八十八夜

学生時代から大好きなマンガの2次小説です

まやかし婚112

2022-01-31 08:00:00 | まやかし婚(完)

 

 

絹のような手触りの黒髪と、お互いに際立たせる為にあるような白い首筋。

呼吸のたびに微かに上下する胸。

ジャケットを着ていてもわかる、ウエストの細さ。

白くて細い脚。

 

俺は無防備にソファーで横になっている牧野の姿を目で楽しんだ。

そして、俺は牧野に覆いかぶさった。

 

「イヤ!」

「ちょっと!どいてよっ!」

「なによっ!バカっ!」

「もう、なに考えてるの?」

こんなことを言うバカでかい牧野の声が、直ぐに聞こえてくるのを予測していた。

 

いや、牧野のことだからスゲー力で殴ってくるか?

足蹴りも覚悟しておいた方が良いかもしんねー。

 

滋の報道以来、俺の中で燻っていた思い。

俺を見ろ!少しくらい妬けよ!

俺の気持ちに気付け!!

 

いつまでも出会えるかどうかわからねー、教師を追い求めんじゃねーよ。

こんなに俺が想っているのに、なんで全く気付かねーんだよ?

どこまで鈍感なんだよ?

 

俺が覆いかぶさったのに全く無抵抗な牧野。

不思議に思うと…。

 

牧野は小さい寝息を立てて、幸せそうに寝ていた。

俺が覆いかぶさっているとも知らねーでスヤスヤ寝ていた。

 

俺が初めて見る、牧野の寝顔。

すげー可愛い。

学生くらいに見える顔が、ますます幼く見える。

 

鈍感、依然の問題だ。

男と住んでいるんだぞ!

無防備すぎねーか?

 

・・・・・。

それとも、こいつは俺のことを男として意識すらしてねーのか?

俺はお前が好きだから、大切だから我慢しているんだぞ!

これがどれだけ大変なことかわかっているのか?

 

この時、牧野は俺の腕に頬を寄せてきた。

俺の全身がカッとなる。

そんなことも全く知らねーで、少しだけ笑っているかのような寝顔。

 

俺の腕に、牧野は甘えるかのように頬ずりしてきた。

牧野の柔らかい頬が、サラサラな髪が俺の腕をくすぐった。

そして、もっと柔らかい牧野の唇が俺の腕に触れた。

 

おいっ!

いくら寝てるからってそれはねーだろっ!

牧野が寝ていることも、無意識でしているってことも嫌なほど理解している。

 

我慢だ、俺。

我慢、我慢、がまん。

がまん、がまんがまんがまんがマンガ!?

 

我慢じゃだダメだ。

理性だ、俺。

理性、理性、りせい。

りせい、りせいりせいりせいりせいり、整理!?

 

何考えてんだ?俺は…。

我慢と理性はどこに行ったんだ?

 

俺は大きく息を吐き出し、牧野を抱きかかえた。

あの日も思ったが、こいつって軽いよな。

あんなに食っているのに、なんでこんなに軽いんだ?

 

牧野に覆いかぶさった時─────。

あの時の俺は、嫉妬からこいつを無茶苦茶にしたかった。

 

正直あの一瞬は、学生時代に荒れていた時の俺が戻ってきたような感覚になった。

でも、こいつが俺の腕に頬ずりしてきた瞬間にそれが静まった。

薄まったと同時に、愛おしいとか大切にしてーって思いが出てきた。

 

守ってやりてーとか、俺より大切にしたいって思い。

誰にも渡さねー。

天草にも織部にも、他の誰にも絶対に渡さねー。

 

静かに大切に、軽すぎる牧野を俺のベッドに下した。

俺は牧野が気になって、空調なんて全く気にしていなかった。

 

が、アルコールで温まった牧野の体に肌寒く感じたのか、ベッドで小さくなった。

その牧野の隣に、俺は素早く潜りこんだ。

 

俺の体温が良かったのか?掛けたシーツに安心したのか、牧野は小さくしていた体を元に戻した。

俺は牧野の頭の下に、自分の腕を通す。

俺の人生初の腕枕。

そして、もう片方の腕を牧野の腰に回した。

 

俺はこいつの部屋に勝手に入るのは禁止されているから、仕方なく俺の部屋のベッドに運んだんだ。

あのままソファーで寝てしまったら、こいつが風邪を引いてしまうだろ。

こんなことを頭の片隅で思いながらも…だな。

 

健全な成人男性としては、好きな女と同じベッドにいるんだ。

イロイロしてーって思う。

 

でも、それは思いが通じた時だ。

俺はスゲー我慢してんだから、一緒に寝るくらい許せよ。

 

これが、スゲー難しいことだった。

牧野は時々「ぅん…。」って言いながら、吐息をはく。

 

これが俺の胸元をくすぐる。

ここまでは、下半身に緊張が走ったが耐えることが出来た。

理性だ、俺。

 

しばらくすると、俺と牧野の間にあったはずの牧野の腕が動き出した。

無意識だろーが、牧野は俺の背中に腕を回してきた。

これにより、俺と牧野の距離が縮まる。

 

!!

牧野の柔らかい胸が、俺の胸に押し当てられる。

 

と、同時に

ズンっ!!

俺の下半身にますますの緊張が走る。

 

理性、理性だぞ、俺。

生理でも整理でも無いぞ、俺。

 

好きな女を抱き締めて寝るって、こんなに大変なことなのか?

どうやって寝るんだよ?

寝る自信がねー。

 

俺の思いとは裏腹に、俺の胸の中で牧野は安心したように眠っている。

そんな牧野に俺は、触れるか触ねーかくらいのキスをした。

 

俺がこいつの─────。

未来の本当の旦那になることを祈りながら。

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。


本日18時に昨年のお話ですが、司くんの誕生日の話をアップします。

お暇な時にでもお読みください。


まやかし婚111

2022-01-30 08:00:00 | まやかし婚(完)

 

 

牧野が帰ってこねー。

あいつ、何しているんだ?

 

俺はいつものように、牧野の帰社一時間後に会社を出た。

いつもなら、俺が帰宅すると既に牧野が帰宅している。

 

あいつは、この契約が終わるまで飲み会は極力行かねーって言っていた。

イライラしながら西田に連絡をする。

西田も知らないようだった。

 

でも、この時西田から俺は嫌なことを耳にした。

あいつは、時々天草と駅まで一緒に帰っているらしい。

 

なんで、天草と一緒に帰る必要があるんだよ!

このペントハウスは、道明寺東京支社から徒歩圏内だっ!!

 

毎日メシは牧野が用意する。

律儀なあいつは、自分が同窓会で出掛ける日も俺の夜メシを用意して行った。

一度だけ急に織部とメシに行った日もあったが、その日も事前に連絡してきた。

 

急用ができたのかって思いスマホをチェックしても連絡はない。

何かあったのか?って不安に思い、牧野に電話をする。

が、数回コールが鳴った後で無機質なアナウンスが流れるだけだった。

 

何かあったのか?

事件か事故に巻き込まれたのか?

 

どこに行ったんだ?

あいつ、帰ってこねーつもりか?

まさか無断外泊とかしねーよな。

 

俺はリビングと玄関を何回もイライラしながら往復した。

なにしているんだよ?

 

俺は何度も何度もスマホをチェックした。

玄関が気になってしかたねー。

 

俺が無断外泊した日は、あいつはどんな思いでいたんだ?

少しくらい俺のこと心配してくれたのか?

 

玄関に移動すると、1ミリたりとも動かねードアを蹴り飛ばしたくなる。

防音のこのドアなのに外から足音がするんじゃねーかって耳を澄ましている俺。

 

俺は玄関で、牧野が無事に帰ってくるのを待った。

何しているんだよ?俺。

 

アイツの事を、なんでこんなに心配しているんだよ?

なんで、俺はこんなにイライラしているんだよ?

なんで、俺はこんなに焦っているんだよ?

 

まだ、無断外泊ってわかったわけでもねぇ。

もしかすると、いつも一緒の女たちとメシを食いに行っているだけかも知れねーんだぞ。

 

イライラがピークになった21時過ぎ。

俺は警視総監に連絡しようとスマホをタップした。

 

その時!!

ガチャって音と同時に、目の前の玄関のドアが開いた。

牧野は一瞬、目の前にいる俺にポカンとした。

 

俺は、牧野を見たこの瞬間─────。

牧野の異変に気が付いた。

 

牧野は俺を見て笑った後、話してきた。

「牧野つくしぃ、ただいま帰ってきましたぁ。」

 

いつもの声、いつもの話し方とは全く違う。

初めて聞く鼻にかかったような甘えた声。

そして、大きな目がいつもよりトロンとしてる。

 

目のまわりがうっすら赤くて色っぽい。

そして、確実にいつもより潤んでいる。

頬も上気させ、足元がよろめいている。

 

こいつ酒を飲んできた!

直ぐに判断できた。

 

牧野が俺の横を通り過ぎる。

いつもの牧野の香りとは違う匂いがする。

 

牧野独特の優しくて甘い香りが全くしねー。

アルコールとタバコの匂いが鼻についた。

不快な匂い。

こいつに全く似合わねー匂い。

 

誰と飲んできた?

誰と一緒だった?

 

直帰だった天草とどこかで会ってきたのか?

強烈に湧き出す俺の中での嫉妬。

 

廊下を歩く牧野の足取りはおぼつかない。

そのまま、牧野はリビングのソファーにゴロンと寝転んだ。

少し気怠いのか、牧野は潤んだ目を軽く閉じた。

 

「誰と一緒だった?」

俺自身が、ビックリするような低い声が出た。

 

牧野は、少しだけ体をビクンとして答えてきた。

「織部くぅん。」

あ?織部だと?

 

牧野は、織部の名前を言った後、軽く息をはき出した。

「ぅうん。」

この鼻にかかった声が妙に色っぽい。

 

「二人きりで?」

「そぅ。」

俺の質問に気怠そうに答える牧野。

 

牧野の少しだけ開いた口から目が逸らせねー。

牧野が酒を飲むとこんな風になるのか?

 

くそっ。

これを織部が見たのか?

いつもの牧野から色っぽく変わっていくところを。

 

「俺は、お前に外で酒を飲むなって言ってなかったか?」

「ぅん。」

この返事すら、いつもと違って甘えたような声。

 

「お酒って美味しんだねぇ。織部くんがぁ、初めてならカシスオレンジってのとぉ、シャンディガフぅが良いってぇ…。言ってくれたんだぁ。」

 

織部の選んだのは、確かにアルコール度数の低い物だ。

初めて酒を飲む女にはピッタリな酒だろう。

 

比較的新しいカクテルで裏に隠れている言葉もない。

でも、その甘さに騙され、酒の弱い奴なら完全に酔ってしまう時もある。

 

牧野は、それをわかった上で飲んだのか?

それをわかっていて、織部は牧野に飲ませたのか?

増々イライラしだす俺の感情。

 

牧野と織部が2人で過ごしたってことにイライラする。

牧野が酒を飲んだってことに、腹が立つ。

どんな風に、織部と話して笑ったんだよ!

 

自分の中でわかる。

今、学生時代の赤札をしていたような頃のイライラした感情が湧き上がってきた。

コントロールなんか出来ねぇ。

 

ソファーで横になっている牧野は、完全に無防備だ。

スカートの裾から伸びている牧野の白い脚に、俺の目が釘付けになる。

俺の中で湧き出す男としての感情。

 

この急激に芽生えた、卑劣で自分勝手な思いに俺は支配される。

俺のモノにしろ!

こいつは俺の女だ!

戸籍上でも本当の夫婦だ!

 

本当の夫婦になって何の問題がある?

契約なんて俺は知らねー!

こんな思いに支配された俺は、牧野が横になっているソファーに静かに近づいた。

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。


まやかし婚110

2022-01-29 08:00:00 | まやかし婚(完)

 

 

無断外泊しても、牧野の態度はいつもと一緒だった。

何が《つくしちゃんがヤキモチ妬く作戦》だ。

滋との報道に俺の無断外泊も、牧野には全く関係ないことだったのが証明されただけだった。

 

確かに最後まで諦めねーって決めたのは俺だが…。

文句や嫌味の一言でも言ってもらいたい。

 

俺に何も言うことなく美味そうにメシを食っている牧野を見て、さすがに凹みそうになった。

決心したその日に凹んでどうすんだよ、俺!!

凹んでる暇なんてねーんだぞ!

 

 

 

どんなことがあっても、どんなに辛いことが起こっても─────。

パパの衝撃的な闇金事件の時と同じように、時間だけは誰も裏切ることはなく平等にやってくる。

 

幸せな人にも、不幸な人にも

お金持ちにも、貧乏人にも

どんな人にも世界中の人に、時間だけはみんな平等。

 

辛すぎて心が死んでいるような私にも朝がくる。

私が担当している仕事も増えてきたのが良かったのかもしれない。

 

忙しく仕事をしていると辛い気持ちも薄れていく。

一番の問題は─────。

道明寺と私が、今は期間限定でも夫婦って事が問題よね。

 

仕事に集中して、昼休みや仕事後に笑って過ごしても、家に帰ると道明寺が帰ってくる。

今の私の家が、道明寺の家だから仕方ないことなのかもしれないけど…。

 

あの無断外泊以来、道明寺は毎日帰ってきている。

毎日帰ってこなくても良いのにって意地悪なことを思ってしまう私と、どこかでホッとして嬉しく思っている私がいる。

それなのに、大河原さんは契約結婚している私がいるなんて知ったら嫌だろうなって思ってしまう。

 

契約結婚とはいえ、自分の好きな人が他の女の人と一緒に暮らしているなんて…。

私なら耐えられないよ。

気持ちが通じていても絶対に辛いと思うんだけどな。

 

私も、年が明けたら─────。

道明寺との契約が終わって、あいつが大河原さんと結婚したら辛く思うのかな?

それでも、私は道明寺の幸せだったらいい。

 

いや、ちょっと待って。

・・・・・。

道明寺と大河原さんにとって、私の存在はスゴク邪魔なはず。

 

私もこんな状態で道明寺と過ごすのは辛い。

もしかしたら、道明寺はこんな契約さっさと終わらせたいって思っているんじゃないのかな?

私が道明寺と一緒に過ごす時間は、私が思っているのより短くなるかもしれない。

 

9月最終の金曜日。

営業部にお邪魔していた時に、織部くんから珍しく念押しで頼まれた仕事。

「絶対に牧野さんがしてくださいね~。」なんて言ってきた。

 

目を通していたら次のページに貼られた黄色の付箋。

《今日メシに行きませんか? 織部》

こんな文字の下に《YES・NO》と書かれていた。

 

家に帰っても、道明寺が帰って来る。

もしかすると、契約結婚中だけでも帰らないといけないって西田さんから言われたのかもしれない。

 

そんなこと気にしてくれなくていいのにね。

今更だよ。

大河原さんと付き合っていることも、キスしたことも、お泊りしたことも知ってるよ。

 

契約だからって帰ってきて欲しくない。

それとも、道明寺はこの契約自体を解除したいのかな?

 

最近、道明寺から感じる『話があるオーラ』

何となく聞きたくなくって、用事があるふりしたりして無視しているけど…。

 

あいつって、誰かと結婚しないといけないから私と結婚したんだよね。

本命の彼女が出来たら、その人と結婚したくなるよね。

 

なんとなくこのモヤモヤした気持ちを吹き飛ばしたくなって────。

私は付箋の《YES》の文字の上に〇をして、仕事に取り掛かった。

この時点で帰宅が遅くなるってわかっていたけど、道明寺には連絡しなかった。

 

 

夜、仕事が終わった織部くんと向かったのはイタリア風の居酒屋。

前と同じように、織部くんは私にソフトドリンクを進めてきた。

でも、私は初めてお酒を頼んだ。

 

きっかけは、織部くんの言葉。

「酒って、嫌なことや辛いことを忘れられるんですよね。楽しくなる。」

「仕事でミスした時とか、疲れた時に飲むと最高ですよ。」

 

《嫌なことや辛いことを忘れられる》

この言葉に惹かれた私は、織部くんが選んでくれたお酒を飲んだ。

 

織部くんが選んでくれたお酒は、甘くておいしかった。

その上、織部くんが話してきてくれる、地元の話や仕事の話が楽しい!

 

確かに、気分がいいかもしれない。

ずっとニコニコ笑っていられる。

 

嫌なことばかりだったのが薄れた。

この時だけは、道明寺への気持ちが薄れた。

無断外泊のことも、大河原さんのことも薄れた。

ずっと、突き詰めて苦しくなるほど考えていたけど楽になった。

 

道明寺に連絡していないけどいいよね。

大人なんだから大丈夫だもん。

そう、私は大人だから大丈夫。

外でお酒を飲むなって言われていたけど、あいつの言うことなんて誰が守るかっつーの!

 

あいつの夜ご飯も作っていない。

勝手になにか食べるでしょ。

 

無断外泊より、マシ!

いい大人なんだから外泊する時くらい連絡しろっつーの!

私もいつか無断外泊してやるー!!

 

お酒ってスゴイ。

ここ数日悩んでいたことが軽くなる。

ウフフ。

私は、初めて飲むジュースのように甘くて美味しいお酒を楽しんでいた。

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。


まやかし婚109

2022-01-28 08:00:00 | まやかし婚(完)

 

 

この契約が始まって初めて道明寺が外泊した。

きっと大河原さんと会っている。

 

無断外泊。

確かに『彼女とお泊りしてきます。』なんて言いにくいよね。

 

でも、私はすごく悲しくって辛い。

もう二度と笑えないって思えてしまう。

 

それにしても…

大河原さんとの報道があって、その翌日に外泊かぁ。

 

じんわり涙が浮かんでくる。

なによ。

私には、色々とうるさく口出ししてくるのに。

自分だったら良いんだね。

 

これからもこんな風に帰ってこない日があるのかな?

大河原さんとの報道があった今、私から電話することは出来ない。

 

正直、昨夜は一睡も出来なかった。

もしかしたら、帰ってくるのかなって思ってしまった。

もしかしたら、連絡があるかもしれないって何度もスマホの画面を見た。

そんな思いも時間と共に失望に変わった。

 

一晩中、玄関の方へ意識が集中していた。

今も玄関に全ての意識が向いている。

でも、玄関からは何も音がない。

 

涙が溢れそうになる、

でも、もう泣かないって決めたの。

 

私はいつも通りの生活をする。

なんどもこんな風に思うのに、いつの間にか私の思考は道明寺へとなっている。

 

そして、大河原さんに嫉妬してしまっている。

大河原さんのことを、羨ましいだとか、憎らしいって気持ちに支配される。

 

こんなことを思う私って嫌だな。

すごく醜い人間になっている。

パパの借金で英徳を退学しないといけなくなった日ですら、こんなに醜い思いを抱かなかったのに…。

 

私は、こんなことを思う立場なんかじゃないじゃない。

一年の期間限定のあいつの奥さん。

 

ある意味、好きな人と結婚して、一年だけでも一緒に生活をするなんてスゴイことなのかもしれない。

こんな風に、頭で思う。

でも、気持ちはこんな風に割り切れない。

 

私は、本当の奥さんにはなれない。

道明寺と私は、一緒に住んでいるってだけだもん。

 

道明寺に好きな女性がいるってことが、辛くて悲しい。

その女性が私じゃないってことが、心臓を抉られたような気持ちになる。

 

そして、あの報道を知ってから…。

私の心を、ずっと蝕んでいること。

 

道明寺が、大河原さんとキスしたってこと。

道明寺が、大河原さんとホテルに泊まったってこと。

ここから、私の思考が離れられない。

ホテルに泊まったって決定的だよね。

 

一緒に住んでいても、女として見てもらえない私。

妻だけど妻になれない私。

 

今になって、道明寺に言われたあの言葉がグサグサと胸に刺さる。

《貧相》で《運が尽きる女》の私。

女として、見てももらえない。

 

そんな人と、あと数か月も一緒に生活をしないといけないなんて…。

もうやめよう、考えるの。

私のことなんとも思ってない人のことなんて考えても仕方がない。

 

そう思っているのに…。

急激に芽生えた道明寺への想いは、私自身が困るほど大きくなっていた。

 

 

 

無断外泊した。

あいつを一晩、ペントハウスで一人にさせてしまった。

 

俺の自分勝手な都合で、しかも連絡すらしなかった。

あの不必要に広いリビングで、一人でメシを食う牧野が頭に浮かぶ。

俺、スゲー悪いことをしてしまった。

 

俺はまた大きな溜息をつき、スーツに着替え出社した。

メープルから出社するなんて、あいつと暮らすようになって初めてのことだ。

 

滋との報道以来、さすがの西田も一切何も言ってこねー。

昨日の無断外泊についても一切何も言ってこねー。

 

いつもなら耳を塞ぎたくなるくらい言ってくる嫌味も文句も一切ない。

なんで俺が史上最大に困っている時に、何も言ってこねーんだよ!

どうやら、俺はそんな顔をしていたらしい。

 

「情けないバカ面ですね。こっちまで辛気臭くなります。」

西田が平然とした顔で言ってきた。

 

確かに俺はバカだ。

反論する気も起らねー。

 

西田は追い討ちを掛けるように、俺に言ってきた。

「どうなるかと思っていた司様の初恋でしたが、案外早くに決着がつきましたね。失恋の痛手を忘れるには仕事です。さ、本日の予定はタブレットの方へ送信しましたので目を通して下さい。」

 

俺が失恋?

来年の俺の誕生日に、あいつを教師へ送り出すのか?

 

いや、無理だ。

あいつを手離すことなんて出来ねー。

一晩離れてしまっただけで、こんなに後悔ばかりの俺がいる。

 

牧野が無断外泊したら、俺は絶対に許さねー。

夜中でも探しに行くはずだ。

 

こんなにまで想っている牧野に、なんでドス黒い思いを抱いたんだよ。

何をやってるんだよ、俺。

 

俺は、何の為に無断外泊をした?

結局、どう悩んでも何があっても!!

俺はあいつを諦めない。

 

なんで俺が気持ちを隠し通さねーといけねーんだよ。

なんで、あいつを教師へ送り出さねーといけねーんだよ。

 

絶対に俺は諦めねー。

あと4か月しかねーけど、最後の最後まであがきまくってやる!

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。


まやかし婚108

2022-01-27 08:00:00 | まやかし婚(完)

 

 

翌日、土曜日でも俺はいつもの通り出社した。

西田からは執務室に入るなり嫌味を言ってきた。

「その年で初恋の司様が、ヤキモチを妬かせたいなど無謀だと思わなかったのですか?ヤキモチとは、準備して妬いてもらうものではありません。こんなことまで教えないといけない秘書は私くらいです!!!」

 

確かに西田の言うとおりだ。

ヤキモチは準備して妬いてもらうモノじゃねー。

 

そして、俺の気持ちが牧野に通じることなんてことは奇跡に近い。

今日、何度目かの大きな溜息が出た。

 

俺の視線の先には海外から届いた荷物が二つ。

封を開けなくても何が届いたのかわかる。

俺は、また大きく息を吐き出した。

 

その日の仕事が終わると、初めてペントハウスには帰らなかった。

俺は、年間キープしているメープルの部屋へ向った。

この部屋に入るのは俺の誕生日以来。

 

俺は、ローテーブルに部屋中の酒を並べた。

今夜は片っ端から飲むと決めていた。

酒を飲みながら、俺は一つ目の箱を開けた。

 

1つはイタリアからで、牧野の為に特注した土星の形をしたネックレスが厳重に梱包されていた。

プラチナの土星の土台に、小さなダイヤモンドを散りばめた。

このダイヤモンドも、カラット・カラー・クラリティ・カットから俺が自らイタリアの工房と何度も連絡を取り合って俺が選んだものだ。

 

ホワイトデーの日にバレンタインのお返しを渡すことを知った俺は、スマホで牧野の喜びそうなものを探していた。

その時、偶然、俺と牧野が土星人だってことを知ってイタリアの工房に連絡したんだ。

 

なんで、今になって届くんだよ?

少しだけ前に届いてくれていたらっつー思いが出てくる。

 

夏に牧野との距離が、少しずつ近くなりだした。

俺の望んでいた方へ────。

 

あの時に届いていたら、直ぐに渡すことができたはずだ。

滋との報道が出てしまった今、どうやって渡したらいいんだよ。

 

花火大会も仕事さえ入らなければ、あいつと一緒に行けたはずだった。

夜空を彩る花火を、俺が選んだ浴衣を身に付けた牧野が喜ぶ顔を見たかった。

 

それなのに、俺が欲を出してしまった。

赤札の謝罪もまだなのに、あいつらの口車に乗せられて…。

いや違う、俺が自分で選んだ。

 

牧野が少しでも妬いたらいいって。

少しくらい、俺がいつも抱いていたドス黒い気持ちになれなんて思ったんだ。

 

なんで、あんなこと思ってしまったんだ?

牧野を見ていたらわかるだろ。

ドス黒い思いなんてするべきじゃねーって事くらい。

 

楽しみにしていた約束の花火大会も仕事でドタキャンした上に、何で俺はサルとのウソのゴシップを自ら流してしまったんだ?

しかも、その花火大会もサルと一緒に俺の執務室で見たことになってやがる。

 

後悔ばかりが出てくる。

自分のしでかしたことへの情けなさに、溜息が出てくる。

俺は、次々酒に手を伸ばした。

 

酒を飲んでいる間に、アメリカの姉ちゃんからの荷物を開ける。

中には、あの日、姉ちゃんがカメラマンになりきって撮った俺たちの写真が大量に入っていた。

 

タキシード姿の俺と、ウェディングドレス姿の少し困ったような表情の牧野。

1月の寒空の下、寒そうにしている牧野も写っている。

 

姉ちゃんが大量に撮った写真。

あんなに時間を掛けて何を撮ったんだって、思うような写真ばかり。

 

その大量の写真の中から1枚。

ザッと見ていた写真で、唯一この1枚だけが俺の目に留まった。

 

それは、俺があいつのことを意識した瞬間の写真。

牧野を抱きかかえている俺の顔を見ると…。

 

自分でも信じられねー程の優しい顔をした俺が牧野を見ていた。

牧野も俺を見つめていた。

 

マジで愛し合って結婚するような二人がそこには写っていた。

これこそ、なんで今になって届くんだよ?

 

柄にもなく、目の奥が熱くなる。

写真を見て泣くってなんだよ。

 

あいつを好きになって、何度目なんだよ?これ。

それでも、俺はこの1枚だけを折れたり曲がったりしねーように、大切にビジネスバックの中へ入れた。

 

酒を飲みながら昨夜のことを思い出す。

報道見たなら、少しくらい妬けっつーんだ。

 

綺麗なんかじゃねー。あいつは、サルだ。

お前の方が綺麗だ。

 

「私も素敵な人、見つけないとね。」

ヤベー。

思い出すだけでも、俺の心臓を抉ってくるこの言葉。

 

そうだよな。

あいつは、学生時代にバカなことをしていた俺のことを最初から嫌っていた。

 

教師との結婚だけを望んでいたんだ。

俺はまた新しいボトルの封を開けた。

アイツの前で、こんな醜態をさらせねー。

 

あいつが少しでも俺のことを思ってくれているのなら、素直に何もかも言えるかもしんねー。

でも、牧野の心にいるのは、俺じゃねー。

 

どうしたらいいんだよ?

自分の気持ちと、牧野がずっと想い描いていた教師との結婚。

 

頭のなかでは、牧野の気持ちを優先させるってことがわかっている。

わかっていても、牧野への想いが俺の中で、どうしようもねーほどデカくなっていた。

 

牧野が、この俺の気持ちを知ってしまったら…。

考えなくともわかる。

 

牧野がスゲー困るはずだ。

でも、牧野がスゲー困ったとしても諦めきれないこの気持ち。

どうしたらいいんだよ。

 

この夜、俺は浴びる程酒を飲んだ。

それでも、俺に酔いと睡魔は訪れなかった。

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。