今日も地球を歩いてます

前と後ろにバックパック担いでました。そんな頃も今は昔。今は日本で定住!専業主婦!笑

時には壁にぶち当たりもしたよ

2010年10月05日 | 中国生活・張家界08年10月~10年10月

あと数時間でワタシの協力隊としての2年間が終わろうとしています

今、北京です
まだ北京です

ついに終わります
中国生活が

思えば高校生の頃に
進研ゼミの読み物で毎月海外で働く日本人の
特集があって
それを読みながら漠然と憧れていた海外生活

これまでのバックパック背負って駆け足で海外の各地域をのぞいて行くだけでは
表面的なことしかわからない
「見分を広める」ということは半分ぐらいしかできていないかもしれない
でも
2年間一つの地域に住んで
そこの人と毎日会って
いろんな話をして
一緒に笑って
時にはむかっとしたりして
そうして気づいた、わかったものは表面だけでなくその根っこの深い部分も含む

夢だった海外生活もできた
これでまた夢をイッコ制覇

そして何よりも、
日本語教師になる夢も叶えれた

日本語教師として自分が日本で通用するのかはまだ不安はあるけど
将来的には日本で就職したいなぁ


一外国人として文化と価値観の違う外国に住んで
現地の文化と価値観を持つ国の人と接するときに
どこで折衷するかが迷うところ

食文化もそう

「本場の日本食を広める」
と野望を持っても
食文化の違う人にとっては「おいしい」と感じるものも違う

だから
めちゃくちゃ唐辛子を消費する湖南省の一地域で
日本の巻き寿司を作るとしても
ラーが入る
寿司の具が赤くなる
新鮮な海の魚はないので、代わりにウインナーが入っちゃう

昔、就活のときに
とあるインスタントラーメンの会社説明会にも行ってみたけど
そのときに
「カップ麺を世界の各市場で売る際は
 まず現地の味覚調査をして現地の人の舌に合う味を開発します」
って言ってた

某グルメガイドブックの星が国と文化を超えて判定されたりしているけど
「本当においしいもの」ってあるのかな
地元で評判のものは現地の人がおいしいと思うもので
例えば
あっさりしている料理が多い和食を
ミートソース系のこってりしたものをよく食べるような文化圏の人がおいしいと思うとは限らず

あ、中国の臭豆腐もそうだ
日本人の中でも好きか嫌いかが分かれるところ


話が脱線したけども、
外国人ではなく教師としても、
どこで折衷するか悩んだときがあった

そう、壁にぶち当たった時が


イッチョ前のことを言うわけではないけども
「学生全員が満足できる授業なんてない」

それは当り前のこと

一人ひとりの興味の対象や、
先生へ求めること、
何が得意で何が苦手か、
何が好きか嫌いか

一クラス30人超の授業の中で全員の満足なんてほぼ実現不可能

問題は
この状況の中で、いかに多くの学生が満足できる授業をするか


以前、
担当授業が週の前半月火水に集中している学期があって、
その中でも同じ内容の授業を2クラスに分けてするものが多く、
その分教案作りも楽になり、それにかける時間も少なくなり

つまり、
学生一人一人にかける時間が多く取れる
そんな状況がありました

なので
「ここはきめ細かい授業や指導をしよう」
と決意したのが学期始まりのこと
正直、これまで会話の授業があっても相手は35人前後のクラス
人数多すぎ
授業中に細かい指導までなかなか手が回らなかったのです

具体的には
2年生の会話と3年生の旅行会話の宿題をほぼ毎週出し、
その会話チェックも発音もイントネーションもなるべく細かく見ていこう
と思い、それを実行

が、
そうして1か月が過ぎたころ
3年生の学生から不満の声

というか
「クラスメートのみんなから先生に伝えたいことがあります」
と、クラスの代表の学生がわざわざ言いに来てくれました

うわーこわー!
聞いてみると、その内容は
「授業の中でもっと雑談を多くして、
 わたしたちが興味のある日本の最新事情を教えてください」
とか
「もっとユーモアを」
とか
「宿題のチェックで列に並ぶ時間がもったいないから
 宿題を2週間に一回にしてください」
とか
「厳しく直しすぎないでください」
とか

正直、中には大学生からの要求とは思えないものもあったり
芸人じゃないんだから、と思ってしまうものもあったり
「最新事情」といっても日本に1年半帰ってないんだから、
ネットでのニュースぐらいしか知らんし
それじゃぁ学生たちと手に入る情報量や質は大差ナシなんだけど…


まぁまじめな話、
学生によってはやる気を潰されてしまう程の厳しくした点もあったので
それは大いに反省

個人的にも
「叱られて育つ」より「ほめられて育つ」んで
学生に対してもそうしたい

ただ、
これまで時間を割いてしてきた分が空回りして
肝心の相手の学生に伝わっていなかったなぁ

チーン…となった

敢えて厳しくしたのは
「わからなかったものがわかった喜び」を味わってほしかってんもん

その直訴を週末金曜日に受けて
土日は底まで落ちて
週明けに今後の対応策を学生に伝える


日本人として、教師として、ワタシが持っている責任感から
受け入れられない要求が何かを伝え、
そのうえで
ワタシが妥協できる点は妥協し、
譲れない点は宣言して協力してもらうことにする
中にはやる気が本気である子もいるので
そんな子のがんばりはしっかり評価したいので、加点方式で評価していくことにする


どこで折り合いをつけるか
いろんな場面で大切になるんだなぁ

ちなみに
「クラスのみんな」もあとで聞けば「一部の学生」だったよう
「みんな」とか「多くの」とかも、具体性に欠ける表現なのですね 



そんな感じで
時には仕事内容に悩んだこともあったけど
おおむねワタシの場合はのびのびできた

赴任先の人間関係もよく
大学の日本語学科なので日本語が通じて、その分私生活上のストレスもかなり軽減した
長期休暇は旅行でき、野望だった中国全省制覇をほぼ達成できた

満足満足

この2年間、早かったなぁ
たいていおもしろくて笑ってたなぁ


過去が積み重なって未来になる
過去にしてきたことで本当に無駄なものってない
そう思う

この2年間を数年後、数十年後、おばあさんになっても
ときどき振り返って懐かしむんだろうな
そしてこの2年間も今の自分を形作った過去なんだと思うんだろうな

ワタシが中国で会った人も、特に学生に
同じように思ってもらえたらよりうれしい


日本に帰ります

コメント

北京です

2010年10月04日 | 中国生活・張家界08年10月~10年10月

9月28日
任地から北京に上京

さすが北京、国際都市

人間が多い
外国人も多い
ビルが高い
道路が広い
車が多い
バス停の間隔が長い
バスがバス停以外で止まってくれない

日本食もある
着いた当日、さっそく同期と日本を満喫しちゃう
                         
                                 日本帰国はもうすぐなのに

ラーメンも日中で食べ比べできちゃう
さすが北京


      ひっさびさの味噌ラーメン    と     牛肉麺

移動日翌日29日から
北京事務所で2日間にわたる事務手続き

事務所内でこの2年間の活動内容を報告し、
返却物も返して
大使館へもあいさつへ行って
(数日前までこの大使館訪問すら本気で危ぶまれていたこの時期に)

2日目の夜は事務所主催の食事会
2年前に中国に来てすぐに連れて行ってもらったレストラン

まだ体の細胞が中華料理から作られていなかったあの頃

もう2年たったのね
2年間、あっという間だったなぁ


その後は国慶節休暇の始まり始まり

 

2年前の日本出発も
国慶節が空けるのを待ってから

国慶節中はかなり混雑して治安も悪くなるかもだし、
事務手続き上も不都合なのでしばし日本で待機

別の国に行く同期隊員が続々と出国して、
「現地到着しました!」
って、報告をくれてから、
さらにそれからしばらくしてからやっと出発だったワタシたち

2008年10月6日のこと


今回の帰国も一足も二足も、100歩くらい遅れての中国隊員

きっちり2年後、10月5日に帰るために
事務手続きが終了しても4日間丸々余っているのです
国慶節休暇の4日間

こりゃ、のんびりするしかないね

どこ行こうかと考えると
「紅葉の季節!そうだ、香山だ!」

北京市内から市バスでも行ける郊外の山へ
                    すっかり秋の空!  


ぎゅうぎゅう詰めのバスで小1時間揺られてやっと着いた香山
人が多い!

        

肝心の紅葉は、ほんまちょろっと
ま、でも草の生えてる広場で栗食べつつのんびりできたしいっかな

他は広大な北京をぶらぶら

多分、すべてが最後になるのかも
歩いた路地とか、目にした街並みとか、

こんな鍵屋さんとか
            

こんなお茶を飲んでる人とか
                  

こんな花の冠かぶっているおばちゃんとか

                  

3元で買えちゃうめっさおいしいポップコーンも
  
          

お土産を最後に買い込んで、
ついでに自分への雑貨も買って
一目ぼれしたブリキのおもちゃまで買っちゃう

これから郵便局に送りに行かねば

夜は同期で鍋も
             
大根鍋です
みぞれ鍋です
どこの地域だったっけ?
4人で悩むも答えは出ず

もう日本に帰るのに、部屋の中は鍋とコンビニで買った「いいちこ」

日本!


明日帰ります
今夜は最後の晩餐だ!

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張家界さよなら。楽しかったよ

2010年09月29日 | 中国生活・張家界08年10月~10年10月

2010年9月28日                        

約2年間暮らしたこの街を去る日です


2年間の住まいであった我が家を出発したのは


朝5時


早朝過ぎて
空港内もこんなに暗かった
節電モード
        

今日に限って、いつもの16時45分発の直行便がないんですもん

張家界は
観光都市と言っても空港は大きくなく、
北京行きはその日の第一便がこの夕方の便

今日はそれ以降の、北京到着夜11時とか12時のんはあったけど
何しろ最後の移動、荷物が多いし、
これまで銀行から引き出した額の大きい現金もあるし、
で、
安全面を考えて夜中到着の直行便は避ける
北京まで省都の長沙経由のんにしました

そのおかげで5時出発、6時50分発


以前ネットの格安チケットサイトで
北京までの便を調べていた時に
午前10時発ぐらいの重慶経由北京行きの便があったのですが

「この重慶までの便の航空会社は聞いたことがありません
 一応張家界の空港に確認しましょう」
と中国人の同僚

その場で空港に電話して

「先生、そのネットの情報は間違いです」
との結論

ワタシは事務所の手続き上、ネットのカード決済はせずに
高くても、正規料金であっても
代理店で現金で買うつもりだったのでよかったんですが
そのサイトは大手のサイト
今まで安宿検索などでも利用したことがあったサイト
そこに掲載されていた情報ですら、ミスもあるなんて…

まずは疑ってかからないといけないんですね、ここでは
あぶなー


で、
こんな死ぬほど早い便が一番乗り継ぎの時間がよく、
これにしました

もちろん外も真っ暗な中、空港へ出発
ホテルの部屋を出てからの廊下すら暗闇

幸い、
早朝にも関わらず学校が用意してくれたワゴンで
カウンターパートの先生と
(なぜか)その彼氏も来てくれる


空港まで20分弱

今まで何回か往復した道
これが最後になるのかもなぁと思うと眠気よりも感慨がこみ上げる

この日、2時間半の睡眠でした
ワタシ、いつも大きな旅の前日は荷造りで眠れないんです
中国へ来る時もそう
2時間半眠れただけでもいっか

ひさびさに寝入ってから目覚ましで起きるまでが一瞬
その感覚を味わう
           
           今回の荷物 だっこにおんぶ+両手で抱える 
           えらい筋トレやったよ


1時間以上早く早朝の空港に着いたからか
チェックインカウンターも無人
やっときたスタッフの女性がノーメイクで
「この人、窓口の人なのになんで化粧していない?
 寝起きでしょうか」
と同僚がびっくり

そんな同僚の先生と最後の写真も撮る
さすがに張家界での最後の最後の別れになったので
その同僚と別れるときはウルッとくる

でも
これまでの学生や同僚、友達との別れで泣かないようにしました
だって
泣き顔より笑顔の方がいいし

決して血も涙もない人間じゃないよ
                      
この日はあいにくの小雨
空港から見えるはずの天門山も見えず

1時間弱で長沙に着いて、
一度全荷物を受け取って到着口から出て
再度チェックイン
同じ航空会社の飛行機であっても、行き先はバラバラだったので

10時半前の長沙発北京行きに乗って
2時間ぐらいで北京着

ほんとにこれで張家界での生活が終わったんだなぁ
まだなんだか実感がわかないや

部屋がこんなにさっぱりしたけど

           
この部屋で2年間
いろんな人を招いていろいろ話をして、
授業準備もして、
テストも(必死になって)作って
時には手紙も書いて、電話もして、
自炊して、
映画も見てネットして、
TVでいろんなニュースを見て、
昼寝もして、
洗濯ものも干して…

この部屋の中でいろんなワタシの感情もあったけど
そのワタシの姿は
今はどっかの映像の様に客観的に頭をよぎるけど
でもここでのワタシはもう過去のワタシであるんだなぁ


「先生、また張家界に戻ってきますか?」

って聞かれたりしたけど
今のところその予定はナシ

でも
降水確率のようなものだと思う

「降水確率10%」でも、降るときは降る

ワタシがここにまた来る可能性が低くても
それは可能性の問題であって
きっかけ、チャンスがあれば戻ると思う
一時的であっても、長期的であっても

四川省の九寨溝にもまだ行ってないし、
その時についでに湖南省も寄るかもしんない

張家界や湖南省に関わる仕事に今後出会って
その際に来るかもしんない

今の在校生と再会するのは時間的に難しいかもしれないけど
在職の先生は学生より長く張家界にいるんだし
その先生とはいつかここでまた会えるかも

この地方都市の大学では留学のチャンスは少ないけど
一部の学生とは日本で再会できるかもしれない

今はインターネットがあるしね
中国で老若男女みんなしているQQは
ワタシは日本ではしないだろうけど
メールではつながっていける
skypeをしている人とはそれででも連絡を取っていける

学生も同僚も、彼女たちの数年後が楽しみです
学生は今後どういう社会人になっているか
同僚は今後先生としてどう成長していくか
ここを離れるので残念なのは、その姿を直接見られないこと

でも
ほんとにここでの2年間にワタシは満足です

ワタシの個人的なこの2年間の2大目標である
「日本語教師として成長すること」と
「中国全土を旅行すること」はほぼ達成したもん

それに
同僚にも学生にも、学校の外の人にも、
旅で友達になった人にも
いろんな縁に恵まれてた

毎日楽しかった

この2年間はワタシの人生の中で有益なものになったと思える
もちろん
今後日本語教師を続けていく上でここでの経験は直接活かせるだろうし
日本語教育以外でも
外国で長期滞在して、そこでの生活にどっぷりつかったことでいろいろ学んだ

例えば
「郷に入れば~」と「自国文化の尊重」はどこで折り合いをつけるべきか
とか
悪い意味でカルチャーギャップに陥った時は
単に反感を持つのではなくその根の部分の価値観・文化面にまで思いをはせるべき
とか
旅では表面的にしか触れられない異文化をここで深く接することで実感できた

「国際感覚」と呼べるようなものかもしれない


毎日いろんな思い出ができて
協力隊に参加して
ここに来てよかったなぁ
                                  
                           A4かばんを用意するのがめんどくて
                           毎日使っていたJICAバック
                           これに教科書と名簿と教案ノートを入れてたなぁ
                           あんたもおつかれさん

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任地でのラスト1週間

2010年09月27日 | 中国生活・張家界08年10月~10年10月

                            
                                  同僚の家で見た珍しい植物

いよいよ張家界での生活も残り1週間になった9月21日

1週間といっても、22日(火)から25日(土)まで祝日、連休
中秋節の休みです

中秋節というと
             月餅

今年は珍しく、配属先の学校から箱入り月餅はなかった
同僚に言わせば「信じられない!」と

新婚さんのその同僚は
「夫が中秋節の日も仕事で、一人でいるのはさびしいので職場まで一緒に行きました」

それくらい、こっちの人にとって中秋節は重要
一家団欒して月を見て月餅を食べる日なのです

1週間ぐらい前から
「月餅の生産量が増えています」やら
「レストランは中秋節の期間中の予約がいっぱいになりつつあります」のニュースやら


そんな中秋節の連休
予定が入りまくりでした
ワタシのここでの生活がいよいよラストなので
いろんな人が「ごはん食べに来て」って声をかけてくれました
学生も「ごはんを作りに行ってもいいですか?」と
ありがとうございます!

これまでの連休は基本的に家でのんびりだったのに
えらい違いです

そして荷造りもラストスパートしたり

22日                        
お昼ごはんに同僚の先生の家へ

夜、学生と巻き寿司作り
大量に作って、お世話になった先生におすそ分け
そのため、今回は日本っぽさ満々の具材。唐辛子はもち不使用です

            
              そぼろを作って入れてみたらめっちゃ成功!

23日
主任の家に行ったり、同僚の日本語書類のチェックやら
部屋の片づけも

24日
同僚の結婚式
 
「8」はこっちでは縁起のいい数字
ホテルの部屋番号も頭に「8」をつけたりする

同僚の結婚式の時間も
「11時58分から」


でも
11時半に行ったけどなぜかもうスタートしてたよ
初めのあいさつが終わってちょうど新郎新婦が入場するとこだったよ
あれ?

しかも
「披露宴会場の席は満席なので2階のレストランへどうぞ」
って案内される
あれ?

まぁそれがここでの生活

地方都市のここでは、結婚式であってもみんな着飾ったりはしない

もちろん新郎新婦はスーツにドレス
でも
参列者にはジャージ姿もいたり…
Tシャツ+ジーンズも普通

ご祝儀もここでは封筒不要
財布すら使わない人も多いので
(↑スリに遭ったときに被害を最小限に抑えるため、らしい)
ポケットから折れ曲がったままのお札を出して受付に渡す
これで良し

ちなみに
以前自分の式に参列してくれた人が結婚する場合、
ご祝儀は「その人がくれた額+100元」が普通らしいです

上司とか、給料が上の人の額はよくわかんないけど
単なる同僚の人へのご祝儀なら100元
仲がよければ200元とか300元らしい
(※あくまでこの張家界での額)

さて
結婚式から戻ってから夕方は2人の学生のスピーチ原稿チェック
2日後にあるスピコンの校内予選用

数時間前の結婚式のごはんのときに
「じゃぁ校内予選はあさっての3時からにしましょう」と主任

その場で学生の各クラスの班長に連絡してた
「校内予選をする」と予告はしてたものの、
日程決まるの急すぎでしょ…

         
25日              
お昼は学生の有志がごはんを作りに来てくれました
中国人の学生が中華鍋と中華包丁でごはんを何品か作ってくれると
油の減りがすごいです

ワタシが自分でごはんを作るだけでは完全消費に数週間かかる1リットルの油が
余裕で半分は減ります
頭数が多いことを差し引いてもすごい
「5リットルくらいの油を買っといてもよかったか?」

思わず思ってしまうほど

今回は初の
「学生とのごはん作り」をはしご
夕方は別の学生とごはんを作って食べたのです

昼の写真の料理のときは学生主導だったけど
夜は学生のリクエストに答えて、以前作ってあげた「親子丼」
(正確には「他人丼」ですが)

作りすぎたので英語の外教とその学生も急きょ招待して
その後は英語の外教のもともとの予定だった映画鑑賞にうちらも参加


26日
日曜だけど連休明けの振り替え授業
この日と翌日の2日間で、2、3、4年生の各クラスの教室訪問
最後に挨拶がしたくて
そして写真も撮りたくて

午前は授業の休み時間を使って教室へ行って
午後はスピコン予選

例年通り、2年生が一番やる気があって立候補者も多い
4年生は立候補者ゼロのときも

でも
毎年11月にある省内のスピコン
他の大学も事情は一緒の様で
4年生は出場者数が少ない

ということは
穴場なのです

入賞しやすい

…なんだから、
4年生にももっと積極的に出てほしいなぁ
他の学年と比べて断然授業数も少ないんだから


校内予選後は日本語学科の先生たちと食事会
ワタシの送別会をしてくれる、と
いつもの校門近くのレストランではなく
ホテルのレストラン

ありがとうございます

そして
一か月前に赴任してきた日本人同僚の先生の歓迎会を兼ねる、と
「日本では失礼ですか?
 でも院長先生の都合が今日ぐらいしか合わなくて…」と
いやいや、いいですよ
                       
うちら日本人は学院長の隣に
      
人数が多く2つのテーブルに別れる形になったのですが
同僚の先生は院長先生との同席を避けてもういっこのテーブルに

その避け方がすばやかった

中国社会での世渡りも大変なようです

    生姜、ドーン! 
    インパクト大の飾り付け

  スペースなくても無理やり置くのです
                                 食べきれないほどの量の料理は歓迎の意

その後
ちょうど留学説明に来ていた日本の日本語学校の人の説明会を聞きにも

          

東京の学校なんだけど
「アルバイトは一日4時間×週7日×時給1000円、これで月12万は稼げます」
って説明してた
いくらなんでも、非現実的じゃない?

でも
自分自身が海外留学をするときにおんなじようなことを考えてたなぁ
留学のときは現地でのバイトの給料をアテにすべきじゃないよね

27日
実質ここでのラストの日

そんな日にしてやっと、ネットが復旧!

実は
連休直前の21日の夜に雷がすごかったんです
一瞬停電してその後
ネット不通…

「パソコン担当の先生は今中秋節なのでふるさとに帰っています
 多分連休明けに戻ってくると思います
 ネットがつながらないのは雷が落ちたからだと思います」
と、同僚の先生

本当不便!
ネットがない生活、(旅行中以外は)もう無理です

ネット復旧後               
郵便局へ日本への最後の荷物を送りに行く

結局1箱に入りきらなかった…
これまで送っていた2箱と合わせて計4箱

うち、2箱分以上が本
おかげでかなりの重量に
17キロ前後×4箱ですから

服はほとんどこっちでさばけたけど
こんなに本が増えたら
日本に帰ってからもトータルの荷物の多さは変わんないかも…

モノの少ない生活がしたいんだけどなぁ
難しいものです

郵便局から学校に戻り、
お昼は同僚の先生の家でごはん
お招き、ありがとうございます
              リビング 

そういえば、
今でもまだ多くの家庭にあるこの毛さんのポスター
「書かれている文字が簡体字じゃないじゃん!」
っていう発見とともに
「そういやこのポスターを売っている店、見たことないなぁ」
と疑問が出てきたので聞いてみるも
「これは親戚からもらったので、わたしもどこで売っているか知りません」と

毛さん、入手が意外とレアなのかもしれません


その後再度街へ
中国での銀行口座をクローズしに行くのです
                           
                           これは表面にメッセージが書いてある豆
                           この後ストラップに変身
街に出たついでに
ここ数日ちょいちょい買ってた張家界でのお土産も最後の買い出しをしておく

             

夜は日本人どうし+同僚の中国人先生一人でごはん

最後の最後で魚の鍋です
こっちの川にどんな物質が入ってるやら…
ま、最後やしいっか

付属の私立大学がうちの大学にはあるのですが
おとといからそこに赴任した日本人も招く
ワタシとその人が会うは今回が初めてで最後

まぁこれも「縁」ってやつです

こっちに来て「縁」ってことばをよく言われる
人生にはたくさんの縁があるものです


この中国でいろんな出会いをしたけど
すべて縁


ここでの生活ももう終わっちゃうや

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やっぱりここは中国だ

2010年09月21日 | 中国生活・張家界08年10月~10年10月

中国に限らないことではありますが
ここで生活していて、

「なんであんた、そんなテキトーなことを言うの!?」

って
思わず(日本語で)叫びたくなることがあります

人によって言っていることが違ったりするのです


もちろん、
これには自分自身の語学力の至らなさも影響していると思う

断定の「これは~だ」
という表現なのか
推量の「多分~じゃない?」
なのか

特に焦っているときはそのへんの微妙なニュアンスを聞き逃していることだってあり得る
そもそも文意を間違って把握しているかもしれない

ただし
相手が
「あやふやな情報を断定する」
というときがあるので余計にややこしい

ないものを「ある」と言ってしまうと、結果的にそれはウソになるし
100%じゃないことを断定して結果的にまちがっていると、それもウソになる


今回、帰国にあたって中国での銀行口座をクローズすることにしました

将来的にまだ未踏破の新疆やチベットには行くので、中国に戻ってくることにはなるけど
それがいつになるかわかんないので
口座を残しておくことはしない、と決めました

協力隊の生活費は米ドルで振り込まれているのです
なので、
ここで生活費として使うためには
銀行で中国元に両替してから引き出す、という作業が必要でした

基本自炊、
基本簡素な生活、のワタシ

そして、
基本ここは地方都市
マクドやケンタはあっても、
例えば重慶のように「寿司バイキング」なんてあるはずもなく
(なぜか米が紫色になっている辛い具の入った巻き寿司はあるけども)
なので誘惑もないのです

「あれ食べたい!」っていう衝動もなく
「これ着たい!」っていう衝動もないので
ここでは支出の少ない生活でした

そのため、どうだったかというと
米ドルで余ってる額ができたのです

日本に帰るときにそれを米ドルとして持って帰ろうと思って
(中国元より汎用性が高いので)
先日、銀行に行きました
張家界の本店に

ややこしい作業になるので
同僚の先生にお願いして通訳として一緒に行ってもらいました

「この通帳の中の米ドルを引き出して、口座をクローズしたい」
と伝えると
窓口のお姉さんがちょろちょろパソで作業をして
なぜか同僚を呼んできてパソコンの画面を見ながら相談して
そして

「あなたは外国人なので中国国内で米ドルを引き出すことはできません
 これはこの銀行の全国共通の規定です」

こんな感じのことを言われる


何、そのルール

おかしくない?って思って、
北京の事務所に電話して確認したり、
最終的にはその事務所の中国人スタッフと電話で話をしてもらうも
「ルールはルールです」


そりゃぁもう、自信たっぷりに
疑う隙を与えないほど

その窓口の人が言うには、方法は二つ
①米ドルを中国元に両替して中国元で引き出す
②米ドルを日本の銀行口座に送金する

でも
日本の銀行って、ドルを受け付けてくれる?
外貨預金の口座をもってなきゃいけなくない?
しかも
送金って国際送金になってえらい手数料かかるんちゃう?

事務所のスタッフに相談したりして
結局、残っている米ドルを全部中国元に両替する方法に決意

今、日本円の価値低いんだよねー
しかも今後外国に行くんなら中国元より米ドルの方がはるかにいいのに

でも「全国ルールです」と言われたらどうしようもない

で、
決意して窓口に戻ったけども
ちょうど5時を過ぎていて
「明日来て」と
〆作業をしながら言われる

ちーん

「最後にこれだけ、お願い」
と粘ってみるも
「あんたの作業は手間がかかるからだめ」




翌日
出直しました


大人しく、まずは米ドルを中国元に両替しようと
入口近くの受付で必要書類をもらって、記入して、窓口へ

あ、
昨日の人と違う

このおっちゃん、
2年前にワタシがここの銀行口座を開くときにいた人だ
最初機嫌が悪くて八つ当たりしてきた人だ
パスポートのコピー見て、ワタシが外国人とわかったら急に愛想が良くなった人だ
その後いつの間にか出世して部下を持った(ように見えた)人だ




その人に米ドルを中国元に両替する書類を出す

おっちゃん:「中国元がほしいのか」
ワタシ   :「うん。でも、できれば米ドルがほしいんだよね
        昨日来た時にできないって言われたけど、そうなんだよね?」

おっちゃん:「いや、できるはずだ
        ちょっと確認してあげるよ」


は?
何、この展開

結局

できました
何事もなく

おっちゃんが自分が担当している金庫から外貨の入った封筒を持ってきて
ふつーにワタシの希望額分を出してくれた


路上のバイタク運転手の話ならともかく、
こんなちゃんとしたとこで人によって言ってることが違うのは勘弁してほしい

昨日タイムオーバーで両替できなくて、本当によかった


そして、
家に帰ってきちんとドル札を確認して気づいたこと

なんか5ドル札の数字が変な赤色してるんだけども…

偽札握らされたか?



いろんな意味で
「やっぱりここは中国だ」
と思ったここ数日の出来事

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真夏の誘惑

2010年09月19日 | 中国生活・張家界08年10月~10年10月

学生に
「今日も暑いですねー」
と言ったら

「天気予報によると、今日は38度だそうです」

って返ってきた

平熱より高い9月下旬の今日


いよいよここを離れる日まで10日を切りました

いいかげん、そろそろ郵便局へ荷物を送りに行かねば
銀行も解約しに行かねば
北京とその後の東京に持ってく荷物を仕分けせねば

なのですが


今日したこと


編み物


こんな暑い日に笑


だってほら、
テスト前日って異様に部屋の大掃除とかがしたくなるじゃん?
あれです

といっても
家に毛糸はあっても
肝心の「編み棒」はなかった
そりゃこっちで買ってないもん、ないはずだ

初めは指編みでマフラーでも編もうかと思ったけども
その時目にとまった道具





箸でも編み物ってできるんだよ
知ってた?

ワタシも今日初めて知った

                   

正確には「鉤編み」ですが


マフラーは去年のクリスマスに
バレンタインのモテ男のようにたくさんいただいたので(手編みを)
ブランケットにしてみました
毛足が長いのであったかいはず

                 

いやーでも編み物って数年振り!



さて、
いよいよ今日が期限の報告書書かなくちゃ
部屋も整理しなきゃ
明日はいよいよ郵便局へ行きます
船便第一弾です

郵便局の人から見て怪しいと思われるものがなければいいけど

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お客様が来た

2010年09月17日 | 中国生活・張家界08年10月~10年10月

この夏に銀川を旅していた時に友達になった人が
住んでいる西安から電車で一晩かけて
張家界に遊びに来てくれました

その名は Mr.TIME (もち仮名)

ワタシのお客様としては初の中国人です

で、
3年生が今学期通訳の授業を受けていることもあり
有志の学生に通訳をお願いして
一緒にごはんを食べたり街を回りました


ここでの生活では
日々何かしらのネタがあふれています
2年たってもそう
毎日ひとつは新発見がある

例えば

街の中心部にある公園に
見たことのないディズニーキャラがいたり…

             

その隣には
がんばったピカチューと違和感を禁じえないキティーちゃんがいたり

             

世界の宮崎のイメージがこんなところに体現されていたり

             

そして
いつもどおり道路は本気で工事中

             
          しっかり下を見ていないと大怪我します だってマンホールも蓋がないんだもん


いやいや、
せっかく来ていただいたのですから
ちゃんと市内の観光地も案内しました

といっても
張家界のメインの観光地は「武陵源」(世界遺産。市内からバスで40分)

その次に見応えがあるのは「
天門山」

             

これは市内から近く、電車の駅付近からロープウェーに乗って一気に山へ行きます
気象条件が良ければ雲海も見られて感動モノのところ
                      
                      市内からも近い空港からもきれいに山が見えます


「他は…」
と考え込んでしまうほど
市内にはこれといった観光地はほとんどありません

唯一案内したのはここ

「烈士公園」           

小さい山の上にあります
もちろんこの階段を上ります

単純に登れば音をあげてしまいそうになるので
ワタシらがしたこと
             
「ザ・グリコ」
これで中ほどまでわいわい上れました


Mr.TIMEの到着初日は
昼に会ってごはんを食べて、街を案内して
夕方からワタシは仕事(授業見学)だったのでここで別れる

翌日
法学部を卒業して2年間広告会社に勤めているMr.TIMEは
将来的に
「日本語を勉強して日本に留学して、そして法律家になりたい」
という(壮大な)夢をもっているので
ちょうど先週から始まってただいま平仮名のな行を勉強中の
第二外語の日本語クラスを見学してもらう

ついでにワタシは同僚の授業見学

中国人であれば
遠方から来た友をつきっきりでホストするんでしょうが
ワタシは自分のペースを崩さないのです
(あらかじめこのことは事前に断っておいたし)

その後、
通訳ボランティアをしてくれる学生と食事、学校案内

ワタシ自身も初めて、
工事が終わって見違えるほどきれいになったグラウンドを見ました

           

実に1年以上かけた改修工事
そのために去年の秋には体育祭がうち消えになったなぁ

「体育祭は2年に一度開催する、との話ですが
 わたしたち4年生が入学してからまだ一度も体育祭は行われていません」

それが中国なのでしょう

午後の授業が始まる3時から
Mr.TIMEは天門山へと旅立ちました

そして翌日は電車でお帰り


わざわざ来てくれてありがとう


この国ではホストの人がお客さんの面倒をみる
この「面倒」には一緒にごはんを食べたときの「食事代」も含まれる
なので
学生とごはんを食べるとよく学生がワタシの分までおごろうとしてくれる

「先生は日本人で、この中国のお客様ですから」

日本じゃ、誕生日でもないのに学生からおごってもらう教師なんてめったにいないよ

学生とごはんを食べるときはいかに学生の隙をついて先にお金を払うか
一種の戦いです笑
たまに店員の前で
「私が払います!」
「いやいや、私が!」
のような、日本でも繰り広げられそうなことをしてます

今回、
張家界はMr.TIMEではなくワタシのホームグラウンド
ただしワタシは外国人
いや、でもMr.TIMEの方がお客様なのだから、と
お昼ごはんのお金を出したところ

「中国では男性が女性におごってもらうものではないんだ」
とのこと

職場の同僚にこの話をしたら笑われるかもしれない事態だそうです
あら、メンツに関わることをしちゃったのね、ワタシ
失礼失礼

「お客/ホスト」
「異邦人/中国人」
だけじゃなく
「女性/男性」
の区別も考えないといけないのか

「中国人男性として生まれて
 中国に住んでいて
 お客さんを迎える」
って
なんてお金のかかる組み合わせ

この国では自分の彼女に対して
男の人はいろいろエスコートしたりしなきゃいけないようだし
(上海辺りでは結婚の際に新郎が家と車をそろえるのがまだまだ求められているらしい)
中国人男性って大変なのです

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新入生キタル

2010年09月16日 | 中国生活・張家界08年10月~10年10月
夏のぶり返し真っ最中の最近
(おかげでエアコンまでつけています)
                      

きのうから新一年生が続々と学校に到着しています
上級生の新学期から遅れること約半月
明日から新入生の大学生活が始まります

といってもまずは軍事訓練2週間
国慶節の明けた来月から授業です

なので
今月いっぱいでここを去るワタシが新一年生に会うことはありませんが
学部を問わず校門をくぐる新入生をたくさん見ました
親御さんも一緒
            
                   校舎と寮を結ぶ道 歓迎の横断幕がはためく

よっぽどの遠方から来る学生は違うんでしょうが
同じ湖南省であれば父母も一緒にここまで来ています

息子・娘の大学進学とはいえ、わざわざ両親ともにここまで来ていることに関心

だって日本と違い、
省内であっても夜を徹しての電車の移動が当たり前なんです

今回初めて見たこの表示  
                     
                                「儲かってまっか?」「かなりええ感じ」
今生活している校内のホテルのフロント

学生自身は入寮してそこに泊まるけど
当然父母は泊まれないので、この校内のホテルか市内の宿なんだろうな


ちなみに
中国では入学年で各学年を表すのが一般的
今年は2010年なので、今回の学年は「10の学年」

今の2年生は2009年に入学したので「09の学年」
「ぜろきゅう」と呼んでいますが
さて、
今年の「10」は「いちぜろ」なのか「じゅう」なのか…
そういやまだ知らないや

          
                    校舎の4階に迷い込んだカマキリ
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ラスト1か月の活動内容

2010年09月14日 | 中国生活・張家界08年10月~10年10月

2週目に入った新学期

気づいたことに
今月は中秋節で3日間の連休もある

そのため、
残りの活動期間はより短いものとなりました


今学期、ワタシがここにいる期間は1カ月だけなので担当授業はありません
なので
ワタシのラスト1か月の活動は
「同僚の能力向上の手助け」
をメインにしました

具体的には毎日の授業見学とそのフィードバックをメインに
あとは休み時間に事務室で来た先生と会話をしたり

授業見学の際には学生と話もできるしね

今学期から未経験の新任の先生3人も赴任したし
去年1年間この職場を離れて大学院に進学していた先生3人も戻り
中国人教師がかなり増えました
正直、先生として困ったチャンもいます
見学すべき授業は多いです
毎日複数の授業を見に行かなくちゃ


平日はこんな感じ
あとは、
先生との会話練習、も暗に目的として
この日曜日は主任の先生の家に集まってごはん作り

まずは食料買い出し
「主任の家、お米もないそうです!」
と電話で確認してくれた同僚ms.w先生
中国人の同僚もびっくりな自体…
米が切れてるって… 
                   米、買いました
                                      量り売りの値札、トランプじゃん

料理が得意な主任PP
               
「農村で育ちました
 両親は農民ですから忙しく、6歳の時からわたしは料理をしていました」
とのこと
さすがにいろんな食材について詳しい
そして「農民」って…

そしてりっぱなおうち
モデルルームさながら!

こっちでは結婚してすぐ家を買うのです
そして家の内装は買った人がするのです
去年結婚した主任PP
今回初めてこの新居におじゃましたけど、すごいわ、この家
だって、揺り椅子も!          
                  こんなんが個人宅にあるとは

でも奥さんは平日は職場の近くに住んでいるのだと…
あれ、週末婚?


同僚4人でおじゃまして
主任PPを含めた5人で思い思いの料理を作り、
大量の料理が完成
              中+日のごはん

主任の奥様を入れた女子5名+主任だけでは当然食べきれず、
お持ち帰りにまでなりました

やっぱ何かをしながらの会話は会話の幅が広まっていいや
オフのときのごはん会って、先生たちとはこれまで数えるほどしかしてなかったんで
今さらながらちょろっと後悔の念

残り少ない期間であっても
同僚と会う時間もより大切にしよっと

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ラストが迫る

2010年09月13日 | 中国生活・張家界08年10月~10年10月

中国東北部の吉林省ではもうすっかり寒くなり、
マフラー(:当人談「襟巻」)まで必要になっているというのに
華南のここでは、ワタシ今日も部屋の中で扇風機をつけています

でかいな、中国


そんな最近ですが
あと2週間(と1日)でこの湖南省の張家界とはお別れ

先日、帰国準備の第一弾として名刺を作りましたが
今日からしたのがこれ

                       

服の「もらってください」活動
事務室の前で


思い起こせば2年前の9月
中国生活に向けて実家の部屋の中をひっくり返し、
服も文房具もパソコン関連のものも生活用品もその他すべてを

・国際郵便で送るもの
・バックパックに詰めて持っていくもの
・このまま部屋に置いていくもの
・この際に処分してしまうもの

に仕分けしてたなぁ


特に服は
「帰国のときには置いて帰ろう」
と決意して、
日本ではもう着ないであろうものばかりを
今いるここに持ってきたなぁ
(なのでここでは「ノンおしゃれ服」が基本 笑)


先週末に
階下の共同洗濯機を
2台×3回=実質6回 
も回して
(↑理性的に考えるとすごいやん!)
大量に乾かして
(「服の数にも驚きましたが、あんなにハンガーを持っているのにまず驚きました」
 と、お隣さんになった同僚の日本人さんのお言葉
 ハンガー、ワンルームの部屋の中でかき集めたんです笑)
冬服も含め日本には持って帰らないものを事務室に運ぶ

                                                
                               その大量の服とハンガー(部分

週明けの今朝からバザーです

朝に30分ある休み時間に並べ始め、
その際に手伝ってくれた新4年生がごっそり持って帰ってくれ、
すぐに三分の一以上さばけた

午後も見てみると何着かなくなってたんで
この調子でいくとほとんどなくなってくれそう
エコだね、エコ

他にも
日本から持ってきてこれまでも自分の授業でちょいちょい使った、
日本紹介となりそうな資料(チラシとか雑貨とか)もいろいろと事務室に寄付
なので
今いる部屋がかなりすっきり!

最終日までには
ここで使っている調理器具も扇風機も暖房用品も
使えるものはすべて
今学期から着任したそのお隣さんの日本人の同僚に引き取ってもらう予定

「飛ぶ鳥跡を~」をモットーにしよっと


2年前に日本で荷造りしたことがありありと思いだされる
(そういや出発前日は荷造りが終わらず徹夜だったなぁ)
2年前にこっちに来た初日のことも
(夜到着して部屋と通路の電気の暗さに愕然としたなぁ)
1か月遅れで日本からの船便が届いたときのことも
(ライフラインとして喜んだなぁ)

2年って早いなぁ


今後帰国してすぐ1か月の社会人生活をするけど
その際に必要となるものは手荷物で持って帰る気
(スーツケースではなく、バックパック…おしゃれなスタイルじゃないけど)

あとはここを離れる直前に船便で送る予定


心配なのはこっちでコピーした大量の本

「書き込みがあれば個人使用となって税関で止められにくいんじゃない?」
という同僚の日本人の意見

そうであってくれなきゃ困る!
だって今後も使っていきたい日本語教材の本なんだもん


そうそう、
ここでの生活期間の9月末ぐらいまでで切れる手帳を今使ってるんだけども
日本帰国後の2010年10月から2011年末までの
なんとも中途半端な期間の手帳も用意しました

ワタシ、手帳にはかなり多くを求めるのです
サイズとか形式とか
で、
毎年一番理想に近いものを市場で探すのは数年前からあきらめ
ここ数年はもっぱら手作りです

ノート(これは既成品だけども)に色鉛筆で線引いたり日付を書き足したりして
その作業は手間がかかるけど、自分で手作りした手帳にはかなり愛着がわきます


こんな感じで
ここでの生活の締めくくりと
日本での新生活に向けて
着々と準備を進めております


今日母親から
「何日に帰国するの?」
ってメールが来てました

あれ
もしかしてワタシ、実家へ連絡し忘れてたっけ?

よりによって実家…

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帰国準備

2010年09月11日 | 中国生活・張家界08年10月~10年10月

帰国に向けた準備

を、
いい加減、そろそろ本気でしなきゃいけない時期になりました

実際に日本の国土(羽田)を踏むのは来月頭ですが
この任地を去るのは今月28日

あ、3週間なんてとっくに切ってんじゃん

早く荷物を日本へ送らなきゃー
服とかでいらないものをいろんな人に引き取ってもらわなきゃー
そのまえにあげる服を洗濯したり、モノを掃除していかなきゃー

しなきゃいけないことはたくさんありますが
帰国準備第一弾としてワタシがしたこと


名刺作り

それかい!笑


中国に来てから事務所を通して協力隊としての名刺は作ってもらいました
100枚やったっけかな

スピコンのときとか旅行中とかに
名刺交換をすることもあり、
意外とさばけました

今回作った名刺は
ずばり

フリーター用の名刺


こっち、コピー系が安いんです
コピー一枚0,2元
本一冊コピーしても安い (違反なんですけども)

名刺も安い
両面カラーで100枚20元
(ちなみに、白黒なら18元)

さっそく昨日作ってきました

といっても
この地方都市で日本語がすんなりできるとは思えなかったので
まずは
自分のパソでword文書として必要な文字を入力して
自分のメアドに送っておく
使いたい画像も画像ファイルとして送っておく

コピー屋ではネットできるパソを置いているのがほとんどなので
自分のメアドにログインして、その添付資料をDL

あとはそこのパソの画像ソフトを使って
word文書の英語もコピペ
日本語は文字としてではなく画像としてコピペ
これで変な字体の日本語であることは避けられました

配置とか、用意していた画像の色合いとかをこちょこちょ調整する

ちなみに
表面の背景ぐらい、テンプレートとしてなんかあるだろ、
と予想してたけども
「ネットから自分で探して」
と、著作権無視を推奨しているかのようなコメントを受けました

小1時間の末、
デザイン、色ともに満足できるものとなりました

名刺の印刷、といっても
店内の家庭用のプリンターでするそうです

あ、ちゃんと試し印刷もしてもらえました
インクの関係で、パソの画面と色合いが多少違ったけども
そこもその後調整

で、
事務所を通して北京で作ってもらったときは3日ぐらいかかったはずですが
ここでは
「じゃぁ、明日の朝に取りに来て」


早…
今夕方6時ですけども

そーだよねー
今からこのプリンターで10枚プリントアウトして
それを専用のちょろっとした機会でカットして
名刺ケースに入れれば
それで終わりだもんね

意外と早いんですね




PS 
…ということです、青年nuS!
不好意思!

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郷愁とはこういうことなのか

2010年09月10日 | 中国生活・張家界08年10月~10年10月

異国に来てもうすぐ2年


「ホームシックで泣く」

ということは遂にありませんでした
図太いのですね、ワタシ
でも、見方を変えれば
その分ここでの生活を楽しんでいる、ということなんですよね

さすがに
「あー、あの友達に会ってしゃべりまくりたいなぁ」
とか
「あー、大阪のあの居酒屋、また行きたいなぁ」
とか
「あー、地元のあそこを歩きたいなぁ」
とかはあったけども


今週、日本語学科にお客様が来ました

毎回ここでは「~らしい」と噂がまず立ち、
それを聞いて学科主任に確認すると
「えーと、まだわかりませんけど…」
と返事され
日程が(極度に)近づいてから
「先生、今度の○曜日に日本からお客様が来ます」
と主任や他の同僚から伝えられる

今回もそうでした

日本の某大学からの日本人
今回は学生を含め12人

「今回」といっても
ここで働いている日本人の個人的つながりの人間(友達とか家族とか…以前JICA事務所の人も)以外、
今回のように公的なお客様が来るのはかなりまれ

なぜならウチ、提携校がないので

今回の某大学の一団は
その大学の留学生別科の別科長の先生が
以前から張家界を含めたこのあたりと関係があり
今回希望者の学生を引率して来てくれた
北京から湖南省西部(「湘西」と呼ばれるここらへんのこと)を往復する旅

なぜウチの大学に来てくれたかというと
ウチの外事の長と知り合いだったから、と

まぁ「公」なのか「私」なのかは微妙ではあるかも



湖南省の観光地の鳳凰やその近郊をいくつかめぐり、
張家界に入り
森林公園(「武陵源」)を見て
当日の午前中は「天門山」という、条件が良ければ雲海も見られるとこを
あいにくの悪天候の中「エンジョイ」してから
午後、ウチの大学に日本語学科の学生と交流しに来てくれました

                      
                                            「来了!」

学部生全員参加は物理的に無理で、
「各クラスの一部の学生だけ」にはなってしまったけど
それでも
一緒に大学を歩いて
一緒に記念撮影をして
一緒にここらの少数民族の土家族の民謡を練習して歌って、
お返しに日本の民謡の「ふるさと」を教えてもらって
用意してきてくれた折り紙で鶴の折方も教えてもらい
お互いが用意したプレゼント交換もでき…

            折鶴中

初めは緊張していたこっちの学生もすんごい楽しんでくれた


そんな中、
ワタシは日本人大学生がコーラスしてくれた「ふるさと」に

なんかうるうる!
喉元にこみ上げてくるものが!


いや、ワタシの育ってきたとこには
「ウサギを追った山」とか
「小鮒を釣った川」とか
全然かけらもなかってんけど

小学校のときに習って、こっちではなかなか聞く機会のなかった日本の民謡
(「昴」とかは意外と聞く機会があったけども)
しかもきれいに男性女性でハモってくれたし
まさかこんなとこで、しかもいつも授業をしていた教室の中で
懐かしの歌を聞く機会があるなんて

この交流会の初めに自己紹介したときに
「協力隊員として来ました
 あと一カ月で2年間の任期を終えて帰国します」
って自ら言ったから余計か?


これも「郷愁」なのでしょう

            
           一応「某大学」ということで ほんとにありがとうございました

                                    

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言語の雑記

2010年09月09日 | 中国生活・張家界08年10月~10年10月

たまには本職と関係の深いネタでも

といっても未熟なワタシが考えたことなんで
まだまだな部分もあるはずですが


言語でおもしろいなと思うことの一つが
意味範囲の広さの違い

人間、目に見えるモノや現象は同じはずなのに
言語によって一つの語が表す範囲は違う

虹の色だってところ変われば数が異なる
イヌイットの雪の表現はかなり細かく別れるとも聞いたことがある
何時くらいからを「朝」と表現するかも、言語によって、文化によって違う

だからこそ
母語のAという語が他の言語のA´という語に
いつでも100%対応しているわけじゃない

その違いがおもしろいと思う

中国語と日本語もそうで
それぞれが意味を持つ漢字(表意文字)に共通しているものが多い分
悪く言えばややこしい
良くいえばなぜ違うのかが興味深い


「音」と「声」

日本語を教えるとき初級に出てくる単語だけど
中国人学習者は注意しないといけない

なぜなら
日本語は「音」と「声」を分ける
中国語は「声音」

表している範囲が違う
(この場合は中国語の方が範囲が広い)

「きれいな音ですね」
「きれいな声ですね」
この二つの発話状況は全然違うもの


中国では「舌うち」をいろんなときにする

日本のように、
「くやしい」とかの否定的な気持ちを込めて舌打ちするときもあるけど

「○○はおいしかったよー」という相手の話に対しても
「チチチッ」
(↑「いいなぁ」の意味も込めるとのこと)

話しているときに次に続く言葉を考えるときも、
思わず
「…えっとー、チッ、○○です」

もし日本企業に就職すること、というか面接を受けることがあった場合
本気で気をつけないといけない文化の違い


この「舌うち」

日本語では
「舌うち」で出る音は「音」で、「声」じゃない
日本語で人が言語を話す、意思伝達をしたい
ときに使うのが「声」なので

名詞の意味範囲が違うからこそ、それに対応して使う動詞も違う

「音を出して話す」
「声を出して話す」

意味するものは違う

この舌うちについての注意をしたときに
「舌打ちを 話す ことは日本では失礼なのですね」
と学生が使っていました


こんな1センテンスからでも学ぶこと、気づかされることが多い
日常のささいな会話からいろんな発見がある


ここでの生活が未だに飽きず、おもしろいと感じ続ける理由の一つ

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もうすぐ(やっと)新学期

2010年09月04日 | 中国生活・張家界08年10月~10年10月
8月23日や30日から、新学年の新学期がスタートしている学校が多い中
張家界のうちの大学は9月6日からです

遅!
(でもその分、ワタシとしてはより多くの街へ旅できたのでいいのですが)

ワタシは9月1日にやっと張家界へ帰宅
今学期から赴任の新しい日本人の同僚は
それより早い23日にこっちに来ていました
(ワタシほんとに遊びまわってる…)

1日に帰ってから、さっそくパソコンを起動してみると

「ネット回線切断中」

ちーん

今住んでいる大学のホテルのスタッフに聞いてみると
どうやら建物の外の回線がだめになっているとかなんちゃら
「学校の担当者に直してもらわないとだめ」
と言われました

学校はまだまだ休み
学生もまだまだふるさとから戻ってきません
(なので大学内外のお店も多くがクローズ)
先生もまだ帰っていない人もいる


今日
やっと新学期に向けた先生たちの会議が開かれ
パソコン関係担当の楊さんも戻ってきた

待っていたよ、楊さん

新任の日本人の同僚はこっちに来て以来ずっとパソを使っていない、と
そんな状態でも耐えられるそうです
ワタシは2日でだめで
昨日は事務室までネットしにいきました

照れ屋の青年・楊さんのおかげで
本日からネットライフ復活!

やっぱネットっていいな!
見たかった「しゃべくり007」も見るんだ!笑


今日、校内でたくさんの学生に会いました
新学期開始前日の明日には(ほぼ)全員が戻ってきているはず

今学期はワタシは一カ月で任期終了
(なんて中途半端な赴任期間…)
なので担当授業はナシ

新任の中国人の先生も多いことなので
同僚の中国人の先生の授業見学に力を注ごうと思っています
あとはオフィスアワーの時間を増やしたりして学生と話す機会を目いっぱい持とう
開催はワタシの任期終了後にはなるけど、スピコンに向けた準備も手伝おう


こちょこちょといろいとやって、意外と何かと忙しいラスト一カ月になりそうです
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帰国後のこと

2010年08月23日 | 中国生活・張家界08年10月~10年10月

以前ちょろっと書いた東京での仕事を含めたスケジュールが細かく決まったので


9月27日  任地から首都の北京へ上京
         よく考えたら現地に赴任してからちょうど1年11ヶ月。いよいよ活動終了
~9月30日 事務所で帰国手続き
~10月4日 中国の国慶節の連休のため、事務所クローズ
       そしてうちらはフリータイム
          こんな最後の最後でフリータイムなんて・・・何しよう
          たとえ余る日があっても入国からきっちり2年後に帰国なんて、カタイなぁと実感

10月5日  夕方出国、夜日本帰国
          成田じゃなくて羽田だそうです 近いなぁ、日本が

~10月8日 帰国後の研修 @東京

一度実家の神戸に帰る 

10月12日~11月19日
        JICA関連の仕事 @東京広尾

仕事内容は、中国から1週間短期留学に来る高校生の一団の受け入れ業務
平日はきっちりオフィスワークだそうです

今までずっと
「最低授業時間だけ出勤してればOK」
のゆるいワーキングスタイルだったんで
 (昼ごはんも毎日家で食べてたぐらいやもん)
ちゃんと日本の仕事時間に適応できるかな

ともあれ、土日が東京で遊べるので友達とかに会えるのが楽しみです
居酒屋満喫しよっと笑

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