。途中で聴こえてくる会話は、どこの国の言葉だろうか。

⑫「June」は、「words インスピレーション:本田美奈子」とあるが、事実上の「作詞」ということかもしれない。ただ、彼女自身の心象風景にしては、ちょっと悲しすぎるようにも思う。

⑬「ら・ら・ば・い ~優しく抱かせて」。アニメ「魔法騎士レイアース」の主題歌。1990年代に作られた最高の名曲の一つ、と言いたいくらい、気に入っている曲。クラシックの格調の高さと、ロックのビート感が絶妙に溶け合い、歌詞の素晴らしさも相まって、カラオケのレパートリーにするには理想的といえよう。魔法のスキャットを駆使する本田美奈子の歌唱も、最高にカッコいい。こういう曲がたくさん出てくれば、日本の音楽界にも希望が持てるのだが・・・。

⑭「命をあげよう 」は、ミュージカル歌手・本田美奈子としての代表作。「つかまえなさいチャンス!」という言葉に、思わず「そうだ!」と叫びたくなりそうな、強烈な説得力。まるで人類の母になりきって、世界中にメッセージを投げかけるかのようなド迫力がある。

⑮「あなたとI love you」は、作詞・作曲とも本田美奈子自身。日常の恋愛風景に、「天使のモチーフ」が入り込むところは、尊敬する岩谷時子先生の影響か。おそらく作詞家としても、岩谷時子の後継者になり得たかもしれない。

そして、⑯「つばさ」。この曲こそ、「本田美奈子交響曲・第2楽章」における、まぎれもない代表作。夢・希望・勇気、そして永遠なるものへの憧れ…。彼女が命を賭けて追い求めてきたすべてのものが、この一曲に込められている。「雲のなかで私と つばさを重ねよう-ーーーーー」のところで、一気に突き進む「伝説のロングトーン」は、あらゆる波風を越えて真っ直ぐに生きた、本田美奈子の人生そのものであろう。これだけの曲、これだけの歌手は、もう二度と出て来ないのではあるまいか。