今日も地球を歩いてます

前と後ろにバックパック担いでました。そんな頃も今は昔。今は日本で定住!専業主婦!笑

最後のタシュケント

2012年08月18日 | アジア編12年3月~8月

ブハラから
タシュケントへ

バスではなく電車で移動することにしました

ということで
電車のチケットを買いに

ブハラの中心地のラビハウズから
ナクシュバンディ通りを東へ
一つ目の大きな交差点で南へ右折

ちょっと進んだとこの
交差点の向こうに見えるこの建物
ロシア語はわかんなくても    
マークは助かる

電車のチケット窓口に進む
おっちゃんの駅員

英語無理やった

でも
すぐ隣のネット会社だかのデスクのお姉ちゃんが
英語の通訳をしてくれる


一番安い夜行の翌日の寝台チケットを購入
夜は8時発、朝6時到着で
31,500Cym
ちなみに
座席はない便とのこと


その出発日

宿Rustam Zuxroの好意で
出発まで宿にいる
(というか、チェックアウトの時間があるのかよくわからん)
シャワーまで使えた
(本当は30ドルのステキなツインルームに泊まってるロシア人のスラバが
 共同シャワーを使うワタシを哀れんで
 バスタブ付きの自分の部屋のシャワーを使わせてくれた笑)

移動日なんですが
そのスラバと同僚のエドアルド、ジャーマンカップルのA2と
昼過ぎからビア



気分は完全に日曜日
至福のひととき

ビールのつまみは
スモークチーズ(細長いやつ 割いて食べる)とソルティーナッツ
激うま

ビールは2.5Lのペットボトル入り

どっちもいくらなのか不明
だって
羽振りのいいスラバが買ってきてくれたんだもん

ちなみに
スラバの話では
この宿を出てすぐ右に商店が2軒あるけど
チーズは一軒目がよくて
ビールは2軒目がいいらしい

  
       チャリダーではなくバイカーのA2カップル かっちょい

へろへろになって電車を乗り過ごすことがないように
ほどほどに飲む


7時前
そろそろ出ようとしてると
宿のオーナーマダムが一言

「もう駅へのバスないわよ タクシーで急ぎなさい」

マジで?
残金的にバスじゃないと困るんだけど

マダムの話は信憑性がありそうなんで
焦る

ばたばたと宿を出て
とりあえずバス乗り場へ

ナクシュバンディ通りを東へ進んで
チケット売り場への交差点をまだ進む
その交差点を過ぎたところに
いるじゃん、68番バス!    

よかった
鉄道駅のカガン駅まで
このマルシュルートカで30分弱、700Cym

        カガン駅

発車30分前だったので
ホームへ

駅構内への入り口で
パスポートと切符チェックがあったけど
特に問題なく
ウズベクで初めての電車です   
やっぱインドや中国と比べて
めっちゃきれい
(そもそも比べることがおかしいかも)

中央アジアの寝台電車は
一番下のベットが
箱タイプの荷物入れになってます
(寝転がる部分を蓋のように開いて中に荷物を入れる)

なので
「一番下の方が荷物は安全」っていう意見もあるけど
ワタシは他の乗客とかに自分のベットに座られるのがいやなんで
今回は上を希望
中段になった
ちょうど上段は無人だったのでそこに荷物を置く

朝5時半
車掌がシーツを回収に来る
6時
終点のタシュケント駅に到着
                   
さて
ワタシのフライトは今夜
(正確には日付が変わってからの3amだけど)

夜に空港へ移動することにして
とりあえず今日は何しよう
とりあえず            
ホームから駅の外に出て
歩き始めてみる

街の中心の
アミールティムール広場を目指す


ロシア教会発見


  

さらに道を進んでいくと
あれ、Grand Mirホテルに出た
ここ、来たことあるや

よくよく考えたらアミールティムール広場自体は行ったことあるし
行ってないところへ行こう

ということで
ガイド本を見て日本人墓地に行くことにする

38番バスが
Grand Mirホテルを正面に見て
左へ続く道を通るので
左方向のバス停から乗る

せっかくガイド本の写真とロシア語表記を運転手に見せて
ちゃんと行くことを確認してから乗ったのに
「2駅分行き過ぎてるよ」
って

行き過ぎる前に教えてよ

暑い中、道を戻って
ふと気づく

なんか見たことあるよ?

あ、ここ
ホテル・アルハシラットの道だ!

アルハシラットからGrand Mir方向へ進んですぐの交差点角に
これがあって
墓地ってこれか?
と中に入る
           


でも
違った
単なる公園だった

そこの奥に建物があって
そこのおばちゃんに聞いたら
「わたしも今からそこに向かうから、ちょっと待ってて」
と言われ
2分後には
おばちゃんとなぜか車に乗る

なんだ、この事態
そして連れてってくれるおばちゃん

素直にたどり着くには
交差点のあの公園ではなく

アルハシラットからまず道を渡り、
そのほぼ正面から延びる道を登っていくと
(あのMマークの店の正面の道!)


            

ここにたどり着く
この入り口から入り     
モスクの横の写真左奥のゲートを進む

                                   連れてってくれたおばちゃん
道なりに
道を進んでいくと
左手にこれ    

強制労働の末にウズベク各地で亡くなった日本人の碑

ちなみに
こっちの人の一般的なお墓はこれ

        全身像まであるのね

この墓地の、通りに面した入り口から見て
やや右正面に
この看板
この奥の白い小さなドアが    
博物館のあるZhalalovich家のお宅

ほんとに
自宅の一室が資料室になってた

             
英語ではなかったけど
息子のエルガリErgali氏が
ジェスチャーを使っていろいろ説明してくれた



パパのJalil氏には会えなかったけど
去年、合気道の初段に合格したらしい
パワフル!

さて
今から何しよう

時間が余ったので
アルハシラットの前のバス停から
「抑圧犠牲者の博物館」に向かってみる
今日は戦争関連の日にしよう

まずはアライOloyバザールへ行くバスに乗り
そこから真北、TV塔へと向かうバスに乗り換え
(どっちも市バスなんで700Cym)
                        

TV塔から少しだけ北へ行くと
右手の、道路の東側にこれが見える

 
                 

今日はちょうど館内整理の日で
本来はクローズらしいけど
ワタシに開放してくれた

学割できて1000Cymで入れた
(対応するスタッフの判断によるのかもしれないけど)

英語の解説、ほぼなし
写真とかを見て「ふーん」と終了

あ、やることなくなっちゃった
もう空港行っちゃおうかな

食料としてパンも買ったし
残金もバス代以外きっちりなくなったし


67番(だったはず・・・とりあえずAeropurtと書いてあるバス)で
空港まで

途中アミールティムール広場、ウズベキスタンホテルを通った

6時
空港着

実は
ワタシのフライトって夜中の3時半なんだよねー
まだまだ時間の余裕あるし

でもいいのです
だって
この空港でフリーWifiがあるってわかったし
コンセント真横の席を確保できたし

夜中まで延々とネットフリークに

夜12地
カウンターオープン

チェックインして
税関申告も荷物全チェックなんていう面倒なことにもならず
出国

搭乗ゲートが開くのを待って
再度手荷物検査を受けて
夜中3時
やっと機内へ

さていよいよアジアも終了
次からヨーロッパ地域です

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