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バージニア労働者

アメリカで働くってどんな感じ?アメリカの企業で働く統計アナリストの労働ブログ。アメリカ生活小話や猫も登場。

逃避行、でした

2011年12月21日 | ALL ABOUT JAPAN

すっかり行方をくらましていたケイエス。生きてます。


逃避行をしておりましたよ。
行き先は、もちろん愛すべき日本へ。


ハニバニが2ヵ月半も学校に行ってしまって、今年は無理かなあと思っていたのだが
彼の要求でいきなりチケットを購入。


仕事もかなり忙しくて精神的、体力的に悲鳴をあげていたところの旅行だったので
それこそ逃げるようにアメリカを出発。





その模様を今回はダイジェストで紹介したいと思う。


*****************


今回の帰国のメインイベント(2つある)は何と言っても今更マンションを購入した両親の
暮らしぶりを拝見するためだった。


場所は今までと同じ広島市内。
古い家具はほとんど捨てて、新品の家具を買い揃えての新しい出発は
60代の夫婦というよりも新婚さんそのもの。


家具のモダンさにうっとりしてしまったぐらいである。


部屋の広さは文句なし。


ハニバニと私、妹家族が押しかけてもみんなが眠れる場所を確保できる。


一つだけ『あったらいいな』と思ったのは、エキストラバスルームと洗面台、っつーことか(笑)


そしてもう一つのメインイベント。


このブログでもコメンテーターで遊びに来てくれるりんちゃんが結婚して
目の前で初めてのマリッジリングを嵌めてくれたのだった。


(りんちゃんのブログはここ。『ヒビノオハナシ』


結婚式は後ほど行うということだったので、リング交換を私たち夫婦の目の前でやりたいとのことで
目の前で結婚指輪を初めてはめる2人。


まるで神父さんになった気分のハニバニと私。


2人はとっても仲が良く、この新鮮さがいつまでも続くようにと祈らずにはいられない。



ティファニーのマリッジリングでした。素敵でしたよー。


お幸せにねー。


さて、今回の帰国はハニバニも同行していたため、限られた時間内で有意義にすごすことが要求された。


父の車を借りて、何年かぶりに行ってきたいろり山賊。







広島方面に住む人でココを知らないって人はいないというぐらい有名で、
田舎料理を出してくれる料理屋。


美味しかったよー。予想どおり食べすぎ。


食べすぎと言えば、今回も行ってきたモスバーガー。





ハニバニなんて結局3回もモスへ行ったし。


それにしてもモスバーガー、いいね。



懐かしい広島市内はすっかりクリスマス。








後にやって来た妹と姪のほのちゃんと一緒に宮島にも行ってきた。





奈良の鹿に蹴られてトラウマだったほのちゃん。
妹いわく、宮島の鹿はおとなしいのだそうだ。


こころおきなく柔らかい葉っぱを食べさせられる。


そして後に合流した妹の夫でほのちゃんのお父さんの泰司くんが揃ったところで
父が懐石料理に連れて行ってくれた。


そこで一番人気を集めたのがこの広島名物の牡蠣。





これは本当に牡蠣なの?っつーぐらい大粒の牡蠣。
大変おいしゅうございましたよ。



1週間の帰国もあっという間に終わり、私たちはまた慌しく日本を去り



富士山山頂の雪、今年はやけに少なすぎじゃないっすか?


慌しくアメリカに戻ってきた。



ロッキー山脈はカッコいい。



家に戻ってきてから思ったこと。


我が家は両親のマンションよりも確かに広いが、なんだか無駄に広いということ。
人が住む暖かみというものが、なんだか、ない。


帰ってきたばかりなのにもう次の帰国を恋しがるような、そんな心境に駆られる。


しかし現実はキビシく、仕事あってのバケーションなのである。


明日から仕事は復帰。


今、予想していたとおりに時差ぼけに苦しむ二人。


14時間の時差。


やはり日本はアメリカのほぼ反対側にあるのねと実感する。


それにしても遠すぎ。


飛行機の長旅は冗談抜きにうんざりするが、
それでも帰国は私とハニバニが一番浮かれるイベントである。


日本で会えた私の家族と友達に心からありがとう。
楽しかったよ!


またね。



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今回残念だったのは、今回の帰国で母の作るお味噌汁を食べ損なったこと。
母の作る料理は何もかもが最高に美味しいんですよ。


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おめでとう なでしこJAPAN

2011年07月17日 | ALL ABOUT JAPAN

私は全くと言って過言ではないほどサッカーには興味はないんだが、
今日の女子サッカーワールドカップは最初から最後まで見入ってしまった。


それにしても激戦だったね。


対戦国がアメリカだったもんで、ハニバニとテレビ観戦してたんだけど
いつからともなく彼は完全に日本の応援団と化していたよ。



相手に点を奪われても奪われても引き下がらない日本。



PK戦でアメリカを下したときの私がどんなに大変だったか皆さんにはわかるだろうか。



『やったね、ジャパン。』とハニバニが言い、ハイファイブをした後
やっとの思いで『アメリカもよくやったよね。』とクールに言ってみせたけど、本当はね


















今すぐに駆け出したい気持ちだったのよ。





















グリコのにいさんみたいにね。






なんつったらいいの。


コーヒーを飲みすぎて、体の中に蓄積された行き場のない興奮度を持て余すというのだろうか。

とにかく駆け出して叫んで笑って(←こわい)この歓喜を炸裂させたい気分になったよ。




アメリカのキャプテンが、試合終了にインタビューされてて言っていた言葉で印象的だったこと。


『日本はとにかくずっと戦い続けたの。
絶対にあきらめなかったのね。』




表彰台に次々上がってくる選手を見てハニバニが言う。


『日本の選手って、あんなに小さかったんだ。
走ってるときはもっと大きく見えたよ。』





日本にとっては震災後、初めてと言っていいほどの朗報だったに違いない。



おめでとう、ジャパン。



誇りに思うよ。


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ところで、日本は月曜が祝日になったって本当?

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政治の行方

2011年06月04日 | ALL ABOUT JAPAN

荒れ荒れの日本の政治。


先週木曜日だったか金曜日だったか、
録画しておいた日本のニュースかワイドショーで、日本の政界に激震!っていう見出しで何かやっていた。


その番組を見ながら、私はとてもイラついていた。


何が、って?


このところ、読める漢字が非常に減ってきており、どうも政治を説明する日本のテロップ(っていうのかね)
には漢字が多すぎて、まず読めない。


読めない上に、意味がわからない。


だから「政界に激震」とか言われても、どうしてそうなのかを把握するまでに
とても時間がたったからだ。


要は、どうやら、国会はカンソーリに辞めていただきたかったのに
当のカンソーリは、


『今はまだ辞めんよ。時期が来たらそのときはよろしく。』



みたいなことを言ったようで、想定外な展開に国会は動揺した、とういうことらしい。



意味を把握しようとして必死だったぶん、
ことの成り行きを理解した時点で私は非常に疲れていた。


怒り狂う議員たちを目の当たりにしながら私は、ぼんやりと思ったのだった。


『この人たちはカンソーリおろしにはとても情熱的だが、
日本が今まだどういう状態か、知っているのかね。』


他に真剣に取り組むことがあるだろーが。


そう思うと、なんだかやりきれない気分になった。


東北の、プライバシーも何もない避難所で生活をやむを得ず続けている住民が
それでも頑張ろうとしている姿には、日本はまだまだ捨てたもんじゃない、
日本はこれからもまだ頑張れるとかいうポジティブな日本が映し出されるが、
どうも政治の話となると、気分が滅入る。


日本の政治を見ていると、日本はもうダメなんじゃないかと思う。


日本にいない私でさえこうなのだから、
日本にいる人は余計に嫌気がさしているのではなかろうか。


気の毒でしょうがない。


職場で、『日本のソーリはまた近々変わるんでしょう?』とか、『でも日本にはリーダーっているの?』
などとジョーク交じりに言われて、笑えないケイエス。


私には100%の愛国心があるかと聞かれればそうでないと答えるが、
それにしても不愉快である。



******************



不愉快といえば、先週から再び炭水化物を減らす努力をしていた私だったが、
どうも急に減らすと脳みそに今まで通っていた成分がいってないせいか
集中に欠けるような気がした。


先週は私は月末レポートをしていたため、
脳みそをフルに活用しなければ出来ない仕事ばかりであった。


これはもう炭水化物の神様に降りて来てもらうしかない。


木曜日には



ハヤシライス



金曜日には


ククレカレー



そして今日はイタリアンレストランに行ってきた。



まずブレッドとハーブ入りのオリーブオイルで始まり、





私はパスタランボー、それからハニバニはパルメザンクラスタードチキンをオーダーしたが
それにはそれぞれスープまたはサラダがついてくる。


私はトマト&バジルのスープを選び



はっきり言ってこの時点で既にお腹一杯


ハニバニはハウスサラダをチョイス。





それにしてもこのトマト&バジルスープが大変美味であり、
このスープとパンだけで十分夕飯として成り立つのであった。


さて、これが私の夕飯。





ロブスター、ほうれん草、トマト、マッシュルームそれからリングイーニを
レモンバターソースでソテーされたシンプルなパスタであったが、

お分かりの通り、このパスタの量は2人分は軽くありそうで
それを目の前にして「これ全部を食べたら私の人生大丈夫か」とも思ったが、


私はどうも麺類を目の前にすると、徒然なるままに延々と食べることができ
いとも簡単に完食したのであった。


さてハニバニの夕飯(チキン)であるが、





なんと理想的な量であることか。


どうやら即席で5キロほど太ることが可能なのは私だったようだ。


私は「苦しい」と苦痛を訴えつつも、その日のスペシャルであった
ブレッドプリンも注文してしまった。





もちろんハニバニと分けて食べましたよ。


このブレッドプリン。

ソースがとっても濃厚なリキュールで作られており、
食べながらどんどん酔いがまわるのがわかるぐらいであった。


子供にも同じようにして出すのかな、と思ったぐらいである。


ウエイトレスにそれを伝えると、


『でも運転をされないのなら大丈夫ですよ』


と、笑顔で言われた。


『いや、子供が注文した場合ですね...』そこまで突っ込めなかったのは
やはり酔いがまわっていた証拠であったか。


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月末レポートが完了しました。
これから数週間はまた笑っていられます。


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ジャニーズ効果

2011年04月05日 | ALL ABOUT JAPAN


私がまだ小娘と呼ばれ、ちやほやされていた頃
ジャニーズといえば光ゲンジであったが、
それよりももっと若かった頃のジャニーズといえばたのきんトリオ
(このネーミング、他に何かなかったか)またはシブがき隊(このネーミング、(以下同様))であった。


スマップから以降はもう顔がみんな全部同じに見える。


アメリカ人が「アジア人はみんな同じ顔に見える」と言う気持ちがわかったりもする。
(ジャニーズファンの方、ごめんね)


ここのコメンテーターのSolo_Pinさんは『嵐』の大ファンで、なかでもアイバさんとおっしゃる方のファンなのだが、
最初彼女のブログで『嵐』という名前が出てきたときは、私はそれがジャニーズのグループ名だとは全く知らず、
自らが子供のころ横浜銀蠅というツッパリミュージシャンのファンで、彼女がてっきりそのリーダーの嵐(らん)さんのことを
言ってると勘違いしてずっこけ、しかも彼女の愛するその「アイバさん」をうっかり「アキバさん」と読み間違いして覚えており、先日彼女から渇を食らった。

こういうことがあって、私は嵐のアイバさんは知っているのである。




さて、私は非常に認めたくなかったが、ここで気持ちよく認めなければならないことがある。


ジャニーズ募金のことだ。


私は子供のころから、まわりの女の子がジャニーズで黄色い声を上げているなか
好きな歌手、グループはというと、横浜銀蠅だとか、YMO(特に坂本教授の化粧した顔に惚れていた)だとか
海外だとWham!とか(ジョージマイコーは今だに愛している)、ジャニーズには熱を上げたことがなかった。


熱を上げるどころか、どっちかというと卑下した目で彼らを見ていたかも知れない。


そのジャニーズが先週末の3日間で募金活動をやっていたという。

スマップに至っては、個人でも大きな募金をしたらしい。


この記事を読んで私はジャニーズに対して少し意識が変わった。


なかなかやるね、ジャニーズ。


私が上で認めなければならないことっつーのは、
ジャニーズの人気も決して無駄ではないということだ。


世の中には顔やスタイルがいいというだけですごい人気を得る人がいるが
そういう人は、こういう今でこそその人気をカタチにすべきだと思うのだ。


ジャニーズのその募金活動にしても、なかには「ジャニーズは人気が低迷してきたから
そのマーケティング作戦だろう」とか「名前を利用して募金させるのはどうかと思う」など
言われたらしいが、
私ははっきり言って彼らの行動はまさに、その名前をうまく利用した最もサクセスフルな行動だと思う。


悲しいかな、日本は経済大国の3本指に入るがゆえ、
最初は世界からの募金額も少なかったことは記憶に新しい。


どんなに日本がまだまだお金持ちでも、あの東北の被害額を想像すると
さすがの日本も世界にSOSを送るべきだと思う。


今の日本にはお金がいる。


今はまだ災害時から時間が1ヶ月も経っていないから募金活動も活発に行われているが
これがずっとずっとこの先まだずっと、続くことを祈る。


有名人はここぞとばかりに、募金活動をふまえてファンサービスしたらどうだろう。
握手だけじゃなくて『30分向かい合って話しできるチャリティーイベント』とかね。


キレイごとはもう捨てて、とにかくいろんな方法で募金を集めるといいと思う。


そんな意味を含めて、ジャニーズの募金活動は効果テキメンだったと言えよう。


今回のことで私だけでなく、ジャニーズのネームバリューのすごさを実感した人は多いのではないか。


**********************


さて、土曜日。
私とハニバニは、ハニバニの元同僚、そして今では私の友達でもある女の子の
2度目の結婚式に行ってきた。



2度目というだけに「お金をとにかく使いたくなかったんよ」という彼女。

小さな教会で親しい家族知人だけで行われた結婚式は、派手さはないものの
それでいてほのぼのとした温かい結婚式であった。


私は牛を食べたよ

実は彼女が一回目に結婚したのはずいぶん前の話。
本人曰く、若気の至りでだそうだ。

これまでもいろんな人と付き合って、プロポーズも受けてはきたが、
前回のこともあるし、なんと言っても彼女自身が、「ピンとこなかった」らしいのだ。


披露宴で彼女と旦那さんがテーブルを順に回ってきて、
私に言った彼女の言葉が印象的であった。


「すごい時間はかかったけど、彼にこうやって出会うためだったと思うとね
時間は無駄にしてなかったよ。よかったー。」



もしかして初めて結婚したんじゃない?っていうぐらいの、大きな笑顔を炸裂させていた彼女。


ジャニーズの人気も彼女が費やした時間も、結局世の中に無駄なものってないんだなと思った。


誰かが「物にはそれぞれ、ちゃんと理由があって存在するのです。」と言っていたのを思い出した。


************


昨日は28度で、今日は寒い一日でした。
いよいよ春らしい狂った気候です。


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お金持ち&カンソーリ

2011年04月01日 | ALL ABOUT JAPAN

基本的に私は自分をこよなく愛しているので、
他人と自分を比べたり、他人を羨んだりすることは滅多にない。


滅多にというぐらいだから
全くないわけでなない。

ではどんなときか。



帰国する際、私はハニバニも含め、ほぼたいていの確実でエコノミークラスで日米を移動する。

空港の搭乗エリアで自分が搭乗できる順番を辛抱強く待つわけだが、
まさにこの待ってる間である。


私はハニバニが一緒にいれば

「ちぇーーーーーーーーーーーーーーー。やっぱりお金持ちがいいよね。
ファーストクラス、いや、ビジネスクラスでもええけんね、ささっと乗ってしまって
優雅にシャンペンでもどんなドリンクでもええけん、ちゃんとしたグラスで飲みたいよね。
でね、食事もプラスチックの容器やフォーク・スプーンじゃなくてさ、お互いがぶつかり合うと
『ちーん』って鳴る、あのちゃんとした食器で食べたいよね。」
(ちなみにケイエス、プラスチック製の容器またはスプーンフォークが大嫌い)

などと愚痴を炸裂させ、

一人でいると、頭の中でファーストクラス、ビジネスクラスでくつろぐ自分を想像しては

「ちぇーーーーーーーーーーーーーーー。やっぱりお金持ちがいいよね。」などとやはり思う次第である。



...。

なんと貧乏で貧相な思想であることか。




しかし最近になって悲しいかな、もうひとつ「お金持ちっていいな」とお金持ちを羨む理由が浮上してきた。


財閥や芸能人の募金の金額である。


人によっては広島市内、またはここ北バージニアでも
家が何件かまとめて買えそうな金額を募金する人がいる。


こないだ私が募金した話もまだ新しいが、
私にとっては本当にかつてない大きな金額だったわけだ。

それでも何百万、何千万、何億に比べると微々たるものである。


大金を募金できる人って、まさか自分の貯金全てを募金してるとは思えないので
きっと大金っつっても、まだお金には余裕があるわけだ。


ここ最近、ずっとね、あんなふうにまとまったお金を募金したら
あのお金が建物になったり、医療品の購入だったりと、やっぱり一人でいろいろ想像してしまう。


私が実際に募金した額でどんな役に立てるんだろう?


そう思えば思うほど、「お金持ちっていいな。」って思うわけだ。



私がする募金は微々たるものであっても
これから毎月決まった金額で募金していこうと思う。


私のような凡人にはこれぐらいでちょうどいいよね。


と、無理やり納得するケイエス。


****************


そういえば、昨夜、寝る前に見るのが日課になっているJapanTVで
あのカンソーリがフランスのサルコジ大統領と会談しているのをやっていた。


それで私がとってもとってもと~~~~~~~~~~っても残念だと思ったこと。


それは別に政治の政策とか、原発の技術的な話とか、そういう難しいことではなく、
人と話すとき、一番大切なことをカンソーリがやってなかったからだ。


それは、相手の人の目を見て話すということ。


以前からも「なんで?」って思うことがあったが、
どうして彼は話す相手の目を見て話せないんだろう。


話してる内容に自信がないから?
シャイだから?


私の勤める会社にもいろんな国の人がいるが、
部署によっては英語を使わなくても労働で仕事をやっている部署もある。


そこにいるカルロスという男性。


彼はヒスパニックで、英語もブロークンイングリッシュだ。

たまに会話が行き違うことがあっても
私は彼と話すのが大好きでしょうがない。

なぜかというと、彼が話しをするときに、ちゃんと私の目を見て
自分の言いたいことをきっちり話すし、なんと言っても
私が話してるときも、私が言ってることを聞き逃さぬようにと言う感じで
じっと私の目を見て聞いてくれている。


こんな些細なことでも、ちょっとした信頼感が生まれるかも知れないのに。


カンソーリに、このアイトゥーアイコンタクトが出来たなら
日本の政治もこれから何か変わってゆくかも知れないのに。

彼がカンソーリって言われるのもあと何ヶ月ぐらいだろう。

もう日本のソーリって名前が覚えられないし、漢字でも書けないよ。


************
どうでもいいけど今夜はパスタにしてみたよ。





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日本地図に探すもの

2011年03月28日 | ALL ABOUT JAPAN

さっきパソコンのメールを開けたら妹から『報告』というタイトルでメッセージがある。

どうもブログやメールのタイトルで

『ご報告』だの
『お知らせ』だの
『発表!』

なんていうやつは本当に人の目を引く。



もしかしたらと思いつつ、メールを明けてみるとやっぱりそうだった。



『4月1日付で泰司くん(彼女の夫)転勤になったよ。
今度は愛知県です。』




あいちけん。



さて、愛知県とはどこや。



私が知る精一杯の県のロケーションを頭に浮かべつつ、愛知県がどこだったか探してみる。

どうしても頭に浮かべる日本地図、東北地方から動かない。


愛知、愛知、愛知。


ああ、愛知県。
あそこか。




四国じゃん。





さっそくグーグルで四国の地図を検索してみる。



愛知県なんてない。


どうやら私は『愛媛県』と間違っていたようだ。




では、愛知県って一体どこや?



拉致があかないので、グーグルで調べてみると、あったあった。

名古屋が入ってる県だったんですね。

(名古屋が県ではなくて名古屋だったってこと、
もちろん知っとったよ)← やけにムキになる



只今広島市の両親宅で春休みを楽しんでいる妹に早速電話した。

私もハニバニの仕事の都合で転勤族だったものだから、なんかこっちまでそわそわしてきたのである。

彼女は意外とのんびりしていて、割と都会っぽいね、など言うあたり
この転勤において、何か期待するものでもありそうな口ぶりであったが、

私にはとっても心配事があった。


愛知県って地震はどうなのか。


東北や関東は今でも余震が続いているが、中部地方(っての?)は今のところ大丈夫そうだ。

でも、日本列島。
どこにいても油断はできそうにない。

とても心配だ。


そういえばここにたくさんコメントしてくれるやまちゃんさんが静岡にお住まいなのだが
こないだの静岡の地震では結構揺れたそうだった。


彼が無事で良かった!


今更ながら気がついたが、日本が今こんなに大変なのに
季節的に卒業式とか入学式とか入社式とか転勤とか、どうしてこういう大イベントがまとまってあるんだろう。


妹家族も含め、日本の大変なときに私生活も実はこれからすごい大変って人、
頑張ってください。

それからどうかご無理をなさらぬように。



*****************


とくにスバラシイ写真もないので、
週末食べたピザとデザートでも。



トマト&ペストピザ それからハニバニのマッシュルーム&ペパロ二ピザ



ホワイトチョコ&マカデミアンナッツクッキーサンデー
それからハニバニのブレッドプリン


別名: 皿に盛られた心臓発作   ぶっ


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久々のミディーさん。



おかげさまで彼女も元気ですよ♪


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WTF的気分

2011年03月25日 | ALL ABOUT JAPAN

さて、今日、私を思いっきり不愉快にしてくれたものが2点あった。


私はこっちに来てもう10年以上経って、日本語の正しい使い方などもうすっかり忘れているところがあるが
日本にいるときから国語ならびに現代国語は数学と同じぐらい苦手だったので
言葉の使い方を今更正しく使おうというのも間違っているが、

ここで私が使う『不愉快』と言う言葉は、

腹立たしい
悔しい
悲しい
不満げな
面白くない
イラつく
むかつく

など、その他多くの「ネガティブ形容詞」を全部含むような日本語の言葉をふまえて、
私が英語で簡単に表現すると


What the fuck?!

訳:「一体、何なんよ?!」(とても下劣な言い方なので良い子のみんなはマネせんといてね)



みたいな感情全てを含む。



とにかくWTFな一日だったのだ。





まず一つ目。

私はご存知の通り、保険会社に勤務していて、海外保険部にいる。

海外にいるクライアントから月々の保険料の支払いがあるのだが、
その支払いが滞ると、督促状を送りつけてある一定の期間は目をつぶった後、
それでも支払いがなければ無情で保険をキャンセルする。

しかしクライアントによっては、自分の保険がキャンセルになったことを知らずに
数ヶ月たった後で、思い出したように支払いをまた始める人もいるわけだが、

12月いっぱいで支払い未納でキャンセルになったクライアントから
大きな支払いが送られてきた。

私はシステムの仕事をしているが、他にもそういうクライアントの裏調査みたいなのもやっている。

「何で今頃支払いを...?」

そう思いながらクライアント情報を見てみると、
国名は『Japan』だった。

私はさらに調査を進める部署にメールで知らせた。


そして数時間後。


『<日本に在住する顧客の保険の再更新の見送り>
このたびの地震・津波の被害または今も続く余震のため、
当分の間は新規または更新をしないことが決定されました。
この顧客から送られてきた支払いはただちに送り返すこと。』



と返事が返ってきた。


もしこの顧客が12月にキャンセルになる前にちゃんと支払いをしていれば
今はちゃんと普通に保険があったわけだ。

今いる顧客を「地震・津波があったし余震もまだあるし、とりあえずもう保証の面倒みんけんね」と
いきなりキャンセルはできない。


その短い返事を何度も繰り返し読みながら
数年前にインドネシアで津波があった時もすばやく上から「緊急通達:本日からインドネシアに在住するアメリカ人に
保険を売らないこと。」というメールがあったことを思い出す。


日本もついに『リスク大』な国になったんだ
西日本とか九州とかは大丈夫なのに...


と思うとなんだかやりきれない気持ちになった。


でもまあ、ビジネスだ。

車の保険だって、今まで事故や違反の多い人を保障したがる保険会社はいない。



二つ目は、家に帰ってきてからのことだった。

もう今では日課みたいになっているのだが
JapanTVにチャンネルを変えて、今日の日本の復興の様子をチェックする。

ある男性のレポーターが、食べ物の放射能汚染が
いかにアメリカを揺るがしているかを説明している最中であった。

彼が中継していたアメリカのアジア系(日本系?)のスーパー。
シーフード、お寿司のパッケージが店頭から全て取り除かれていたのが画面に映し出される。

取り除かれた食べ物が、東北の海で採れたというわけではないだろうに
「日本でとれたシーフード」ということに恐怖し、さっそく店頭から外された。

そこで私はもろに「WTF?!」と言ってしまったわけだ。

これは本当に風評被害だ。
これは本当に腹立たしい。

そう思っていたら、数年前にBSE(狂牛病)で日本がアメリカ産牛肉の
輸入拒否を徹底的にやっていたことを思い出した。

もしこの原発事故が逆の立場で、例えばカリフォルニア、またはハワイに原発があるか知らないが
ハワイであったとする。

日本もやはり同じことをしていたかも知れない。


大変フクザツな気分になったのだった。




気分を変えたいと思って、ふと思い出したのだが、
私には数週間前にやろうやろうと思って忘れていたことがある。





これは私が数週間前まで使っていた化粧ケース。

これ以上入りませんよという許容量になってきたので
このたび新しく大き目のを購入したのだが、非常にデカイ。

どれだけ大きさが違うかというと、









こんなに。





とりあえず使っていた小さい化粧ケースから、新しいのに移そうとした矢先に
東北が大変なことになってしまった。

それからはもう完全に化粧ケースのことなど忘れていてね。

で、今日、思い立ったが吉日といわんばかりに片付けた。





わずかなスペースを残して、良い具合に収まってくれた。

この他にも入りきらなくて他のケースに入れておいた物もあるので
それをこれから入れていくと、この大きなケースも完全に一杯になるだろう。

私の化粧品はこれからも増える。

そうだ、もっともっといろんな色を増やそう。

色が増えるのは楽しい。


気分がこんなときだからこそ、華やかな色が欲しくなる。

まるで被災地から届く、明るいニュースがもっと聞きたいと思うのと同じじゃん、と思った。


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最近日本のTV番組も
通常の番組に戻ってきてるそうですね。


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背中に日の丸

2011年03月22日 | ALL ABOUT JAPAN

これまで断続的に続いたプロジェクトの、あの殺人的な忙しさから開放されつつある今日この頃。

本当なら喜ばしいことであるが、今はこのぼーっとできる時間
不意に訪れると、考えることは日本であり、被災地の人のことであり、
もしかすると私が住んでいる地域にも訪れるかもしれぬ天災のことである。

平日の2時46分。

大多数の人はまだ仕事中である。

東北で起こったあの規模の災害がここで起こったとする。


テレビで見たあの津波の高さと速さと脅威は、多くの人にとっては未だ信じがたい映像で
同じようなスケールの災害を想像するのも困難なほどだ。


私とハニバニは、すぐにはお互いが連絡取れずに離れ離れになるだろう。
ミディとフリスキーには残酷だが、彼らの生存率は低いと思われる。
家猫だ。
逃げる場所も限られているではないか。


私はコンタクトレンズ使用者で、メガネは寝る前にするぐらいだから
いつもカバンの中に常備しているわけではない。

とすると、いつかコンタクトレンズは外さないといけなくなるわけで
メガネがないと私は生活ができないほど、視力が悪い。

使い物にならない裸眼で避難生活を送ることを考えただけですでに絶望的である。

同じく被災してきた人のことを想像してみる。


違う職場の主任のビルとこないだ話していたのだが、
彼いわく、

『もしもいろんな国の人とごちゃ混ぜの状態で避難生活を送るとすると
僕は間違いなく日本人と一緒に避難生活を送りたい。
なぜならば、他人を助け合うことができるということだけでなく、
一緒にいると希望がもてるから。
やっぱり他人と助け合うからみんなで頑張ろうって言う気になるのかね。
あのモラル(士気)の高さ、他の国にはないね。』


かなりまじめな顔をして語るので、笑えた。
でも嬉しかった。


そうなんだ。

一緒に避難生活をすることになるだろう、アメリカ人。

日本人みたいに支えあうだろうか。

食べ物も他人を分け合おうとするだろうか。

数本のペットボトルの水を受け取るのに、黙って何時間も待てるだろうか。



暇をもてあますとね、
こういうことを悶々と考えてしまう。


IPodを聞いていても頭の中に入ってこないほどの忙しくしているほうが
あれこれいろんなことを考えるよりかは良いのかもしれない。


普段は耳栓の変わりに使用しているこのIPodも
こういうふうに落ち着いて音楽や歌詞にじっくり耳を傾けていると
全ての曲にいろんな思いを馳せてしまう。


うっかりすると涙でそう。


そんなこんなで、仕事中にすっかりメランコリーに浸っていると
こんな曲が流れてきた。


20年前に(!)大ヒットしたZOO『Choo Choo Train』


私と同世代ならきっと知ってるよね?





あの頃日本はとってもバブリーで、お金があって、元気があった。

世界一お金持ちの国だったんだよ。

アメリカをも退いてね。

あれからバブルは弾けて、就職するにも氷河期といわれる年が何年も続いて
リストラだの倒産だの、
暗い不況が今もずっと続いてる状態。


それでも日本は世界経済大国第3位だ。


日本ってこんなにちっさいのに。


中国やアメリカに比べたら人口だって少ないのに。


これってすごくない?


今回の大惨事でこれからの日本の経済はどうなるかは私にはわからないけど
世界の経済専門家に言わせると見通しはそんなにひどくないらしい。


あ。

私が言いたいのは経済の話じゃなくて。

日本ってほんま、すごい国なんよ。

日本って恵まれすぎてきたから、他人を助け合ったり団結することを
なんかずっと忘れていたんじゃないかと思う。

日本ってみんなが団結したらものすごい力を発揮できる国だったんだと
最近の日本のニュースを見ながら思ったわけだ。


世界一でなくてもやっぱり経済大国ジャパンで
日本にはまだまだ力がある。
元気がある。

愛がある。



デスクのヨコの世界地図にちょこんと浮かぶ小さな国日本。

今ある試練を乗り越えて、日本はさらに強い国になるでしょうと
オバマ大統領が言っていた。

今ある試練を乗り越えたら、日本にもっと活気と自信が戻ってくる気がして
私もなんか知らんけどがんばろーとか思えた。


背中に見えない日の丸を背負って頑張るのも、悪くない。


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仕事から帰ったらすぐにテレビをつけて
被災地の情報をゲットするのが常になりました。
閉ざされていた道路が開通して、これからもっと物資が被災地に届けられるようですね。
とても嬉しいです。


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僕はカラフル

2011年03月19日 | ALL ABOUT JAPAN
東北の惨事から1週間が経った。
たった1週間なのに、なんだか何ヶ月も過ぎたような気がする。


職場では今でも私のキューブに立ち寄ってくれては
広島にいる家族にはなんぞ不便はないのか、ガソリンは行き届いているのか、
停電はしてないかなど聞いてくれる人がいる。


こないだ社内メールで、会社が日本への募金のために
銀行の口座をもうけたので募金はここにするようにというメッセージが届いた。


私の会社は大きい。
全米だと社員はどれくらいになるだろう。


たくさんの義援金が集まって被災地に届けられることを祈る。


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さて、金曜日。

私は前もって金曜日は昼まで仕事してそれからは早めの週末をとる予定にしていた。

金曜日の朝だったか、久しぶりにGLGG(Good Looking Gay Guy)ケビンを見かけた。

咄嗟に言ってみた。


『ケビン。金曜日ね、私昼で帰るつもりなんじゃけど一緒にランチ行かん?』


なんだか悲しいことをつかの間忘れて、彼の頭の中に広がる花畑へ体をうずめてみたかった。
彼はぱっと顔を明るくして

『え!一緒にランチ行けるの?行く行く!楽しみぃ!!!』


かくして彼と出かけたランチは予想していたとおりに華やかで、明るくて、
彼のLove Lifeを聞いていると世界情勢など頭の中に入ってくる余地はなかった。


彼との会話は途切れることはない。

恋の話に続いて香水の話やら彼の野心やら、
あっという間に1時近くになり、彼を会社に連れて帰る時間になった。


帰りの車の中で、ケビンがふと聞いてくる。

『ケイエス。何で僕をランチに誘ってくれたん?』

えっとね、ほら、ケビンの頭の中には花がたくさん咲いとるじゃん?...とはさすがに言えず、ただ

『ケビンと話してるとね、気分がとってもカラフルになるんよ。なんかそういう色が欲しかったん。』と言ってから
あ、また訳わからんことゆーてしもーたと後悔したのに彼は

『カラフル?素敵ぃ!!!いいね、それ。』
と喜ぶ始末。

やれやれ...


頬を染める彼に、「ケビンはテレビ見んのんじゃろ?」と言うと、彼は意外にもこう答えた。


『日本のこと言ってんでしょう?日本はダイジョウブよ。
日本は絶対にFightbackしてくるよ。
時間はかかるかもだけどね。』


Fightback(ファイトバック)とは反撃する、立ち向かう、という意味がある。


車を降りるときに
『ランチに誘ってくれてありがとう!楽しかったね。また一緒にランチしようね!バ~ィ。』
と、投げキッスを送ってくれた。


ありがと、ケビン。

感謝するのは私の方だよ。


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さて、ここの常連コメンテーターのSolo_Pinさんの前回のコメントで
是非たくさんの人に読んでもらいたいブログがあるということで紹介がありました。

ひとつだよ。


福島県に住む、まさに被災地にいる高校生のブログです。


現地の人の生の声です。


私たちが被災地の方を励ます立場なのに、彼女のブログを読むと被害地の外の私たちが
反対に励まされます。


もし私のブログを読んでくれてるあなたがブロガーさんなら
是非彼女のブログをリンクして広めてくださいね。


被災地の方に、希望の光がもっともっと届くように
メッセージを送りましょう。


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炭水化物は脳の大好物。


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日米メディアに疑問

2011年03月16日 | ALL ABOUT JAPAN
最近、友人エムと携帯&PCを通じてたくさん話すことが多い。



この東北の惨事が起こる前日までは

エムは50年前のクリントイーストウッドに、
私は現在のコリンファースにちょっとした熱を上げていて、

これはちょっとした恋ね、恋

など言いながら、まるで女子高校生のように浮かれていたところだった。

ひそかな恋心にくすくす笑っていたことがとても懐かしく思える。




それが今では友人エムは東京に住んでいるから、東電に
私はメディアに対して愚痴を言い合っている。



そう、このメディアなんだが。



日本にいる方はどうお思いになっているのかわからないが、
こっちにいると、何を信じていいのかわからなくなってきた。


東電の会見に惑わされている人は多いのではないだろうか。


放射能汚染の話である。


日本では極めて淡々と語られ、今時点で最悪のレベルには達していないと語られている一方
アメリカのメディアはそうは語らない。


こちらではもうすでに『第二のチェルノブイリ』として語られている次第である。


ニュースでのその放射能の危険性を語った後で
「That's not gonna be good at all.」(大変悪い状況になってゆくでしょう)
とか言うのを聞くと、でも東電の人はこれぐらいの放射能なら心配するほどじゃないって言いよったよ???と
私の頭は混乱するのである。




アメリカのメディアがこんな風だから
ウエストコーストでは今からすでにヨウ素剤が薬局の棚からなくなる始末で
インターネットでもパッケージが3000ドル、日本円で30万円弱で売られるようになった。



職場で騒ぐのはオバサマ。



職場では私に気を遣ってか、日本の大惨事についてはあまり語られないが、
オバサマは言いたいことを言う。



放射能について詳しい知識がない上にメディアが煽るので
恐怖心は募る一方なのだろう。


それにしてもどうして大騒ぎするのはオバサマ年代なんだろう?



それはいいとして。



連日のように被災地の人々の被災地生活がこちらのニュースでも大々的に伝えられる。



最近私はその外国メディアによる日本の美徳の賞賛について少々疑問を抱くようになった。
中でも「我慢強い日本人」だの「どんな苦境にあってもあの耐え抜く力」だのいう表現だ。

昨夜もNBCを見ながら、日本人の被災地での振舞いを褒め称えるエピソードがあったが、
一緒に見ていたハニバニに、

「画面を通してみる被災地の人は我慢強くて不平不満も言わずに頑張ってるけどね
あれ、本当はみんな悲しくて辛くて泣きたくて叫びたいはずなのに
アメリカ人と違って気持ちをそのまま表現することになれてないけー我慢強く見えるだけなんよ。
地震には準備が万全にできたすばらしい国ジャパンとか言われてタフげに報道されとるけどね
みんな絶対に弱音はいて泣いて不平不満ぶちまけたいはずなんよ。
それをあんなアメージングジャパニーズピープルとかでひとくくりするのは変。」

と私の不満をハニバニにぶちまけたら涙がぶわっと出てきた。


私の涙は一旦出てくるとなかなか止まらない。


まるで自分が被災地にいて耐えているみたいに泣けた。


ハニバニは

「うん。それも一理あると思うけど。
でもやっぱり日本人ってアメリカ人に比べたら絶対に絶対に他人をいたわる気持ちは比較できんよ。
少しの食料を他人と分け合うなんかまずこの国にはあんまりないことじゃん?
自分らはもう何もかもなくしとるのに、それでも他人を助けようって、普通なかなか思えんじゃん?


しかも


あんたの国のじーさんばーさんのタフさには、うちらのじーさんばーさんは敵わんよ。」


と言って、私を笑わせた。


とりあえず今の被災地に何か明るいニュースを!と、
毎日祈るばかりだ。


じゃないと、被災もしてない私の頭がおかしくなりそうである。


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重い雲の上には絶対に青空があるんよ。


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American Red Cross

2011年03月13日 | ALL ABOUT JAPAN

あるブロガーさんの記事を読んでいて、

『今、私たちに何ができるか』という問いに、

救助してる人の邪魔にならないこと、それから寄付

という答えがあり、なるほどなと思った。


そのうちしようしようと思っていた寄付。
思いついたが吉日とばかりに、American Red Crossのウェブサイトへアクセスして寄付してきた。


今まで寄付なんて、何度もしてきたが
自分でもびっくりする金額を寄付した。


ハニバニもびっくりして私の顔をじっと見る。



決して大金ではないが、私のような貧乏人が寄付するには大きな金額だったろう。


だけど


私にできることと言ったら、これしかない。


私には住む家もあって、家族もいて、仕事だってあるから
お金は仕事してまた稼ごう。



寄付した直後に返信のメールがAmerican Red Crossから届いて

『Thank you for your GIFT』

と書かれてあったのを見たら、とっても嬉しくなった。

ほんの少しでも救助の役に立てたような気がした。



アメリカにお住まいの方は是非American Red Crossのサイトにアクセスして
寄付をしましょう。


寄付は10ドルからできます。


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さっきNBCで東北太平洋沖地震のドキュメンタリーをやっていて
ハニバニと見ていたら、涙がでた。


確かに日本は世界の中でも地震に対して最も訓練された国だと言われていても
災害を受けて家族、生活の全てを失った人の気持ちの傷の深さは計り知れない。


世界中から救助の団体が日本に到着しているが
本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。


これ以上被害が拡大されないことを
心から願って止まない。
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頑張って 日本

2011年03月12日 | ALL ABOUT JAPAN


東北地方太平洋沖地震。

一人でも多くの方が一刻も早く救助されることを心よりお祈り申し上げます。



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金曜日の朝。

いつものようにリビングに下りてきてニュースをつける。

目の前に飛び込んできたそのスクリーンは、
高波にどんどん飲み込まれて行く田園地帯。

ああいう田園地帯、どっかで見た気がする。

突然キャスターが日本で大地震が発生したことを告げる。

はじかれたように私は両親に電話した。

あの時点でどこが震源地だったのかを把握してなかった。

普通に電話に出てくる母。

安堵したらいきなり血圧が下がっていくのがわかって
私はとりあえず座り込んだ。


「地震は東京から上よ。東北が大変なことになっとるん。」


その言葉で大阪にいる妹夫婦の安全も確認できた。

とりあえず東京都内に住んでいるに友人Mが心配で
すぐに電話してみるが、まったく通じない。

ああいうことが起こった後だ。

回線がパンク状態になっているに違いない。

彼女は大丈夫とわかっていても、連絡がつかないという事実が私を不安にさせる。


ニュースで報道される画像は、
まるで映画のワンシーンのように私には実感がまるでないものだった。

津波に次々と、いとも簡単に破壊されて飲み込まれて行く住宅。
あまりの脆さに、「これは本当?」と思わずにはいられなかった。



会社に到着すると、たくさんの同僚や他の課の人も大勢私のキューブにやってきて
私の家族の安否に気遣ってくれた。

彼らには広島がどれだけ震源地から離れているか、わかるはずもない。

私の家族はみんな大丈夫と言い、心配してくれたことに感謝した。

連絡がつかない友人Mのことを言うと、
「彼女は大丈夫。ニュースでは東京はそうとう揺れてたけど
怪我人が出たとか言ってなかったから大丈夫よ。」と
私をハグしてくれた。


仕事中に何度もインターネットのニュースサイトを開いてみた。
一目で事の惨事がわかる。

内容は読まずに、すぐにそのサイトを閉じた。

それ以上は見ていられなかったというのが正直な気持ちだ。


金曜日は平常心で過ごしたつもりだったが
心は日本にいた。




家に帰ってきてからはCNNの報道特集をつけっぱなしにした。

日本がこれほどまで世界のトップニュースになったことって
今まであっただろうか。

私が覚えている範囲で、最後に私がCNNで日本のニュースを取り上げていたのは
北海道の雪祭りのニュースだった。

あのときは、北海道に住んだこともない私でも
日本の美しさが報道されてとても嬉しかったことを思い出す。

それが今はどうだろう。

日本の惨事が途絶えることなく伝えられる。

ただひたすら、呆然としてニュースを見た。

『気仙沼(けせんぬま)』を『ケセニュマ』と読むキャスターが多い。
この先、日本が回復の萌しを見せ始めて、日本の地震関連がCNNからなくなるときまでには
みんなちゃんと発音できるようになるだろうかと、
こんな大変なときなのに、不埒にもそう思った。




その晩、連絡がずっとつかなかった友人Mとやっと電話が繋がった。
よかった。
彼女も旦那さんのYさんも無事だ。


彼女からその日の東京の様子を聞いたが、
CNNの映像よりも彼女から聞く話の方がよっぽど現実味があった。
聞いているだけで心臓の鼓動が早くなったほどだ。



私はやっぱり誰かに見守られているのかなと思う瞬間。
私の家族、東京または東京より上に住んでいるブロガーさんも全員無事だった。



被災された方を思うと、気の毒でならない。

本当に胸が潰れそうだ。



でも日本。

今までもいろんな悲惨な地震や事故を経験してきた日本だ。

頑張り通せると思う。


頑張って欲しい。






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旅の終わり

2010年11月25日 | ALL ABOUT JAPAN
広島を発つ日。

広島市内から広島空港までは、高速道路を使っても車で45分ぐらい。
その朝、父と母は私を見送るべく私と一緒に4時半に起きてくれた。

特に渋滞もなければ悪天候でもなく、
父のぶっ飛ばす車はスムーズに空港まで到着した。


いつも成田空港行きは早い時間のフライトだと思うが、
あたりを見回すとそれよりも早いフライトというのも結構あるみたいで、
一緒にいた母が「こんな早くみんなどこ行くんかねえ。みんなに聞いてみたいねえ。」と言う。

母の好奇心を笑いながら全日空のカウンターへ行き、手続きを済ませる。

スーツケースの重さを量ってもらうと3キロオーバーだという。

どうりでずしりと思いはずだ。

超過料金を支払って、成田-ワシントンの搭乗チケットを受け取る。

待っていた両親の元へと戻ると、父がその搭乗チケットをまじまじ見ながら
「これがワシントンまでのチケットか...」と言う。

父の頭の中に何がよぎったのかは知る余地もないが
少しはワシントンDCまで遊びに来るような冒険心は働いただろうか。

セキュリティーを通過するまではまだ時間があったので
滑走路の見える喫茶店で朝食をとることにした。

軽く食べる私とは違い、スクランブルエッグ&ベーコンセットを注文し
モリモリ食べる両親。

この食欲が彼らの健康を支えていることを願いたい。

「あの飛行機で帰るん?」

母が全日空の大きな飛行機を指差す。

「いや、あれは羽田に行く飛行機だと思う。成田へ行くのはあっちの飛行機。」

その全日空の飛行機のとなりに止まっているIBEXの、より小さな飛行機を指差した。

時間が迫ってきたので、その喫茶店を後にし
3人はセキュリティーゲートまでやってきた。

「忘れ物はないんか?」
「寒くない?」
「今度はハニバニと戻っておいでね。」
「成田についたら連絡してね。」
「気をつけるんで。」

親というものは、私が何歳になろうと私は『彼らの子供』であり、
出発の寸前までとにかく心配らしい。

「じゃね。また来るよ。」と私は言い、
「うん。またおいで。」と両親は言う。

いつもそうだが、
ハグをすると、なんだか照れる両親。

そんな両親に軽く手を振って、私はゲートを通過した。



『また来るよ。』




座席の関係で今回は富士山撮影ならず。これはどこだろう。


成田に着いて、家に電話すると母が寝ぼけた声で出てきた。
洗濯をして、うたた寝をしていたらしい。

私が無事に成田に到着して安心していた。


ワシントン行きの飛行機を待っている間、前回もそうであったように、
私は「帰る家があるってほんまにええよね。」と言った友人Mの言葉を思い出していた。

うん、ほんまにええね。


それから少しして、私を乗せた全日空の飛行機はワシントンへ向けて飛び立った。




約12時間後。

無事にワシントンダレス国際空港へ到着。

入国管理や税関を通過し、迎えに来ているだろうハニバニを到着ロビーで探すが見つからない。

あれ? 来てるはずなのに。

キョロキョロしながら多国籍民族でごったがえすその到着ロビーを見渡していると
ニヤニヤ笑うハニバニを目が合う。

「おかえり。もー、相変わらすホームレスみたいな格好してから。」

彼とハグして、帰国に安堵する。



「ただいま。」



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帰りの飛行機で邦画の『Flowers-フラワーズ』
を見ながら、不覚にもボロボロ泣いてしまいました。とても良い映画です。見た?




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旅に出た 11/17/2010

2010年11月22日 | ALL ABOUT JAPAN

早いもので、今日はすっかり最終日。


いつも同じような朝食を食べてきたが、その日のは心して食べたぞよ。



日本で生活している人にはわからないだろうと思うが、
日本にある美味しい食べ物の中でも、パンも最高に美味しいと思う食品のひとつだと思う。

私は母が近くのスーパーの中のベーカリーで毎日買ってくるこの食パンにはまり、
これはアメリカに戻ってから、胃袋がこれを欲して困るだろうなと思ったぐらいだ。

あとね、ウインナーも美味しいよね。

って、日本で暮らす人にはそのありがたさすらわかんないんだろうな。

日本には美味しいものがいっぱいなんだからね。
自分の国を誇りに思おうよ。



さて、朝食を終えると私はK姐と同様、3月に帰国したときに会えなかった友人の
弘恵とお茶でもということで、近くの喫茶店へ行ってきた。

彼女は3人目の子供(男の子)と同伴していたのだが
この子のまた可愛いこと。

前回会ったときは、なんと彼はまだ彼女のお腹の中にいた。

あ。ということは、あれから3年経ってるってこと?

時間の経過を感じる。


なのに、話をするとそんな久しぶりでもない感じで、
中学生のころからの親友ってのはやっぱりこうでないとね、なんて思った。

彼女とはもっと話しをしていたかったが、なんといってもその息子くんが
大人の会話にはあまり興味を示さず(あたりまえ)
退屈をし始めた頃は私は家に戻らなければならなかった。

別れを惜しんで、彼女とも次回また元気で会うことを約束して別れた。

弘恵、大変短い時間だったけど、会えてよかったよ!
お土産もありがとう。
次回はハニバニも持参するのでよろしくね!!!



さて、昼からの私のお相手はもちろん、母。

母と行ってきたところは、広島のお好み焼き専門店『徳川』。
ここでは自分でお好み焼きを鉄板で焼けます。


山芋入りお好み焼き



完成図


うぅぅ。
広島の人、うらやましいぞ。
こんなのが自分の好きなときに食べられるなんてさ。

母と今回の楽しかった旅の話に花を咲かせた後は、
本通りの恵比寿神社へお参りに行った。


祈る母。宝くじ当たるといいね(笑)

ちょうど「えびす講」っていうお祭りの前の日ぐらいで本通りは賑わっていたしね。


その夜、食べたいもののリクエストを受けたが、
私が食べたかったものは、鯖の塩焼きと納豆。なんと帰国してから既に2度目である。


食べかけで申し訳ない

だってアメリカに戻ったら食べられないんだよ。



その夜、ちゃんと空港に迎えに来るようにと念を押すためにハニバニに電話した。

「うわ!もう一回寝たら会えるね!楽しみー!」

と喜ぶハニバニと、何だかしょんぼりする両親。


大切なものをまた手放す側と、向かえる側の大きなギャップの間で
私はとても複雑な心境でいた。

『今回は本当にゆっくりあんたと時間を過ごせて
私は幸せじゃったよー。ほんま楽しかった。ありがとね。』


あまりにもしみじみと母がそう言うものだから、
私もつい、ぐっとくる。


そんなふうに思ったのは母だけじゃない。


今回は本当に思う存分、母と普通の生活をして過ごした。

何か特別なことをしたわけでもなく、

普通に朝食をとり
軽く掃除をして
公園や広島城の周りを散歩して
お昼ごはんたべて
スーパーに行って晩ごはんの買い物して
一緒にキッチンにたって
お父さんが帰ってきてから一緒にみんなで晩ごはん食べて
夜になったらバラエティー番組見て一緒にゲラゲラ笑い転げて
寝る前にみんなで青汁を飲んで寝る

そんなごく普通の生活しかしてないのに。


特別なことなんて何もなかったけど
それが至福なんだって、今回思った。


なんて贅沢な時間を過ごしたことだろう。



後ろ髪を引かれる思いで、私は荷物をまとめる。


私の頭の中がいろんな思いでいっぱいになったように
私のスーツケースも同じようにいっぱいで、ずしりとした。


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とんこつラーメン食べて帰りたかったです。
あとおでんも食べときゃよかったよ。


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旅に出た 11/16/2010

2010年11月20日 | ALL ABOUT JAPAN


この日はこれに乗って



京都まで行ってきた。

そう、友人のK姐に会うために。

3月にハニバニと帰国したときは、スケジュールの関係で彼女には会えなかったので
今回は是非とも会っておきたい。


京都駅でおのぼりさんのように
キョロキョロした私をすぐに見つけてくれたK姐。

私はかなり挙動不審に見えて目立ったかもしれない。


2人はそのまま彼女が前もって予約しておいてくれたレストランへと急ぐ。
そのレストランは京都グランヴィアホテルの上の方に位置したイタリアンだった。



眺めも良かったよ


K姐と会うのは2年ぶりなのに、その時間のギャップを感じないほど
彼女はまったく変わっておらず、メールで彼女は

「私ね、炭水化物が大好きでね、最近お腹の周りがすごいよ」

など嘆いていたものだから、今回会うにあたって私は彼女の体型の変化を
心の中でひそかに笑おうと思っていただけに
あまりの変化の無さにがっかりした。

「全然大きくなってないじゃん。なんかつまんねー。」

と、はっきり彼女に伝えたぐらいだ。

同じように炭水化物を摂取してもサイズがUPしてゆくのはアメリカ在住族の私であり、
日本在住の彼女は免除されるというシステムがよくわからない。

なんと不公平なことか。


さて、イタリアンのコースを注文した2人の元に前菜が運ばれてくる。


カツオのカルパッチョ


続いて私のもとにトマトを練りこんだパスタのシーフード添えがやってくる。



パスタに練りこまれたトマトがとても良い風味で美味しかった。

続いてメインのポークピカタがやってきた。



K姐のメインはお魚だったが、それがあまりにも可愛いので写真を撮らせてもらった。



メインコースの前にパスタが来たので、かなりお腹いっぱいになるかなと思ったが、
大きなお皿に盛られる料理の量が少ないので、胃にもたれない。

ここがアメリカでとる食事との大きな違いかもしれない。

そして最後の締めとなるデザート。



一口ずつでもいろんな種類が食べられるというのは、なかなか贅沢だと思う。
手前の梨のタルトが私が気に入ったスイーツだ。


窓側の席で、その日は天気も最高に良く、日が照っていて
私たちはとにかく暑かった。

食事の後、2人ともが何か冷たいものが飲みたくなり、そのまま
喫茶店へと移動する。

しかし、あれだ。

彼女と話すると、自分がどれだけ怠惰な生活をしているか思い知らされる。

彼女は、母であり、妻であり、大学で仕事もしている傍ら、
さらに貿易英語を勉強していたり、もっと学習の幅を広げるプランを立てていたり、

『さて、今日は何を食べようかな』

など考えることが一日の重要なトピックになる私とは大違いである。

良い刺激を受けるよ。



そして、3時半。

私が広島へ戻る時間がやってきた。

彼女と次回また元気で会う約束を交わし、私を待っていただろう(ぶっ)新幹線に飛び乗る。


後になってわかったことであるが、
その新幹線は私が乗るべきそれではなく、新大阪で乗り換えて無事に広島まで帰ってこれた。

ハニバニに言って聞かせると、
「普通自分の乗る新幹線かどうか確認せん?時間も確認した?」と呆れた様子。

実は両親にも同じことを言われた。

だって、その新幹線、私を待っていたみたいに待機していたんだよ。

(まあ、待機している新幹線全てが私の乗る新幹線とは限らないんだけどよ)


ふん。
日本の新幹線事情、ややこしいぞ。


(自分の間違いを認めるのが悔しいのでJRを悪く言ってみる)


K姐、豪華なイタリアンランチをご馳走様でした。
それからお土産のパイン大福もありがとう。
あれ、美味しかったよ。父も大変喜んでいました。
洋酒ケーキ、気に入ってくれたら嬉しいです。

楽しい時間をありがとう。

また会いましょう!

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私は空港とか駅とか、ただ行ってみるのも好きです。
誰かを待ってる人とか誰かを見送りに来た人とか、何かドラマがあるようでね。


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