牧野が帰ってこねー。
あいつ、何しているんだ?
俺はいつものように、牧野の帰社一時間後に会社を出た。
いつもなら、俺が帰宅すると既に牧野が帰宅している。
あいつは、この契約が終わるまで飲み会は極力行かねーって言っていた。
イライラしながら西田に連絡をする。
西田も知らないようだった。
でも、この時西田から俺は嫌なことを耳にした。
あいつは、時々天草と駅まで一緒に帰っているらしい。
なんで、天草と一緒に帰る必要があるんだよ!
このペントハウスは、道明寺東京支社から徒歩圏内だっ!!
毎日メシは牧野が用意する。
律儀なあいつは、自分が同窓会で出掛ける日も俺の夜メシを用意して行った。
一度だけ急に織部とメシに行った日もあったが、その日も事前に連絡してきた。
急用ができたのかって思いスマホをチェックしても連絡はない。
何かあったのか?って不安に思い、牧野に電話をする。
が、数回コールが鳴った後で無機質なアナウンスが流れるだけだった。
何かあったのか?
事件か事故に巻き込まれたのか?
どこに行ったんだ?
あいつ、帰ってこねーつもりか?
まさか無断外泊とかしねーよな。
俺はリビングと玄関を何回もイライラしながら往復した。
なにしているんだよ?
俺は何度も何度もスマホをチェックした。
玄関が気になってしかたねー。
俺が無断外泊した日は、あいつはどんな思いでいたんだ?
少しくらい俺のこと心配してくれたのか?
玄関に移動すると、1ミリたりとも動かねードアを蹴り飛ばしたくなる。
防音のこのドアなのに外から足音がするんじゃねーかって耳を澄ましている俺。
俺は玄関で、牧野が無事に帰ってくるのを待った。
何しているんだよ?俺。
アイツの事を、なんでこんなに心配しているんだよ?
なんで、俺はこんなにイライラしているんだよ?
なんで、俺はこんなに焦っているんだよ?
まだ、無断外泊ってわかったわけでもねぇ。
もしかすると、いつも一緒の女たちとメシを食いに行っているだけかも知れねーんだぞ。
イライラがピークになった21時過ぎ。
俺は警視総監に連絡しようとスマホをタップした。
その時!!
ガチャって音と同時に、目の前の玄関のドアが開いた。
牧野は一瞬、目の前にいる俺にポカンとした。
俺は、牧野を見たこの瞬間─────。
牧野の異変に気が付いた。
牧野は俺を見て笑った後、話してきた。
「牧野つくしぃ、ただいま帰ってきましたぁ。」
いつもの声、いつもの話し方とは全く違う。
初めて聞く鼻にかかったような甘えた声。
そして、大きな目がいつもよりトロンとしてる。
目のまわりがうっすら赤くて色っぽい。
そして、確実にいつもより潤んでいる。
頬も上気させ、足元がよろめいている。
こいつ酒を飲んできた!
直ぐに判断できた。
牧野が俺の横を通り過ぎる。
いつもの牧野の香りとは違う匂いがする。
牧野独特の優しくて甘い香りが全くしねー。
アルコールとタバコの匂いが鼻についた。
不快な匂い。
こいつに全く似合わねー匂い。
誰と飲んできた?
誰と一緒だった?
直帰だった天草とどこかで会ってきたのか?
強烈に湧き出す俺の中での嫉妬。
廊下を歩く牧野の足取りはおぼつかない。
そのまま、牧野はリビングのソファーにゴロンと寝転んだ。
少し気怠いのか、牧野は潤んだ目を軽く閉じた。
「誰と一緒だった?」
俺自身が、ビックリするような低い声が出た。
牧野は、少しだけ体をビクンとして答えてきた。
「織部くぅん。」
あ?織部だと?
牧野は、織部の名前を言った後、軽く息をはき出した。
「ぅうん。」
この鼻にかかった声が妙に色っぽい。
「二人きりで?」
「そぅ。」
俺の質問に気怠そうに答える牧野。
牧野の少しだけ開いた口から目が逸らせねー。
牧野が酒を飲むとこんな風になるのか?
くそっ。
これを織部が見たのか?
いつもの牧野から色っぽく変わっていくところを。
「俺は、お前に外で酒を飲むなって言ってなかったか?」
「ぅん。」
この返事すら、いつもと違って甘えたような声。
「お酒って美味しんだねぇ。織部くんがぁ、初めてならカシスオレンジってのとぉ、シャンディガフぅが良いってぇ…。言ってくれたんだぁ。」
織部の選んだのは、確かにアルコール度数の低い物だ。
初めて酒を飲む女にはピッタリな酒だろう。
比較的新しいカクテルで裏に隠れている言葉もない。
でも、その甘さに騙され、酒の弱い奴なら完全に酔ってしまう時もある。
牧野は、それをわかった上で飲んだのか?
それをわかっていて、織部は牧野に飲ませたのか?
増々イライラしだす俺の感情。
牧野と織部が2人で過ごしたってことにイライラする。
牧野が酒を飲んだってことに、腹が立つ。
どんな風に、織部と話して笑ったんだよ!
自分の中でわかる。
今、学生時代の赤札をしていたような頃のイライラした感情が湧き上がってきた。
コントロールなんか出来ねぇ。
ソファーで横になっている牧野は、完全に無防備だ。
スカートの裾から伸びている牧野の白い脚に、俺の目が釘付けになる。
俺の中で湧き出す男としての感情。
この急激に芽生えた、卑劣で自分勝手な思いに俺は支配される。
俺のモノにしろ!
こいつは俺の女だ!
戸籍上でも本当の夫婦だ!
本当の夫婦になって何の問題がある?
契約なんて俺は知らねー!
こんな思いに支配された俺は、牧野が横になっているソファーに静かに近づいた。
お読みいただきありがとうございます。