第二次ベビーブームの時代、
私は御多分に漏れず産まれた。
おはようございます。
3000グラムを超える大型新生児だった。
そのまま3年間、鍛錬したおかげで、
ハイハイから一人歩きを会得し、
食事に至っては、力強くフォークをぶん投げるくらい
肩が仕上がっていた。
こうして、いざ、ドラフト指名の時が来たわけだが、
あろうことか、私は期待に応えられず、地元の保育園の抽選に漏れた。
そんな、活躍の場を失ったと思われた私は、
ベビーブームに伴う我が町の救済制度のおかげで、
本来、良家の子どもしか通えないような、
ハイカラな幼稚園へ通えるよう計らってもらえた。
そこは、高台に美しい教会が立つ『カトリック』の幼稚園だった。
『カトリック』とはなんぞや?と問うたことさえない。
ただひたすら、食って寝て、鼻をほじる癖が身に付いてしまったがゆえ、
すぐ鼻血を出しては叱られる大型幼児は、
『カトリック』というカタカナも書けないどころか、
イエス・キリストの存在など、知るはずもない。
神の御心などどこ吹く風、洒落たレストランへ連れられても、
「らーめん、らぁーめん」と連呼する姿は、まるでオーメンだった。
そんな私が、幼稚園では、
おやつの時間に、神にお祈りをすることを教えられた。
それを手取り足取り教えてくれたのが、
黒いほっかむりをしたシスターだった。
私の記憶では、おそらく3人のシスターに教えてもらったが、
どのシスターも同じ黒いほっかむりをしているから、
眼鏡有り無し、或いはお姉さん、おばさんとしか区別できないまま、卒園に至った。
どのシスターも、こんな私にも聖母のごとく優しかった。
そして、大地の母のように逞しかった。
外でぼーっとしていれば、
「おかっぱちゃん、ほら御覧なさい。」
と、慎ましやかな微笑みと共に、大きな蜂を手掴みで見せてくれ、
泣くな!ドン引きな!愛せ!という心を鍛えられ、
お行儀の悪いことをすれば、シスターは断罪を憚らなかった。
「おかっぱちゃん、教会で静かに考えなさい!」
このシスターの言葉は、園児にとっての恐怖の黙示録だった。
暗い教会に、独りで閉じ込められるのだ。
いわゆる、お仕置きだ。
私は、暗い教会は嫌いではなかった。
独りで考えるという事はしないタチだったが、
独りでぼーっとしていられる点においては好ましかった。
がしかし、静かで清らかな教会の中にいるからこそ、
悪魔はすぐ側に、表裏一体なのだという事を知った。
その象徴が、教会の裏に棲み処をもつ、ジャックだった。
真っ黒で大きな犬、それがジャックだ。
幼稚園の飼い犬だけあって、普段は穏やかな犬だった。
しかし、傍若無人な幼児であっても、ジャックに決して失礼な行為はしなかった。
ジャックと遊ぶ時は、騒いだりせず落ち着いて接するのが暗黙のルールとなった。
その訳は、ジャックが大きな犬だったからでも、
大人たちの指導があったからでもない。
あの日、
私は、お掃除の時間、ふざけて机と椅子とで積み木遊びをしていた。
5歳にして、自分の背の倍あろうかという高さにまで、
机と椅子を積み上げる悪行を成す、馬鹿力に成長していたのだ。
「おおおお・おかっぱちゃんったら!もう独りで考えない!!」
若いシスターは悲鳴に似た声で、そう告げた。
それも仕方のないことだ。
いつ崩れてもおかしくない程、不安定に積まれた机と椅子の下から、
仰向けでシューっと滑り出てきた私を発見すれば、誰しも驚く。
私はシスターの後をついて、部屋を出た。
空は眩しい程、素晴らしく晴れ渡っていたが、
私は広場で遊んでいる良い子達を素通りし、
薄暗い教会の中へ吸い込まれるように入って行った。
真正面には、イエス・キリストが十字架に張り付けられる影。
暫くすると、微かに唸り声が聞こえてきた。
「グゥゥゥゥ、ガルゥゥゥゥ」
私は、イエス様が唸っているのかと思い、ハッと身をかがめ
耳だけを立たせた。
すると、けたたましい悲鳴が聞こえてきた。
「バサバサバサバサ、ゴケーッギャギャッ」
なに?なに?
まさか・・・悪魔?
この時、私の耳にはまだ、
「私が迎えに来るまで、ここから出てはなりません」
というシスターの静かな言葉が鮮明に繰り返し響いていた。
何度も繰り返される。何度も。
私は、その言葉を振り切るように走って、教会の扉を勢いよく開けた。
「眩しい!」
日射しに目が慣れなない。
けれど私は、逃亡者のように必死で教会の裏へ回った。
そこに見えたのが、
ニワトリを咥えた、真っ黒なジャックだった。
「ぎゃーーーー、シスターーーシスターーーー!!」
幼児達が、ジャックに一目を置くようになったのは、
あれ以来だったと記憶している。
だからといって、ジャックは何も変わらなかった。
シスターからは、お咎めなし、あるがままを受け入れられていた。
幼児達には、悪魔の姿をした神様みたいな存在になっていた。
高台の教会は、今も立ってる。
その裏には、今頃ジャックも真っ白な骨となって眠っているのだろう。
最近よくジャックを思い出す。
たれ蔵が、何か食べている姿が、悪魔的で、ジャックに見ているからだ。
たれ蔵、待ちきれず立ち食いだ。
うふふふ、凄い恰好で~
出た、悪魔的!