弁当の約束した次の日。
俺はスゲー期待していた。
わかんねーけど…。
弁当が、消えてしまった記憶を呼び起こすような気がした。
これでまた、頭の中の靄が消えるはずだって、思えたんだ。
そんな時。
いつものように天真爛漫な笑顔で、俺の部屋に入ってくるこの女。
「はい。約束したお弁当だよ。愛情たっぷり海オリジナル。美味しいよ!」
こう言いながら、俺に弁当の包みを渡してきた。
弁当の蓋を開けた瞬間─────。
違う。
これじゃねーって思えた。
病室で食った弁当とは、全く違う。
この弁当は、色彩が人工的な色ばかりな上、臭い。
食わねーでもわかる。
俺が探していたのじゃねー。
「前の弁当、お前が作ったんじゃねーだろ?」
俺の言葉に、
「前のも海が作ったんだよ。」
悪びれもせず言ってくるこいつ。
その上、
「前のは失敗したからなー。今日の方が、絶対に美味しいんだよ。」
だとか、
「ほら、見て。今日の方が、デコっていて可愛いでしょ。」
なんてことを言ってきた。
あ?
前のは失敗?
今日の方が美味いだと…。
こいつ、頭も味覚も狂ってんじゃね。
こいつは、失った記憶の女なんかじゃねー。
前の弁当を作った女が、記憶の女なんだ。
「前の弁当は、誰が作ったんだ?」
「前のお弁当も、私が作ったんだよ。今日の方が美味しいんだから、早く食べてよ。はい、あーん。」
こいつは、玉子焼きを俺の口元に持ってきた。
添加物だらけの匂いが鼻につく。
俺は、無意識に女の腕を振り払っていた。
なにもわかってねーバカ女は、
「キャッ。なに?」
なんて言って、
いつもの笑顔を浮かべながら、俺にベタベタと纏わりつこうとしてきた。
俺は、こいつのこの笑顔に騙された。
ウソ偽りないような話し方や、物怖じしねーでポンポン言ってくる態度に騙された。
その上、こいつは─────。
作ってもいねー弁当を、自分が作ったように言ってきた。
こいつには、素材を生かした弁当なんてものは作られねー。
こいつは、俺の忘れた女じゃない。
だから、俺の頭の中には、未だに靄が掛かったままで、心が渇ききっているんだ。
しぶといくらいに、俺にベタベタとくっついてくるこの女に、俺は弁当を投げつけた。
「ひどぉーいっ。せっかく海が作ったのに。」
「この服、お気に入りだったんだよ。」
「新しい服、買ってくれたら許してあげる。」
頬を膨らませながら、こんなことを言ってくるこの女。
このバカは何を言ってるんだ
なんで、俺がこのクソバカ女の服を買わねーといけねーんだよ。
そもそも俺は、自分のことを名前で呼ぶようなバカは嫌いなんだ。
「今すぐ出て行け。」
俺が言っても、
「なんでっ?道明寺くんっ。どうして?」
「海、何かした?」
「どうして急に怒ってるの?」
「この前のお弁当より、今日の方が絶対に美味しいのにっ。」
「食べても無いのに、酷いよっ。」
「いやっ、海、絶対に出て行かない。」
こんな訳のわからねーことを、泣き叫ぶように女は言い出した。
イライラする女の泣き声に、俺はSPを呼び、女を邸から追い出した。
タマの報告によると─────。
あのバカ女は、邸から出る直前まで喚き散らしていたらしい。
報告の後、
俺の部屋から出て行こうとしながら、タマは、
「あのように手癖が悪く、狂った女性が、坊ちゃんのタイプだとは知りませんでした。」
なんてことを言ってきた。
あんな女が俺のタイプなわけねーだろっ。
こう思いながら─────。
俺の記憶から消えた女は、どんな女だったんだ?って、自問した。
この時─────。
英徳の制服を着た女の後ろ姿が、頭を過ぎった。
あ?
記憶から消えた女は、英徳の生徒だったのか?
さっきの残像を、思い出そうとすればするほど─────。
俺の頭の中には、大量の靄が発生した。
こんなことがあった数日後。
ババアが、俺の自主退学を撤回した。
やっと英徳に行ける。
あの残像が頭に過ぎってから─────。
いつの間にか、俺は英徳に登校するのを心待ちにしていた。
朝から登校したのは、頭に浮かんだ女を探すためだ。
わからねーが、
俺の本能が、朝から登校しろと訴えていた。
俺の頭から消えることがねー靄。
この靄は─────。
記憶から消えた女を思い出した時、完全に消えるってことだけはわかっていた。
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