八十八夜

学生時代から大好きなマンガの2次小説です

1月31日という日

2023-01-31 21:53:35 | イベント

 

 

俺の28歳の誕生日。

牧野つくしが道明寺つくしになる。

 

ここまで長かった。

ジェットコースターのような恋が終わったと同時に始まった遠距離恋愛。

俺がニューヨーク、あいつが東京。

ようやく帰国しても、仕事に追われる日々。

 

そんな俺たちの恋がやっと実る日。

俺は、ウェディングドレス姿のつくしを見たい気持ちを抑えチャペルの前で待つ。

 

しばらくすると、係員とF3や滋、三条、松岡までがつくしの控え室の方へ急ぎ足で向かっていくのが見えた。

つくしに何かあったのか?

気分が悪くなったのか?

 

ウェディングプランナーになった三条のイチオシの《ファーストルック》をするために、

俺とつくしは式場に入ってから完全な別行動。

それなのに、係員でも無いあいつらが全員で俺たちの控え室に行くってどうなっているんだ?

俺が近くの係員に尋ねても、ハッキリした返事はなかった。

 

つくしの体調が悪くなったのか?

それとも…。

あいつらのいつもの野次馬根性で、つくしを先に見に行っただけなのか?

 

つくしの体調が悪くなったに違いねー。

心配に思った俺は控え室に向かおうとした。

 

あいつらのただのいつもの野次馬根性だった場合、完全にバカにされる。

しばらく待った。

が、イライラが限界になった俺は、あいつらと同じ方向へ急ぎ足で向かった。

 

俺が控え室に行くと、扉の前にはいつものメンバーと、この係員が数名。

類だけが見当たらない。

 

俺の存在に気付いた係員が

「花嫁さんが直前に感極まることは、よくあることなので。」

「ご友人がお話されています。」

こんなことを言ってきた。

 

なんでこんなことになったのかっつーのと、

俺がまだ見てないウェディングドレス姿のつくしを、類が先に見たっつーのや

この期に及んで、つくしの支えはまだ類なのかっつーのに、俺の中で急激に沸いた怒り。

俺はこの怒りに任せて、控え室のドアを蹴り跳ばして中に入ろうとした。

 

その時、聞こえたつくしの涙を含んだ声。

「わかってる。あいつのことは信頼してる。」

「でも、こんな直前になって怖くなってきたの。」

「高校生の時のようなバカ道明寺じゃないだよ。立派に会社を背負っているんだよ。」

「そんなあいつのこと、私っ…。私っ。」

つくしが一方的に話しているのを、類が黙って聞いているようだ。

俺もこいつらと一緒に中の様子を見守ることにした。

 

「ねぇ、牧野。今日、なんの日か知ってる?」

俺が、ここに来て初めて聞く類の声。

俺の誕生日だ。

そして、俺とつくしの結婚式の日だ!!

俺が、舌打ちしながら心で唱えていると、

 

つくしからも、

「あいつの誕生日で、あいつと私の結婚式の日。」

同じ返事。

 

そして、その後でまたつくしは、話し出す。

「わかっているんだよ。頭でわかっていても。」

つくしは、まだ話し続けた。

「私って、いつも直前になってこんなこと考えて逃げて…。みんなに迷惑かけて。」

つくしから、こんな不吉な言葉が飛び出した。

 

おいっ!逃げ出す気か?

俺が不安になった瞬間、聞こえてきた類の声。

「ねぇ、今日って愛妻の日なんだ。知ってた?」

 

「へっ?」

っつー、つくしの間抜けな声の後、類が話し出した。

「愛妻の日。愛妻感謝の日なんだ。だから、大丈夫。牧野は、今日から司の嫁なんだろ?大丈夫。司は、誰よりもあんたを大切にする。」

 

この会話を聞いた後、俺はスゲー目力の三条に引っ張られチャペル前まで強制連行される。

「もう、大丈夫です。道明寺さんは、ここで先輩を待ってください。」

「いいですね?絶対に先輩を責めたりしないで下さい。」

「結婚前の女性には、よくあることです。」

 

「直前過ぎるってのはありますが…。でも、先輩の場合はっ!!一般庶民、いや貧民が日本最大の財閥の御曹司と結婚するんです!不安になって当然です!!」

「先輩には後ろ楯になる身内がいません。たった一人でこっち世界に飛び込んでくるんです。絶対に幸せにしてください。私の大切な人なんです。」

捲し立てるように話した三条は、俺にチャペルの建物の壁を見るように命令してきた。

 

「あ?なんで、壁を見るんだよ?つくしが来るのが見えねーじゃねーかっ!」

俺の抗議に、三条は一切怯まず返事をしてきた。

「本当に、私のプランに目を通したんですか?先輩がここまで来たら、私たちで合図します。私たち、お二人のファーストルックの立会人なんです!」

 

俺がチャペル壁を見つめること数分。

「司。」

今日から俺の妻となったつくしが、俺を呼んだ。

 

俺が振り返ると、そこにはスゲー綺麗なつくしの姿。

三条イチオシの《ファーストルック》

この為に、俺は試着の段階から一切つくしのドレス姿を見ることができなかった。

 

ヤベェ。

スゲー綺麗なつくしの姿に感動して声が出ねぇ。

あいつらが見ているのも全く目に入らねぇ。

 

「ごめんね。寒いのに待ってもらって。」

つくしの言葉に、今年の冬の寒さを思い出した。

 

そして、

「今日からも、ずっとよろしくね。」

少し照れたようなつくしの声。

 

「あぁ。ヨロシクな。」

俺は返事をしたあと、軽くつくしの唇にキスをした。

これからは、俺以外の男に頼るなよって心の中で付け足しながら。

 

二度と不安になんかさせねーよ。

つくしを世界中の誰よりも幸せにする。

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。

司くん、お誕生日おめでとう。

 


Coincidenc8

2023-01-31 08:00:00 | Coincidence(完)

 

 

この日の夜遅く─────。

俺は、西田から牧野の履歴書奪還に成功した。

 

牧野の直筆だぞ!

しかも、大学生の頃の写真付。

 

今と同じ顔だ。

いや、少しだけ今の方が大人っぽいか?

字も、綺麗な字を書くんだな。

 

俺が、牧野の履歴書を見て感動しているっつーのに…。

「それでは、総務部に返却しますので返してください。」

なんてことを、西田が言ってきたんだ。

 

あ?

牧野の履歴書を返すだと…?

 

常識的には、返却するのが当然なんだろう。

そのくらい俺にもわかっている。

でも、返したくねーんだ。

俺が持っていたい。

 

西田が席を離したすきに、俺は牧野の履歴書のカラーコピーを取った。

そして、西田が戻ってくる前に、履歴書を本来あるべき場所に戻した。

 

気にすることはねー。

数年後には、間違いなく履歴書もデジタル化されている。

 

翌朝。

西田はしれっとした顔で

「本日の午後一番で、シンガポールに出張です。」

なんてことを言ってきた。

 

なんで俺が2週間もシンガポールなんて行かねーといけねーんだよ!

しかも、西田と。

牧野に、変な虫がついたらどーしてくれんだよっ!

変な男対策に、SPでもつけるか?

 

「出張には行かねー。俺は牧野とデートするんだっ!」

なんて、抵抗したが…。

 

西田は軽く鼻で笑いながら言ってきた。

「何を言っておられるのですか?それは、妄想ですか?デートすると仰られるなら、実際に、約束をしてからにしてください。」

 

クソっ。

ジト目で西田を睨んでみたが…。

 

俺のジト目なんて、こいつには全く効かねー。

全く怯まねー西田が、

「仕事でございます。予定は2週間。ですが、仕事が早く終われば、帰国も早まります。帰国後に、牧野社長との時間を手配する予定です。よろしいですね。」

こんなことを、念押しするかのように言ってきた。

 

マジでムカつく。

飴と鞭の使い方じゃねーかっ。

 

昨日の履歴書のこともだが…。

ムカつくことに、俺の扱いはババアより西田の方が上だ。

間違いなく、俺が動くようにもってくる。

 

「わかったよ。行けばいいんだろ。ソッコーで帰国してやる!」

っつー俺の返事に、西田が笑った。

 

西田の笑顔なんて見たくねぇ。

俺は、牧野の笑顔が見たいんだ!

 

 

 

私がお昼の休憩から戻ると─────。

秘書課がバタバタしているから、履歴書を取りに来て欲しいって内線が入った。

 

また、秘書課…。

支社長の執務室がある、最上階まで行かないといけない。

 

でも、支社長に会えたら─────。

覚えてくれていないかもしれないけど…。

実は、私も道明寺ホールディングスの社員ですって伝えよう

黙っていたことと、この前、料亭でビールをかけてしまったことを謝ろう。

こう思いながら、私はエレベーターに乗り込んだ。

 

秘書課に入ると…。

見るからにベテランの秘書さんが数名、忙しそうに動いていた。

 

そして、私に気付いてくれた秘書さんが、

「ごめんなさいね。西田さんに借りていた履歴書を、総務部に届けるように言われていたんだけど…。今日は、会議が重なっている上に、午後一番で西田さんが支社長についてシンガポールに行ってしまって。」

って、ペラペラと話してきてくれた。

 

支社長は、シンガポールに出張なんだ…。

残念。

じゃ、会えないんだ…。

悲しいな。

 

あれ…?

残念ってなに?

悲しいってなに?

なんで、私、残念とか悲しいって思ったんだろ?

 

こんなことを思いながら、私は最上階のエレベーターホールへ歩き出す。

エレベーターは、1階で止まっていた。

 

エレベーターが着くまで、私は預かったばかりの履歴書をパラパラとめくり出した。

今より少しだけ幼いような気がする、同期の顔写真。

 

その中の1枚で、私の目は留まった。

あれ?

これ、私の字?

 

えっ?

これって、私の履歴書…。

 

じゃないっ!!

私の履歴書だけが、カラーコピーになっているっ!

折りしわも無い。

 

なんで?

どうして?

 

えっ?

昨日は、どうだったの。

西田さんに預けた時、私の履歴書は既にカラーコピーだったのかな?

私以外に、カラーコピーされたものは無い。

 

私は、さっき感じた支社長への想いなんて、すっかり忘れてしまっていた。

そして、ただ…。

カラーコピーになった私の履歴書を、ジッと見つめ続けた。

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。

 


Coincidence7

2023-01-29 08:00:00 | Coincidence(完)

 

 

手持ちの仕事が一段落した時に、秘書課から内線。

【すみません。手が空いた時で結構ですので、本年度の新入社員の履歴書を秘書課まで持ってきて下さい。】

 

こんな依頼が入った。

なんで履歴書?

しかも、秘書課。

 

もしかして…。

私のことを調べられたりとかするのかな?

社員ってことを黙っていたなんて、絶対に印象悪くなってしまうよね。

今更なんだけど、やっぱり後悔っ。

 

新入社員が、支社長のジャケットにビールをかけて…。

その上、社員のこと黙っているなんて、最低な社員じゃないの…?私。

 

朝と同じように心臓がバクバクと動き出す。

でも、朝とは全く違って嫌なドキドキ。

 

どうしよう…。

私、明日も出社できるのかな?

 

不安な気持ちで、私はエレベーターに乗った。

私の気持ちとは裏腹に、エレベーターは最上階を目指して上昇している。

私の気持ちは、一気に急下降なのに…。

 

支社長との食事、最初は緊張したけど楽しかったな…。

パパのどうでもいい話を笑ってくれて、私まで嬉しくなったのに…。

 

やっぱり、社員ってことを伝えなかったのが悪かったのかな?

ビールをかけてしまったことが悪かったのかな?

 

あの時─────。

『最初は高めの位置から勢いよく、途中からゆっくり注ぐと泡ができる。泡がグラスの3割になると上手いビールの入れ方なんだ。』

支社長が、こう教えてくれた。

 

だから、私は勢いよく注いでしまったんだよね。

で、グラスにはね返ってしまったビールが、支社長のジャケットにかかってしまったんだよね。

 

昨夜のことを思い出している間に、エレベーターは既に最上階に着いていた。

気合いを入れて、私は最上階に足を踏み出した。

 

そんな私の様子を、西田さんは廊下から伺っていた。

 

ぎゃー!!

気合いを入れたのを見られていたっ。

 

もう、ヤダ…。

なんで気合いを入れている所なんて見られるの!?

私、いつもはもっと普通に仕事をしていますっ!

って、言いたいんだけど言えない。

 

西田さんは、私の変な行動を見なかったことにしてくれたみたいで…。

「牧野さん。昨夜は、遅くまでお疲れ様でした。」

って、普通に話しかけてきてくれたの。

 

ぎゃー!!

やっぱり、私ってバレていた。

 

ど、どうしよう。

でも、黙っていたことを謝るべきよねっ。

 

「昨日、伝えるべきだったのですが…。私、総務部の牧野と申します。昨夜は、父が体調を崩してしまい本当に申し訳ございませんでした。その上、厚かましご馳走になってしまって…。とても美味しかったです。ごちそうさまでした。支社長にも、よろしくお伝えください。」

緊張して早口になってしまったけど、何とか私は謝った。

 

私はすごく緊張しているのに…。

西田さんからは、意外な返事が返ってきたの。

「私は知っていたので、気にしないでください。それより、お父様のお体の具合はいかがですか?」

 

えっ…。

西田さんは、知ってくれていたの。

ってことは、支社長も知ってくれていたってことなのかな?

 

一瞬、自分の考えに頭がストップしてしまったけど…。

私は、パパのことを伝えた。

「もうすっかり良くなりました。ご心配をお掛けして、本当に申し訳ございませんでした。」

 

そもそも、パパは体調不良じゃなくって、緊張からくる腹痛だった。

それを心配して下さるなんて、申し訳ない気持ちになってしまう。

 

そして、西田さんは

「履歴書を、持って来てくださったんですね。ありがとうございます。」

こう言って、私から履歴書を受け取った。

 

履歴書を渡したら、長居は無用。

私は西田さんに会釈して、エレベーターに乗り込んだ。

 

 

 

執務室のソファーで、俺が牧野との今後について妄想に浸っていると─────。

突然、頭上から西田の声がした。

「なにソファーで寝転んでいるのですか?きちんと仕事をしてください。」

 

なんだよ。

俺の妄想の邪魔をするんじゃねー!

うるせー秘書だ。

お前だって、今さっきまでどこかに行ってたんじゃねーの?

 

なんて思いながら、西田を見上げると─────。

西田は、何かの紙の束を持っていた。

 

この能面メガネ。

また、俺に仕事を押し付けに来たな…。

 

ジト目で西田を、睨んでいると────。

能面メガネは、その紙の束をめくりだした。

 

数枚めくった後で─────。

「牧野つくし。東京都○○区○○…。」

なんて、牧野の名前と住所を読みだしたんだ。

 

あ"っ?

まさかっ!

西田の持っている紙の束は、今年度の履歴書か?

 

「都立○○高校卒業。国立○○大学卒業見込み。」

牧野の経歴。

 

俺の知らねー情報を、西田に読み上げられねーといけねーんだっ!!

西田から、牧野の履歴書を取り上げようとした瞬間!!

 

「司様の本日の仕事は、こちらです。」

こう言って、俺に欲しくもねーパソコンのマウスを押し付けてきた。

 

そして、

「牧野さんの履歴書は、お仕事の後でお渡し致します。大学生の頃の写真も付いています。」

なんて、勝ち誇った顔で言ってきたんだ。

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。

 


Coincidence6

2023-01-27 08:00:00 | Coincidence(完)

 

 

翌日8時過ぎに、西田と共に出社する。

俺は、まだ昨夜の牧野との楽しい一時の余韻に浸っていた。

牧野の父親と会う時は、あいつも来るように言わねーとな。

 

ロビーに入るなり─────。

「キャー!!支社長よ!」

「素敵!朝から会えるなんて最高。」

こんなバカな女社員たちの声。

 

お前ら社会人だろ!

毎朝、毎朝、ロビーで叫ぶなっ!

支社長が出社したっつーのに、挨拶もしねーって何考えているんだ。

うちの社員教育どうなってんだ?

 

辟易しながら、視線を西田に移すと、

「社員教育を、一から見直しさせます。」

っつー返事が返ってきた。

 

西田から向こうへ視線を移した、その先に─────。

あいつが…。

牧野がいた!!

 

また、会いたいって思っていたんだ。

この時間にここにいるっつーことは…。

あいつ、道明寺ホールディングスの社員だったのか?

 

バクバクと動き出す心臓。

偶然、同じ会社に勤めていたってことか?

牧野の勤務先を、調べさせようと思ってはいたが…。

 

昨夜、俺が感じた違和感はこれだったんだ。

俺は、牧野をこのロビーで見かけていたんだ。

どこかで会ったと思ったんだ!

 

 

 

私が出社して、エレベーターホールへ向かおうとしたら…。

いつものざわめきが聞こえてきた。

 

我が社の風物詩。

前を見ると─────。

支社長と西田秘書が、正面玄関からエレベーターホールへ向かいだしていた。

 

ヤバい。

昨日、会ったばかりだもん。

さすがに、私のこと覚えているよね。

やっぱり、道明寺ホールディングスの社員って言った方が良かったかな。

 

でも…。

あの時は、あんな倒産直前工場経営者のパパと、道明寺ホールディングスの支社長が今後、会うってことは無いだろうって判断してしまったんだよね。

私も、もう会うことは無いって思っていたし…。

 

とりあえず、今は逃げよう。

エレベーターホールに向かおうとしていた足を180度方向転換し、私はトイレに駆け込んだ。

 

はー、はー、はー。

思わず、洗面台に手を付き息をつく。

 

ドキドキドキ。

えっ、なに?

 

異常にドキドキしている私の心臓。

久しぶりに走ったから、まさかの運動不足?

 

でも、私の頭に浮かぶのは、運動不足のことじゃなく…。

昨夜、支社長が笑った顔。

 

キューン。

心臓がますますドキドキしてくる。

 

私にとって初めての動悸。

どうしていいのかわからない。

 

ドキドキが治まってから、私はエレベーターホールへと向かった。

 

そこには、もう支社長はいなかった。

ホッと安心しながら、どこかで残念に思ってしまっている私。

 

なんで、残念に思ったの?

また支社長のことを思い出すと、ドキドキ動き出す私の心臓。

 

それにしても─────。

今まで、社内で会ったことすら無かったのに…。

同じ会社だと、いつどこで会うかわからないよね。

 

やっぱり、最初に道明寺ホールディングスの社員ってことを伝えていた方が良かったのかも…。

こんな風に思いながらも、支社長は忙しいから、次に会ったとしても私のことなんて覚えてないよ。

こんな風に思うことにした。

 

それなのに、私は─────。

でも、少しくらい覚えていて欲しいな。

こんなことを、思ってしまっていた。

 

なんで、こんな風に思ってしまったのかな?

自分の頭で思っていることと、心で思っていることが違う。

 

支社長が私のことを、覚えてないって思った瞬間。

私の胸は、苦しいくらい締め付けられた。

 

 

 

俺の存在に気付いた途端─────。

牧野は180度回転して、トイレに駆け込んだ。

 

人生で初めて、俺は女に避けられた。

なんでなんだ?

 

今までの香水臭い女達なら、体を摺り寄せて

『昨夜は、ごちそうさまでした。』

だとか

『ご一緒させていただき、とても幸せでした。』

こんな周りに誤解を招くようなことを、言ってきたぞ。

 

なんで牧野は、俺を避けたんだ?

あいつも完全に、エレベーターホールに向かっていたはずだ。

 

なんで俺より、トイレなんだ?

普通だった俺だろっ!

 

俺は、お前にまた会いてーって思っていたし、一緒にメシも食いに行きてーって思ってんだぞ。

日本酒の練習するって約束は、どうなったんだよ。

 

こんな時は、どうしたらいいんだ?

次に、牧野に会う時はどうしたらいいんだ?

っつーか、メシを誘う場合はどうしたらいいんだ?

 

社員と俺。

っつーことは、社員と支社長になる。

 

この場合、どうなるんだ?

コンプライアンスに引っ掛かる。

かもしんねー。

 

どうしたらいいんだよ。

俺は、今まで女なんて追いかけたことなんてねーからわからねー。

 

あいつらに、相談するか…?

人妻専門のあきら。

一期一会の総二郎。

三年寝太郎の類。

 

こいつらに相談するなんて無理だろ。

笑い話にされて終わる。

 

俺は、目の前にいる西田を見た。

ダメだ。

こいつは論外だ。

女と付き合ったことなんてねーはずだ。

 

姉ちゃんもダメだ。

相談どころじゃなくなる。

興奮した姉ちゃんに、俺は絶対に蹴り飛ばされる。

 

何で俺の回りには、フツーに相談できる奴がいねーんだよっ!

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。

 


Coincidence5

2023-01-25 08:00:00 | Coincidence(完)

 

 

本夕より支社長は、ネジ工場の牧野社長と会う約束でございました。

あいにく牧野社長は体調を崩された為、日を改めてもらいたいと、社の方に連絡があったのですが…。

残念ながら、こちらとは入れ違いになってしまいました。

 

電話連絡をして下さった牧野社長のお嬢様の牧野つくしさんは、入れ違いになったと察知し、わざわざ料亭まで謝りに来て下さりました。

実は牧野社長のお嬢様でいらっしゃる牧野つくしさんは、弊社の従業員であります。

 

申し遅れました。

私、道明寺ホールディングス日本支社:道明寺支社長の秘書を務めております西田と申します。

 

電話連絡だけでなく、自ら出向いて謝罪をしてくださった牧野さんですが…。

その誠意が、女性嫌いの支社長に通用するかどうかを心配しておりました。

 

軽くあしらった後に悪態をつき、直ぐにでも部屋から出てくる。

と、隣室で予測しておりました。

 

が、それなのに!

予定通り会食が始まったのでございます。

 

支社長が女性と二人で食事をなさるなんて、青天の霹靂でございます。

何が起こったのだろうかと心配していると─────。

 

女将から、信じられない言葉を聞くことになったのです。

「初めて左手のサインが出ました。」と…。

 

左手のサイン。

それは、料理をゆっくり出すようにの合図でございます。

 

このような料亭では、顧客のサインに応じてくださります。

支社長は基本、早く終わらせることに重点を置かれていました。

 

暫くすると、もっと信じられないことが起こりました。

隣室から楽しそうな話し声が聞こえてきたのです。

 

盗み聞きをしていたのではございません。

お二人の声が、漏れ聞こえただけです。

もっと聞こえるようにと、私は隣室と隔てている襖の隣へと移動しました。

 

「私の父は、何よりもネジが大好きなんです。」

牧野さんの声です。

 

「螺旋状になっているショートパスタのフジッリ(スピラーレ)のサラダを食べると、うちの父は『ネジに申し訳ない。』なんて言って謝りだすんですよね。」

再び、牧野さんの声です。

 

「チョロギや巻貝を見ると『自然界の回転に勝つような、綺麗なネジを作りたい。』なんて空に向かって叫びだしたりするんですよね。」

三度、牧野さんの声です。

 

牧野さん!

司様が、女性と初めて二人きりで食事をしているのです!

ご自分のお父様の話ばかりしないで、もう少し気の利いた話をしてください。

 

そして、司様!

牧野さんばかりに話をさせないで、ご自分からも少しは話してくださいっ!

私は、こんなことを心の中で唱えました。

 

そしたらどうでしょう。

「うおっ!」

「きゃっ!」

と、言う声が同時に聞こえたのです。

 

私も司様と同じく『うおっ! 』です。

隣室で何が起こったのでしょうか?

 

司様が牧野さんを押し倒した。

なんてことになっていたら、どうしましょうか?

 

いや。

それは、ありませんね。

二人は同時に驚いた。

 

何が起こったのか、次の反応で判断しないといけません。

この襖がマジックミラーだと、二人の様子を見ることが出来たのですが…。

こう思った時です。

 

「すみませんっ。大丈夫でしたか?あっ、濡れてしまいましたね。本当にすみません。」

焦ったような牧野さんの声が、ハッキリと聞こえてきました。

 

と同時に、司様の笑い声が聞こえてきたのです。

そして、

「お前、本当に下手だなぁ。」

このような司様の声がしました。

 

「はい…。本当にすみません。ジャケット、大丈夫ですか?これで、拭いてください。」

申し訳なさそうな牧野さんの声も、聞こえてきました。

 

どうやら、牧野さんが司様に酌をした際に飲み物を溢してしまい、司様のスーツが濡れてしまったようですね。

そして、牧野さんが司様にハンカチを渡した。

 

「おぅ。サンキュー。これから、特訓な。」

嬉しそうな司様の声が聞こえます。

 

「ビールの後は、日本酒の特訓だからな。」

坊ちゃんは、ちゃっかり次の約束までしていらっしゃいます。

 

 

帰り際。

牧野さんは当然のように電車で帰ろうとされたのですが…。

案の定、司様が大反対され「絶対に送る。」と言い出しました。

 

残念なことにこの料亭からだと、道明寺邸と牧野さんの家は逆方向。

牧野さんもそこに気付いているらしく、

「道明寺支社長に遠回りしてもらうのは、申し訳ないので…。」

と辞退されておられます。

 

ですが、このような時間に、女性一人で帰らせるのは心配です。

私は、牧野さんにはタクシーを手配しました。

そんな私を、ジト目で睨んでくる司様。

 

少しでも一緒に牧野さんと過ごしたかったのでしょうか?

それとも、牧野さんのお宅を知りたかったのでしょうか?

どちらにしても、このような司様の行動は初めてです。

 

私はジャケットからスマホを取りだし、ある方にメールを送信しました。

【司様に初恋の兆し】

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。