浴衣のお勉強会の後、美作さんの妹の双子ちゃんとすっかり話し込んでしまった。
恋バナ?道明寺と私は契約だから、恋じゃないんだけど…。
そんなことを知らない双子ちゃんは、道明寺と私の関係を質問攻めされたの。
これ、答えるの難しかった。
そして、自分たちの恋の話をしてくれたんだ。
私が帰るころには夕方になっていた。
遅くなったのに、道明寺は私を待ってくれていた。
道明寺の車は、ここから直ぐのホテルの駐車場に置いているらしい。
「俺が車を回してくる。着いたら電話するから出て来い。」って言ってくれた。
そして、道明寺が優しい口調で「暑いだろ?」なんてこと聞いてきた。
なんとなく…。
道明寺の口調だけじゃなく、視線まで優しく感じるのは私だけなのかな?
こんな私たちを見て、双子ちゃんたちが意味深な視線を送ってきた。
それに、何となくニヤニヤした講師たちの視線。
これが気になった私は、道明寺を引っ張るようにして美作さんの家から脱出した。
美作さんの家からホテルまでは、歩いて10分。
夕方になっても、やっぱり暑い!
ジジジってアブラゼミが鳴いているのが聞こえてくる。
「あんたとこうして歩くのって、初めてかもだね。」
牧野が口にした言葉に、微かに口元が緩む。
俺も同じ時に、同じことを考えている。
「なに、笑っているの?」
隣で歩いている牧野が笑いながら、俺をのぞき込むようにして聞いてきた。
スゲー可愛い。
公道だってことを忘れて、抱き締めそうになる。
幼なじみのあいつらに話したのが引き金になったのか、こいつへの想いが俺の中でどんどん溢れ出てくる。
夕方の優しいオレンジ色に包まれた、牧野の笑顔を見て思わず告白しそうになる。
こいつを見ているだけで、早く想いを伝えたいって強く思う。
結婚しているだけじゃダメだ。
契約なんて論外。
マジで俺のモノになってもらいたい。
本当の夫婦になりたい。
でも、マダ早い。
俺はまだ、こいつに告白出来る立場じゃねー。
先に片付けないといけねーことがある。
でも、俺は焦りだしていた。
後5か月しかない契約期間。
『この結婚、続けねーか?』
この言葉が言えたら、どれだけ楽になる?
契約終了までに、俺の思いが届かなかったら?
その時は、どうしたらいいんだ?
いや、そんな最悪な事態は考えるな!俺。
あと5か月の間に何とかすることを考えろ!
夏になった頃から、こんなループに陥っている俺。
俺はかなり難しい表情をしていたらしい。
そんな俺の顔を、牧野は覗き込むようにしながら聞いてきた。
「どうしたの?美作さんの家で何かあった?」
牧野は少し眉をひそめながら、それでも、俺の表情を読み取ろうと必死で俺を見上げてくる。
「考えごと?悩んでいるの?本当に、大丈…っ!!!」
牧野の言葉を最後まで聞かず、俺は牧野に手を伸ばした
まだ、口に出来ない俺の想いが少しでも伝わるようにと────。
私の頭へ伸びてきた道明寺の手が、私の髪の毛をグシャグシャにする。
「やっ!もうっ!なによっ。バカっ。やめてよ!」
私の手も、自分の髪を守ろうと頭に伸びる。
私の言った文句に
「バカってなんだよ?」
道明寺は、今さっきまでの表情とは全く違う顔をしながら
「お前の髪、鳥の巣みてーだぞ。」
なんて言ってきたの。
ムカッ。
「あんたがしたんでしょ!」
私は道明寺を見上げて、文句を続けようとした。
けど、文句を続けることは出来なかった。
道明寺が、私を優しく見ていたから────。
『どうしたの?道明寺。』
この言葉は、言えなかった。
道明寺の顔が…。目が優しすぎた。
道明寺は、鳥の巣みたいになったらしい私の髪を整えてくれだした。
なに、これっ!
ドキドキするっ!!
ドキドキするだけじゃない。
道明寺が私の髪を梳くたびに、頭や首・肩がゾクゾクする。
その間も、道明寺に何度も優しく梳かれる私の髪。
最初に会った時からずっとしていた道明寺の香り。
森のような清々しい香りの中に爽やかな柑橘系の含まれている香り。
道明寺だけの香り。
この香りに私も包まれる。
少しだけ、バレないように道明寺を覗いてみる。
やっぱり、道明寺は優しい顔をしながら私の髪を梳いていた。
8月の夕方の太陽が作り出した、オレンジ色の世界。
この時期独特の暑さとは、別の熱さが体中を駆け巡る。
私は、道明寺の香りを近くで感じながら
私の耳には、道明寺が私の髪を梳く音と…。
いつもより早い私の心臓の音だけが聞こえていた。
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