375's MUSIC BOX/魅惑のひとときを求めて

想い出の歌謡曲と国内・海外のPOPS、そしてJAZZ・クラシックに至るまで、未来へ伝えたい名盤を紹介していきます。

歴史的名盤を聴く(10) ジョージ・セル @1970 Tokyo Live

2012年01月30日 | クラシックの歴史的名盤


ウェーバー:歌劇「オベロン」序曲、モーツァルト:交響曲第40番ト短調K.550
シベリウス:交響曲第2番、ベルリオーズ:ラコッツイ行進曲~劇的物語「ファウストの劫罰」より
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団
(1970年5月22日 東京文化会館: ステレオ・ライヴ録音) SICC 1073~4

クラシック音楽の演奏家の中には、もしかしたらスポーツの世界でも大成したかもしれない、と思えるような人を時たま見かけることがある。

たとえば「鋼鉄のピアニズム」 といわれたエミール・ギレリス。晩年はかなりイメージチェンジした面もあるが、若い頃はまさにアスリートそのもので、繊細な感受性よりは強靭な肉体美を想起させるような力強さで名を馳せていた。指揮者では1960年代から80年代までシカゴ交響楽団を率いていたゲオルク・ショルティがそうで、シカゴ響の金管を徹底的に鍛え上げ、圧倒的な迫力で押しまくるスタイルで観客の拍手喝采を浴びていた。

アメリカは基本的にショービジネスの国なので、この国で成功するには、一見して「すごい!」と思わせるような強烈なインパクトを持っているほうが有利である。ギレリスにしろ、ショルティにしろ、あるいはホロヴィッツなどもそうなのだが、アメリカで名声を得ることができた演奏家というのは、芸術的な深みは別にして、問答無用で聴衆を圧倒させる必殺技を持っていた。クラシック音楽といえども、あくまでショーとしての「見せ場」を心得ていなければならないのである。今回登場するジョージ・セルも似たような系列に属すると思われていた指揮者だった。

ジョージ・セルはハンガリー出身の指揮者で、戦前はおもにドイツの歌劇場を中心に活躍していたが、アメリカへの演奏旅行中に第二次世界大戦が勃発し、ユダヤ人の血が流れていたこともあって帰国を断念し、そのままアメリカに定住した。しかし災い転じて福となるとはこのことで、セルのキャリアにとっては幸運だった。同じくアメリカで活躍していたトスカニーニの援助を受けてNBC交響楽団やメトロポリタン歌劇場で経験を積むことができたからである。トスカニーニからは、おそらく「アメリカで成功するためのノウハウ」を教わったはずだ。2人に共通する演奏上の特徴がそれを物語っている。圧倒的な迫力で展開される、リズムとスピードの音楽。

在米時代のセルが1946年から1970年まで率いたクリーヴランド管弦楽団は「鉄壁のアンサンブル」といわれた。クリスタルガラスのように透明度の高い響きと、寸分の狂いもなく刻まれるリズムの正確さは、他に類を見ないものだった。
ただ、アメリカで圧倒的な支持を得たその正確無比な演奏は、繊細な情感表現を重んじる日本人の好みには今一つ合わないように思われた。正確ではあるが冷たいという風評もあり、なかなか人気が出なかったのである。

ここに紹介する演奏会が行なわれるまでは・・・

1970年、大阪万国博覧会が開催された年。大物指揮者ジョージ・セル、最初にして最後の来日公演。
特に5月22日にライヴ録音された東京文化会館での公演は「歴史的な名演」として揺るぎない評価を得ることになった。
セルはただ者ではなかった。正確なリズムだけの指揮者ではなかった。
火の玉のように熱い凝縮した音楽を奏でることができる真の巨匠である、と。

たった一度の来日公演で、従来の評価が180度、逆転したのである。

1曲目の歌劇「オベロン」序曲を聴いただけで、ただならぬ完成度に圧倒される。アンサンブルに寸分の狂いがないのはもちろん、鍛え上げられた合奏の威力をこれほどまでに思い知らされる演奏というのも、そうそうあるものではない。10分足らずの短い曲なのに大シンフォニーを聴いたような充実感がある。

2曲目はモーツァルトの交響曲第40番。この曲には以前紹介したカイルベルト/バイエルン放送響のドイツ風名盤があるが、セルの演奏も甘さを排した直球勝負でありながら、もっとインターナショナルな色合いが強い。アメリカ人が好みそうな音色といえようか。それでも決して外面的な迫力のみに陥っていないのはさすがだ。

3曲目のシベリウスの交響曲第2番はこのディスクの白眉。冷たい肌触りがシベリウスの本質にマッチしており、作曲者との相性の良さをうかがわせる。フィンランド系の指揮者とは一線を画したシンフォニックな演奏で、迫力重視でありながら決して力ずくではなく、随所に北欧の空気を感じさせる繊細なニュアンスがこめられているところが素晴らしい。晩年のセルは若い時期に比べると人間的に「丸くなってきた」ともいわれ、本来秘めていた優しさを表現できるようになったということであるが、演奏の上でも成熟ぶりが現われてきたのかもしれない。

もちろん、第3楽章でのティンパニの打ち込みや、最終楽章での輝かしい盛り上がりなど、セルならではの強靭なリズム感を存分に味わえるところも多く、交響曲というジャンルのエッセンスが詰み込まれたような魅力的な演奏となった。自分にとっては同曲1位の最有力候補として何度でも繰り返し聴きたいと思うほどの名盤である。

アンコールで演奏されたベルリオーズの「ラコッツイ行進曲」 も切れ味鋭い名演。これだけ充実した演奏会は滅多に聴くことができるものではない。当時の聴衆がどれだけ興奮したか、手にとるようにわかろうというものだ。

一期一会の日本公演で、ついに真価を知らしめた幻の指揮者ジョージ・セル。
しかし、 これが彼の人生最後の輝きだったとは、当時の人は知る由もなかった。

同年7月30日、ジョージ・セル癌のため他界。
25年の長きにわたったクリーヴランド管弦楽団の黄金時代は、ついにその幕を閉じたのである。

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歴史的名盤を聴く(9) クルト・ザンデルリング @1984 Munchen Live

2011年12月20日 | クラシックの歴史的名盤


ベートーヴェン:「エグモント序曲」、バッハ:2台のヴァイオリン協奏曲
ブラームス:交響曲第4番ホ短調
クルト・ザンデルリング指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

(1984年11月23日 ミュンヘン、ヘラクレスザール:ステレオ・ライヴ録音) WEITBLICK SSS0072-2

今年(2011年)9月18日、現存する最年長指揮者クルト・ザンデルリングが亡くなった。すでに2002年に引退コンサートを開き、それ以降はもはや指揮台に上がることはなかったものの、いざ他界してみるとやはり寂しさを禁じ得ないものがある。これで19世紀以来の伝統を受け継いだ巨匠指揮者(いわゆる「クラシック」の作曲家たちと同時代の空気の中で生きていた人たち)は完全に姿を消してしまった。

今や世の中は完全にデジタル時代に移行しているが、ザンデルリングの音楽は最後までアナログの良さを伝えるものだった。決して記号化されるものではない人生のわびしさ、はかなさというものを、音楽を通して実感させてくれた。派手なセールスポイントや演奏効果があるわけではなかったが、心の奥底に語りかける何かがあった。今ではすっかり珍しくなってしまった手作りの「いぶし銀の味」がここにある。

そんなザンデルリングの美質が最大限に発揮されたディスクとしては、1990年代に録音されたベルリン交響楽団とのブラームス交響曲全集(CAPRICCIO 10600)があげられるだろう。第1番から第4番まで、各楽器が見事に溶けあったブレンド感が素晴らしい。決して先を急ぐことのない遅めのテンポで、見通しが良く、ブラームスのポリフォニックな書法を満喫できる。1990年代に内田光子と組んで録音されたベートーヴェンのピアノ協奏曲全集(PHILIPS 464 142-2)ともども、ザンデルリングの最晩年を飾る名盤と言っていいだろう。

ここに紹介するミュンヘン・フィルとのライヴ録音は、ベルリン交響楽団とのレコーディングより6年ほど前に演奏されたもので、ザンデルリングが最も得意としたブラームスの交響曲第4番がメインになっている。演奏のテンポは全体的にベルリン盤より速い(ベルリン盤の15:04, 13:04, 6:33, 11:26に対して、ミュンヘン盤は13:34, 12:33, 6:09, 11:07)。それだけに人生の諦観に支配された60歳代のブラームスを感じさせるベルリン盤に比べると、まだまだ若々しい活力に満ちていた50歳代のブラームスという趣きがある。

ブラームスの4つの交響曲は表題を持たない「絶対音楽」であり、特定の何かを描いたわけではないのだが、それぞれの曲にその時その時の作曲家の心象風景が反映されるというのは、芸術作品として自然な現象であると思う。あくまで個人的に感じることなのだが、ブラームスの第4番を聴くと、人生への惜別の思いというのか、いやがおうでも過ぎ去り日々を振り返るような情感にとらわれてしまう。1970年代の曲でいえばアリスの「遠くで汽笛を聞きながら」といったところだろうか。

ブラームスは1897年に63歳で世を去ったが、交響曲第4番が作曲されたのは1885年で52歳の時期だった。現在の感覚では老いを感じるにはやや早すぎるとも思えるが、当時としてはすでに晩年の入口だったのかもしれない。かく言う自分も似たような立場にいるのだが、そろそろ人生のわびしさ・はかなさというものを感じ始めてくる年代でもある。それでも一方では、まだまだ人生で大輪の花を咲かせるのはこれからという意識もあり、前向きな気持ちも十分に残っている。実際、ブラームス自身も、52歳の段階では作曲の意欲が衰えたわけではなかった。結果的には最後の交響曲となってしまったが、作曲した時点ではこれが決して最後とは思っていなかったに違いない。

そういう意味では、若い前向きな活力を感じさせるミュンヘン・フィルとの演奏は好ましい。過去への思いに沈んだところはあまりなく、やがて来るであろう老いに対して敢然と立ち向かうアンチ・エイジングの姿勢が感じられる。第1楽章のポリフォニックな旋律は適度な推進力で朗々と歌われ、決して深刻になりすぎない明るさを保ちながら人生のロマンを謳歌する。老いの前触れを自覚しつつも、新しい物事に挑戦しようという意欲は消えていない。中高年の一大発起の心情が伝わってくる。

第2楽章は心静かなアンダンテ。仕事の余暇にのんびり散歩を楽しむような情景が目に浮かぶ。そして4分15秒すぎに現われる懐かしくも美しい旋律。若き日を彩る恋の思い出がとめどなくあふれる宝石のようなひととき。「あの頃は若かったなぁ」という思いに一瞬立ち返ったあと、やがて男は片づけるべき仕事を思い出し、日々の現実に戻っていく。

第3楽章は悠久の大平原を馬で疾駆する西部劇のシーンを思い起こさせるような活気あふれるスケルツォ。仕事に追われがちの人生にストレス解消は必要だ。たまには宴会で飲みまくるのもいいだろう、という半ばヤケッパチ気味の音楽に聴こえなくはない。

第4楽章は荘厳な変奏曲。19世紀の大聖堂を思わせる古色蒼然とした色調。主題が刻々と変化していくごとに、過去のさまざまな場面が回想されていく。あの頃出会った人たちはどこへ行ったのだろう。ふと気がつくと、何人かの人たちはもう手の届かない世界に旅立ってしまったことに気がつく。永遠に続くと思っていた人生が、実はほんの一瞬にすぎないという現実に接した時、なんともいえない寂しさが襲いかかる・・・

この曲は、人は誰もがいずれこの世と別れを告げなければならない、通りすがりの存在であることを痛感させてくれる。通りすがりの存在だからこそ、ひとときの楽しみを分かち合える友人は貴重なのだ。

人間存在のはかなさを身をもって実感していた作曲家ブラームス。そしてユダヤ人であるゆえ、ナチス台頭時にソヴィエトに逃れたザンデルリングその人も、人生のはかなさを誰よりも実感していただろう。彼が生涯愛し続けたブラームスの交響曲は、彼自身の寂しい魂が安息を得ることのできる究極の涅槃(ニルヴァーナ)だったのかもしれない。

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歴史的名盤を聴く(8) エフゲニー・ムラヴィンスキー @1977 Tokyo Live

2011年11月28日 | クラシックの歴史的名盤


チャイコフスキー:交響曲第5番
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
(1977年10月19日 NHKホール 実況ライヴ録音) ALT052

チャイコフスキーの後期3大交響曲はどれも傑作の名に値するが、その中で最もポピュラーな作品をあげるとすれば、『悲愴』という標題のついた第6番になるだろう。人生の終局というテーマを持ち、起伏に富んだ曲想と劇的な展開、そして悲劇的なエンディングは涙なしには聴けない。まさに万人の支持を得るにふさわしい名曲といえるだろう。

自分も長らく『悲愴』こそチャイコフスキーの最高傑作と信じてきたが、最近になって、純音楽的にはむしろ第5番のほうが優れているのではないか、と思うようになってきた。いや、ここで「優劣」を決めるのは適切ではあるまい。第5番も『悲愴』に負けないほどの傑作である、と表現するほうが正しいだろう。そう思うようになってきたのは、ここに紹介するムラヴィンスキー指揮する第5番のライヴ録音を聴いてからのことだった。

エフゲニー・ムラヴンスキーはロシアではなく、まぎれもないソヴィエト連邦の指揮者だった。「そんな国があったのか」と今の若い人たちは思うかもしれないが、ムラヴィンスキーがレニングラード・フィル(現在のサンクトペテルブルク・フィル)の主席指揮者の座にあった50年間は完全にソ連独裁時代と重なっていた。ソヴィエト国立交響楽団を35年間率いたスヴェトラーノフとともに、ソ連を代表する2大音楽的独裁者として一時代を築いたのである。

ムラヴィンスキーが最も得意とした曲目が2つある。それはチャイコフスキーの交響曲第5番とショスタコーヴィッチの交響曲第5番で、その事実は演奏頻度の多さを見れば明らかだ。特にチャイコフスキーの第5番は、1960年に録音されたドイツ・グラモフォンによるスタジオ録音が長らく決定的な名盤とされていた。もちろん優れた演奏には違いないのだが、ムラヴィンスキーとレニングラード・フィルの全盛時代はむしろ1970年代といわれており、その時期の良質なライヴ録音の発掘が待望されていたのである。

そんな折り、ムラヴィンスキー生誕100周年を迎えた2003年になって、とんでもないディスクが登場した。なんと1977年に来日した時のコンサートが当時客席にいた何者かによって「極秘録音」されており、チャイコフスキーの第5番をはじめとする4点のCDが発売されるというのである。当時のソ連政府は国外でのライヴ録音を許さなかったので、もちろんソ連が存在している間は公にできるはずもなかった。完全な個人所蔵という状態だったのだが、ついにムラヴィンスキー夫人の正式な許可を得て、発売される運びとなったのである。(ちなみに自分は録音した本人とお会いする機会があり、発売までのいきさつを直接お伺いすることができた)。

このCDに聴くチャイコフスキーの第5番の演奏は本当に凄い。この日のコンサートを生で聴いた人は例外なく度肝を抜かれたような感想を述べているが、それが決して大袈裟ではないことは最初の一音を聴けばわかる。運命のモチーフの冷たい肌ざわりは、まるで死神に息を吹きかけられたようだ。素っ気なく、何の感情もないように見えて、そこには人間の五感を超越した虚無の世界が口をあけている。淡々とした音の背後に潜む、不気味なほどの静けさ。誰ひとり生きている者がいないのではないかと思われる闇夜に、忽然と死神の軍隊が現われ、どこまでも行進していく・・・これだけの表現をなしうるのは、ムラヴィンスキーをおいて他に考えられない。

第2楽章も暗い色調で始まるが、やがて悲しみを慰めるような優しいカンタービレが湧きあがってくる。大津波が引いた後の海の静けさとでも言おうか。しかし、ここでも単に「平和」という言葉では追いつかない無常感がつきまとう。現実は無情なのだ。何もかも奪われていくものなのだ・・・ムラヴィンスキーの棒は、そしてチャイコフスキーの音楽はそう問いかけているようにも思える。

第3楽章のワルツに至って、ようやく明るさが戻ってくる。被災地は活気を取り戻し、やがて楽しい夏祭りの季節になる。あちこちで花火が打ち上げられる光景も見られるだろう。この幸せがいつまでも続いてほしいのだが・・・

第4楽章フィナーレ。運命のモチーフは長調に転じ、勇壮な行進曲となる。これを人間の勝利と見なすのは楽観的すぎるかもしれない。6分10秒を過ぎてから登場する悲劇性の強いモチーフはそれを打ち消しているようにも思える。これは人間の行進ではなく、実は死神の行進ではないのか。結局のところ、人間は死を逃れることはできない。いずれ死に支配されるのが人間の運命なのだ・・・

チャイコフスキーは本質的に「悲しみ」を表現する作曲家だった。それも救いようのない「慟哭」という次元の悲しみ。有名な三大バレエに見られる華やかさは彼の一面にすぎない。そして慟哭の作曲家チャイコフスキーの本質を誰よりも深く理解し、その無情な音楽をあますところなく表現したのが、孤高の天才指揮者ムラヴィンスキーその人といえるだろう。

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歴史的名盤を聴く(7) オットー・クレンペラー @1969 Munchen Live

2010年04月04日 | クラシックの歴史的名盤


メンデルスゾーン:交響曲第3番スコットランド』、シューベルト:交響曲第8番未完成
オットー・クレンペラー指揮バイエルン放送交響楽団
(1969年5月23日『スコットランド』&1966年4月1日『未完成』、ミュンヘン、ヘラスレスザール:ステレオ・ライヴ録音) EMI-5 66868 2

クラシック音楽で有名な作曲家のうち、小学校時代から好印象を持っている作曲家が何人かいる。といっても、それほど早い時期からクラシック音楽に興味を持っていたわけではない。その印象は音楽そのものでなく、学校の音楽室に飾られた肖像画から来ていたのである。

当時好感を持っていた肖像画を2つあげるとすれば、シューベルトとメンデルスゾーンだった。シューベルトの柔和で優しそうな顔は、いろいろと不遇な目に遭うことの多かった当時の自分にとって癒しの役割を果たしたものだが、ある意味それ以上に萌えたのはメンデルスゾーンだったかもしれない。第一印象ではてっきり女性と思ったほど、典雅な雰囲気が漂っていた。反対に、苦手だったのはベートーヴェン。あの闘争心丸出しの顔には、どうも引いてしまうところがあった。クラシック音楽を聴き始めてから、しばらくの間はあまりベートーヴェンのCDに手を伸ばさなかったのも、その時の感覚が尾を引いていたせいだったかもしれない。今ではもちろん、ベートーヴェンの素晴らしさも認識しているつもりだけれど。

さて、そのメンデルスゾーンで最も聴く機会が多い曲は、ダントツで交響曲第3番『スコットランド』である。同じメンデルスゾーンでも第4番『イタリア』はほとんど聴かないのに、『スコットランド』には「惚れた」と言っていいほど入れ込んでいる。演奏はオットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団による名高い1960年スタジオ録音。ほの暗い曲の魅力を余すところなく描き尽くした代表盤で、これがあれば十分とも言えるが、ここではもう1枚、同じ指揮者が最晩年にバイエルン放送交響楽団を振った1969年ライヴ録音を紹介しておこう。

クレンペラーの演奏は、一般的には「アンサンブルや音色・情緒的表現など表面的な美しさよりも、遅く厳格なテンポにより楽曲の形式感・構築性を強調するスタイル」(wikipediaの文章より)と言われており、それゆえに彼の作り出す音楽は冷たく、感情に欠如すると思われているところもある。ところがクラシック音楽の世界は、そう一筋縄では行かない。人間的な感情表現を排することによって、作品本来の美しさが浮き彫りになるという、逆説的効果を生み出すことがあるのだ。クレンペラーの指揮する『スコットランド』は、その最上の成功例と言うことができる。「小手先の情緒表現にとらわれることなく、ありのままの音を鳴らす」というアプローチが、結果的に格調の高い叙事詩的スケールの表現を可能にしたのである。

第1楽章は、中世スコットランドの荒涼とした自然を思わせる幻想的な序奏で始まる。それに続く主部は、数奇な運命にもてあそばれた英雄たちの物語。まさに『ブレイブハート』(スコットランド建国の英雄ウィリアム・ウォーレスの半生を描いた映画)の世界を思わせる。クライマックスでの盛り上がりは、圧政から立ち上がろうとするスコットランド人たちの情熱を代弁するかのような迫力だ。

第2楽章は、首都エディンバラの夏祭りを思わせるようなメルヘンチックなスケルツォ。民族楽器バグパイプの演奏に合わせて、カラフルな衣装の女の子たちが踊っているような、賑やかな雰囲気に満ちあふれている。

第3楽章は、ハイランド地方の雄大な大自然を思わせる音楽。緑の森が地平の彼方まで続き、太古の海獣が今も棲むといわれる紺碧のネス湖と、湖のほとりに打ち捨てられたアーカート城の廃墟が目に浮かぶ。

第4楽章は、スコットランド王室の波乱に満ちた歴史を振り返るような、荘厳な行進曲となる。悲劇的な色合いが濃いのは、悲劇の女王メアリー・スチュアートの影だろうか。フィナーレはやがて突然イ短調からイ長調に転じ、勝利の凱歌で幕を閉じる…というのがメンデルスゾーンの原曲だ。ところが、このクレンペラー盤は違う。一瞬イ長調に転じたかと思いきや、すぐにイ短調の第2主題に戻り、悲劇的な雰囲気のまま寂しく終わってしまうのである。

なんと!クレンペラーはオリジナルの終結部を改変してしまったのだ。昔の指揮者は基本的に独裁者であり、「オレ流」の演奏を貫くのが当然だったとはいえ、ここまではなかなかできるものではない。おそらく、よほどの確信があってのことだろう。「メンデルスゾーンは、本当はこう書きたかったに違いない!」と。

実際、何度も聴いていると、違和感がなくなってくるから不思議だ。

自分は10年以上も前、このクレンペラーの演奏を聴いてから、どうしてもスコットランドに行きたいという気持ちが芽生え、時を追うごとにその思いから逃れられなくなってきた。メンデルスゾーンが歴史的な霊感を得た現場をいつか訪れなければならないというのが悲願となり、ずっとチャンスを待った。そしてついに2009年5月、その夢は実現した。ハイランド地方の都インヴァネスと神秘に包まれたネス湖。世界遺産の街エディンバラの街並み。そしてエディンバラマラソンで走った北海沿岸の風景…。

そこはまさにメンデルスゾーンが描いた『スコットランド』そのものだったのである。

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歴史的名盤を聴く(6) セルジュ・チェリビダッケ @1986 Tokyo Live

2010年03月14日 | クラシックの歴史的名盤

シューマン:交響曲第4番、ムソルグスキー(ラヴェル編曲版):組曲『展覧会の絵』
セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
(1986年10月14日 昭和女子大学 人見記念講堂:ライヴ録音)  ALT140

1839年にウイーンを訪れた際、10年前に亡くなったシューベルトの遺稿の中から、埋もれていた幻の傑作交響曲『ザ・グレート』を発見したのがシューマンだった。その『ザ・グレート』の発見がきっかけとなり、2年後の1841年、いわゆるシューマンの「交響曲の年」を迎える。この年は『春』と呼ばれる第1交響曲と、標題のないニ短調交響曲を作曲。しかしニ短調交響曲のほうは初演に失敗し、いったんお蔵入りしてしまうことになる。再びこの作品が日の目を見るのは10年後の1851年。オーケストレーションを全面的に改訂し、改めて「第4交響曲」として発表されることになった。

魅力的な交響曲である。ニ短調の暗さが何とも言えない。特に第1楽章は「暗黒のカタルシス」とでも呼びたいほど、ぞくぞくせずにはいられない音楽だ。哀愁を帯びた第2楽章ロマンツェ。もがき苦しみながらも必死で前に進もうとする第3楽章スケルツォ。そして新時代への夜明けを思わせるような壮大なブリッジを経て、抑圧されていた情熱が爆発するフィナーレに至るまで、ドイツ・ロマン派のエッセンスが詰め込まれている。

「抑圧との闘い」をテーマに持ち、屈折した性格を持ったこの作品と最も相性が合う指揮者を1人選ぶとしたら、自分なら「幻の巨匠」と言われたセルジュ・チェリビダッケにとどめを指すだろう。チェリビダッケといえば、生前はレコード録音などの商業主義に背を向け、歯に衣着せぬ毒舌家として知られていたが、実像は人一倍繊細でナイーヴな人間だったかもしれない。並はずれた厳しい練習でオーケストラを徹底的に鍛え上げ、どんなに大音量が鳴っても透明で濁らないハーモニーを維持することができた。チェリビダッケが常任指揮者だった頃の1980年代から1990年代中盤にかけてのミュンヘン・フィルは、間違いなく世界最高のオーケストラだったのではないだろうか。スタジオ録音などに無駄な時間を費やさず、実演一本で勝負したのも、結果的には正解。チェリビダッケの死後になって、質の高い実況録音が続々とリリースされることになった。

個性が強いので好き嫌いは生じやすいかもしれないが、日本でのチェリビダッケ人気は欧米に比べてかなり高いように思える。ショウビジネスの大国アメリカでは、名前すら聞かない。「音楽は無から現われ、無へと消えてゆくもの」であり、「音楽は無であって、言葉で語ることができない。ただ体験のみ」とする考え方は、西洋人には理解が難しくとも、日本人には比較的受け入れやすいのではないだろうか。なにしろチェリビダッケは禅宗の仏教徒であるし、「サイババ」にも傾倒するほどだから、思想的な面では完全に東洋人である。

ここに紹介するCDは1986年、チェリビダッケが手兵ミュンヘン・フィルを率いて最初に来日した際のライヴ録音。1979年にミュンヘン・フィルの常任指揮者に就任して8年目。満を持して来日しただけあって、完璧なまでに鍛え上げられたオーケストラ芸術を存分に楽しめる。得意の曲目であるシューマンの交響曲第4番は、音楽の一字一句を噛みしめるように、遅めのテンポで描き尽くした名演。すべての楽器が溶け合った透明なサウンド、まるで生き物のように生成と流転を繰り返す絶妙の音空間は、いつまでもそこに浸っていたいと思わせるほどの素晴らしい聴きものだ。

第3楽章から第4楽章にかけての息の長いブリッジでは、チェリビダッケ自身の唸り声も聴こえる。抑圧されていた情熱が全世界に解放される瞬間。ここがシューマンの交響曲第4番の事実上のクライマックスに当たる。おそらく彼は、この無上の解放感を共有したいがために、この曲を指揮しているのではないだろうか。聴いている自分も、何よりこの瞬間を待ちわびているのである。

このCDには、同じコンサートで演奏されたムソルグスキーの代表作『展覧会の絵』も収録されている。こちらもチェリビダッケが繰り返し取り上げている曲目。遅めのテンポでじっくりと運びながら、楽曲の持つ狂気の響きを白日のもとに暴き出した名演だ。ラヴェル編曲版の色彩感よりも、ムソルグスキーのオリジナル版が本来持っているきれいごとでない前衛性が浮き彫りにされる。第4曲「牛車」は最終戦争に進軍する戦車と呼んだほうがいいような巨大さだし、終曲の「キエフの大門」で聴かれる途方もない音響的高揚は、もはやこの世に存在する建造物を超越し、ここを通ったら生きては戻れない壮大な地獄門を思わせる。

シューマンとムソルグスキー。狂気に苛まれた晩年を過ごし、失意のうちに生涯を閉じたという点で、この2人は共通している。生まれる時代を間違えてしまった天才肌の悲劇とでも言おうか。それを十二分に理解しているのが、孤高の天才指揮者チェリビダッケその人かもしれない。

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歴史的名盤を聴く(5) ギュンター・ヴァント @1993 Munchen Live

2010年02月15日 | クラシックの歴史的名盤

シューベルト:交響曲第9番ザ・グレート
ギュンター・ヴァント指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
(1993年5月28日ミュンヘン、ガスタイク・フィルハーモニー:ステレオ・ライヴ録音)  PH06014

シューベルト最後の交響曲となった『ザ・グレート』は、クラシック音楽に興味を持つ以前から思い入れの深かった曲のひとつ。第1楽章、冒頭のホルンが奏でるイントロを聴いただけで、遙かなるバイエルンの森の情景が思い浮び、なんともいえない懐かしい気分になる。見知らぬ秘境を探検するようなワクワク感とでも言おうか、子供心に帰って、悠久の大自然と一緒に呼吸するような喜びがここにある。

そして、第2楽章の3分30秒過ぎに現われる哀愁のメロディが、まさに絶品。こういう音楽が聴けるのなら、生きていてよかったと本気で思えるほどのロマンティックな旋律だ。前半の2楽章があまりにも素晴らしいので、第3楽章以降は聴かないことが多い。もちろん全4楽章ひっくるめて傑作であることは間違いないのだが、演奏の勝負はあくまで前半の「黄金の2楽章」で決まる。ここまでで感動できなければ、それで終わりである。

シューベルトは31歳の若さで亡くなったが、彼自身は、これから自分の時代が来ると最後まで信じていた。決して厭世的な作曲家ではない。『ザ・グレート』は結果的には最後の交響曲になったけれども、彼の意識の中では最初の大作だった。それゆえ、内容的には同時代のベートーヴェンにも負けないほどの規模になっている。

ただし、ベートーヴェンの交響曲に見られるような汗だくな人間ドラマとはまったく無縁。どちらかといえば、後のブルックナーを予見するような、悠揚迫らざる音楽に仕上がった。演奏は簡単そうで難しい。レコード芸術などの雑誌で専門家が「推薦」しているディスクを聴いても、なかなか満足できないことが多い。思い入れの深い曲だけに、こちらの要求も贅沢になってしまうのだ。昔から評判のいいワルターの演奏でさえ、前半の2つの楽章が今一つ物足りなく感じる。

現時点で最も理想的な域に達しているのは、ドイツの指揮者ギュンター・ヴァントによる3種類のライヴ録音。ヴァントといえば、晩年にベルリン・フィルを指揮したブルックナーの演奏が大評判になり、80歳を過ぎて超メジャーの地位を確立したことで知られるが、自分にとっての「ヴァント体験」の原点はシューベルトだった。

ヴァントが晩年に遺した3種類の『ザ・グレート』は、それぞれオーケストラが異なり、演奏時間にも違いがある。

北ドイツ放送交響楽団とのライヴ(1991年4月21~23日録音)
 第1楽章[13:53] 第2楽章[15:51] 第3楽章[10:42] 第4楽章[11:53]

ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団とのライヴ(1993年5月28日録音)
 第1楽章[14:16] 第2楽章[16:26] 第3楽章[10:54] 第4楽章[12:31]

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とのライヴ(1995年3月28~29日録音)
 第1楽章[13:56] 第2楽章[15:46] 第3楽章[10:46] 第4楽章[12:12]

録音時期は1991年、1993年、1995年と2年おきの短期間で行なわれているので、指揮者の解釈に根本的な違いはないはずだが、オーケストラという媒介を通すと、聴こえてくる音楽には、それぞれ微妙な特色が出てくるのが面白い。

最初の北ドイツ放送交響楽団はヴァントの「手兵」なので、ヴァントの意図が隅々まで行きわたっているという点では随一といえるだろう。スケールは大きくないが、見通しが良く、全体的に凝縮された響きに特徴がある。しかも随所に素朴でローカルな隠し味があり、本来のヴァントらしさが最もよく出た演奏でもある。

2番目のミュンヘン・フィルは、最も演奏時間が長い。この当時はまだ常任指揮者チェリビダッケの支配下にあって、オーケストラが遅いテンポに慣れてしまい、どうしても「速くできなかった」というのもあるだろう。しかし、皮肉なことにヴァントがコントロールしきれなかったテンポの遅さが、逆にスケールの大きな、ゆとりのある響きを生み出すことに成功しているのだ。それでいてヴァントならではの緻密さも健在。何度聴いても飽きない、熟成の味を楽しめる名演が誕生することになった。

3番目のベルリン・フィルは、さすがに世界有数のヴィルトオーゾ集団だけあって、聴きごたえのある立派な演奏を展開している。シンフォニックな迫力では、文句なしにナンバーワンだろう。ただ、演奏のテンポはやや速くなっているので、ミュンヘン・フィルに聴くような雄大なスケール感と深みには到達していないように思う。

というわけで、どれか1枚を選ぶとすれば、自分の場合は2番目のミュンヘン・フィルを採るだろう。もちろん、それぞれの好みがあるので、どれを選ぶとしても現代最高水準の『ザ・グレート』を満喫できることは、間違いないはずだ。

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歴史的名盤を聴く(4) オイゲン・ヨッフム @1983 Munchen Live

2010年01月25日 | クラシックの歴史的名盤


ブルックナー:交響曲第9番
オイゲン・ヨッフム指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
(1983年7月20日 ミュンヘン、ヘラクレスザール:ステレオ・ライヴ録音) WEITBLICK SSS0071-2

孤高の天才ブルックナーが書き残した最後の交響曲『第9番』。この音楽が奏でる圧倒的な響きは、ことによると、ダンテの『神曲』やミケランジェロの『最後の審判』にも比肩しうる途方もない深さを秘めているのではないだろうか。フィナーレにあたる第4楽章が未完のまま残されたとはいえ、完成された第3楽章までの内容だけを見ても、人類が残した最高芸術の一つであることは間違いないだろう。この大傑作を完成することは、もはやブルックナーのような天才にもできなかった。文字通り、人間と神との境界線を踏み越えるしかなかったのかもしれない。

ブルックナーは熱心なカトリック教徒だった。当然のことながら、彼の作曲する音楽にはカトリック教会の慣習や儀式や神学が色濃く反映されている。もちろん、そのような宗教的背景を度外視しても、音楽の素晴らしさは心の琴線に直接伝わってくるし、音楽そのものが魂に訴えかけるメッセージに虚心になって耳を傾けるのが最も大切であることは言うまでもない。とはいえ、その根底にブルックナー自身の信仰告白が横たわっているのは、否定できない事実でもある。

そのカトリック教会音楽家としてのブルックナーの魅力を余すところなく伝えてくれる指揮者を一人あげるとすれば、自分なら南ドイツ、バイエルン州出身の名指揮者オイゲン・ヨッフムを選ぶだろう。ヨッフムは弱冠24歳でミュンヘン・フィルを振ってデビューし、戦後設立されたバイエルン放送交響楽団の初代指揮者に就任した経歴からもわかるように、典型的な南ドイツの土壌を背景に持った指揮者だ。北ドイツ風の厳しさよりも、南ドイツ風のおおらかさを身上とした音楽作りが、ブルックナーの宗教的法悦を表現するのにぴったりなのである。

そう考えてみれば、ヨッフムとミュンヘン・フィルの顔合わせというのは、これ以上望むことができないほど理想的であるはずだが、どういうわけか両者が共演したレコードはほとんどなかった。それは前回も書いたように、ミュンヘン・フィルがレコード録音に積極的でなかった時代が長く続いたことが原因の一つなのだが、ようやくヨッフムの死後20年を経過した2007年になって、長らく待ち望まれた「夢の顔合わせ」によるブルックナーの交響曲第9番のライヴ音源が日の目を見たのである。

この演奏が行なわれたのは1983年7月。ヨッフムはすでに80歳になっていた。4年後に世を去ることも無意識のうちに予感していたのか、聴こえてくる音楽は、惜別のメッセージに満ちた、万感あふれるものになっている。まさに老境に達した指揮者でなければできない至芸と言えるだろう。

第1楽章。混沌の中から原初の地球が忽然と姿を現わすような、荘厳なオープニングで始まる。荒涼とした岩山。人足未踏の大自然。天界の御使いたちが神の創造の偉大さを讃えるようなテーマを、一点の曇りもなく朗々と表現していくさまが圧巻だ。豊潤な弦の合奏が決して派手に響かないのも好ましい。金管は絶えず意味深く、木管のさえずりは味があり、細部のすみずみまで見通しの効いた指揮者の統率力とオーケストラのアンサンブルの妙に陶酔するばかり。その調和の取れた美しさは、カトリック教会の礼拝堂で目にする色彩豊かなフレスコ画にも例えることができようか。天地開闢の夜明けを告げる激変のコーダも素晴らしい。

第2楽章。テンポの速いトリオを挟んだスケルツォ。20世紀音楽を先取りするような無調の響きも垣間見える。前作の交響曲『第8番』までに聴く民族舞踊的なスケルツォの特徴はもはや姿を消し、まるで新約聖書『ヨハネの黙示録』に描かれた最終戦争を思わせるような、異様に激しいリズムに彩られている。最終戦争とは言っても、ヨッフムとミュンヘン・フィルの演奏は、外面的な迫力だけのスペクタクルに走ることは決してない。あくまで宗教絵画のような格調の高さを維持しながら、決めるべきところは渾身の力で決めていくのである。

第3楽章。全曲の核心部分となる壮大なアダージョ。戦乱の世が終わり、人と神が出会う時代。カトリック神学で言うところの救済の終着点「ベアティフィック・ヴィジョン(至福直感)」を音楽で表現したのが、この楽章だ。ヨッフムの指揮はオーケストラに必要以上の緊張を強いることなく、ゆったりとした呼吸で音楽を奏でていく。あくまで透明な明るさが基調。ミュンヘン・フィルの明るい音色が、その特色を助長する。それはまさに『ヨハネの黙示録』の終局場面、天から降りてきた新しい都、永遠のエルサレムを思わせるような絶美の音楽。この交響曲を「愛する神」に捧げたブルックナーの信仰告白の総決算がここにある。

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歴史的名盤を聴く(3) エフゲニー・スヴェトラーノフ @1988 Munchen Live

2010年01月17日 | クラシックの歴史的名盤


ワーグナー:ニュルンベルクのマイスタージンガー』~第1幕第3幕前奏曲、『ローエングリン』~第1幕第3幕前奏曲、『タンホイザー序曲、『トリスタンとイゾルデ』~前奏曲と愛の死、『ジークフリート』~森の囁き、『ジークフリート牧歌』、『ワルキューレ第3幕~ワルキューレの騎行
エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

(1988年12月7日ミュンヘン、ガスタイク・フィルハーモニー:ステレオ・ライヴ録音) WEITBLICK SSS0090-2

クラシック音楽ファンであれば、誰でも「特別に好きなオーケストラ」とか「指揮をしてみたいオーケスラ」というのがあると思う。もちろん人それぞれ感性が違うので、好みの音色とか表現のニュアンスを出せるオーケストラは、必ずしも世評とは一致しない。自分の場合、どれか一つ選ぶのであればミュンヘン・フィル。もうひとつ選ぶとすればバイエルン放送交響楽団になるだろう。どちらもミュンヘンのオーケストラ。自分にとって「音楽の都」はウイーンではなく、ミュンヘンかもしれない。

その最も好きなオーケストラであるミュンヘン・フィルと、われらが御大スヴェトラーノフが共演するという驚きのライヴ音源が、なんと録音後21年も経った2009年になって突然日の目を見ることになった。しかもそのプログラムは、お決まりのロシア・ソ連ものではなく、地元ドイツの大作曲家ワーグナーの管弦楽曲集なのである。

このライヴ録音が行なわれた1988年当時のミュンヘン・フィルといえば、まだチェリビダッケの統治下にあった時代。レコード録音を頑なに拒否する「幻の大指揮者」によって、オーケストラの存在そのものが神秘のヴェールに閉ざされていた。だからこそ、このオケの音源には希少価値もあるのだが、まさかスヴェトラーノフが客演していたとは想像もつかなかった。どういういきさつがあったのか、そのあたりの推測はラーナーノーツにも書かれているのでここでは省略するが、これが両者の一期一会の共演だったことは確実だ。ともかくスヴェトラーノフとしては、内心自信を持っていたドイツ音楽を本場のオーケストラで演奏できるという千歳一遇のチャンスを得て、「この際、ドイツ国民に本当のドイツ音楽を教えてやる!」と特別な闘志を燃やしたであろうことは、容易に想像がつく。

さて、早速この2枚組のCDを聴いてみると…さすがに大物の演奏だ。
出てくるオーラが違う。理屈抜きに夢中にさせるものがある。
本当の芸術とは、まさにこういうものだろう。魔法をかけられたように時間を忘れ、何度も何度も聴いてしまうのである。

『マイスタージンガー』の第1幕前奏曲は、音楽が始まった瞬間からスケール豊かな響きに圧倒される。のびのびと、朗々と鳴り渡る弦楽器と金管楽器の強奏。それでいて決してうるさくはなく、あちこちに微妙な隠し味がちりばめられているところが何ともいえない。チェロのモノローグに始まる第3幕前奏曲も、過ぎ去りし青春の日々に思いを馳せるような懐かしさにあふれている。このあたりは、老境にさしかかった指揮者ならではの味だろう。

『ローエングリン』では、一転してファンタジーの世界を現出。第1幕前奏曲の天上的な美しさは例えようもない。最大限に磨き上げられたミュンヘン・フィルの弦の合奏力。なんと素晴らしい音楽だろう!と思わずため息が出てしまうほどだ。そしてクライマックスでは、スヴェトラーノフならではの力感あふれるクレッシェンドが炸裂。指揮者とオーケストラの持つ表現力が、圧倒的な相乗効果をもたらす。その余韻を引き継いだまま、勇壮な第3幕前奏曲に突入していくのである。

そして、前半の最後を飾る『タンホイザー』序曲。決して先へ急ごうとしない悠々たるテンポが素晴らしい。長い人生を振り返り、万感の思いに胸を馳せながら、来るべき栄光の時代を夢見るような讃歌が厳かに歌われていく。

後半最初の曲は『トリスタンとイゾルデ』の前奏曲と愛の死。この官能美の極致とも言うべき傑作を、スヴェトラーノフはここぞとばかり濃厚に味付けする。エクスタシーの頂点に向かっていく怒涛の盛り上がりも、まさに横綱級の迫力だ。

『ジークフリート』の森の囁き。次第に夜が明けていく森の情景が目に浮かぶような、色彩感あふれる音楽。木管で模された鳥の鳴き声が詩情豊かに響く。このあたりのメルヘン的な表現は指揮者、オーケストラともども、さすがと言えるほど上手い。続く『ジークフリート牧歌』も詩情あふれる名演。平和な情感に満ちた旋律が美しく、しかし決して甘すぎることなく歌われる。この懐かしい響きと格調高い雰囲気。ふと、以前これと同じ感動をどこかで味わったことがあるのを思い出した。そう、同じミュンヘン・フィルを指揮したクナッパーツブッシュの演奏。あのクナに匹敵する名演を、スヴェトラーノフがやってのけているのだ!

ライヴの最後を飾る『ワルキューレの騎行』は、映画「地獄の黙示録」に使われて以来すっかり通俗曲になってしまい、今ではあまり聴く気がしないのだが、この演奏で聴くと、やはりすごい音楽だと思う。真の巨匠とオーケストラが奏でる本物のドイツ音楽の響き。それはもう、過去の音源でしか聴くことができないのだろうか。国際化された技術優先の世界でクラシック音楽が生き残るためには、ローカルな伝統と個性が妨げになるのだろうか。そうだとすれば、寂しい時代になったものである。

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歴史的名盤を聴く(2) ヨゼフ・カイルベルト @1966 Munchen Live

2010年01月10日 | クラシックの歴史的名盤


モーツァルト:交響曲第40番ブラームス:交響曲第2番
ヨゼフ・カイルベルト指揮バイエルン放送交響楽団
(1966年12月8日 ミュンヘン、ヘラクレスザール:ステレオライヴ録音) ORFEOR 553011

往年の巨匠が残した歴史的名盤を紹介する新シリーズの第2回目は、ドイツの名指揮者ヨゼフ・カイルベルト。地味で通好みというイメージで語られることが多いが、よく聴いてみると、底知れない実力を感じさせる指揮者だ。最も得意としたのはワーグナー、リヒャルト・シュトラウスなどのドイツ・オペラであり、51歳でバイエルン国立歌劇場の常任指揮者に就任、次の時代を担う巨匠として期待された。しかし1968年7月、『トリスタンとイゾルデ』の指揮中に心臓発作を起こし、わずか60歳で急死してしまう。せめてあと10年長生きしていればステレオ録音の全盛時代と重なり、生前の評価と人気はまったく違ったものとなっていたはずだった。

もちろん、現在残されている録音だけでも、大指揮者と呼ばれる価値は十分ある。死後38年も経過した2006年になって、長らくお蔵入りになっていた『ニーベルングの指輪』の1955年バイロイト・ライヴ全曲盤が登場。あらゆるクラシック音楽ファンを称賛と驚きの渦に巻き込んだこのCDは同年のレコード・アカデミー賞を受賞し、遅まきながら、その実力にふさわしいメジャー・タイトルを獲得することになったのである。

その『ニーベルングの指輪』は未聴なので、ここでは21世紀に再燃するカイルベルト・ルネッサンスのきっかけとなったバイエルン放送交響楽団とのライヴ録音、モーツァルトの交響曲第40番とブラームスの交響曲第2番のカップリングを紹介しておこう。どちらの曲も従来よく言われていた実直、堅実というイメージを覆す白熱の名演であり、ライヴでこそ真価を発揮する「実演で燃える指揮者」としての姿を浮き彫りにするものである。録音も1966年というのが信じられないほど高音質だ。

まずはモーツァルトの交響曲第40番。第1楽章冒頭の哀愁あふれる名旋律は、世の中で知らない人がいないほどポピュラリティが高いもので、これほど親しみやすい印象を持ったクラシック音楽も珍しいだろう。ところがどっこい「本当は恐ろしいモーツァルトの音楽」。展開部に入ってからの激烈な転調の嵐は、18世紀当時の人々にとってはもちろんのこと、現代人の耳にもかなり斬新な響きを持つのではないだろうか。

この激烈な音楽を、カイルベルトはあるがままに表現する。優美さを強調したり、ロマンティックに歌ったりなどしない。一気呵成なストレート勝負! それでいて決して冷たすぎることはなく、晩年のモーツァルトならではの奥深い情感が迫ってくる。いっさいの虚飾を排した辛口な味わいが素晴らしい。

脇目も振らず、毅然と歩み続ける第2楽章アンダンテ。心の慟哭がダイレクトに伝わる第3楽章メヌエットを経て、またしても生死を賭けた激烈な転調の嵐が連続する第4楽章に至るまで、これほど中味の濃い充実した音楽を聴かせてくれる演奏は、そうざらにあるものではない。甘さを封じた男の音楽とでもいおうか。自分にとっては文句なく同曲1位に挙げたい名演だ。

そして、ブラームスの交響曲第2番。実をいえば、完成までに21年を要したという重厚な第1番に比べると、わずかひと夏の短期間で完成した第2番は、平和で穏やかな曲想を持つこともあって、やや軽く見ていたというのが正直なところだった。その観念を覆したのがカイルベルトの演奏。ベートーヴェンの場合と同じく、偶数番号の交響曲だからといって情け容赦はしない。直球主体にどんどんストライクを投げ込んでくるのである。

第1楽章の息の長い旋律。ゆっくりと穏やかに開始されたかと思いきや、突然厚みのあるオーケストラの奔流が襲いかかってくる。ロマンティックな雰囲気の漂う第2楽章と快活に動き回る第3楽章も、甘さを封じつつ、本当の優しさがこぼれるような味が際立つ。内声部の楽器がよく聴こえるので、ブラームスのポリフォニックな書法も満喫できるし、常に適度なテンポで音楽が前進しているので、もたれたり、重くなったりすることが全くない。音楽そのものに安心して浸ることができる。

そして第4楽章のフィナーレでは、力強く踏み込んだ猛烈な加速と、嵐のようなティンパニが炸裂! 燃える火の玉のような迫力を現出する。本物のドイツ音楽に内在する、とてつもない情熱のエネルギー。それを最大限に思い起こさせてくれるのが、ドイツ正統派の巨匠カイルベルトの演奏と言えるだろう。

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歴史的名盤を聴く(1) シャルル・ミュンシュ @1967 Paris Live

2010年01月03日 | クラシックの歴史的名盤


ベルリオーズ:幻想交響曲』、ドビュッシー:
シャルル・ミュンシュ指揮パリ管弦楽団
(1967年11月14日 シャンゼリゼ劇場:ステレオライヴ録音) ALT182

2010年の新年を迎えたところで、長らく温めていた新シリーズ「歴史的名盤を聴く(指揮者編)」をスタートしてみたい。クラシック音楽を聴き始めて、ほぼ30年。これまでいろいろなレコードやCDを聴いてきたが、その中でこれだけは欠かせないと思える名演奏を、できるだけ録音状態のいいライヴ録音から選出していこうと思う。

第1回目に登場するのはフランスの名指揮者シャルル・ミュンシュ。彼の代表作は最晩年の1967年、当時のド・ゴール政権の文化大臣アンドレ・マルローの肝煎りで誕生したパリ管弦楽団の初代指揮者として演奏した、ベルリオーズの『幻想交響曲』とブラームスの交響曲第1番にとどめを指すといわれている。特に『幻想交響曲』は、某評論家が言うように「いのちを賭けた情熱と生命力が吹きすさぶ、きれいごとでない名演」であり、長い間同曲1位の名盤として人気を博してきた。ただその反面、EMIから出ているスタジオ録音盤は今一つ音色の鮮明さに欠け、100%満足とまではいかないのも事実だった。

そんな時、ミュンシュの没後40年も経った今頃になって、とんでもないディスクが現われた。なんとミュンシュとパリ管弦楽団によるシャンゼリゼ劇場でのライヴ録音の音源が発見され、往年の巨匠によるライヴ録音の発掘で実績を上げているAltusから発売されるというのである。これはなんとしても聴かなければ、ということで、最近としては珍しく、発売日を待たずにCDを予約購入した。

そして早速聴いてみると…これは凄い! EMIのスタジオ録音盤の食い足りなかったところがすべて解決されたような満足感がある。例えて言えば、ピンボケのアナログ写真が、突如として解像度の高いデジタル写真としてよみがえったような感動とでも言おうか、すぐ目の前で生のコンサートを観ているような臨場感に圧倒される。こういうことが起きるから、クラシック音楽のCD集めはやめられない。

第1楽章「夢、情熱」。冒頭からただならぬ熱気が漂う。主部に入ってからは、恋人の女優ハリエット・スミスソンへの狂おしい愛が炸裂。抑えきれないパトスが嵐のように襲いかかり、猛烈な加速に次ぐ加速、金管楽器とティンパニの強奏強打が尋常ならざる感情のほとばしりを高めていく。
第2楽章「舞踏会」も、優雅なワルツという次元ではない。生々しいオーケストラの咆哮が津波のように押し寄せ、身も心も情熱の奔流に巻き込まれてしまいそうだ。
第3楽章「野の風景」。夏の夕べ、田園地帯で2人の羊飼いが角笛を吹き合う。のどかで牧歌的な風景に、突如忍び寄る不吉な影。曲の終わりでは、もはやもう一人の羊飼いは答えず、遠く雷鳴がとどろくのみ。その不気味さをこれ以上恐ろしく表現した演奏はないだろう。
第4楽章「断頭台への行進」。夢の中でついに恋人を殺してしまい、死刑を言い渡され、断頭台に引かれていく。地獄の底から響いてくる巨人のようなティンパニのとどろき。恋人の幻影が一瞬現われたところで振り落とされるギロチンの切れ味も尋常のものではない。
そして第5楽章「サバト(魔女の饗宴)の夜の夢」。同時代のベートーヴェンから100年先を行くような前衛的な音楽。亡霊、魔法使い、あらゆる種類の妖怪変化が死んだ主人公の葬式を行なうために集まってくる。グロテスクに変身した恋人を表現する変ホ長クラリネット。異様なほどに明るい弔いの鐘が地獄の恐ろしさを倍加させる。曲は進むにつれて異常さを増し、この世の終わりのような阿鼻叫喚の馬鹿騒ぎの中で狂乱のうちに幕を閉じる。

ミュンシュとパリ管弦楽団の演奏は、この「狂気の大傑作」をあるがままに表現した最強の演奏であることは間違いない。それもただ狂っているのではなく、高い次元での洞察に裏付けられた前衛芸術として、不滅の光を放つものだ。長い指揮棒を風車のように振り回す独特の指揮姿。まさにベルリオーズの化身のような情熱の指揮者ミュンシュが、生涯をかけて到達した「狂乱の美学」がここにある。

この『幻想交響曲』に先立って演奏されたドビュッシーの『海』も恐るべき名演。これはスタジオ録音されていないので、今回のCDが文字通り初のお目見えとなるが、常識的な『海』のイメージを遙かに超えている。まるで得体の知れない海獣が暴れまわっているような壮絶な迫力は、一聴の価値があるだろう。

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