夕方、ペントハウスに着くと────。
牧野はキッチンでメシの支度をしていた。
「よぉ…。ただいま。」
俺は牧野に声を掛けながら、リビングに入った。
実は一緒に住むようになって、俺が自分から初めて言う「ただいま。」だったりする。
なんで、俺が気を使いながら家に帰っているんだ?
俺は見られた側なのに。
一瞬、牧野はビックリしたように目をデカくさせた後で、優しく笑って声を掛けてきた。
「おかえりなさい。」
これには俺がビックリすることになる。
「ただいま。」って言葉を言うだけで、こんなに優しく笑って「おかえりなさい。」って言ってもらえるのか?
明日からも『ただいま。』って言ってみるか?
俺がこんなことを考えていると
「楽しかった?」
こんなことを聞いてきたんだ。
俺は牧野の質問に直ぐに答えることが出来なかった。
俺が帰ってきてから今までのこの数分ってスゲー夫婦っぽくないか?
こんなことを考えていた俺の思考はストップしていたらしい。
「どうしたの?疲れたの?大丈夫?」
メシの支度をしていた牧野が手を止め、俺の目の前まで移動して心配そうに見上げてくる。
マジで夫婦みてーじゃん。
こいつに心配されるのって良いな。
目の前のこいつを俺の胸に閉じ込めてーなんて思いが湧いてくる。
俺の胸に閉じ込めたら最後。
恐らく俺は自分を止める自信なんてねーから、そんなことはしねーけど。
そんな俺の思いなんて全く気付かねー牧野が聞いてきた。
「ゴルフ。行ってきたんでしょ?」
牧野の言葉で、あいつらとゴルフに行っていたことすら忘れていたことに気付く。
「あぁ。今日は最悪だった。」
「なにが?」
俺の言葉にソッコーで返事をしてくる牧野。
ゴルフに行って最悪って言ったら最悪だったんだよ!
あいつらが《つくし》だとか《旬》だとか言い出して、《昼は少女で夜は娼婦》なんて言うから想像してしまって動揺してしまったじゃねーか。
「二度とゴルフしねーって思うくらい酷かった。」
さすがに、今日のスコアは酷すぎた。
親父には絶対に見せられねー。
「ふーん。そう。私、したことないからわからないけど。良い時もあれば、悪い時もあるんじゃないの?」
牧野の返事に納得できるが、出来ねー俺がいる。
そうなんだけどな!
今日のは、あいつらが余計な事を言ってきたから最悪なスコアになったんだ!
あの最悪なスコアを思いだし、俺から漏れてしまった弱気な言葉。
「今日のスコアはマジで最悪だった。俺、Aクラスから落ちるかもしんねー。」
「Aクラスって何?」
ゴルフをしたことがねー牧野らしい返事が返ってくる。
そうだよな。
牧野はゴルフをしねーから、そんなの全く知らねーよな。
俺はこの後、ざっとゴルフの事を説明することになる。
牧野はあまり興味がなさそうで、散々教えた後に
「あんたの言っていること、よくわかんない。」
こんな可愛くねー言葉で終わらせた。
そして、牧野は俺を見上げて
「あんたはゴルフだとか月例杯とか。今までの私が聞いた事の無い言葉ばかりだね。あんた、御曹司だもんね。この家もすごいもん。ほんと、世界が違うよ。」
こう、言ってきた。
そして、話を続けた。
「知ってる?お金ってね、とっても寂しがりなんだよ。仲間がいる所に集まるの。だから金持ちはずっとお金持ちで、貧乏はいつまでもどこまでも貧乏なの。」
こんなことを言ってきたんだ。
牧野は、俺が知らないと決めつけたような口調で話してきた。
実際、牧野の話してくる《金が寂しがり屋》だなんて初めて聞く話だ。
それでも、俺とお前の世界は違う事なんて絶対に無いからな。
お前の父親が金の使い方を知らなかっただけで、お前には何も問題はないんだ。
お前は家族をずっと支えていたんだろ。
「俺は、金が寂しがりかなんて知らねー。でも、金も上手に使ってもらうところに集まるに決まってんだろ?金に敬意も払えねーような、何も考えてない奴の所にいくわけねーよ。金にも選ぶ権利があるんだよ。」
俺は、思ったことを素直に言った。
俺にしてはスゲーいい言葉だろ?
どうだ、俺のこと少しは見直したか?
こう思っているのに、牧野から出た言葉はスゲー可愛くねー言葉だった。
「ありがと!そうだよね。お金にも権利があるよね!私、その権利を持っている先生を探す!」
クソっ。
先生なんていねーんだよ。
未来の旦那もいねーんだ!
いつになったら、俺とお前は本当の夫婦になれるんだよっ!!
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