メープル東京
あきらから呼び出された俺は、久しぶりにメープルのバー《八十八夜》に来た。
常連客から88《ハチハチ》と呼ばれるこの店は、総二郎がプロデュースした店だ。
店名がこうなったのは、
『一期一会なんて店名にして、3回ルールを適応されたらシャレにならねーだろ?この店で年間、八十八夜くらいは過ごしてもらえるようにってな。』
こんな総二郎らしい返事があった。
店名からもわかるように、総二郎のこだわりが至る所に強く出ている。
シックで落ち着いた空間。
その所々に和のテイストがプラスされている。
空間はもちろん、料理や小物に至るまで総二郎が自ら選んだものだ。
そして、抹茶カクテル・抹茶ビールまで扱っている。
店で扱う抹茶のアルコールに関しては、総二郎が生産地まで選んで決めたらしい。
俺がいつもの奥の個室へ入ると、既に集まっている俺の幼なじみたち。
俺が入ると同時に、世話焼きのあきらがメシをどうするか聞いてきた。
「家に帰ってから食う。」
俺の返事に、こいつらが目配せしたような気配を感じた。
総二郎に至っては、ニヤニヤ笑っているのを隠そうともしてねー。
しばらく仕事の話をして、そして、会話は牧野の授業のことへと変わっていた。
類が、秋鮭ときのこのクリームパスタを食いながら俺に言ってきた。
「牧野、かなり頭いいよ。フランス語は初めてらしいけど覚えるのが早くて、発音も綺麗だよ。」
こんなことを言った後で、ニッコリ笑いながらふざけて言ってきた。
「司との契約が終了したら、俺が契約しようかな♪」
俺の表情が変わったのに察したあきらが類を制止する。
「類、そんなことを言うために集まったんじゃねーだろ。」
「なんで急に集まれなんて言い出したんだよ。」
俺はさっさと帰りたいってのを隠しもしねーで、こいつらに聞いた。
「まぁ、ゆっくりしろよ。つくしちゃんが気になるのはわかるけど、司の為に幼なじみでもあり、兄貴でもある俺たちが肌を脱いでやる。」
総二郎がこんなことを言ってきた。
「もう脱いでるっつーかな?」
あきらまで言ってきたことが…。
少し前に発売された俺と牧野のことが書かれた、あの週刊誌。
俺が知らなかっただけで、情報源はこいつらだった。
なんでも西田が了承済みとか。
なんで俺と牧野じゃなく、西田の了承なんだよ。
「あの写真の司、スゲー良かっただろ。司のつくしちゃんへの愛が溢れていただろ?俺のカメラテク、どうだ?スゲーだろ。」
総二郎の自画自賛。
「一流の男は、夜もカメラのテクも一流!」
俺に勝ち誇ったような目線の総二郎。
こいつらが、あの週刊誌に俺たちの記事を載せた理由。
あの記事や写真を目にした牧野が、少しでも俺を意識したらいいって理由だったらしい。
そんなことで、牧野の気持ちが動くわけねーだろ。
俺が理想の結婚式を聞いてもあの態度。
確かに赤札を貼ってしまった方への謝罪が済んでねーから、あんなことを聞くのは早かったのかもしんねーけど。
最近、俺たちの雰囲気が俺の期待している方に変わったように感じたのは俺の気のせいだったのか?
まだ、牧野は未来の本当の旦那を探そうとしている。
さすがに凹むよな。
そんな俺の気持ちにも全く気付かねーこいつら。
「大丈夫だ。次の手は俺たちで打っている。」
「この計画はスゲーぞ!」
「名付けて《つくしちゃんにヤキモチ妬かせる作戦》だ!」
あきらと総二郎が、ハイタッチしながら言い出した。
どんな作戦だよ。
あいつに少しでもヤキモチ妬いてもらえるんならなんでもするよ。
こんな状態の俺に、こいつらは俺が想像もしていなかったことを提案してきた。
「本当は俺が大河原に頼まれたんだけど、司の方が適任みたいだからよろしく~。」
「人助けにもなる!お前しか出来ねー。」
類と総二郎の言葉が全く理解できねー俺にあきらが言ってきたこと…。
それは、滋のマスコミ対策だった。
女の適齢期に入りここ数年、滋と桜子はマスコミに悩まされている。
桜子は、この辺りは上手くかわしている。
あきらをダミーに使い、自由な恋愛を謳歌している。
あきらも人妻との逢瀬が世間にバレないっつーのもあり、桜子に全面協力している。
これには時々、二人が一緒に部屋で過ごすオプションもついているらしく、マスコミには二人が真剣に付き合っていると思わさせている。
滋はその辺りを全く考えねーで行動して、週刊誌対策も全くしないで行動したのが問題となった。
滋個人だけでなく、大河原グループ全体がマスコミに叩かれてしまった。
で、今になり、滋が結婚を前提に真剣に付き合いだした奴がいるらしい。
絶対に今の男とのことはマスコミにバレたくない滋は、年明けまでっつー約束で類にカモフラージュを頼んできた。
それを聞いたあきらと総二郎が、類の変わりに俺に引き受けろって言ってきたんだ。
俺はこの時、こいつらの考えた作戦を深く考えてなんていなかった。
俺の思いに全く気が付かない牧野。
今でもまだ未来の本当の旦那を探し求めていることに対して…。
心の奥で抱いていた、ドス黒いイライラした気持ち。
いつだったか、牧野に対してお前もこんな辛い気持ちになってみろと思った記憶が蘇る。
「何をしたらいいんだ?」
俺はあきらに答えてしまっていた。
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