赤札を貼ってしまった人への謝罪がいよいよ1名になった。
仕事もようやく楽しくなりだした。
だから、俺は少しだけ浮かれていたんだと思う。
「お前の理想の結婚式ってどんなんだよ?」
俺は牧野にこんなことを聞いてしまっていた。
メシを食っていた手を完全に止め、キョトンとした顔で俺を見てくる牧野。
俺はいい加減な思いで聞いたんじゃねー。
俺の謝罪が上手くいき、俺の思いが牧野に通じたら…。
嘘で設定された一年後の挙式が本当になる。
その時、こいつの理想の結婚式は絶対に叶えてやりたいって思いがあったからだ。
一語一句忘れず覚えるぞ!
「うーん…。…私の理想の結婚式かぁ…。昔はハワイで挙式に憧れていたんだけど…。今は国内で近場かなぁ。」
あ?ハワイ?
英徳の中等部の遠足じゃね?
こんなことは思っていても口に出さねー。
「もし…。来てもらえるなら、疎遠になってしまったお祖父ちゃん達や親戚も呼びたいかな。そうなると…、海外より国内の方が良さそうなのかなぁ…。」
自分の結婚式っつーのに、祖父母や親戚のことを一番に考えるのが牧野らしい。
「うーん…。結婚式の当日は…。牧野の家から式場に行きたいなってくらいかな?」
牧野が言ったことがわからず、思わず理由を聞いていた。
「ママは…。結婚式の日に、あの家から私をお嫁に出すのが夢なんだって。あんたにしたら小さい夢って思うかもだけど、ママがずっと言ってた夢だから…。叶えてあげたいな…。」
自分の結婚式なのに、母親や身内のことしか考えてねー牧野。
それなのに、こいつはスゲー嬉しそうに話している。
俺の目に狂いは無かった。
こんな牧野だから俺は好きになったんだ。
ただ、問題は俺の思いが全く通じてねーことだ。
その証拠に、こいつは俺が凹むことを言ってきた。
「…この契約が終わったら…。…そんな人を探さないとね…。」
牧野に悪意が無いのはわかっている。
それでも、牧野の言ってきた言葉は俺にとっては聞きたくねーものだった。
なんで、お前はそんなことを言うんだよ?
俺が理想の結婚式を聞いているんだぞ!
契約でも旦那が嫁に『理想の結婚式』を聞いているってことに気がつけよ!
少しくらい俺の気持ちに気付けよ。
こんなことを思っていたからか、この時の俺は気付いていなかった。
牧野がいつものように《教師》や《未来の本当の旦那様》ってことを言わなかったことに…。
この後、俺は部屋に戻りデスクの引き出しを開けた。
そこに入っている薄い透明のファイルを手に取る。
ファイルに入っている契約書を見ていると、過去の俺がしてきてしまったことに腹が立ってくる。
赤札を貼ってしまったことも、牧野に言ってしまった言葉も。
俺のしたこと全てが返ってきただけだ。
それでも、俺は絶対に牧野を諦めねー!
俺は衝動的に油性のマジックを手に取った。
ファイルから契約書を取りだし、力任せに『バン!』と音が鳴るほど叩きつけた。
ジンジンと痺れる手で、油性のマジックのキャップを外す。
俺は、契約書に思いっきりバツ印を入れた。
あまりの力に、マジックが進むたびに紙に小さなシワが入る。
力任せに書いた為に、最後はマジックの芯が中に入り込んでしまった。
もう少しの所で完成されなかったバツ印。
この契約書の威力を見せつけられたような気になる。
それでも絶対に、俺は牧野を諦めねーからな!
思わずこの契約書を破り捨てそうになる俺。
そんな時に聞こえたような気がした西田の声。
「契約書は大切に扱ってください。後日、トラブルが発生した時や契約内容が変更になった時に必要です。」
俺は数か月ぶりにゆっくり契約書に目を通した。
!!!
そこには、あの時に気付かなかった重大な記入漏れがあった。
俺が仕事をするようになったから気付いたのか?
あの西田がそんなことに気付かねーはずはない。
契約書を作成した時に既に、西田は気付いていたのか?
俺は大きくバツ印のついた契約書をファイルに入れ引出しに直した。
晩ご飯を食べている時に…。
道明寺から突然聞かれた理想の結婚式のこと。
またドキンドキンと動き出す私の心臓。
なんでこんなに動き出すの?
少し前から私の心臓はおかしい。
ずっと夢見ていた理想の結婚式。
山田先生みたいな優しい人との結婚式。
それなのに、なぜか言葉は思うほど出てこなかった。
私の理想とは違うような気がして仕方なかった。
ふと、見上げた道明寺はいつものような優しい顔では無かった。
冷たい顔をしていた。
あぁ…。ただ、聞いてきただけ。
ドキドキ動いていた心臓は急に冷たくなってきた。
「…この契約が終わったら…。…そんな人を探さないとね…。」
私は自分に言い聞かすように、呪文を唱えるように言った。
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