テレビ画面にデカデカと映る天草と牧野。
天草が牧野を後ろから抱き締めているかのように見える。
いつの日か、西田が俺に報告してきた通り…。
そして、社食で営業の奴らが話していた通り、天草は絶対に牧野の事が好きだ。
どっどっどっ…。
俺の心臓が、スゲー勢いで動き出す。
ドッドッド。
俺の体中の、毛が逆立つ。
あいつは、俺の女だ。
あいつは、俺の嫁だ。妻だ。
勝手に触るなっ!触れるなっ!!
直ぐにでも1階に下りて、牧野を天草から引き離したい。
俺の胸に牧野を閉じ込めたい。
俺があの場から、牧野を守ってやりたかった。
でも、その原因を作ったのは俺。
しかも、あいつにヤキモチを妬かせたいっつーガキみたいな理由だけで。
天草が牧野を守っていた時、俺は牧野を守ることすら出来なかった
天草に対する敗北感なのか?
自分に呆れているのか?
バカなことをしてしまった。
それでも、天草が牧野を背中から守る態度に腹を立てながら────。
取り返しのつかねーミスをしてしまったっつー不安な気持ちが俺を強く支配した。
今日、私、どんな仕事したんだっけ?
仕事中の記憶が全くない。
ミスして無かったら良いんだけど…。
パパがどれだけ借金をしても、闇金に手を出した日も、警察でお世話になった日も…。
ショックで落ち込んだし、凹んだけど、今日みたいなことはなかった。
私は今日、おかしい。
ずっと、変だ。
私は仕事から帰って部屋に籠っている。
動きもしないで、フカフカのカーペットの上で寝転んでいる。
この気持ちはなに?
すごく寂しい。悲しい。
天草主任からたくさんの仕事が回ってきたから疲れたのかな?
ううん。違う。
心に大きな穴が、ぽっかり空いている。
こんなこと、今までになかった。
体が疲れたんじゃない。
心が疲れたんだ。
朝から、報道陣がすごかったよね。
私の時はウソだったから、今日みたいなことにならなかったんだ。
本当の報道の時ってあんなに取材に来るものなんだ。
今朝、会社に入ろうとしたときのことが頭に浮かぶ。
今日の夜ご飯は、何も作る気になれなかった。
スーパーに寄って、適当に買ったお弁当。
キッチンのテーブルの上に置いたまま。
道明寺ってお弁当を食べるのかな?
私の手元に広げられたままの新聞は、帰りにコンビニで初めて買った。
そこには、道明寺と大河原滋さんの事が細かく書かれていた。
スマホで見た情報と同じこと。
『恋多き財閥令嬢:大河原滋さん、道明寺ホールディングス御曹司:道明寺司氏と真剣交際!』
『学生時代も一時、婚約!』
『道明寺氏が年間キープしているメープルのスィート直行のエレベーターに乗る大河原滋さんを度々目撃!!』
メープルのスィートって…。
あいつの誕じょ…いや、契約が始まった日に私が行ったあの部屋だよね。
ズキって痛くなる私の心臓。
あの部屋に私以外の女の人が入ったことにショックを受ける。
『親密な2人が一緒にエレベーターに乗る所を本社記者がスクープ!!』
抱き合って、今にもキスしそうな道明寺と大河原さんの写真。
朝から何度も目にした写真。
本当に親密だね。
涙で視界が悪くなる。
綺麗な人だね。
涙で視界が狭くなる。
『大河原グループの重役Aさんによると、滋さんの父であり大河原グループトップの大河原氏は、一人娘のお嬢さんの滋さんの結婚については明言していないが大河原グループ存続の為に、確実に婿養子となる人物を希望しているとのこと。そのことは、滋さんも納得している。』
婿養子。
道明寺が大河原さんの家に婿養子に入るだね。
美作さんの家で、絵夢ちゃんと芽夢ちゃんが話していた人でしょ。
大河原滋さん。
道明寺のことを好きだった人。
『道明寺司さんは、周知の通り道明寺ホールディングスの直系の跡取り。が、実姉も既に事業をしており経営者としての資格も十分。道明寺司さんが大河原家に婿養子入りするのに何も問題はないであろう。』
あいつはどうだか知らないけど、お姉さんは経営手腕ありそうだよね。
こんなこと考えながらも、どんどん視界は狭く悪くなってくる。
私の気持ちは押し潰されそうになってくる。
『大河原家と家族ぐるみでお付き合いしているBさんの情報によると、年明けにもおめでたいことの発表とのこと。』
道明寺と私の契約が終了するのも年明け。
この契約が終了するのを二人は待っているんだ。
昨日の道明寺からの不自然な視線は、このことを言いたかったんだ。
『先月末に都内で行われた花火大会の日の夕暮れに、大河原滋さんが道明寺ホールディングス本社に入っていく姿を目撃されている。』
『道明寺さんの最上階にある執務室で仲睦まじく花火を観賞した姿が安易に想像できる。』
ご丁寧に大河原さんがあの花火の日に道明寺ホールディングスに入っていく姿の写真付。
これには凹んでしまった。
あの日は、仕事だって、遅くなるってメールしてきたじゃないっ。
カーペットに寝転んでいるのに…。
私の体は、心は、鉛のように重たくなっていた。
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