さて次は『4、通説の寿命式は「BHは静止していて動かない」という前提で計算されている。
しかしながら実際はBHはホーキング放射を出す事で動き回るのである。
そうなると「動いているBHと発生した仮想粒子の衝突~吸収」というプロセスでBHが仮想粒子を取り込み、ホーキング放射をだすことになる。
その場合BHは運動量とエネルギーの保存則を満たしながらホーキング放射を出さなくてはならない。
そうして、通説の寿命式はその事を考慮していない。
それを考慮すると、プランクスケールまで縮小したBHが出せるホーキング放射のエネルギーに相対論による制限がかかることになる。』についてです。
まずはBHがホーキング放射を出して、その反動で動き回る事については「・その4・ ホーキング放射のメカニズム 」で示しました。
プランク質量程にBHが小さくなるとホーキング放射で光速の10%を超える速度で動き回る事になります。
このホーキング放射の反動で動き回る事は、質量が太陽質量を超えるようなBHでは問題にならないでしょう。
しかしながらプランクスケール近傍まで軽くなったBHでは無視できない影響があります。
さてそうなりますとBHは今度は無視できない程の運動量を持ちながらホーキング放射を出す事になります。
それでこの時にこの動き回るBHを記述するのはもちろん特殊相対論によらなくてはなりません。
そうして相対論による記述を可能にする為には適切な慣性系をBHが運動する状況を記述する為の座標系として選ぶ必要があります。(注1)
さてそのようにしてBHがホーキング放射を出す事で動く、あるいは動いているBHがホーキング放射を出す、と言う状況については運動量保存則とエネルギー保存則が満たされている事が必要です。
その状況についてはすでに「・その2・ ホーキング放射のメカニズム」で示しました。
そこでは次の3つの段階について、それぞれの状況でエネルギーと運動量の保存則が満たされている事が説明されています。
1、真空が仮想粒子ペアを生み出す前
2、仮想粒子ペア誕生後、BHがホーキング放射を出す前
3、BHがホーキング放射を出した後
BHがホーキング放射を出す状況は1、に始まって3、で終わり、そうしてまた1、に戻って3、に進む、それを繰り返している事になります。
しかしながらそのいずれの段階に於いても系のエネルギーと運動量は保存されているのです。(注2)
以上の事を前提として本論ではBHのホーキング放射の状況を計算していく事になります。
そのようにしてホーキング放射を定式化した時にはたして通説がいう様に「BHの最後は爆発して消え去る」事になるのであろうか?
それがこの報告のテーマとなります。
そうしてそれはまたホーキングが言う様な「ホーキング放射を制約する条件はない」という主張を確認する事にもなります。(注3)
さてそれで実際にその計算を行う事でホーキング放射が発生する条件が定式化できます。
そうしてこれ以降、そのようにして定式化されたホーキング放射が発生する条件を示す式を「ホーキング放射の一般解」と呼ぶ事に致します。
注1:つまり「BHが動く」と言った時に「いったいどの慣性系に対して動いているのか」が問題となるのです。
この問題はそれ自体で大変に重要な事柄を含んでいるのですが、ここではその事に対して深入りする事はしません。
そうしてここでの適切な座標系の選び方=適切な慣性系として採用するものは「BHがホーキング放射を出すことで宇宙の運動量の合計は変化しない」、それはつまり「ホーキング放射は運動量保存則を満たすように起こる」という事を指摘しておけば十分でしょう。
従ってここで設定されている慣性系は「ホーキング放射が運動量保存則を満たす慣性系である事」を条件として設定されている事になります。
注2:以上の内容の詳細につきましては「・その2・ ホーキング放射のメカニズム」を参照願います。
注3:ホーキングは明示的にはそのようには主張してはいません。しかしながら実際はホーキングもBHの寿命を計算しており「BHの最後は爆発して消え去る」と主張しています。
そうであればホーキングは「BHが存在した場合はホーキング放射を制約する条件は何もない」という主張をしていると見なす事が出来ます。
追記:黒体放射近似の限界について
前述した1から3番までの制約条件はいずれも黒体放射に基づく寿命式の導出そのものに異議をとなえるものではありませんでした。
そうして黒体放射では放射は連続して起きるものである、として扱っています。
しかしながらホーキング放射は基本的に離散的に起きる現象です。
従って黒体放射の連続近似はBHの質量がプランクレベルに近づくにつれて成立しなくなります。
その限界がどのあたりにあるのか確かめておきます。
ここまでの話はBHを黒体とみなした、黒体放射を前提としたものでした。
そうして黒体放射そのものは一つ一つの発生してくる光子に注目するならば明らかに離散的な現象です。
しかしながら短時間に多くの光子が黒体温度に対応したプランク則に従って発生する為にそこでは統計的な扱いが可能となっています。
そうしてその様な状況を前提として通説の寿命式は成立しています。
しかしながらBHの質量がプランクスケール近傍にまで小さくなりますと、ホーキング放射を黒体放射で前提としていた統計的な扱いが出来なくなります。
それはつまりはプランクスケールでの現象を記述する時間単位はプランク秒である、という事の別の表現でもあります。
そうしてプランク秒の目でプランクスケール近傍にまで到達したBHのホーキング放射を観察するならば、それは個々のホーキング放射が全体としてはホーキング温度に対応したプランク則が与える確率分布に従うのですが、一つ一つのホーキング放射はランダムに発生している、ととらえる事になります。
そうであればそのレベル以降のBHの寿命の推定は黒体放射を基礎とした通説の寿命式に従うのではなく、ランダムに発生するホーキング放射をシミュレートした計算が必要になるのです。
追記の2:通説の寿命式ではホーキング放射を制約する条件は何も無い事になっています。
その為にその寿命式はBHに質量がある限りホーキング放射が可能である、という前提にたっています。
しかしながら個々のホーキング放射を見ていった場合、BHの質量がプランクスケールにまで到達するとそこでは相対論による制約がかかってくることが分かります。
その制約はBHが運動している方向とそこに飛び込む仮想粒子の方向に関係し、そしてその仮想粒子が持っているエネルギーに関係します。
それで仮想粒子のエネルギーに注目するならば、その制約条件はローパスフィルターになっている、と言えます。
つまりは「所定のエネルギーより高いエネルギーを持つ仮想粒子はホーキング放射を起こさない」という事がわかるのです。
そうしてその事はプランクスケールに至るまではプランク則を満足する形で黒体放射の分布をしていたホーキング放射スペクトル分布がもはや黒体放射ではなくなる、という事を意味しています。
つまり「プランクスケールまで到達した以降のBHの寿命は黒体放射に基礎を置く通説の寿命式では計算できない」という事になるのです。
追記の3:実はホーキング放射のスペクトル分布がプランク則からずれている、という話は1番目の制約条件、それは「ホーキング放射はホライズン直近の場所からのみ発生するのではなく、ホライズン上空に広がっている空間からも発生する」という「多層空間放出モデル」からも出てくる結論です。
その状況を簡単に言えば「ホライズンから離れた場所で仮想粒子が対生成する事を認めるモデル」ですので「対生成場所がホライズンから離れるに従ってその場所のホーキング温度は低下します。」
そうであればホーキング放射のスペクトル分布は単一のホーキング温度に対応したものではなく、多層に重なっているホーキング放射が発生する場所のそれぞれのホーキング温度に対応した黒体放射スペクトルが重なったものになると予想されます。