うぉー!だぁー!
俺は、このクソ暑い中スゲー勢いであきらの家を目指して走っている。
今日は土曜日。
牧野の花嫁修業の日で、総二郎がメールで連絡してきた浴衣の練習日だ。
それなのに、西田が取引先との商談を朝から入れていた。
なんで、よりによってこの日に予定を入れるんだよ!西田。
スゲーむかつくけど、この道明寺系列のホテルからならあきらの家の近くだ。
殆ど最終確認。
なんで俺がそんなことしねーといけねーんだよ。
それよりも、俺は牧野の事が気になって仕方ねー。
こんなことを思わないわけでもねーが、西田に丸投げはもう出来ない。
俺はイライラしながら、少しでも早く最終確認が終わるように確認しだした。
一時間ほどで終わる予定だったのに、商談相手のジジイが自分の娘の自慢をしだした。
お前の娘の話なんてききたくねーだろ。
こう思いながらも適当に流していた。
適当に流しながらも、気になるのは牧野が総二郎に教えてもらう実技の浴衣の練習。
総二郎が牧野の首筋を見てねーかとか、見るだけじゃなく触ってねーかとか。
総二郎はマダム専門じゃねーが、一期一会だしな。
って、今日はマダム専門のあきらの家って言ってな。
俺が早く終わらせるために適当に流しているのを、勝手に良いように解釈したジジイは、
自分の娘は俺と同い年だとか、娘もゴルフをしているから一緒に回ろうとか言い出した。
なんで、俺がテメーの娘と一緒にゴルフしねーといけねーんだよ。
俺、これでもプロ並みだぞ。
(この前の月例杯ではスゲー叩いてしまったけど。)
俺が何度も部屋の時計を見ているのに、完全に無視してくるジジイ。
「テメー、ふざけんなよ。取引はここで終了だ。」
「なんで俺がお前みたいな、チビ・ハゲ・デブの娘と結婚しねーといけねーんだよ。」
西田が何度も俺の靴に体重を掛けて踏みつけてこなければ、こんな台詞が口から出ていたはずだ。
いつもなら書類に目を通すついでにチェックする腕時計を、今日はごまかしもしねーで堂々と見る。
見なくとも隣に座っている西田が、呆れたような顔をしているのが気配でわかる。
今日の腕時計は、俺のコレクションの中でもかなり気に入っているものだ。
北半球の星座の描かれたダイヤル、綺麗な音まで奏でる腕時計。
沢山のコレクションの中で唯一、牧野が『カッコいい時計だね。』って言ってきた腕時計。
牧野にこう言われてから、俺はずっとこの時計を腕にするようになった。
目の前のジジイは、俺が腕時計を堂々と見ても全く何も思わねーみたいだ。
マジでクソだな。
こんな奴には何をしても無駄だ。
こう理解した俺は「失礼。これから大切な用事がありますので。」こう伝えてその場を去った。
西田にジジイを押し付けた、俺はホテルからあきらの家に向かう。
車に乗っての移動より、走る方が早いと判断した俺はこのクソ暑い中を走り出した。
汗だくになった俺が、あきらの家に着いたのは10分後くらい。
俺がリビングのドアを開けると同時に聞こえてきた声。
「つくしちゃんも花火見に行くの?」
と同時に、全員が俺を見る。
牧野は、あきらの妹たちと一緒に浴衣の帯を結ぶ練習をしていた。
白地にピンクの朝顔が満開に咲いている浴衣を牧野は着ていた。
そして、紫がかった紺色の帯を結ぶ練習をしていた。
恐らく総二郎が牧野の為に選んだだろう浴衣と着物。
これがムカつくほど、牧野に似合っていた。
俺は、この時、それ以上に似合う浴衣を牧野に贈る。
こんなことを思った。
同じように、あきらの妹たちも色とりどりの夏らしい柄の浴衣を着ていて、そこだけが華やかだ。
あきらの妹たちが一緒にいるだけで妙に安心してしまう。
自分で浴衣を着る時は結び目を前にするんだなって、こんな余計なことを浮かべながらも、牧野の衣紋が抜けていないことに安心する。
俺はホテルから全速力で走ってきた疲れと、今まで心配していた気持ちが一気に押し寄せてきて、リビングのソファーに倒れ込むように横になった。
ドサッ!
俺がソファーに倒れ込むなり、バタバタって音と同時にソファーまで近寄ってくる牧野。
俺をのぞき込むように
「道明寺、大丈夫?」
こう言った後、
「すごい汗じゃない。」
って言いながら、どこからか出してきたハンカチを渡してきた。
俺がハンカチで汗を拭きだすと、
「美作さん、冷たい飲み物お願いしていい?って、すごーい!もう用意してくれたの?ありがとう。」
あきらが用意してくれた冷たい水を、俺は一気に飲んだ。
水を飲んだ俺は、牧野に声を掛けた。
「俺たちも行こーぜ。」
花火を見て喜ぶ、牧野を見たい。
その時、牧野が浴衣ならスゲー嬉しい。
「へ?どこに?」
牧野の素っ頓狂な返事。
「花火に決まってるだろ。お前、浴衣着ろよ。」
お前の着る浴衣は俺が用意する。
っつーか、これから先。
こいつらの花嫁修業だろうがなんだろうが、お前が着るものは俺が用意する。
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