翌日、土曜日でも俺はいつもの通り出社した。
西田からは執務室に入るなり嫌味を言ってきた。
「その年で初恋の司様が、ヤキモチを妬かせたいなど無謀だと思わなかったのですか?ヤキモチとは、準備して妬いてもらうものではありません。こんなことまで教えないといけない秘書は私くらいです!!!」
確かに西田の言うとおりだ。
ヤキモチは準備して妬いてもらうモノじゃねー。
そして、俺の気持ちが牧野に通じることなんてことは奇跡に近い。
今日、何度目かの大きな溜息が出た。
俺の視線の先には海外から届いた荷物が二つ。
封を開けなくても何が届いたのかわかる。
俺は、また大きく息を吐き出した。
その日の仕事が終わると、初めてペントハウスには帰らなかった。
俺は、年間キープしているメープルの部屋へ向った。
この部屋に入るのは俺の誕生日以来。
俺は、ローテーブルに部屋中の酒を並べた。
今夜は片っ端から飲むと決めていた。
酒を飲みながら、俺は一つ目の箱を開けた。
1つはイタリアからで、牧野の為に特注した土星の形をしたネックレスが厳重に梱包されていた。
プラチナの土星の土台に、小さなダイヤモンドを散りばめた。
このダイヤモンドも、カラット・カラー・クラリティ・カットから俺が自らイタリアの工房と何度も連絡を取り合って俺が選んだものだ。
ホワイトデーの日にバレンタインのお返しを渡すことを知った俺は、スマホで牧野の喜びそうなものを探していた。
その時、偶然、俺と牧野が土星人だってことを知ってイタリアの工房に連絡したんだ。
なんで、今になって届くんだよ?
少しだけ前に届いてくれていたらっつー思いが出てくる。
夏に牧野との距離が、少しずつ近くなりだした。
俺の望んでいた方へ────。
あの時に届いていたら、直ぐに渡すことができたはずだ。
滋との報道が出てしまった今、どうやって渡したらいいんだよ。
花火大会も仕事さえ入らなければ、あいつと一緒に行けたはずだった。
夜空を彩る花火を、俺が選んだ浴衣を身に付けた牧野が喜ぶ顔を見たかった。
それなのに、俺が欲を出してしまった。
赤札の謝罪もまだなのに、あいつらの口車に乗せられて…。
いや違う、俺が自分で選んだ。
牧野が少しでも妬いたらいいって。
少しくらい、俺がいつも抱いていたドス黒い気持ちになれなんて思ったんだ。
なんで、あんなこと思ってしまったんだ?
牧野を見ていたらわかるだろ。
ドス黒い思いなんてするべきじゃねーって事くらい。
楽しみにしていた約束の花火大会も仕事でドタキャンした上に、何で俺はサルとのウソのゴシップを自ら流してしまったんだ?
しかも、その花火大会もサルと一緒に俺の執務室で見たことになってやがる。
後悔ばかりが出てくる。
自分のしでかしたことへの情けなさに、溜息が出てくる。
俺は、次々酒に手を伸ばした。
酒を飲んでいる間に、アメリカの姉ちゃんからの荷物を開ける。
中には、あの日、姉ちゃんがカメラマンになりきって撮った俺たちの写真が大量に入っていた。
タキシード姿の俺と、ウェディングドレス姿の少し困ったような表情の牧野。
1月の寒空の下、寒そうにしている牧野も写っている。
姉ちゃんが大量に撮った写真。
あんなに時間を掛けて何を撮ったんだって、思うような写真ばかり。
その大量の写真の中から1枚。
ザッと見ていた写真で、唯一この1枚だけが俺の目に留まった。
それは、俺があいつのことを意識した瞬間の写真。
牧野を抱きかかえている俺の顔を見ると…。
自分でも信じられねー程の優しい顔をした俺が牧野を見ていた。
牧野も俺を見つめていた。
マジで愛し合って結婚するような二人がそこには写っていた。
これこそ、なんで今になって届くんだよ?
柄にもなく、目の奥が熱くなる。
写真を見て泣くってなんだよ。
あいつを好きになって、何度目なんだよ?これ。
それでも、俺はこの1枚だけを折れたり曲がったりしねーように、大切にビジネスバックの中へ入れた。
酒を飲みながら昨夜のことを思い出す。
報道見たなら、少しくらい妬けっつーんだ。
綺麗なんかじゃねー。あいつは、サルだ。
お前の方が綺麗だ。
「私も素敵な人、見つけないとね。」
ヤベー。
思い出すだけでも、俺の心臓を抉ってくるこの言葉。
そうだよな。
あいつは、学生時代にバカなことをしていた俺のことを最初から嫌っていた。
教師との結婚だけを望んでいたんだ。
俺はまた新しいボトルの封を開けた。
アイツの前で、こんな醜態をさらせねー。
あいつが少しでも俺のことを思ってくれているのなら、素直に何もかも言えるかもしんねー。
でも、牧野の心にいるのは、俺じゃねー。
どうしたらいいんだよ?
自分の気持ちと、牧野がずっと想い描いていた教師との結婚。
頭のなかでは、牧野の気持ちを優先させるってことがわかっている。
わかっていても、牧野への想いが俺の中で、どうしようもねーほどデカくなっていた。
牧野が、この俺の気持ちを知ってしまったら…。
考えなくともわかる。
牧野がスゲー困るはずだ。
でも、牧野がスゲー困ったとしても諦めきれないこの気持ち。
どうしたらいいんだよ。
この夜、俺は浴びる程酒を飲んだ。
それでも、俺に酔いと睡魔は訪れなかった。
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