真佐美 ジュン

昭和40年代、手塚治虫先生との思い出「http://mcsammy.fc2web.com」の制作メモ&「日々の日誌」

12月29日

2010年12月29日 23時59分24秒 | Weblog
7,268位 / 1,514,195
昨日   :11374歩
起床時間 :7時00分
血圧   :109    75
脈拍   :66
体温   :35.5℃
体重   :67.5㎏
晴れ
テレビをつける。8時歯を磨きに下に行く。電気ストーブをつけ体重を計る、冷たい、体重計。部屋に戻りパソコンの電源を入れる、布団に入り、体温と血圧。パソコンの前に座る。
9時30分妻がきて「あと顔を洗ったら出かけられるから」と、言いに来る。
きのう、妻に、市場へ朝一で行ってみようか、など約束していた、毎度の事で、すっかり忘れていた。
 急いで着替えをして下に行く。顔を洗い、妻の出かけられるのを待つ。しかし顔を洗うだけといっていたわりには、時間がかかり待たされる。
やっと車で家を出る、2つ角を曲がった所で、「子供たちまだ寝ているから、鍵をかけたほうがいいよね」つまり無用心なので暗に戻って、といっているのである。これもあれも、いつもの事。一度戻る。行こうとした道とは方角が逆になるので、別の道で行く。市場は、運良くすぐに右折できた、駐車場もかろうじて停められた。正月用品、どれもこれも、高くて手が出ない。東村山のジャパンへ行って見ることにする。野火止用水沿いの道で、右折して丁度プロの店に出る。ざっと見ておこうと寄る。ジャパンは混んでいて、駐車場に入るのに待たされる。買い物に少し口出し、冷凍の、厚焼き玉子を2種類買ってもらう。妻のお姉さんから、いろいろ送ってもらったので、と、妻はコーヒーセットを買っていた。送料の800円がもったいない。おそばとうどんの贈答品が安くなっていたので、家族まとまるならバラで買うより安いのでは、と買ってもらった。お昼作るの面倒だからと、弁当4人分買う。帰りプロの店にまた寄って、安かったカレーヌードルと、お餅、お菓子などを買ってもらう。車の中で「10,000円なんて、あっという間になくなってしまった」と、妻が文句を言っている。
 「所沢街道の。リサイクルショップへ寄ろうか、」というと「うん、行きたい」と、もう機嫌が直っている。ソファーの様になるマットを自分で買う。CDケースが安かったので三つ買う。12時半家に戻った。妻が車が汚いね、などと言っていたのでそのまま長靴を履いて、車の洗車をした。
13時、おひる。13時30分部屋に戻りパソコン、ラベル作りの続き。
14時妻と次男がユニクロへ出かけて行く。
15時20分富山の薬売りが来る。置いて欲しいというので、使わないが置くだけなら、と置く事にする。
 携帯履歴を見ると、10時23分に樋口先生から電話を頂いていた。すぐに電話をする。
「メールもして有るよ、」とも、言われ、パソコン画面を、メールに切り替えて、メールを読みながら話をした。
 おそば教室の事で、前に挨拶に行ったきりで、そのご連絡がいっていないとの事であった、ジェイコムは既に正月休みに入っているかもしれないが、電話をしてみる。営業時間が終わった時の留守電になっている、やはり思ったとおり、休暇に入ったらしい。携帯に電話をしてみる。ドコモ、の返信。この電話番号は現在使われていません。そういえば、ジェイコムはAUと業務提供したと、聞いたような気がする。電話を変えたらしい。松井さんに電話をして見る。2つの番号を、聞いていたが、どちらともドコモの使われていないと言う返信、「手塚治虫ウォーキング」のとき、どこもではない、会社支給の持ってきていた携帯の電話番号を聞いていない。仕方ないので樋口先生に電話を入れ、電話がかからないと伝え、荒明さんにメールをして沖と伝える。年明けになってしまうだろう。
 妻と次男が帰ってくる。妻は外の掃除をしている。外に行き、富山の薬売りの話をする。やはり、いらないのにと怒っている。仕方ないので「お前がいないのが、いけないのだ」と逆切れした振りをして怒っておいた。部屋に戻る、すぐの15時50分携帯に電話が入る、登録していない番号、ジェイコムさんかなと思ったら、とみた竜馬市議、「今下にいます」との電話、外を見ると掃除をしていた妻がすでに挨拶をしている。すぐに下に降りていく。
 日曜日、留守の時に見えポスターを貼らして欲しいと、次男に伝えておいてくれたので、了解の電話をしていた。忙しいのに、わざわざお出でになったのであった。
部屋に戻り、パソコンでラベルの作業。

19時20分、お隣に、資料をお貸ししにいこうとすると、妻がついでに、料理教室の案内状を届けてくれる。
 届けて、部屋に戻る。
19時40分作業に飽きて、下に行き、コタツに入っている。夕食が運ばれやがてテレビを見ながら夕食。長男20時ごろ降りてきて、一緒に食事。テレビは特番、21時になっても終わらない、食器を片付けて、部屋に戻り、黒澤作品、VHSをDVDに変換しておいた分、ラベルが無いのですぐに、わからなくなるので、ラベルを作り、プリントする。
 プリンター、また途中ストップ。プロパティからプリンターを見入ると、休止しているの表示になっている、原因は不明だ。「作業中」に切り替え、再度作業、昨日と違って2度目、今回はパニクらないで済んだ。
 22時30分「風呂が湧いたよ」と妻が呼ぶ。22時55分部屋に戻る。プリント印刷の続き。「白痴」「酔いどれ天使」「羅生門」など仕上る。0時01分前急いでプログのページを開き、適当に文字を入れ、日時を今日にまに合わせる。そのあと、プログを書き始める。1時20分になっているので、やめる
寝る前にメールをチェック。画像を作ってある事を思い出し、資料を探してみる。
前に動画机の電球に着いて書いたが、ページ用にメモしておこう。
初期の電球のほうが疲れないといわれていた。

    

 蛍光灯のほうが暑くはならなかったので、後年は、ほとんど蛍光灯タイプになってしまった。」

   

また、手塚先生が、主題歌の楽譜をピアノで弾いて聞かせてくれた話で、ピアノが置いてあった場所についてであるが。

手塚邸にはピアノが最低でも2台はあった。
 私はお母様の部屋の、GrandPianoでお母様に伴奏していただき、ベートーベンの「イッヒ・リーベ・ディヒ」やシューベルトの「アベマリア」などを歌っている。
        


社長室にいあったのはUprightPianoで場所は1階の手塚先生の仕事机のうしろに置かれていた。これは、漫画部が中村橋に引越しをした後である。
   

また別の時には、隣の部屋の、食堂に置いて有るのも見ている。
メルモの時には、同じ場所に在った。
 こちらは、比較的軽いので、移動も容易であった。

ちなみに、ピアノの調律は、何度も来てもらっているのを見学している。
また初台の頃一緒に暮した妹さんも音大に通っていたので、ピアノを持っていたはず。

仮に2階への移動も大きな階段であったので、アップライトピアノなら簡単に歩こぶことが出来た。既に1mの子ども用のアップライトピアノもあったのだから。
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1 コメント

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Unknown (KK)
2010-12-30 15:56:14
『手塚治虫物語』下巻(文庫p.84)には、手塚先生のもとにニューヨークの某映画監督から「月が舞台の近未来映画を作るので参加してほしい」と連絡がきたものの、「行けないよ…」と奥さまにつぶやく場面があります。居間ですね。そこにアップライトピアノが描かれています。幼い眞さんが『W3』ではなく『ウルトラQ』を居間のテレビで選んだ話もでてきますが、同じ場かな。
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