八十八夜

学生時代から大好きなマンガの2次小説です

まやかし婚107

2022-01-26 08:00:00 | まやかし婚(完)

 

 

私が自分の部屋に籠っていた時に、道明寺は会社から帰ってきた。

私は直ぐに涙を拭いて、急いで鏡台の前に立つ。

そして、私は目が腫れていないか、赤くなっていないかのチェックをした。

 

大丈夫。

目も腫れていないし、赤くなっていない。

ついでに、鼻も赤くなってない。

涙の痕も無い。

 

私は道明寺がいるリビングに、いつものように私らしくってことに意識して入っていった。

道明寺は、そんな私の顔を見ると困ったような顔をした。

 

そりゃ、そうだよね。

私には、今までにいっぱい規制を掛けていたのに、自分は大々的にスクープされたんだもん。

いくら道明寺でもバツが悪いよね。

 

こんな時、素直に謝りにくいものだよね。

でも、恋愛は自由なんだ。

 

ましてや、私たちは一年って期間限定の契約結婚なんだから。

その契約期間が半年をきって、その後に向けて動き出すのは当然のことなんだから。

 

この契約が終わったら、男の道明寺は直ぐに結婚することができる。

数年前まで、女は離婚しても、半年経たないと再婚出来なかった。

今は法改正によって100日に短縮されているし、離婚時に妊娠していないことを医師が証明さえしてくれた場合は100日以内でも再婚できるようになった。

 

私の場合、契約が終了しても…。

もう、誰かと結婚するかどうかなんて、全くわからない状態。

 

ずっと先生みたいな人と結婚したいって思っていたのに。

いつの間にか、学生時代に大嫌いだった奴に惹かれて、いつの間にか好きになっていたなんて…。

 

私、頑張ったよ。

普通に言えたよね?

道明寺が、私に何かを話したがっているのは気が付いていた。

 

でも、道明寺から

『好きな女がいる。』

『お前との契約が終わったら、滋と結婚するんだ。』

『お前も、早く理想の教師を見つけろよ。』

なんて、絶対に聞きたくなかった。

 

そんなの辛すぎるし、悲しすぎる。

だから、私から話し出した。

明るく、元気に、いつものように話し出したんだ。

「報道見たよ。大河原さんって、あんたには勿体ないくらいの綺麗な人だね。」

「私も素敵な人、見つけないとね。」

 

私は食べ終わった後、いつものように片付けをして自分の部屋へ戻った。

ドアを閉めた途端、我慢していた涙が溢れてくる。

「ぅうー。うっ…。」

 

私の部屋は、玄関から直ぐの所にある。

道明寺の部屋は、リビングの向こう側。

 

だから、少しくらい泣いていたって泣き声が聞こえることはない。

でも、万が一がある。

絶対にバレてはいけない、この気持ち。

 

また、今朝のあの写真が私の目の前に、頭の中に出てくる。

道明寺と大河原さんが、キスする直前の写真。

スマホで見て一瞬で画面を消した写真。

見たくないのに、何度もテレビに映ってくるあの写真。

コンビニで買った新聞にも、一面に大きくカラー印刷されているあの写真。

 

道明寺と大河原さんのキスする直前の写真。

道明寺の顔は、クルクルの髪の毛で半分隠れていて表情は見えなかった。

 

でも、大河原さんの腰に腕をしっかり回していた。

大河原さんも、道明寺の胸にキレイな手を添えていたよね。

 

私は、今日何度目?

いや、何十回目になるだろうと思いながら、頭を振った。

必死になって頭を振った。

でも、あの写真が私の記憶から消えることはなかった。

 

いつの間にか、私はしゃくりあげて泣いていた。

私はベッドに顔を押し付けて、泣き声が漏れないように泣いた。

「ひっく…。ひっ、ひっく…」

 

好きって気付いた日に、失恋するなんて私くらい。

なんで、道明寺と大河原さんの報道で自分の気持ちに気付くのかな?

 

バカだよね。

一緒に住んでいるのに、自分の気持ちに全く気付いてないなんて。

 

いつから好きになっていたんだろ?

気付いたら好きになっていたって、一番たちが悪いよね。

だって、道明寺の良い所も悪い所も全部ひっくるめて好きなんだから。

全てが好きってことなんだから。

 

道明寺の負担にならないように────。

道明寺には私の気持ちを知られてはいけない。

あいつは優しいから、私の気持ちに気付いたら困ってしまう。

道明寺は優しいから、きっとすごく悩んでしまう。

 

この想いは、消さなくてはいけない。

絶対に。

約束だから。契約だから。

 

私が小さい頃、ママに言われた言葉。

『つくし、ウソはついてはいけません。ウソをつくと、そのウソのためにまたウソをついてしまうから。』

 

これは、本当の言葉だった。

私はこの嘘だらけの結婚に、また新たな嘘を重ねる。

 

これから契約が終わるまで…。

契約が終わっても、この気持ちを隠し通そう。

自分の気持ちに、嘘を重ねよう。

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。


まやかし婚106

2022-01-25 08:00:00 | まやかし婚(完)

 

 

ウソツキ。

大河原さんと約束しているなら、私に花火に行こうなんていわないで!

私、バカみたいじゃない。

 

花火を誘ってきたのも、道明寺からしたら社交辞令みたいなものだったんだね。

大河原さんとの約束が入ったら、そっちが本命だから優先するだけのことで…。

私が勝手に本気にしてしまっただけ。

 

あいつが喜んでくれるかもって、あいつがプレゼントしてくれた浴衣まで着て。

必死になって着たのに見てすらもらえなかった。

 

そりゃ、そうよね。

本命の、あんな綺麗な彼女がいるんだもん。

 

その彼女と、最上階のあの執務室で二人きりで花火を見たんだ。

最初に道明寺と会った日に、私も入った執務室。

 

そして…。

道明寺って、私も入ったメープルのスィートで会ってたんだ。

 

最低。

彼女がいるのに契約結婚なんてしないで!

 

ドレスを着た私と写真を撮る必要なんて無かったじゃない!

毎日、帰って来ないで!

 

私の帰宅が遅いのに文句なんて言わないで!

花火、誘わないで!

優しくしないで!!

 

道明寺が結婚に興味が無いって言っていたのは、私との結婚に興味が無いってことだったんだ。

あれ…?

ちょっと待って。

契約前に西田さんが『結婚相手は見つかっていません。』って言っていたよね。

 

ってことは!!

私と契約してから大河原さんと付き合いだしたの?

それとも、契約が始まるまでの数か月あった時に付き合いだしたの?

 

どっちにしても、契約結婚するのが決まっているのに付き合うなんて最低!

私に恋愛禁止令を出したのに、自分は付き合っているとか頭沸いているんじゃない?

 

道明寺のバカ!

バカバカバカ!

ついでに、もう一回バカ!!

 

この瞬間。

ずっと、私の目でなんとか堪えていたものが溢れ出た。

 

私の頬を、温かいものがつたった。

どんどん溢れてくる私の涙。

 

道明寺が優しく笑った顔、私の髪を梳いてきた時の顔、嬉しそうに笑った顔。

道明寺の困った顔、ビックリした顔、怒った顔。

いろんな道明寺の顔が、私の中で追いつかないほど溢れ出てくる。

 

なんでっ!!

あいつの顔ばかり出てくるのよ。

 

私は、いつの間にか自分の目から流れ落ちた涙を自分の手の甲で拭いた。

でも、涙は後から後から零れ落ちてきた。

私の涙は、私の服を濡らした。

 

バカは私。

私、いつの間にか道明寺のことを好きになっていたんだ。

 

だから、こんなに悲しくて辛くて苦しんだ。

だから、あの朝の報道から苦しくて仕方がないんだ。

 

なんで、道明寺を好きになってしまったの?

なんで、道明寺と契約結婚なんてしてしまったの?

お金の為に結婚なんてするから、こんなことになってしまった。

 

どうしよう…。

好きになった人には、大切な人がいる人だった。

 

好きになった人は、好きになってはいけない人だった。

あいつの誕生日までどうして過ごしたらいいのかな?

 

 

 

この日の夜、俺が帰宅すると真っ暗だった。

牧野の部屋からは微かに光が漏れていて、牧野が帰宅しているのはわかった。

俺は電気を付けながらリビングに移動した。

 

キッチンのテーブルには、二つのベントウらしきもの。

なんだ、これが今日のメシか?

 

こんなことを思っていると

「おかえりなさい。」

自分の部屋から出てきた牧野が、いつものように笑いながらリビングに入ってきた。

 

「おぅ。」

俺の返事に、「ただいまくらい言いなさいよ。」このいつもの言葉は無く…。

 

「今日はね、初めてスーパーのお弁当を買ってきたんだ。手抜きとか契約と違うなんて言わないでね。」

こう笑いながら、レンシレンジで、スーパーで買ったベントウを温めだした。

 

滋にはわりぃが、俺は牧野に全て素直に話すと腹を括った。

お前のことを想っているってことを…。

 

赤札の謝罪は、一名残っている。

それでも、こいつが他の男といるのを二度と見たくない。

俺の気持ちを伝えねーと、始まらない。

 

俺は、牧野の言葉を待たずに話すことにした。

「サル――――。」

俺の言葉は牧野の言葉に掻き消されてしまった。

 

「今朝、天草主任にムチャクチャ仕事回すって宣言されてしまって。本当にスゴイ量が回ってきたの。今日はクタクタになってしまったからお弁当ね。」

 

天草からの仕事?

ふざけんな!

もうこれ以上、我慢できねー。

 

俺がもう一度、口を開いた時

「俺、────。」

 

「あんた、どっちにする?《超大盛!ドデカチャーハンとから揚げセット》と、《ガツンと!トンカツ特盛セット》」

またもタイミング悪く、牧野の声に消されてしまった。

 

「さ、座って。温かいうちに食べよう。いただきまーす。」

さっさと椅子に座った牧野は、美味そうに食いだした。

 

なんで、いつもと一緒なんだよ?

お前は何も思わねーのかよ?

 

仮にも旦那が他の女とホテルで密会していたんだぞ!

あんな写真まで撮られても、怒ることも悲しむことも無い牧野。

 

ヤキモチを妬いてもらうなんて論外。

俺のことを何も思ってねー。

その証拠に文句すら言ってこない。

 

俺は、お前が同窓会に行った時は迎いに行っただろ。

織部とメシ食って帰ってきた日は怒っただろ?

 

「報道見たよ。大河原さんって、あんたには勿体ないくらいの綺麗な人だね。」

「私も素敵な人、見つけないとね。」

笑いながら言ってきた牧野。

 

俺のことを全く気にしてねーことに、目の奥が熱くなってくるのがわかる。

やべぇ。鼻まで痛くなってきた。

 

こんな辛くて苦しい想いは産まれて初めてだ。

どうしたらいいんだよ…。

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。


まやかし婚105

2022-01-24 08:00:00 | まやかし婚(完)

 

 

テレビ画面にデカデカと映る天草と牧野。

天草が牧野を後ろから抱き締めているかのように見える。

 

いつの日か、西田が俺に報告してきた通り…。

そして、社食で営業の奴らが話していた通り、天草は絶対に牧野の事が好きだ。

 

どっどっどっ…。

俺の心臓が、スゲー勢いで動き出す。

ドッドッド。

俺の体中の、毛が逆立つ。

 

あいつは、俺の女だ。

あいつは、俺の嫁だ。妻だ。

勝手に触るなっ!触れるなっ!!

 

直ぐにでも1階に下りて、牧野を天草から引き離したい。

俺の胸に牧野を閉じ込めたい。

 

俺があの場から、牧野を守ってやりたかった。

でも、その原因を作ったのは俺。

しかも、あいつにヤキモチを妬かせたいっつーガキみたいな理由だけで。

 

天草が牧野を守っていた時、俺は牧野を守ることすら出来なかった

天草に対する敗北感なのか?

自分に呆れているのか?

 

バカなことをしてしまった。

それでも、天草が牧野を背中から守る態度に腹を立てながら────。

取り返しのつかねーミスをしてしまったっつー不安な気持ちが俺を強く支配した。

 

 

 

今日、私、どんな仕事したんだっけ?

仕事中の記憶が全くない。

ミスして無かったら良いんだけど…。

 

パパがどれだけ借金をしても、闇金に手を出した日も、警察でお世話になった日も…。

ショックで落ち込んだし、凹んだけど、今日みたいなことはなかった。

 

私は今日、おかしい。

ずっと、変だ。

 

私は仕事から帰って部屋に籠っている。

動きもしないで、フカフカのカーペットの上で寝転んでいる。

 

この気持ちはなに?

すごく寂しい。悲しい。

 

天草主任からたくさんの仕事が回ってきたから疲れたのかな?

ううん。違う。

心に大きな穴が、ぽっかり空いている。

 

こんなこと、今までになかった。

体が疲れたんじゃない。

心が疲れたんだ。

 

朝から、報道陣がすごかったよね。

私の時はウソだったから、今日みたいなことにならなかったんだ。

 

本当の報道の時ってあんなに取材に来るものなんだ。

今朝、会社に入ろうとしたときのことが頭に浮かぶ。

 

今日の夜ご飯は、何も作る気になれなかった。

スーパーに寄って、適当に買ったお弁当。

キッチンのテーブルの上に置いたまま。

道明寺ってお弁当を食べるのかな?

 

私の手元に広げられたままの新聞は、帰りにコンビニで初めて買った。

そこには、道明寺と大河原滋さんの事が細かく書かれていた。

 

スマホで見た情報と同じこと。

『恋多き財閥令嬢:大河原滋さん、道明寺ホールディングス御曹司:道明寺司氏と真剣交際!』

『学生時代も一時、婚約!』

『道明寺氏が年間キープしているメープルのスィート直行のエレベーターに乗る大河原滋さんを度々目撃!!』

 

メープルのスィートって…。

あいつの誕じょ…いや、契約が始まった日に私が行ったあの部屋だよね。

 

ズキって痛くなる私の心臓。

あの部屋に私以外の女の人が入ったことにショックを受ける。

 

『親密な2人が一緒にエレベーターに乗る所を本社記者がスクープ!!』

抱き合って、今にもキスしそうな道明寺と大河原さんの写真。

 

朝から何度も目にした写真。

本当に親密だね。

涙で視界が悪くなる。

綺麗な人だね。

涙で視界が狭くなる。

 

『大河原グループの重役Aさんによると、滋さんの父であり大河原グループトップの大河原氏は、一人娘のお嬢さんの滋さんの結婚については明言していないが大河原グループ存続の為に、確実に婿養子となる人物を希望しているとのこと。そのことは、滋さんも納得している。』

婿養子。

道明寺が大河原さんの家に婿養子に入るだね。

 

美作さんの家で、絵夢ちゃんと芽夢ちゃんが話していた人でしょ。

大河原滋さん。

道明寺のことを好きだった人。

 

『道明寺司さんは、周知の通り道明寺ホールディングスの直系の跡取り。が、実姉も既に事業をしており経営者としての資格も十分。道明寺司さんが大河原家に婿養子入りするのに何も問題はないであろう。』

 

あいつはどうだか知らないけど、お姉さんは経営手腕ありそうだよね。

こんなこと考えながらも、どんどん視界は狭く悪くなってくる。

私の気持ちは押し潰されそうになってくる。

 

『大河原家と家族ぐるみでお付き合いしているBさんの情報によると、年明けにもおめでたいことの発表とのこと。』

 

道明寺と私の契約が終了するのも年明け。

この契約が終了するのを二人は待っているんだ。

昨日の道明寺からの不自然な視線は、このことを言いたかったんだ。

 

『先月末に都内で行われた花火大会の日の夕暮れに、大河原滋さんが道明寺ホールディングス本社に入っていく姿を目撃されている。』

『道明寺さんの最上階にある執務室で仲睦まじく花火を観賞した姿が安易に想像できる。』

ご丁寧に大河原さんがあの花火の日に道明寺ホールディングスに入っていく姿の写真付。

 

これには凹んでしまった。

あの日は、仕事だって、遅くなるってメールしてきたじゃないっ。

 

カーペットに寝転んでいるのに…。

私の体は、心は、鉛のように重たくなっていた。

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。


まやかし婚104

2022-01-23 08:00:00 | まやかし婚(完)

 

 

「なにが『そのドレスの選択、センスあるんじゃね。』よ。もう!滋ちゃん、吹き出すかと思ったよ。」

エレベーターのドアが閉まった途端に、滋の笑い声。

 

「お前こそ、なんだよ?『ありがと。司なら気付いてくれると思った。』って。あの記者が隠れてるところばかり見ていたじゃねーか。滋には、女優は無理だな。」

俺も、笑いながら滋に言った。

 

エレベーターは最上階を目指す。

エレベーターを降りた後、滋は俺に珍しいくらいに礼を言ってきた。

 

「司、ホントありがと。むっちゃ感謝だよ。しばらく、記者の尾行に気を付けて。ま、司は万年童貞だから、心配ないけどね。」

万年童貞は余計だ。

少しくらい恥じらいを持て。

 

「もう滋ちゃんは売約済みだけど、童貞卒業するなら良い子見つけてね。ほんと、いい年なんだからマジメに恋愛しなよ。」

滋の忠告。

 

もう見つけているんだよ。

恋愛もしている。

あいつこそ俺に売約済みだ。

 

滋は大河原がキープしている部屋へ足早に向かいだした。

俺は、牧野の待つペントハウスへ急ごうとした。

 

が、突然足を止めた滋が言ってきたんだ。

「司がマジメに恋愛するとしても、年明けの滋ちゃんの婚約発表までダメだからね!でないと、ややこしいことになるからね!」

 

あ?なんだと…。

でも、俺とあいつは既に結婚しているし問題ねーだろ。

 

仮に、今日のことが報道になったとしても、少し前の時の牧野との報道程度だろと俺は思っていた。

まさか、直ぐに報道されるとは思いもしなかった。

 

 

 

今日は、どうしたのかな?

道明寺が帰ってこない。

 

急に仕事が忙しくなったのかな?

先に晩ご飯を食べようか、待っていた方が良いのかな?

冷めてしまうよ。

こんなことは初めてで、どうしようかと思ってしまう。

 

道明寺から何か連絡が無いかとスマホチェックする。

でも、道明寺からの連絡は無かった。

電池の残量が減ってきているのに気付いた私は、部屋に戻りスマホの充電を始めた。

 

部屋から出るタイミングで道明寺が帰宅した。

いつものように一緒に晩ご飯を食べ、いつものように過ごした。

でも、何となく道明寺の視線が気になっていた。

 

翌朝─────

私は出社して、昨夜の道明寺の視線の意味を知る。

 

朝、いつものように出社すると、会社の正面玄関前はマスコミで溢れかえっていた。

なに?この人たち?

もしかして、道明寺と私の契約がバレた?

 

私は、恐怖で足がその場ですくむのがわかった。

同時に、手が震えだす。

 

どうしよう。

なんでバレたの?

まさか、道明寺が話してしまったの?

いや、道明寺はそんなことしない…。

 

私が呆然としていると、後ろから来た天草主任に腕を取られた。

「つくし。あいつらに何を聞かれても、絶対に答えるな。」

天草主任は、はっきりした口調で言ってきた。

 

そして、マスコミ各社が辛うじて社員用に残したであろう人垣の中を足早に歩きだした。

一方的に投げかけられる質問。

 

「大河原滋さんは、よく道明寺社長に会いに来られるのですか?」

え?大河原滋さん?

 

「社員向けになにか説明とかありましたか?」

社員向けに説明?

 

「道明寺司さんと大河原滋さんについてどう思われますか?」

えっ?

あいつと大河原滋さんについて?

 

なに?

何を聞かれているの?

私のことではなかったって安心と、何を聞かれているのか全く分からない不安が交差する。

 

こんな質問と同時にマイクが向けられる。

マイクを持つ手が近づくと同時に、眩しいライトやフラッシュが四方から光っている。

 

私は質問やマイク、眩しすぎる光から逃れるようにやや下を向きながら歩く。

私の後ろには、天草主任が私の背中から守るように一緒に歩いてくれている。

 

「あっ!!あなたは、天草議員のご長男さんですよね?確か、道明寺司さんと同い年ですよね?」

こんな質問が天草主任に気が付いた人にされた瞬間!!

 

今まで以上に眩しいライトが私と天草主任を照らしてきた。

この瞬間、天草主任は私の顔をカメラから守るように、私の顔を守るように後ろから自分の腕を回してきてくれた。

 

「失礼。」

天草主任は、声を掛けてきた人に一言だけこう言った。

そして、今さっきよりもっと、私の背中に自分の体を添わすようにして、社内へ私を誘導した。

 

何が起こったの?

何があったの?

 

大河原滋さんって、大河原グループのお嬢様だよね?

昨日、道明寺の様子が変だったのってこれと関係があるの?

 

私は、いつの間にか毎朝乗るエレベーターホールまで来ていた。

何が起こっているのか、何があったのか知りたかった。

でも、今さっきの出来事は衝撃的で私の思考をストップさせた。

 

呆然としている私に、天草主任は声を掛けてきた。

「つくし。あんな男は…。」

 

天草主任は少し困った顔をした後、私の髪をクシャってしながら…。

「今日、スゲー忙しいんだ。庶務にフォロー回すから頼むわ。」

こう言って、私に笑ってきたんだ。

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。


九州地方にお住まいの方、大丈夫でしたか?

地震はいつも突然で…。

本当に驚かれ怖い思いをされたと思います。

どうか皆様がご無事でありますように。


まやかし婚103

2022-01-22 08:00:00 | まやかし婚(完)

 

 

俺があきらに指定された場所――――。

メープルのスィート専用エレベーター前には滋が一人。

 

いつもの服装とは全く違う滋。

マスタード色の体のラインを強調するようなロングドレスで、胸元と背中が大きく開いている。

裾から大きく入ったスリットが、際どい所で止まっている。

 

まるで記者に「私はここ!」と主張しているような服装。

マスコミ対策をしている滋が、こんな服装をするわけがねー。

この服装の滋に、引っ掛かるバカな記者なんているのか?ってことすら思う。

 

滋は俺を確認すると小声で話してきた。

「私は類くんに頼んでいたのに司かぁ。イマイチだな。でも、仕方ないから司で我慢してあげる。」

 

この俺様に向かってイマイチってなんだよ。

仕方ねーとか我慢してあげるとか、余計なことばかり言ってんじゃねーよ。

俺は滋の為に協力してんじゃねー!

牧野にヤキモチ妬いてもらう為にしてんだよっ!

 

滋が言うには、日本は男に甘く、女に厳しい国らしい。

「嫁が浮気をするのは絶対に許せないのに、自分は若い女について行くどころか自ら誘う。」

「男なら、何人と付き合っても勲章になるのに、女だと尻軽扱い。」

 

そして、この国への不平をわめき出した。

「何が男女平等?企業のトップも政治家も大臣も地方議員も男ばかり。」

「女は子宮でしか物事を考えないと決めつけている。」

「まともに発言する機会すら与えてない現実に気付け!」

「女が参加できる会議がどれだけか少ないか世界に発信したい。」

「自治会みたいな小さなコミュニティですら、男が牛耳ってる。」

「男尊女卑の先進国!」

 

滋は隣の俺にだけ聞こえるように文句を言い続けている。

俺も男だよ。

 

確かに日本は男女不平等、いや男尊女卑に近いものが多すぎる。

道明寺の部長クラスですら、女子社員を掃除にお茶酌みやコピー係だと思っている奴もいる。

 

そんな奴は、家庭でもそうなんだろう。

ジェンダーギャップ指数も日本は156か国中120位。

話になんねーよな。

 

滋の男は永林の1つ上。

大河原ほどの規模じゃねーが、都内で医療器具を販売している会社の次男坊。

 

双方の親も公認。

結婚後は、滋の家に婿養子になることが決まっている。

ここまで決まっているが、少し前に相手の祖父が亡くなったとかで発表は年明けになるらしい。

 

その年明けまでのカモフラージュ。

なんでも滋は婚約発表する時に、このカモフラージュのことも今までの恨みも全て言うのを決めているらしい。

 

そんな滋が類に依頼した理由っつーのが…。

「もちろん映えだよ!映えるでしょ。類くん。」

「紀明くんもイケメンだけど、類くんみたいな王子様じゃないんだよねー。」

なんだよ、映えって。

 

滋は今回の作戦を相手の男とその両親、自分の親にも連絡済み。

あきらと総二郎も練りに練った作戦だと言っていた。

ここまで用意周到にされているっつーのもあって、俺はこいつらを信じた。

 

まさか、あいつらの中で《一石二鳥作戦・しくじっても滋だけはなんとかなる作戦》

こんな、いい加減な名前がついているなんて思ってもいなかった。

 

そんなことを全く知らねー俺は、今から、この作戦を決行する。

俺は、フロアに目を走らせる。

階段付近に、人影が確認できる。

 

滋も気付いているようで目配せしてきた。

記者だと判断した俺たち。

 

エレベーターの扉が静かに開く。

俺が乗り、滋が後に続いた。

 

俺は、滋の腰に手を回した。

俺は笑い出したくなるのを抑えながら、滋に伝えた。

「そのドレスの選択、センスあるんじゃね。」

 

滋も俺の言いたいことに気付いたらしく答えてきた。

「ありがと。司なら気付いてくれると思った。」

 

俺は、あいつらから指示されたように滋の方へ体を屈めた。

滋も、今にもふき出しそうな顔をしながら、俺の胸に手を添えた。

 

エレベーターの扉がゆっくり閉まりだす。

閉まる直前、エレベーターホールから鋭いフラッシュの光が俺と滋を照らした。

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。