八十八夜

学生時代から大好きなマンガの2次小説です

まやかし婚98

2022-01-17 08:00:00 | まやかし婚(完)

 

 

花火大会の日。

俺は牧野と一緒に花火大会に行けるように、夕方に帰社する予定だった。

 

タイミング悪く、その直前にサルが来た。

サルの本名は大河原滋。

こんな名前だけど、正真正銘の女。

 

学生時代に一瞬だけ、親が勝手に決めて婚約したような記憶がある。

俺には、全く興味が無かった。

サルとの婚約は数か月後に解消されたが、その後は腐れ縁のまま。

今では、あいつらと同じようにビジネスパートナーだ。

 

滋が俺の執務室に入って直ぐに、総二郎が入ってきた。

その数分後にはあきらも来た。

 

こいつらが、俺の執務室に集まった理由が…。

来年度から施工予定の商業施設に不具合が出てしまったからだ。

類はフランスに行っていたので、俺たち3人で対応することになる。

 

今までなら、こんな面倒なことは全てこいつらと西田任せだったのが今回から俺も参加する。

俺にとって仕事による初めてのアクシデントっつーのと、牧野が待っているって焦りが俺の思考を鈍くする。

そのたびに、西田から嫌味と痛烈な視線が飛んでくる。

 

なんとか仕事に集中し、あきらと総二郎、サルと今後の対応を話し合う。

それでも、外が少しずつ暗くなってくるのに焦りが出る。

ペントハウスのだだっ広いリビングに、浴衣を着た牧野が待っていることばかり気になる。

 

完全に暗くなった。

しばらくすると花火が打ち上がりだしたのを視界の端で確認した。

 

《始まってしまった。》

こいつらにバレないように、俺は小さく息をはき出した。

 

あきらや総二郎だけならまだしも、何も知らないサルの前で牧野に電話をすることもできず、俺は遅れることを牧野にメールをした。

 

こいつらとの協議は20時半までかかった。

終わると同時に、挨拶もしねーで俺は執務室を出た。

ダッシュできる場所は全速力で走りまくった。

 

俺が帰宅すると、21時を少し回っていた。

半時間だけでも早く帰ることが出来たなら、バルコニーからでも花火を一緒に見られたかもしれねー。

 

しかも、俺から誘っておいてドタキャン。

フツーに考えると怒るよな。

牧野に対して悪かったって思いながら、覚悟してリビングへ入る。

 

嫌味でも文句を言われても良い。

もしかしたら、まだ俺がプレゼントした浴衣を着ているんじゃねーかって期待した。

リビングに入ると、俺の期待虚しく。

普段着の牧野がリモコン片手に、ソファーに座ったままテレビを見ていた。

 

開口一番に、俺は謝った。

牧野は、俺が謝ったことに対して首を左右に振りながら

「おかえりなさい。お疲れ様。大変だったね。仕事でしょ。仕方ないよ。」

怒りもしねーで、フツーに返してきた。

 

この時、牧野が首を左右に振った時に…。

俺が感じた違和感。

牧野の髪の毛がいつもと違う。

 

あきらの家の帰りに、牧野の髪の毛を触った後だからわかる。

髪を梳いても、引っかかりなんて全くないダメージの全くない髪。

毛先まで水分が十分あるのがわかるシルクのような手触りの髪。

 

これが、今日は違う。

髪をよく見ると、いつもと同じように真っ直ぐだ。

でも、所々に微かなうねりや、まとまった感じがある。

今さっきまで、違う髪型だったはずだ。

 

今さっきまで、浴衣を着て髪をアップにしてたんじゃねって確信。

俺が言ったから、着てくれたのか?

俺の為に着てくれたのか?

こんなことを思うと嬉しさの反面、その姿を見ることが出来なかったことへの後悔が大きくなる。

 

「すまねぇ。マジで悪かった。」

俺がもう一度、謝った。

 

「次の花火大会は、絶対に一緒に行こーぜ。」

なぜか来年っつー言葉は言えなかった。

 

牧野はしばらく黙り込んだ。

そして、困ったような顔をした後、外の景色を見ながら全く違う返事を返してきた。

「今年の夏も終わりだね。」

 

今年の夏も終わり────。

《来年》って言葉は、俺たちには無い。

 

来年の夏は無いってことだ。

そんな契約。

 

夏が終わると秋が来る。

秋が終わって冬になる。

そして、一年が経ってしまう。

約束の一年になる。

 

後5か月の俺たちの契約。

来年のない今しかない俺たち。

俺は、この《今》の使い方を間違ってしまうことになる。

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。