375's ROAD TO BOSTON/ゴールは虹の彼方に

米国在住ランナーの究極目標「ボストンマラソン」とアメリカ50州制覇を目指す人生の旅日記。

マラソン大会予定

◆2015年1月18日 HOUSTON MARATHON(TX州=2年連続2回目) ◆2015年4月20日 119TH BOSTON MARATHON(MA州=3年連続3回目) ◆2015年10月4日 TWIN CITIES MARATHON(MN州=初出場/米国26州目)

★ブログ移行のお知らせ★

2014年10月13日 | ランニング日記

2006年4月から8年半の長きに渡り、当ブログにお付き合いいただきありがとうございます。
今後、大会レポート等の新しい記事は下記の新ブログに掲載いたします。

375's ROAD TO MARATHON HERO/アメリカ50州制覇とボストンへの道 

これまでに発表した完走記も順次リニューアルし、新ブログに移行する予定です。
今後ともよろしくお願いいたします。

ミナコヴィッチ

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【大会レポート】第26回ヴァーモント・シティ・マラソン (26th Annual KeyBank Vermont City Marathon)

2014年05月29日 | 大会レポート 2014



5月25日(日曜日)、ボストンから夜行バスで5時間、スキー観光の拠点都市としても知られるヴァーモント州バーリントンで開催されたヴァーモント・シティ・マラソンに参加する。米国24州目、通算47回目となるフルマラソン。全米第6位の広さを誇るシャンプレーン湖の絶景を楽しめるニューイングランド地方屈指の人気大会である。

NY方面からのアクセスはグレイハウンド・バスが便利だ。前日少し早めの時間にボストンに入り、ボストンでカーボディナー。その後、夜11時発、早朝4時到着のバーリントン行きに乗る。バス・ターミナルのあるバーリントン空港は非常に綺麗で、待合所で食事もできるし、ダウンタウンまではタクシーで15分もあれば行ける。そして、この大会はゼッケンの当日ピックアップが可能なので(朝5時半から7時まで)、そのままレースに参加できるというのも好都合だ。

当日はよく晴れたさわやかなコンディション。朝の時点で15℃くらいあるのでやや暑いが、この時期であればやむを得ない。スタート会場となっているバッテリー公園に行くと、3000人弱のフルマラソンの参加者のほかに、マラソンと同じコースで同時に行なわれるリレーのランナーでごったがえしている。実はこのリレーのほうがマラソン以上の人気種目で、町を上げての大応援を生み出す要因になっている。

スタートは8時。特別ゲストのジョアン・ベノイト・サミュエルソンさん(米国の女子マラソン選手初の五輪金メダリスト)の挨拶を含むセレモニーを経て、いよいよレース開始となった。

Mile 01: 9分01秒(09分11秒)
Mile 02: 8分48秒(17分49秒)
Mile 03: 8分45秒(26分34秒)
Mile 04: 8分26秒(35分00秒)
Mile 05: 8分29秒(43分29秒)
Mile 06: 8分32秒(52分01秒)

今回の目標はBQ、それもできれば-3分くらいの余裕がほしいところだったので、マイル8分15秒ペースを想定していたが、最初の1マイルは上り勾配だったこともあり、いきなり9分以上かかってしまった。ダウンタウンの繁華街を通過する2マイル以降は下り勾配が続いたので挽回に転じたのだが、8分40秒台がやっとで、どうにもスピードが出ない。リレーのランナーが一緒なのでやや混雑していることもあるのだが、それ以前に、自分の体の切れが今一つのように思えた。

4マイル目からは市街地を出て、高速道路ルート127の折り返し区間となる。遠くグリーン・マウンテンの山並みを臨む景色が素晴らしい。このあたりでようやく体が温まってきて、マイル8分30秒前後のラップを刻めるようになる。しかし、今日はこれくらいがMAXという感覚もあった。当初想定していたBQレベルのスピードは、この時点で到底無理なことがわかってきたのである。

Mile 07: 8分35秒(1時間00分36秒)
Mile 08: 8分48秒(1時間09分24秒)・・・ゆるやかな上り
Mile 09: 8分54秒(1時間18分18秒)・・・ややきつい上り
Mile 10: 8分27秒(1時間26分45秒)
Mile 11: 8分33秒(1時間35分18秒)
Mile 12: 8分43秒(1時間44分01秒)
Mile 13: 8分43秒(1時間52分44秒)
中間地点通過: 1時間53分43秒

6マイル地点を過ぎるとルート127をそのまま折り返し、再びダウンタウン方面に向かう。7マイル目を過ぎ、8マイル目になるとゆるやかな上り、9マイル目はややきつい上りで8分50秒台までペースダウンする。この時点で3時間45分のペーサー、ヒゲのトロイに追いつかれた。

「今日のレベルはこれくらいか・・・?」

内心ではまだまだこんなものではないと思っていたので、10マイル目の下りで第1回目のハニー・スティンガーを補給し、ヒゲのトロイを一気に引き離しにかかる。8分27秒。多少リードを奪ったかのように思えたが、ダウンタウンの南方に抜ける11マイル目でまた追いつかれた。

こんなやつとデッドヒートするつもりはないんだが・・・ と思いながら、12マイルを過ぎ、13マイル目に到達。ここで何の前触れもなく、コースは森林のバイク・トレイルに突入する。と同時に、今まで走っていた道路に比べると半分以下の道幅になった。なんだこれは? と思うほどの急激な変化。修正が効かず、ほかのランナーと体がぶつかる。あまりの混雑でさっぱり前に出られない。その隙に、ヒゲのトロイは群衆に紛れ、一気に走り去ってしまった。

「やられた!」と思わずつぶやく。そう、この大会のコースは小刻みな変化や起伏に特徴があるので、何度も走っている地元のランナーのほうが有利だ。初めて走る遠征ランナーにとっては、予期しないシチュエーションが多く、ペース配分が取りにくいコース。この時点で3時間45分のペーサーにも置いていかれ、当初は思いもよらなかった目標修正を余儀なくされることになった。

ほどなく中間地点を通過。1時間53分43秒。

BQどころの話ではない。後半をイーブンで走ったとしても3時間47分台にしかならない。
下手をすると3時間50分も危ないのではないか。
なにしろ、このレースで最大の難所は、まさにこれから訪れるのだから・・・

Mile 14: 8分47秒(2時間01分31秒)
Mile 15: 8分43秒(2時間10分14秒)
Mile 16: 9分21秒(2時間19分35秒)・・・きつい上り
Mile 17: 9分11秒(2時間28分46秒)
Mile 18: 8分41秒(2時間37分27秒)
Mile 19: 8分49秒(2時間46分16秒)
Mile 20: 9分24秒(2時間55分40秒)

中間地点を過ぎると、いっときではあるが、左手にシャンプレーン湖の美しい景観が広がる。必死で走っていても思わず心の癒しになる印象的なシーン。こういう大自然を目の当たりにすると、人間同士の争いなどちっぽけなものにしか映らない。「自分たちは何を必死に闘っているのだろう? 人よりいいタイムを出したとして、それが何になるというのだろう?」そんな気持ちが湧き上がってきてしまう。

14マイルを過ぎ、15マイルに達すると、いよいよ運命の天城越えが近づいてくる。

はからずも、自分はレース前にその天城越えの坂道を見てしまった。当日の朝、ゼッケン受け取りの会場から、一時的に荷物を預けるだけの目的でヒルトンホテルに向かう途中、そのヒルトンホテルが途中に位置する長い上り坂が、まさにこの天城越えの坂道だったのである。

「な・なに? この坂道を上るのか?」

見なければよかった・・・ と思っても後の祭り。
まだ走ってもいないのに、トラウマになってしまった。
この瞬間、案外自分の潜在意識の中では、すでにBQをあきらめていたのかもしれない。

15マイルを過ぎると、少しづつ勾配が上りになる。すると地の底から湧き上るような恐ろしい和太鼓の響きが聴こえてきた。この大会の名物として、ほかのランナーのレポートにも紹介されていた勇壮な応援。しかし自分の耳にはまるで地獄からの使者のような・・・ 必死で坂道を上るランナーたちの背後で死神があざ笑っているようにしか思えなかった。

和太鼓の一団を過ぎると、いよいよ勾配が急になる。つい先日走ったボストンのハートブレイク・ヒルもかくやと思われる悪夢のような坂。一歩上るごとに、痙攣のような震えがふくらはぎに襲いかかる。脚全体が棒のようになり、歩くのと変わらない速度に急降下。そして9分21秒という時間をかけ、やっとのことで頂上に達すると、行き倒れをまぬがれた安堵のため息が出てきた。
終わった。これで最大の難関は乗り越えたと・・・

ここから先は木立の美しい近郊住宅地で、ゆるやかなローリング・ヒルを北に向かう区間となる。2回目のハニー・スティンガーを補給した17マイル目はまだ脚に後遺症が残り、9分以上かかったが、18マイル、19マイルは8分40秒台に回復。しかし20マイル目は疲れが出て9分24秒にペースダウンする。気温も確実に20℃を越えてきているせいか、軽い眩暈のような症状になりかける。そのたびに意識を強く保ち、時おり応援の人たちが供給してくれる冷水シャワーを浴びながら走り続けた。

これ以上失速するとサブ4も危ない。文字通り正念場を迎えてのラスト・クウォーターとなった。

Mile 21: 9分09秒(3時間04分49秒)
Mile 22: 9分01秒(3時間13分50秒)
Mile 23: 9分14秒(3時間23分04秒)
Mile 24: 9分10秒(3時間32分14秒)
Mile 25: 8分57秒(3時間41分11秒)
Mile 26: 8分25秒(3時間49分36秒)

ふつうはここで3回目のハニー・スティンガー補給の場面だが、ここで無理な追い込みをかけたところで、どっちみちBQの可能性はないので、次のレースに備えて温存しておくことにした。その代わり、地元住民が出している私設エイドを利用し、スイカやオレンジなどの果物類をエネルギー代わりに補給していった。

21マイル、22マイルを9分ちょっとで乗り越えると、最後の4マイルは気持ちのいいダウンヒルのバイク・トレイル。ゴール会場のあるウォーターフロント・パークへの1本道をひたすら南に下っていく。そして右手には再びシャンプレーン湖の絶景! 青いさざなみが初夏の陽光を受けて燦然と輝くさまは、見事というほかない。

脚は疲れていたが、まだ死に切ってはいない。このあたりは練習で距離を踏んでいるささやかな恩恵であろう。23マイル、24マイルと目立った失速もなく切り抜ける。25マイル目は多少意地を見せ8分台に復活。そして最後の1マイルの表示を合図に、ギアを一段階上げ、前を行くランナーを次々とぶっちぎりながら、すさまじいまでの加速を開始した。

遅まきながら飛び出した究極の必殺技、炎の光速ダッシュ!

鮮やかな初夏の緑にあふれるウォーターフロント公園。シャンプレーン湖に停泊するボートが真白き光を放つのを右手に見ながら、今、米国24州目の走り旅を終えようとするヒーローがフルマラソン47回目のゴールに向かって疾走する!

そして沿道の大歓声が最高潮に達する中、猛烈なラスト・スパートでゴール!
なんと最後の26マイル目が、このレースでの最速ラップ(8分25秒)となった。

Finish Time 3時間51分14秒(8:50/mile)。

BQを基準にするなら、見事な敗北。しかしそんなことは、道行く人々は知らない。
完走メダルをかけたランナーに対しては、誰それの区別なく「おめでとう!」と声をかけてくれる。
そう、これは間違いなく、おめでたいことなのだ。

あくまでBQを基準にするなら、昨年秋からの闘いは2勝4敗。その2勝もギリギリのBQなので、来年はボストンに出られないかもしれない。

でも、それはそれでいいじゃないか、と思えてきた。4月中旬から下旬にかけては、まだ出ていないKY州ケンタッキー・ダービー・マラソンとか、もう一度出てみたいTN州カントリー・ミュージック・マラソンなど魅力的な大会がいくつもある。ボストンがダメなら、そちらの大会に出ればいい話である。

サブ4を基準にするなら24連勝。
完走を基準にするなら47連勝(途中棄権なし)。
市民ランナーとして、十分誇れる実績であると思う。

■MEMO■
総合順位 719位/2432人中
男女別順位 515位/1267人中
年代別順位 18位/82人中

 
★スタート会場のバッテリー公園にて。

 
★スキー観光の拠点都市バーリントンの路上をスタート。

 
★ウォーターフロント公園内でのゴール。最後は芝生の上を駆け抜ける。

 
★完走後、シャンプレーン湖岸のデッキにて祝杯。


★バーリントンの繁華街チャーチ・ストリートにて記念撮影。

 
★完走メダルとお土産のハイテクシャツ。

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【大会レポート】2014年ブルックリン・ハーフマラソン (NYRR 5-Borough Series: Brooklyn Half)

2014年05月28日 | 大会レポート 2014



5月17日(土曜日)、NYRR主催5地区シリーズのひとつ、ブルックリン・ハーフマラソンを走る。
ここ数年で参加希望ランナーが急増し、今年はエントリー開始からたった数時間でソールドアウトとなった屈指の人気レース。自分が初めて参加した2005年当時は、当日エントリーも可能だったのだが・・・
アメリカでも特定のレースに限って、日本国内並みのクリック戦争が勃発する勢いになってきた。

この2005年を皮切りに、ブルックリン・ハーフは3回出場。過去の戦歴は以下の通り。

2005年(47歳) 1時間59分39秒(9:08/mile)・・・初ハーフ
2006年(48歳) 1時間48分15秒(8:15/mile)・・・PR更新
2011年(53歳) 1時間42分44秒(7:50/mile)・・・コース・レコード

というわけで、今回は3年ぶり4回目の出場となる。
ブルックリン・ハーフのコースはプロスペクト・パーク内の起伏を別にすれば、基本フラットなのでタイムは出やすい。絶好調時なら100分切りも可能だとは思うが、今はそこまでのスピードは出ないので、3年前のコース・レコード更新という目標で闘うことにした。

ブルックリン美術館近くのスタートエリアから、午前7時スタート。NJ州の自宅を当日の朝出発したのでは当然間に合わない。
かと言って、NY市内の高いホテルに泊まるのも贅沢なので、例のごとくカラオケボックスで仮眠するという手を使った。しかし歌ってしまったら眠れるわけもなく・・・ まぁハーフくらいなら睡眠など気にしなくてもいいわけだが。

前夜まで降り続いていた雨も止み、初夏を思わせる晴天が広がる。久しぶりに好条件のもとでレース開始となった。

Mile 01: 7分45秒(07分45秒)
Mile 02: 7分54秒(15分39秒)
Mile 03: 7分32秒(23分11秒)
Mile 04: 7分47秒(30分58秒)
Mile 05: 7分59秒(38分57秒)・・・上り区間
Mile 06: 8分29秒(47分26秒)・・・距離が0.1マイル長い(?)

目標タイムは1時間41分30秒。マイル7分45秒が目安となるので、最初から突っ込み気味に入った。ハーフの場合は積極的に先手を取っていかないと苦しい展開になる。そういう意味で最初の1マイルを目安通りの7分45秒で通過したのは幸先の良いアドヴァンテージとなった。

やや上り勾配の2マイル目を7分54秒。下り勾配の3マイルを7分32秒と順調な序盤戦を経て、4マイル目でプロスペクト・パークに突入。木々に囲まれた気持ちのいいコースを快調に進んだ。

5マイル目の後半で長い上り坂が待ちうける。最小限の失速に抑えるべく「ここが勝負どころ」と気合を入れ、極力ペースを落とさずに上っていく。やがて5マイルの表示を通過。7分59秒。どうにか8分以内に抑えた。その後しばらく上りが続き、やがて下り勾配に転ずる6マイル目、いよいよペースを上げようとしたところで、左膝に異変が・・・(!?)

なんとなくビキッと来たような気がした。たいした痛みではないのだが、大事を取ってひとまずペースを落とす。おそらく上りで頑張りすぎたのだろう。ここはとりあえずリラックス区間を作って様子を見ることにした。

ほどなく6マイルの表示を通過。8分29秒。
あれっ? と思う。多少力を抜いたものの、ここまでペースを落としたつもりはない。体感では8分を数秒出ている程度のはずなので、おそらく距離表示がずれているのだろう。

それでも10Kの通過タイムは48分台なので、決して遅すぎるわけではない。コース的には唯一の難所が終わり、あとは概ねフラットなので、いくらでも挽回できる。苦戦の続いた最近のレースとしては珍しく、楽観的な見通しで後半戦に突入していった。

Mile 07: 7分20秒(54分46秒) ・・・下り区間
Mile 08: 7分33秒(1時間02分19秒)
Mile 09: 7分41秒(1時間10分00秒)

7マイル目は思いきり下りなので、ここがチャンスとばかり飛ばしていく。
左膝の違和感は一時的なものらしく、この時点で気にならなくなった。

やがて7マイルの表示を通過。7分20秒。これは速い。というか、6マイル目が異様に長かったので、その分、帳尻合わせされていると見るべきだろう。ここからはプロスペクト・パークを抜けてブルックリンを代表する夏の行楽地、コニー・アイランド・ビーチに向かって、まっすぐなハイウェイをひたすら南下していくコースとなる。

8マイル目、7分33秒。9マイル目、7分41秒。
ラップも順調だ。このくらいのペースなら、目標は十分クリアできる。

そうこうするうち、前方の遥か彼方に「1:40」のプラカードを持つランナーが見えてきた。実は6マイル目でペースを落とした時にいったん追い抜かれ、あっという間に姿が見えなくなったのだが、そのランナーが再び視界に入るようになってきたのである。
ということは、自分のペースが上がったか、そのランナーのペースが落ちたか、両方の要因が考えられるだろう。おそらく「1:40」で謳われているほどのスピードは出ていないだろうが、残りの4マイルはそのランナーを追いかけながら勝負を賭けることにした。

Mile 10: 7分45秒(1時間17分45秒)
Mile 11: 7分20秒(1時間25分05秒)
Mile 12: 7分57秒(1時間33分02秒)
Mile 13: 7分34秒(1時間40分37秒)

10マイル目の表示を通過。7分45秒。
最近のレポートでは「ここでハニー・スティンガー補給」となるのだが、今回はスタート直前に摂取したのみで、レース中は補給しなかった。念のために用意してはいたのだが、レースの流れが良ければ、そのまま補給なしで押し切ってしまう作戦だった。給水もタイミングが合わなければ取らない。それだけ「流れ」と「リズム」を大切にしたかったのである。

11マイル目、7分20秒。12マイル目、7分57秒。
ここもマイル表示にずれがある。実際はそれほどペースが変動していないと思われるので、どちらのラップも7分40秒を少し切るくらいというのが妥当なところだ。

ペースが落ちていない証拠に、12マイル目の表示の手前で、ついに「1:40」の男性ランナーを捕らえた。いったん追いつくと、すかさず先行し、一気に引き離していく。

これこそ、まさしく炎の光速ダッシュ!
最後の13マイル目、照りつける初夏の日差しをすべてエネルギーに変えていくような、猛烈なスパートで疾走した。

やがて、まっすぐなオーシャン・パークウェイから海岸沿いのサーフ・アヴェニューに曲がり、世界有数の観光地、コニー・アイランド・ボードウォークに突入! 沿道の熱い大歓声が響きわたる中、狂乱のビルドアップで最後の直線コースを走り抜け、2万5千人のヒーローたちを出迎えるブラック&ホワイトに彩られたゴールゲイトに到達した。

Finish Time 1時間41分21秒(7:45/mile)。

自己歴代6位! そしてブルックリン・ハーフのコース・レコード更新!

今年のハーフマラソンはフローズン・ペンギン・ハーフ(1:43:43)、ラヴラン・フィラデルフィア(1:42:38)に続く3回目となるが、タイム・内容ともに最も満足できるレースとなった。

しかも… 今回最大の収穫は、実は自分のタイムではない。

ゴール後、ゲータレードとバナナのリフレッシュメントを補給し、預け荷物を受け取った後、一度会場を出て、ボードウォークに向かった。この日が初ハーフのひかり姫のゴールを見届けるために。

しかし、実際に行ってみると、あまりにもすごい群衆で、沿道に潜り込める余地がない。それに、たとえ沿道のスポットを確保できたとしても、ランナーの数があまりにも多いので、見逃してしまう可能性もある。というわけで、当初の待ち合わせ場所として決めていたファミリー・リユニオンのスタジアムの中で、携帯電話に連絡があるまで待つことにした。

ところがこの場所も、時間が経つにつれてみるみる人が増えてきた。なにしろゴールを終えた2万5千人のランナーが続々と集まってくるのである。やがて足の踏み場もないほどになったので、スタジアムを出たパーキング・エリアで、ひかり姫の帰りを待った。

そうして、ようやく再会したひかり姫。初めてのハーフだというのに疲れた様子もなく、
「どれくらいで走れた?」と聞くと「2時間03分くらいかなぁ」と。

6日前にセントラルパークを一緒に走った感触から「2時間ちょっとくらいで行くだろう」と思っていたが、予想通りの好タイムだった。

次回は9月のロックンロール・フィラデルフィア・ハーフで2時間切りを狙う(!?)
ハーフを何本か走ったら、フルに挑戦。
そして数年後には一緒にボストン出場… と夢が膨らんでくる。

優秀な後輩が現われると、こちらのモチベーションも上がるので有難い。
新しい青春ドラマの幕が明けたような、素敵な1日となった。

■MEMO■
総合順位 3311位/25587人中
男女別順位 2686位/11909人中
年代別順位 45位/350人中(AGE 55-59)


★ブルックリン美術館近くのスタート会場。2万5千人の参加者を集めた今年はWAVE 1(7時スタート)、WAVE 2(7時45分スタート)に分かれての2段階スタートとなった。


★ボードウォークの最後の直線を疾走するランナーたち。


★アメリカ東海岸有数の観光地、コニー・アイランドでゴール。ビーチ周辺には遊園地やホットドッグの店が並び、夏は全米からの行楽客であふれる。


★初ハーフを好タイムで完走したひかり姫との2ショット。


★NY/NJ地区の女子ランナー軍団も集まる。


★ご主人のマイケル王子とともにゴール後のビール。魅惑のニュー・ヒロイン誕生である。


★お土産のハイテクTシャツと、凱旋門をデザインした完走メダル。

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【大会レポート】第118回ボストンマラソン(118th Boston Marathon)

2014年04月25日 | 大会レポート 2014

マサチューセッツ州の愛国記念日(Patriot's Day)にあたる4月21日(月曜日)。
昨年、走暦10年目で念願の初出場を果たしたボストンマラソンに2年連続で出場する。

今回は宿泊費を節約する目的もあり、土曜日にあらかじめ日帰りでゼッケン受け取りを済ませてから、1日休んで、月曜日の朝に夜行バスで再度ボストン入りするという方法を取ってみた。バスの中ではよく寝ることができたし、サウス・ステーションで朝食・着替えを済ませる時間的余裕もあり、体調も特に問題なさそうだったので、この方法はひとまず成功したように思えた。

朝8時、ボストン・コモン公園に設けられた所定の場所に荷物を預け、ホプキントン行きのシャトルバスに乗る。1時間後、アスリートビレッジに到着。NYC・ボストン間の4時間20分よりも、この1時間のほうが長く感じた。郊外から街に向かうワンウエイ・コースの時はいつもそうなのだが「これだけの距離を走って戻るのだろうか」と思うと、気が遠くなってくる。

さて、今回は参加者が大幅に増えた影響もあり、スタートは第3ウエーブ(青ゼッケン)の第1コラルとなった。朝は涼しく、アスリートビレッジを出るまでは脱ぎ捨て用のジャケットを羽織っていたが、午前11時のスタート時になると日差しが強くなり、思いのほか気温が上がってきた。この不意打ちのような暑さがレース展開にも影響を及ぼすことになる。

そうこうするうちに、スタートの合図。市民マラソン大会の最高峰、ボストンマラソン2度目の舞台。
人生のハイライトになるであろう激動のドラマが幕を明けた。

Mile 01: 8分17秒(08分17秒)Hopkinton
Mile 02: 8分08秒(16分25秒)
Mile 03: 8分18秒(24分43秒)Ashland
Mile 04: 8分14秒(32分57秒)
Mile 05: 8分28秒(41分25秒)
Mile 06: 8分22秒(49分47秒)Framingham

2マイルまでがホプキントン(Hopkinton)。3~5マイルがオリジナル・スタート地点があったアシュランド(Ashland)となる。

昨年のレポートには「スタートから一気に下って、ぐぐっと上り、また下っていくという序盤戦。基本的に4マイルまで下り基調が続く」と書いてあるのだが、今回走ってみると、下り基調であるはずの区間にも、微妙な起伏が混在していることがわかる。昨年は調子もよく、初ボストンで夢中になっていたこともあって、小さな上り坂が記憶に残らなかったのだろう。

3月のシャムロックマラソンもそうだったが、ここ1~2ヶ月のレースは今一つ調子がよくない。頑張ってスピードを出しているつもりなのに、タイムに反映されないのである。今回も最初の4マイルまでは8分20秒以内のペースで通過したが、5~6マイルは8分20秒を越えてしまった。

ボストンマラソンは正式な記録を証明できる登録タイム順のコラルになっているので、自分の周囲は同レベルのランナーが集まっているはずなのだが、若いランナーは伸び盛りなので、登録タイムより速く走れる人が多く、年長のランナーは登録タイムほどのスピードを出せない人が多い。自分は後者なので、無理のないペースで走ろうとすると、周囲のランナーにどんどん追い抜かれていくという現象が起きるのである。

5マイル地点を過ぎるとフラミンガム(Framingham)。街の大通りには消防隊も繰り出し、にぎやかな応援ポイントが延々と続く。この街ばかりではなく、コース全体を通して、昨年の悲劇を市民一丸となって乗り越えようとする「ボストン・ストロング」の心意気が熱く伝わってくる。

Mile 07: 8分19秒(58分06秒)
Mile 08: 8分24秒(1時間06分30秒)Natick
Mile 09: 8分19秒(1時間14分49秒)
Mile 10: 8分31秒(1時間23分20秒)
Mile 11: 8分34秒(1時間31分54秒)
Mile 12: 8分25秒(1時間40分19秒)Wellesley
Mile 13: 8分38秒(1時間48分57秒)
中間地点通過: 1時間49分53秒

7.5マイル過ぎからナティック(Natick)に入る。ふつうなら体が温まって自然にスピードが上がってくるところなのだが、相変わらず足取りが重く、周囲のランナーに追い抜かれる展開が続く。しかも追い越していくランナーのほとんどが若い女性である(男性は55歳以上しか存在しないタイムゾーン)。よく観察してみると、ピッチは同じでも一歩ごとのバネが違う。「若さ」と「老い」の厳しい現実を見せつけられてしまう辛い瞬間である。

10マイル目では、ついに8分30秒を越えてしまう。こうなってくると、とても好タイムを狙える状況ではない。無理に挽回しようとすれば、ますます撃沈の危険性が高くなるのは目に見えている。こういう時は、まず現実を受け止め、反撃のチャンスに向けて冷静に準備するしかない。ということで、第1回目のハニー・スティンガーを補給する。

やがて12マイル地点に到達。ここからが、かの有名な女子大のあるウェレスリー(Wellesley)。
沿道に黄色い大歓声がこだまする。「Kiss Me!」のプラカードを持つ女子大生であふれかえるコースの右沿いの位置をキープしたまま、差し出された手から手にハイタッチ。これが楽しみでボストンに来るランナーも多いのではなかろうか。

13マイルの表示を過ぎると、ほどなく中間地点を通過。1時間49分53秒。
昨年よりも2分以上遅い。それでも数字の上では、このままのペースで後半ハーフを走れば、3時間39分台でギリギリBQ達成となるのだが、とてもそこまでの余力がないことは、この時点でよくわかっていた。

Mile 14: 8分31秒(1時間57分28秒)
Mile 15: 8分31秒(2時間05分59秒)
Mile 16: 8分13秒(2時間14分12秒)
Mile 17: 8分45秒(2時間22分57秒)Newton・・・上り1
Mile 18: 9分00秒(2時間31分57秒)・・・上り2
Mile 19: 8分49秒(2時間40分46秒)
Mile 20: 9分11秒(2時間49分57秒)・・・上り3

このレースには公式のペーサーは存在しない。しいて言えば、自分と同じコラルのランナーは全員がペーサーになりうるのだが、前述のように、周囲のランナーは登録タイムより速くなっている人が多く、ついて行こうと思った女性ランナーにはことごとく振り切られてしまうという状況が続いた。

ところが15マイルくらいになると、後ろのコラルのランナーが追いついてくるので、比較的周囲のペースと合わせやすくなってくる。
そんな中でNYC在住のT子姫が登場。現在の走力は自分と同じくらいなので、しばしの間ペーサーの役割りを果たしてもらうことになった。

ここで2度目のハニー・スティンガー補給を開始。遅まきながら反撃に移るきっかけとなるはずだったが…
この時、自分の身に少なからず異変が起きていることに気がつく。

なんと、胃が固形物を受け付けないのである。なぜだかわからないが、グミを口に入れた瞬間から拒否反応が起きる。
仕方がないので、飴を舐めるような感じで1粒づつ口に含みながら、よく噛んでゆっくり飲み下すようにした。

17マイル目でニュートン(Newton)に入り、最初の大きな上り坂に出くわす。その坂の途中で先行していたT子姫が一瞬歩きかけたので、すかさず追い抜くものの、しばらく走ると追いつかれ、再度先行を許す。18マイル目の大きな上り坂も同様に、途中でT子姫が歩きかけたところを追い抜く・・・という具合に、19マイルくらいまで、追いつ追われつの接戦を続けた。

そして20マイル。3番目の大きな坂を9分以上かけて上る。胃は相変わらずおかしかったが、5マイルかけてどうにか2度目のハニー・スティンガーの補給を完了。あとはゲータレードと給水のみで乗り切ろうと決意し、運命のラスト・クウォーターに突入していった。

Mile 21: 9分44秒(2時間59分41秒)・・・上り4(Heart Break)
Mile 22: 8分55秒(3時間08分36秒)
Mile 23: 9分09秒(3時間17分45秒)Blookline
Mile 24: 9分07秒(3時間26分52秒)
Mile 25: 9分13秒(3時間36分05秒)
Mile 26: 9分04秒(3時間45分09秒)Boylston Street

そして21マイル目、ハートブレイク・ヒルを迎える。道路にもハートが割れる絵が描いてあるので、まさしく「これ」とわかる正念場。

昨年はこの区間をマイル9分以内で上りきったのだが、今年は厳しかった。
坂の途中で脚が止まりそうになりながらも、かろうじて止まらず、歩きたい誘惑にかられながらも、最後まで「走っているのだ!」という意思表示だけは忘れることなく、本当に心臓が破れるのではないかという恐怖と闘いながら、9分44秒かけて上り切った。

こういう難所を何の苦痛もなく上ってしまう人など、可愛くない。きついところはきつい、苦しいところは苦しんでこそ、人間なのだ。
「苦痛こそ誇り」2度目のハートブレイクを越えて得た凡才ならではの格言である。

坂を上りきってからの22マイル目はボストンカレッジ沿いの下り坂となる。ここも応援がすごく、気分が高揚してスピードが出るところだが、今回はこのあとに来る上り坂を意識していたので、なるべくエネルギーを温存しつつリラックスして駆け下りるようにした。

そしてブルックライン(Brookline)に突入する23マイル目。昨年はこの区間の最後に来るなんでもない上り坂で息の根を止められたので、今年は最初から警戒し「そら来た!」という感じで無事に乗り越えることができた。体力的にはすでに限界線を越えていたが、気持ちの上ではここで少し復活の兆しが見えてきた。

そして24マイル地点。ボストン市街が近づくにつれて応援がものすごい規模に膨れ上がる。どこから出てきたのか、沿道は切れ目のない人、人、人の群れ。市民の誰もがこの日を待ちわびていたのではないかと思われるような大歓声の中、異様なエネルギーに満たされて走り続けた。まさに「ボストン・ストロング」の魔力である。

25マイル地点を通過。昨年は多くのランナーがここでレースの中止を余儀なくされた。夢にまで見たボストンの「最後の1マイル」が幻と消えてしまったのである。その無念さは、走り続けてきた者にしかわからない。この日のマラソンを走る最大の目的こそ、彼らの失われたラスト・マイルに栄光を与えることなのだ。

そしていよいよ全世界が注目するボイルストン・ストリートに突入!

最後のコーナーを左に曲がると、青と黄色のボストン・カラーに彩られたゴールゲイトが遥か彼方に見えてくる。四海万里を越え、地球上のすべての国々から届いてくるような、ものすごい大歓声! 1年越しに帰ってきた栄光のビクトリー・ロードを、共に走り、共にサポートするすべての人々と分かち合える感動に満たされながら、今、歴史に残る第118回ボストンマラソンのゴールに到達した。

Finish Time 3時間46分55秒(8:40/mile)。

な・な・なんと3時間40分台完全制覇を達成!(唯一経験していなかった3時間46分台をマークすることによって、3時間40~49分台のオフィシャルタイムをすべて記録。)

地味な金字塔ではあるものの、タイムそのものは誇れるものでもなんでもない。
でも、あえて誇りたいと思う。
自分ができる範囲で、精一杯の死力を尽くしたという事実において・・・

ゴールの瞬間、周囲の世界はすべて真っ白になった。一気に体の力が抜け、二歩、三歩と進むたびに足元がふらついた。メディカルの女性が駆け寄ってくる。「大丈夫?」
自分は首を振った。何だろう? 貧血だろうか?
自力では歩けないので、抱きかかえられながら給水所を移動した。

(実はこのあたりの記憶が飛んでいる。あとでオフィシャル写真を見ると、完走メダルをもらった時点では自力で歩いている様子なので、もしかしたらゴール直後ではなく、多少の時間差があったのかもしれない。)

ゲータレードの飲み場まで来て、ひとまず腰を下ろす。すると今度は恐ろしい痙攣が両足を襲った。猛烈な痛みで意識を失いかける。すぐに別のメディカルの女性が駆け寄ってきて、応急のマッサージを施す。
左右のふくらはぎ、左のふともも、右の指先、ありとあらゆるところに痛みが走り、とても生きた心地がしない。もちろん立ち上がって歩ける状態ではないので、すぐさま車椅子に乗せられる。人生初の車椅子体験。メディカル・テントに運び込まれ、仮設ベッドに横たわった。

血圧検査を受け、マッサージを受けているうちに、少しづつ、貧血のような症状は収まってきた。こういう時は、看護している女性が天使に見えてしまう。周囲の光景はいつもの天然色を取り戻し、視界は正常に戻った。痙攣はまだ時おり襲ってきたが、ゲータレードをガブ飲みしているうちにどうにか峠は越えてきた。

自力で歩けるまでには1時間くらいかかっただろうか。思い返してみれば、ハートブレイク・ヒルを上っているあたりから、両脚のふくらはぎに過度の負担がかかっているように感じていた。ボストンのコース、自分には少し強度がありすぎるのかもしれない。

46回フルマラソンを走って、初めてのメディカル体験。
マラソンはいつも無事にゴールするのが当たり前と思っていたが、決して当たり前でないことを思い知らされた。

死力を尽くして頑張れば、ほんとうに死んでしまうこともありうる。
それだけの覚悟がなければ、マラソンを全力で追い込むことはできないのではなかろうか。

栄光のボイルストン・ストリート。
昨年とは別の意味で、生死の分かれ目を実感させられる舞台となった。

■MEMO■
総合順位 14438位/31931人中
男女別順位 9598位/17575人中
年代別順位 724位/1778人中


★「われわれは一緒に走る」まさしく、ボストン市民は常にランナーと共に走っていた。


★レースの前日、ボイルストン・ストリートに設置されたゴールゲイトに多くの人たちが集まる。


★EXPO会場。ここに来る人たちのほとんどは、見事なランナー体型。さすがに市民マラソン大会の最高峰である。


★EXPO会場でバッタリ出逢ったビズラ姫と1枚。1月のヒューストンマラソン以来の再会である。


★ボイルストン・ストリートの横断幕をバックに記念撮影。


★レース当日、アスリートビレッジの入口。


★アスリートビレッジからスタートコラルに向かう。第3ウエーブなので女性ランナーが圧倒的に多い。


★スタートラインにて。後ろに見える建物がボストンマラソンを主催するB.A.A.本部。


★ゴール後、メディカルから開放され、ボストン・コモン公園で記念の1枚。


★打ち上げ会場には北米コミュの仲間たちが集まる。


★完走メダルとお土産のボストンTシャツ。これで2013年、2014年のコレクションが揃った。

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【大会レポート】スコットランド・ラン10K (2014 Scotland Run 10K)

2014年04月07日 | 大会レポート 2014



4月5日(土曜日)、セントラルパークで開催された4月恒例の10Kレース「スコットランド・ラン」に参加。
WHOLE LOOP1周強のコースを時計回りに走った。

このレースは2年ぶり6回目の出場になるのだが、数あるNYRR主催のレースの中では相性が良く、初10Kを含めるとPR達成4回。
これはかなり高い確率である。


2005年 53分19秒(8:35/Mile) 初10K
2007年 47分37秒(7:40/Mile) PR更新
2008年 46分35秒(7:31/Mile) PR更新
2011年 47分08秒(7:38/Mile)
2012年 46分32秒(7:30/Mile) PR更新(現在の自己ベスト)

さて、願わくば今年は46分30秒を切りたいと思い、そのためには出遅れは許されないので、マイル7分30秒以内のロケットスタートを画策。
入念なアップのあと、必殺のハニー・スティンガーを補給してスタートを待った。

ゼッケンは2000番台で黄色の第3コラルだったので、混雑を避けるためにコラルの最前列で待機。最初の1マイルに全神経を集中する。

そしてスタートの号砲!

並みいる群衆をかき分けながら、と言いたいほどのおびただしいランナーが飛び出していき、その中に同年代のEさんなども見かけたのだが、とにかく速いランナーが大多数だったので、さほどの混雑もなく、いい感じで1マイルの表示を通過した。

7分38秒。

うーん、体感では「7分20秒くらい行ったかな・・・」と思ったので、ここでちょっと気落ちする。
とは言うものの、冷静に考えてみれば決して悪いスタートでもない。ともかく今できる限りの全力を尽くそう・・・ということで、2マイル以降もあきらめることなく、最後まで集中力を切らさずにゴールまで駆け抜けた。

Mile 01: 7分38秒(07分38秒)
Mile 02: 7分41秒(15分19秒)
Mile 03: 7分37秒(22分56秒)
Mile 04: 7分52秒(30分48秒)
Mile 05: 7分28秒(45分43秒)
Mile 06: 7分27秒(47分16秒)

Finish Time  47分16秒(7:38/Mile)AGPP 68.24%

絶好調であれば46分台まで届くのだが、今の調子ではこんなものだろう。

それにしても、2007年以来足掛け7年間、10Kレースはどんなに頑張っても46分~47分台。ジョグノートには大会記録の推移を表わすグラフがあり、それを見るとよくわかるが、あまりの変化のなさに、我ながら笑える。

さて、今回の最大の収穫は自分のレースではなく、レース後のパフォーマー。
「ニーナ・ネスビット」と紹介され、どこかで聞いたことがあると思って調べてみたら、なんと今、英国で話題になっている美少女シンガー・ソングライターだった。

スコットランド、エディンバラ出身の19歳。まだ世界的に有名というほどではないのだが、キュートな容姿と歌声で、今後人気が沸騰する要素は十分にあると思う。

■MEMO■
総合順位 1449位/8067人中
男女別順位 1204位/4168人中
年代別順位 34位/178人中


★スコットランドの伝統衣装、キルトのスカートで決めた3人組。


★スタート前のセレモニーに登場した少年少女のバグパイプの楽団。


★ゴール後のイベント会場にはスコットランド国旗のペイントをしたり帽子をかぶった人も多数。


★ステージに登場した「スコットランドの歌姫」ニーナ・ネスビット。


★時おり、こちらに向かって微笑みながら歌ってくれたのが嬉しい。こういうパフォーマンスを見ることができれば、レースの内容など、もはやどうでもよくなる(笑)

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【大会レポート】フィラデルフィア・ラヴラン・ハーフマラソン(Philadelphia Love Run Half Marathon)

2014年04月05日 | 大会レポート 2014



3月30日(日曜日)、フィラデルフィアで今年から新しく開催された春のハーフマラソン大会、その名も「ザ・ラヴラン・フィラデルフィア」に参加。
NJ州を本拠地とする謎の団体「CGI RACING」主催によるイベントで、いかにも春爛漫にふさわしいネーミングが注目されたが、蓋を開けてみれば、あいにくの雨模様。いつも好天に恵まれる秋のロックンロール・フィリーとは対照的に、前途多難を思わせる船出となった。

スタート/ゴール会場はロックンロール・フィリー(9月)やフィラデルフィアマラソン(11月)と同じフィラデルフィア美術館前の公園で、第1回大会にしては破格ともいえる7000名を超えるランナーが集まった。一応コラル分けもあるのだが、タイムの幅はかなり大雑把で(1時間30分から1時間45分まで同じコラル)、その上ゼッケンをチェックする係員もおらず、どう見ても2時間以上かかりそうなランナーまで同じコラルに混在していた。そういうわけで、最初の1マイルは文字通りカオスのような大混雑に見舞われる羽目になる。

天候もそうだが、今回のレースは前日の段階から波乱を予感させる要素に満ちていた。
ゼッケン番号が究極の3桁「999」というのも驚きだが、それに加えて宿泊ホテルの部屋番号が「911」というのは、何とも暗示的だ。
猜疑心が強く、迷信深い自分としては、これだけでも不安で眠れなくなってくる。

いったい無事に生きて帰れるのか…

不気味な濃霧に煙るフィラデルフィア・ダウンタウンの街並み、風雲急を告げるような空模様のもと、第1回ラヴラン・ハーフマラソンの闘いの火ぶたが切って落とされた。

Mile 01: 7分55秒(07分55秒)
Mile 02: 8分00秒(15分55秒)
Mile 03: 7分47秒(23分42秒)
Mile 04: 7分47秒(31分29秒)
Mile 05: 7分49秒(39分18秒)
Mile 06: 8分17秒(47分35秒)・・・上り区間

目標はとりあえず4週間前の冷凍ペンギン・ハーフのタイム(1時間43分43秒)を上回ること。フルと違ってハーフの場合は序盤戦の出遅れが致命的となるので、できるだけ優位な流れを先取りできるようにロケットスタートを画策。スタート前から早くも第1回目のハニー・スティンガーを補給し、最初の1マイルに全神経を集中した。

そしてスタートの号砲とともに勢いよく飛び出そうとしたが・・・

前述のように同じコラルにさまざまなレベルのランナーが混在していたため、あちこちに人の壁があり、群衆の中を何度も蛇行しながら前に出て行かなければならなかった。その上、どういうわけか片側車線しか走れないようなレイアウトになっているので、やたらコースが狭い。このあたりの運営も秋のロックンロール・フィリーに及ばないところである。

やがて1マイルの表示を通過。7分55秒。

できれば7分30~40秒台で先手を取りたかったところだが、ロケットスタートは見事失敗に終わった。続く2マイル目も8分ちょうど。3マイル目から多少エンジンがかかり、川沿いのコースを北上する5マイル目まで7分50秒以内のラップを刻めるようになってきた。

次の6マイル目は、いったん川沿いをはずれ、長い上り坂のコースとなる。
かなり頑張ったつもりだったが、8分17秒。上りはどうも苦手だ。
それでも今回のコースでは唯一の難所であるはずなので、これを乗り越えてしまえば、あとはいくらでも挽回できるはずだ。
そんな前向きな希望を持ちつつ、後半戦に突入していった。

Mile 07: 7分43秒(55分18秒)
Mile 08: 7分43秒(1時間03分01秒)
Mile 09: 8分15秒(1時間11分16秒)・・・距離が長い?

6マイル目までは脚が重く、まだまだ本来の切れが不足しているように思えたが、7マイル目になると、やや復活モードになってきた。
下り勾配を利用してプチ・スパートをかけ、7分43秒。川沿いのコースに戻った8マイル目も7分43秒。
このくらいのラップが刻めれば希望が出てくる。まだまだ完全復活ではないものの、このペースを維持していけば光明が開けてくるはずだ、と自分に言い聞かせる。

ところが9マイル目は8分15秒。やや時間がかかった。
周囲を走るランナーと比較した限りでは、それほどペース落ちているとは思えない。おそらくマイル表示自体がずれているのだろう。距離にして0.1マイルくらい長いかもしれない…

そのようなことを考えながら、第2回目のハニー・スティンガーを補給。
最後の追い込みに向けて、万全の準備を整えた。

Mile 10: 7分42秒(1時間18分58秒)
Mile 11: 7分41秒(1時間26分39秒)
Mile 12: 7分35秒(1時間34分14秒)
Mile 13: 7分34秒(1時間41分48秒)

10マイル目の途中で折り返し。ここまで川の上流へ向かっていたのが、下流に方向転換する。そしてここからゴールまではロックンロール・フィリーと全く同じコース。何度も走っているコースなので、怖いものはない。最後の4マイルは文字通り「銀河鉄道999の大暴走」をイメージして勝負を賭けた。

ほどなく、折り返し地点に向かう対向車線のランナーの中に、今回一緒に参加していたまゆみん姫を見つける。
その直後に通過した11マイル目のラップは7分41秒。
このあたりから、雨脚が激しくなってきた。スタート前から小雨が降り始めていたのだが、レースの中盤はしばらく止んでいた。それが最後の勝負どころになって本降りになるとは…
「見えない敵」もいよいよ本気を出してきたようだ。

それはまさに、地球帰還を目指す銀河鉄道999とそれを阻止するエイリアンとの闘い!
行く手には流星雨が降り注ぎ、おびただしい水溜りの濁流が進行方向に立ちふさがる!

もはや水溜りを気にしていたら走れない。シューズがびしょ濡れになるのを承知で、あえて水中に突っ込んでいく。
12マイル目、7分35秒。13マイル目、7分34秒。
逆境をものともせず、ぐんぐんスピードが上がる。猛烈な雨風が吹きすさぶ中、地球人類の運命を賭けた決死の大暴走!

これこそが愛の暴走「ラヴラン」の真髄ではないだろうか?
そのような物思いにふけりながら、ゴール前に待ち受ける最後の上り坂を疾走する。

そして降りしきる大雨の中、微動だにもせず、宇宙的な使命を果たした主人公たちに惜しみない歓声を送る人々に暖かく迎えられながら、フィラデルフィア美術館前のゴールゲイトに無事着水を果たした。

Finish Time 1時間42分38秒(7:49/mile)

自己歴代8位、もしくは9位くらいか?

内容的には、前半はやや苦しかったものの、後半はいいペースで盛り返すことができたし、最後の4マイルを7:42-7:41-7:35-7:34と得意の「暴走ビルドアップ」で決めるあたり、ささやかながら真骨頂の走りを見せることができたと言えるのではないだろうか。

もちろん100分切りを連発していた絶頂期のスピードには及ばないものの、現時点での実力は十分に発揮することのできたレースだったように思える。

極寒のフローズン・ペンギン・ハーフ(1:43:43)
強風のシャムロック・マラソン(3:44:08)
大雨のラヴラン・フィラデルフィア(1:42:38)

波乱に満ちた3月の3大レースを経て、4月はいよいよボストンの大舞台に乗り込んでいく。

■MEMO■
総合順位 545位/7130人中
男女別順位 368位/2159人中
年代別順位 5位/100人中(AGE 55-59)

 
★コンヴェンション・センターで行なわれた「CGI RACING」主催のEXPO。大手ではなくローカル・ベンダーの出店がほとんど。


★究極の3桁「999」のゼッケン。おそらく一生に一度あるかないかの珍事。
今回はラヴランの主旨に合わせて、ピンクを基調とした衣装を用意したが・・・


★大雨の中をゴールするランナーたち。水溜りが洪水のように押し寄せる。


★記念品のハイテクシャツ、完走マグカップ(完走しなくてもEXPOでもらえる)、巨大な完走メダル。


★レース会場から戻り、一風呂浴びた後、宿泊ホテルのロビーで記念の1枚。


★雨のフィラデルフィアも、それはそれで風情があるかもしれない。

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【大会レポート】2014年シャムロックマラソン(2014 Yuengling Shamrock Marathon):レース編

2014年03月24日 | 大会レポート 2014



3月16日(日曜日)、アメリカ東海岸最大規模といわれるセント・パトリックのお祭りラン、ヴァージニアビーチのシャムロックマラソンを走る。2009年以来5年ぶりの出場。基本的に50州の大会は一度完走すれば「制覇」なので二度目を走ることはないのだが、この大会は運営も良く、季節のイベントとして楽しめるので、機会があればもう一度参加してみたいと思っていた。それがようやく5年越しに実現したのである。

コースは基本的にフラットで記録は出やすい・・・というのが5年前に走った時の印象だったので(フィニッシュタイムは当時の自己ベストから1分44秒落ちの3時間49分06秒)、今回もそのつもりで当然のごとく好タイムを狙っていた。しかもレース当日の気温は8℃。午後3時頃から雨になるという予報はあったものの、レース中は曇り空。これだけを見れば絶好のコンディションのように思われた。

しかし今回は、5年前には姿を見せなかった恐ろしい魔物が現われたのである…

目標はBQ-5に相当する3時間35分。そしてちょうどいい具合に3時間35分のペーサーも用意されている。プラカードを持つのは細身でいかにも速そうな女性ランナー、チャンタル。サブ・ペーサーとしてアイリッシュ・グリーンの衣装に身を包んだダイアン。この2人について行き、終盤で一気に勝負を賭ける、というのが、当初描いていたレースプランだった。

アメリカ国歌斉唱に続いて、午前8時30分ちょうどにスタートの号砲が鳴り、26.2マイルに及ぶ「走るセント・パトリック・パレード」が始まった。

Mile 01: 8分20秒(08分20秒)
Mile 02: 8分21秒(16分41秒)
Mile 03: 8分17秒(24分58秒)
Mile 04: 8分13秒(33分11秒)
Mile 05: 8分32秒(41分43秒)
Mile 06: 8分31秒(50分14秒)

スタート直後はアトランティック・アベニューの31丁目から南に向かうコース。ホテル、レストラン、ギフトショップなどが建ち並ぶ目抜き通りを駆け抜けていく。

まずは当初の予定通り「3:35」のプラカードを持つチャンタルを追う。だが、思いのほかペースが速い。ぴったりついて行こうとすると、かなり無理をしなければならないことがわかったので、少し距離を置いて追いかけることにした。あれはきっと飛ばしすぎだ。ついていったランナーはみんな後半潰れるだろう・・・と思いながら。

1マイルの通過タイム、8分20秒。決して遅すぎず、速すぎもしないペース。2マイル目も同じペースを保ち、ルディ・ブリッジの最初の橋越えを迎えた。このあたりは左右にヨットハーバーが広がる風光明媚な名所でもある。難なく橋を越えて、3マイル目は8分17秒、ヴァージニア水族館の巨大な建物を通り過ぎた4マイル目は8分13秒と順調にペースも上がり、いよいよ追撃体勢が整ってきたかに見えた。

5マイルの表示を過ぎてしばらく行くと、最初の折り返し。ここで「3:35」のプラカードを持って現われたチャンタルとの距離を測る。だいたい30~35秒くらい。調子が出てくれば、十分挽回可能な間隔である。この時点では、当初の目標はまだまだあきらめていなかった。

Mile 07: 8分31秒(58分47秒)
Mile 08: 8分03秒(1時間06分50秒)
Mile 09: 8分12秒(1時間15分02秒)
Mile 10: 8分33秒(1時間23分55秒)
Mile 11: 8分35秒(1時間32分10秒)
Mile 12: 8分44秒(1時間40分54秒)
Mile 13: 8分37秒(1時間49分31秒)
中間地点通過: 1時間50分34秒

7マイルの表示を過ぎるとキャンプ・ペンドルトン海兵基地の敷地内に入る。いつくかの応援ポイントで列を作った若い海兵隊員たちとハイタッチ。元気のいい応援を受ける。気持ちが高揚したせいもあってか、8マイル目のラップタイムは8分03秒に上がった。キャンプの敷地を出てからの9マイル目も、やや上り勾配ながら8分12秒でまとめ、ルディ・ブリッジの2度目の橋越えとなる10マイル目は8分33秒とやや時間がかかったものの、ここまでは想定に近いペースだった。

10マイル地点を過ぎて、第1回目のハニー・スティンガーを補給。いよいよ本格的な追撃開始となる場面を迎えた。コースはここで海岸沿いのボードウォークに出て北へ向かう。5年前に走った時はあまりの気持ち良さに夢見心地になった区間でもあり、一気にペーサーとの差を詰めていく絶好のチャンスとなるはずだった。ところが・・・

ここで思いもかけぬ魔物、恐ろしい向かい風が待ち受けていたのである。

11マイル目。海岸沿いのボードウォークに出た途端、脚がまったく動かなくなってきたことに気づく。道は平坦であるはずなのに、とにかく前に進まない。一気に挽回するはずが、逆に失速の8分35秒。12マイル目はさらに失速して8分44秒。海岸から離れてアトランティック・アベニューに戻れば風の攻撃が終わるかと思いきや、両側にホテルの建ち並ぶビルの谷間で、とんでもない突風に体当たりされた。

反撃のチャンスが粉々に砕かれた状況になり、予想外のビハインド。中間地点での通過タイムは、なんと1時間50分を越えてしまった。ここから先、後半のハーフをイーブンで行ったとしても、3時間40分のBQすら切れないという苦しい展開。

これはヤバい。前回のヒューストンもぎりぎりでBQに届くか届かないかの闘いだったが、今回はそれ以上に絶体絶命のピンチだ。

Mile 14: 8分36秒(1時間58分07秒)
Mile 15: 8分39秒(2時間06分46秒)
Mile 16: 8分40秒(2時間15分26秒)
Mile 17: 8分36秒(2時間24分02秒)
Mile 18: 8分43秒(2時間32分45秒)
Mile 19: 8分46秒(2時間41分31秒)
Mile 20: 9分04秒(2時間50分35秒)

中間地点を過ぎると風は弱まってきたかのように思えたが、肝心の脚がダメである。必死になって前に進もうとしているのに、どうにもスピードが出ない。15マイル地点の手前、67丁目で晩年をヴァージニアビーチで過ごした予言者エドガー・ケイシーの研究所(A.R.E. = Association for Research and Enlightenment)を通過。催眠状態で患者の過去世をたどりながら現在かかえている問題点に回答を与える「リーディング」の数々は、現在でも研究が進められている貴重な資料である。

自分は思わず、エドガー・ケイシーに「こういう時、あなたならどうする?」と尋ねてみた。そんな専門外のことをきかれても困るだろうが、こちらとしては神頼みでも何でもいいから、現在直面している困難な状況を打開したい気持ちだった。

15マイル地点を過ぎて、第2回目のハニー・スティンガーを補給。そして16マイルからは下り勾配の区間ショア・ドライブに入る。今度こそ反撃のチャンスと思い、ピッチをできるだけ上げて疾走する。やがて17マイルの表示を通過。どれだけ挽回しただろうか? 期待を込めて手元の時計を見る。8分36秒。うーん、全然ダメだ。体感ではかなり頑張ったつもりなのに、一向にタイムに反映されない。

18マイル目、8分43秒。19マイル目、8分46秒。

力を抜いているわけではないのに、ラップタイムがどんどん落ちている。20マイル目ではついに9分を越えてしまった。それほど疲れているだろうか? まだまだ元気なつもりなのに、なぜだろう? 終わりなき自問自答のスパイラルに巻き込まれ、解決の糸口も見出せないまま、いよいよ運命のラスト・クウォーターを迎えることになった。

Mile 21: 9分12秒(2時間59分50秒)
Mile 22: 8分50秒(3時間08分40秒)
Mile 23: 8分25秒(3時間17分05秒)
Mile 24: 8分24秒(3時間25分29秒)
Mile 25: 8分31秒(3時間34分00秒)
Mile 26: 8分27秒(3時間42分27秒)

20マイルを過ぎて、第3回目のハニー・スティンガーを補給。もはやBQは絶望的な状況になっていたが、レースを捨てたわけではなかった。この日のレースを走るために、寒い中でも頑張って練習しているし、忙しい中でも走る時間をやりくりしてきたのだ。そういう貴重な努力をムダにするわけにはいかない。結果がどうであろうと、最後まで試合を捨てないというのが、自分のポリシーである。

海に向かうコースに入ったせいか、またもや突風が襲いかかってきた。このあたりは英国からの入植者が最初に上陸した歴史的な地であり、アメリカ国内に現存する最も古い灯台のひとつである「ケープ・ヘンリーの灯台」も21マイル地点にある。そして巨大な灯台の足元を通過する時点で、こともあろうに3時間45分のペーサー、初老のアーロンに追いつかれてしまった。レース前までは想像もできなかった展開。いくらなんでも、こいつには負けるわけにいかない。

ハニー・スティンガーを補給しながら、虎視眈々と反撃のチャンスを待つ。反撃を実現するには、文字通り最後のチャンスだ。ここで失敗すると、このレースは敗北感だけが残ってしまう。

アーロンのすぐ後ろにぴったりと付き、必死に粘る。21マイル目は9分12秒かかってしまったが、22マイル目は少し回復して8分50秒。そして22マイルの表示を通過したのを合図に、思い切ってスパートをかけた!

別人のようなストライドで、アーロンをぶっちぎり、一気に引き離していく!
「出たーっ! 炎の光速ダッシュ!」
実況アナウンサーの興奮した叫び声が聞こえてくるような、鮮やかなギアチェンジ!

ここからはアトランティック・アベニューを南に向かう追い風コース。もう怖いものはない。
4マイル先のゴールに向かって死に物狂いでひた走るだけである。


23マイル目、8分25秒。
ずっと8分30秒を切れない状況が10マイル目から続いていたが、久しぶりに8分20秒台に復活! ようやく光明が見えてきた。
このあたりから、前方にちょうどいいペースで走っているブルーとグレイのウェアで身を包んだ小柄な女の子がいて、ペーサー代わりになってくれたのも見逃せない。


24マイル目、8分24秒。
やや疲れを感じ始めてもいたのだが、このあたりからTomoko姫直伝の必殺技「膝の引きつけ!!」を意識。
これを呪文のように唱えていると、力強いストライドを維持できるようだ。


25マイル目を8分31秒で通過すると、いよいよ26マイル目。
アトランティック・アベニューから海岸沿いのボードウォークへ。そしてボードウォークの遥か彼方に姿を現わした巨大なネプチューン像を目指して、最後の直線を全力疾走していく。

海岸沿いにグリーンと白の旗がはためき、5年ぶりにヴァージニアビーチに帰ってきた大ヒーローを出迎えるような熱い歓声の中、巨大なネプチューン像を通過。そしてグリーンの装束に身を包んだ名物アナウンサー、ボブ・ザ・レプリコーンがヒーローたちの名前を次々と呼び上げるのを聞きながら、波乱に満ちたパレードの終結を告げるグリーンのゴールゲイトに飛び込んだ。

Finish Time 3時間44分08秒(8:33/mile)。

前半ハーフ 1時間50分34秒、後半ハーフ 1時間53分34秒。

前半後半の落差は3分ちょうど。苦しいレース展開を考えれば「よく3分で抑えた」といえるかもしれないが、結果的には、最低ラインの3時間40分も切れず、ヴァージニア州でのBQ達成はお預けとなった。少しでも難しい要素があるとこうなるのだから、やはりBQのレベルは生やさしいものではないということだろう。

冷静に考えれば、強風という魔物が出現しなかったとしても、決して楽なレースではなかったかもしれない。目標としていた3時間35分のペーサーには最初からついていけなかったし、明らかにスピードの絶対値が落ちていると思う。このスピードで走ることのできた2012年10月のミルウォーキーは奇跡のようなレースだったのだ。

BQにこだわり続ける限り、今後もギリギリでスリリングな闘いが続くに違いない。読んでいるほうは面白いかもしれないが、自分としては、もっと余裕でBQを出せるようにならないと、生きた心地がしない。

それには、今後どのようなトレーニングを続けたらいいだろうか?
56歳。アンチエイジングへの暗中模索は続く…

■MEMO■
総合順位 513位/2781人中
男女別順位 390位/1528人中
年代別順位 15位/83人中


★(写真左)おそろいのスパンコールで決めたお二人。
★(写真右)巨大な蝶ネクタイ+シャムロック・ハットのペアルック。

 
★スタート前、ランナーを先導するサイクル部隊と記念撮影。


★(写真左)今年も健在。名物アナウンサー、ボブ・ザ・レプリコーン。
★(写真右)3時間35分のペーサーを勤めたチャンタル(右)とサブ・ペーサーのダイアン(左)。この二人に最後までついていくはずだったが・・・


★ゴール後のイベント会場でふるまわれるラム肉入りのアイリッシュ・シチュー。あまりにも美味しいので何杯もおかわり。

 
★タイトル・スポンサーにもなっているアメリカ最古の地ビール「YUENGLING」(1829年創業)。


★(写真左)おそろいのヘアバンド+レインボーのハイソックスで決めたお二人。
★(写真右)どうやらゴール後に婚約が成立したらしきカップル。


★(写真左)セレブレーション会場のステージで熱唱する女性シンガー。
★(写真右)ステージに見入る、おそろいのビールハットで決めたお二人。

 
★ゴール後にもらえるフィニッシャーズ・タオルのデザインもなかなかいい。

 
★巨大なフィニッシャーズ・メダルとブルックス製のハイテクTシャツ。

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【大会レポート】2014年シャムロックマラソン(2014 Yuengling Shamrock Marathon):EXPO編

2014年03月24日 | 大会レポート 2014

3月15日(土曜日)の早朝、アメリカ東海岸有数のリゾートとして名高いヴァージニアビーチに到着する。ここを訪れるのは2009年以来5年ぶり。チェサピーク湾から大西洋岸まで延々と続く砂浜は全長38マイル(約61.2km)におよび、世界で最も長いビーチとしてギネスブックにも登録されているほどのスケールである。

ニューヨーク方面からヴァージニアビーチへのアクセスは夜行のグレイハウンド・バスが便利だ。夜9時15分発のノーフォーク行きに乗れば、寝ている間に着いてしまう。ノーフォークからはヴァージニアビーチ行きに乗り換えて40分程度。バス・ターミナルは海岸沿いのホテル街から1マイルほど離れているものの、ランナーにとってはたいした距離ではない。飛行機で行く手もあるのだが、料金は2倍以上するし、ノーフォーク空港からヴァージニアビーチまでは公共の交通機関がないので、レンタカーを借りないと不便かと思う。

まずアトランティック・アベニュー沿いの宿泊ホテルにチェックイン(スタート/ゴール会場まで徒歩5分)。タイミングよく朝8時に部屋が空いたので、荷物を置き、土曜日に開催される5マイルレースを見学。その後EXPO会場で5年ぶりに走るシャムロックマラソンのゼッケン受け取りを完了した。

この日は快晴で、最高気温は23℃まで上がり、さながら初夏を思わせる気候。
風もほとんどなく、砂浜とボードウォークは、カップルや家族連れで賑わっていた。

美味しいレストランもたくさんあり、週末の休日を過ごすには、まさに理想的な環境。
だが、この平和に満ちあふれた光景が、24時間とたたないうちに生死を賭けた闘いの場に転じるのである・・・

(レース編に続く) 


 
★セント・パトリックのお祭りランということで、EXPOの時点から、すでに着飾ったランナーが多数。

 
★アイリッシュ・グリーンを基調としたオフィシャルグッズの数々。

 
★コスチューム用にグリーンのハイソックスもそろっている。


★無料でもらえるグッディバックと大会パンフレット。


★パンフレットの中味は今後12ヶ月(4月~3月)のカレンダーになっている。

 
★ゲスト・スピーカーとして登場した『RINNER'S WORLD』の編集者バート・ヤッソ氏。

 
★バート・ヤッソ氏と記念撮影。まさに「熟年のイケメン」である。


★本番レースでは、もちろんグリーンを基調とした衣装で走る。


★EXPOで新調したシャムロック・ソックスと、今回がレース・デビューとなる勝負靴FASTWITCH 6。


★ヴァージニアビーチの中心的存在、高さ34フィート(約10.4m)の巨大なネプチューン像。


★椰子の木が林立するボードウォーク沿いの光景。


★砂浜でくつろぐ人たちと、波間を飛び回る海鳥たちの一群。


★砂浜の遊園地で遊ぶ子供たち。


★夕暮れ時に現われた謎のキャラバン。満月の夜は何かが起こる!?

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【大会レポート】フローズン・ペンギン・ハーフマラソン(2014 NYCRUNS Frozen Penguin Half Marathon)

2014年03月03日 | 大会レポート 2014

 

3月1日(土曜日)、56歳になってからの最初のレース、その名も「フローズン・ペンギン・ハーフマラソン」なる大会に参加する。

会場はブルックリンのベイ・リッジ(NYCマラソンでヴェラザノ・ブリッジを渡り終えて最初に通過するイタリア系住民の多い区域)。主催はNYRRではなくNYCRUNSという謎の団体。先月行なわれたセントラルパーク・マラソンもこの団体が主催しているが、いかにも大都会なNYRRのレースに比べるとローカルな運営で、この日のレースも300名をわずかに超える程度のランナーが集まった。

3月になるというのに、この週末はまたも冬の大寒波が襲来。-10℃に近い低温で夜が明け、午前10時のスタート時も間違いなく-5℃を下回っていたであろう。いくらウォーミング・アップしても体が温まらず、さながら南極大陸に生息する冷凍ペンギンのごとく、寒風に震えながらスタート時間を待つ羽目になった。

ハーフマラソンの場合、最近の目標タイムは100分切りがスタンダードではあるが、氷点下のレースに関しては実績が全くない上に、ここ2ヶ月は走行距離もせいぜい200km前後。予測がつかないままに、ともかく今できる限りのトライアルをしてみようということで、スタートを切った。

Mile 01: 8分07秒(08分07秒)
Mile 02: 8分07秒(16分14秒)
Mile 03: 7分57秒(24分11秒)=マイル表示なし・ラップは推定値
Mile 04: 7分56秒(32分07秒)
Mile 05: 8分01秒(40分08秒)=マイル表示なし・ラップは推定値
Mile 06: 8分01秒(48分09秒)

対岸にスタテン島を臨むベイ・リッジ・アヴェニューの桟橋付近から、ヴェラザノ海峡沿いを南に向かうコース。2マイル過ぎで有名なヴェラザノ・ブリッジの下を通る。体感で8分を切るくらいの勢いでスタートしたつもりだったが、ラップタイムは思った以上にかかっている。やはり寒さの影響もあって身体機能が今一つの様子。関節や筋肉もガチガチに硬い。小刻みなストライドで歩数を稼ぐしかない状況で、文字通りペンギン走法の序盤戦となった。

ヴェラザノ・ブリッジを過ぎたところでいったん折り返し、スタート地点に向けて北上する。そしてまたスタート地点で折り返し、2度目の南下コースに突入。そのまま9マイル地点まで南下を続け、ここで折り返して最初のスタート地点までひたすら北上していく。

3マイル以降はやや調子が出てきたと思いきや、マイル8分前後を維持するのが精一杯。マイル表示もあったりなかったりなので、ペース配分もいい加減になる。ざっくり計算してマイル8分で1時間45分前後でゴールできればいいかな・・・というのが中盤戦での皮算用となった。

Mile 07: 8分12秒(56分21秒)=マイル表示なし・ラップは推定値
Mile 08: 8分13秒(1時間04分34秒)=マイル表示なし・ラップは推定値
Mile 09: 8分13秒(1時間12分47秒)

ところが7マイル目になると、この皮算用も怪しくなってきた。脚がだんだん重くなってきて、さらにペースが遅くなる。いつもなら追いつけそうなランナーにも簡単に引き離される。やはり冬の走り込み不足が響いているのだろうか・・・と思いつつ、一方では決してあきらめることなく、虎視眈々と反撃のチャンスを待った。8マイル過ぎで、用意していた最終兵器ハニー・スティンガーを投入。ヒューストンマラソンでは見事に終盤の起爆剤となったが、今回はどうだろうか? 

やがて9マイル目、最後の折り返し地点を通過し、ゴールへ北上する最後の一本道に突入!
運命を決する最後の闘い!

そしてここからは、思いもかけない劇的な展開が待っていたのである。

Mile 10: 7分20秒(1時間20分07秒)
Mile 11: 7分55秒(1時間28分02秒)
Mile 12: 7分43秒(1時間35分45秒)
Mile 13: 7分18秒(1時間43分03秒)

折り返し地点の手前で、今まで先行していた若い女性ランナーを追い抜く。
これが反撃の狼煙となり、起死回生の猛攻を開始! 
冷凍ペンギンのような小さな走りが、急に伝説の大怪獣ペギラに変身したかのような別人の走りとなった。

10マイル目のラップ、なんと7分20秒!
さっきまでマイル8分を切るのに四苦八苦していたのが、突然の豹変!
いったい、このエネルギーはどこから来るのだろうか!?

11マイル目、12マイル目も7分台を維持。終盤を迎えて、ようやくレース・モードになってきた。
こうなってくると勢いは止まらない。最後の13マイル目は渾身の力を振り絞って、先行するランナーを次々にぶっちぎっていく。
あたり一面を氷河に変えていくような大暴走! 
それも追い抜き際にわざとスピードを上げて相手を心理的に蹴落とすような荒業も使うのだから、われながら性格が悪い。

13マイル目は、なんと最速ラップの7分18秒!
最初からこのくらいのペースで走っていたらとんでもないタイムになるであろう・・・と思われるような猛烈なラスト・スパートで、走り終えたペンギンどもが群れをなす桟橋のゴールエリアに飛び込んだ。

Finish Time 1時間43分43秒(7:55/mile)

9マイルまでは苦しい闘いが続いたが、最後の4マイルは見事に生き返った。
ヒューストンでのレース展開が、そのままの形でハーフで再現。やはりハニー・スティンガーの威力は本物だったか?

マイル8分、1時間45分の皮算用はどうにかクリア。過去5回実現している1時間40分切りまでには準備が足りないものの、現状を考えればまずまずの出来と考えていいだろう。

次のハーフは3月30日のザ・ラヴラン・フィラデルフィア。相性のいいフィリーでもあり、今よりは暖かい気候になるはずなので、ぜひ満足のいくレースをしたいと思う。

■MEMO■
総合順位 73位/326人中
男女別順位 56位/171人中
年代別順位 4位/20人中(AGE 50-59)


★ニューバランス製のハイテク・シャツと完走メダル。

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【旅の写真館】 「宇宙都市」 ヒューストンの光と影

2014年01月27日 | 旅の写真館(米国編)



アメリカで4番目に人口の多い都市、テキサス州ヒューストンは別名「スペースシティ(宇宙都市)」といわれる。
それは市街地から車で1時間ほど離れた郊外に、かの有名なNASAのジョンソン・スペースセンターという宇宙開発の拠点があるからで、事実そのスペースセンターは現在でもヒューストン観光の目玉となっている。

だからといって、ヒューストンの街が、まさしく宇宙的な素晴らしさに息を飲む場所に違いない・・・という期待を持って訪問すると、肩透かしを食うのは確実だろう。特にビジネスエリアとなっているダウンタウン地区は治安が良くない。近代的なメトロレールが走っている中心街でさえ、夜になると怪しい人影が徘徊する始末である。

基本的に、ビジネスアワーが終わってしまえば、道を歩いている人はほとんどいない。用事があれば車で移動するのが、この街の常識になっているかのようである。そういうわけで、歩いて観光するには、不向きな街ということになろう。

そもそも、現在のアメリカ人たちがNASAの宇宙開発に期待を抱いているとは思えない。アポロ計画は中途半端な状態で終わりを告げ、スペースシャトルは貴重な人命を何人も犠牲にして終了。その成果は?・・・といえば、あまりに機密事項が多すぎて、一般の人たちにはよくわからないのである。

ヒューストンという街がこれからも発展していくことができるかどうかは、案外、宇宙開発以外の分野が鍵を握っているかもしれない。


★ダウンタウンの「PAPPAS BAR-B-Q」で軽くブランチ。開店直後なのですいていたが、ランチタイムはビジネスマンで一杯になるという。今回はヒューストン在住のビズラ姫にお伴をお願いすることになった。


★テキサス最大のカウボーイ・イベントとして毎年3月に開催される「Houston Livestock Show and Rodeo」。期間中は連日ビッグネームのアーティストが出演し、カウボーイやカウガールたちのロデオ・パフォーマンスを楽しむことが出来る。


★テキサス州でナンバー・ワンの高さを誇るJP モルガン・チェイス・タワーの入口前にあるミロの作品。


★JP モルガン・チェイス・タワーの60階にある無料展望台。ここからの眺めはなかなか素晴らしい。1階から直通エレベーターで昇れる。


★展望台から見たダウンタウン水族館。同じ敷地内に観覧車やメリーゴーラウンドもある。


★ダウンタウンから車で20分ほどの、閑静な住宅地にある美術館「メニル・コレクション」。マグリット、エルンストなどのシュールレアリスム系の絵画や、ビザンチン時代の宗教画などのコレクションが見もの。


★車でさらに40分ほど、ガレリア・モールの近くにある「ワイルド・ウエスト・ヒューストン」。


★仕事を終えた人たちが一杯やりながらダンスを楽しむ社交場となっている。


★翌日は徒歩でダウンタウン内の名所を見学。まずはMLB ヒューストン・アストロズの本拠地となっている開閉式ドーム球場「ミニッツメイド・パーク」。2000年に開業した。


★ガラス窓から覗くと、なにやらイベントが行なわれている。


★アストロズ一筋に活躍した名二塁手クレイグ・ビジオ選手。2007年に3000本安打を達成した。昨年の投票ではわずかに足りなかったが、将来の野球殿堂入りは確実視されている。


★球場近くで行なわれるパレードの警備のため、カウボーイ姿で現われた警察官たち。いかにもテキサスらしい光景。


★メトロレールで20分ほど、旧アストロドームの近くにあるウエスタン・ウエアの専門店「Cavender's」。


★ウエスタン・シャツの品揃えが驚くほど豊富。好きな人なら、1日見ていても飽きないかもしれない。


★入口近くにあるカウボーイの彫像がテキサスらしい雰囲気を醸し出す。


★ダウンタウンにあるエンターテイメント施設「BAYOU PLACE」の夜景。バー、レストラン、劇場などが一つの建物に入っている。


★ダウンタウンの劇場街にある駐車場。昼夜問わず、基本的に車で移動する習慣になっているようだ。

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