俺の胸元にある牧野の頭。
このまま牧野を胸に閉じ込めてーって思いが俺を支配する。
その時、牧野から出た色気のねー言葉。
「私、勉強してくるね。」
あ?勉強?なんのだ?
俺が頭で考え出した途端、牧野からの返事。
「西門さんの着物の授業が始まったの。覚えることが多くて大変なんだ。」
総二郎の着物の授業?
あの日、ゴルフ場で総二郎が言っていた言葉を思い出す。
『着付けって相手の体、触りたい放題なんだよな。』
おい…。牧野の体のどこを触るんだ?
『着物以外知識も手取り足取り教える予定。』
総二郎の着物以外の知識なんてアレしかねーだろ。
手取り足取りってスバリじゃねーかっ!
『俺、帯は締める方じゃなく《帯を解く》の専門だからな。』
牧野が総二郎に帯を解かれたらどうすんだよ!!
「ダメだ!総二郎に着物なんて教えてもらうな!絶対に禁止だ。俺がお前に教える。」
「え?道明寺が教えてくれるってムリでしょ。既にやり始めているんだけど、難しくって困っているだよ。」
!!
こいつなんつった?
「既にヤッ、ヤリ始めた?お前っ!俺という旦那がいながら、なんてことシてんだよ!」
俺は怒鳴った。
「えっ?なに言ってんの?私は、着物の勉強をしたんだよ。」
こんな牧野の言葉も、総二郎の言葉に惑わされている俺には『シタ』だけが強調されて聞こえてきた。
「シター!?おまっ!総二郎になに教えてもらってんだ!」
したって言葉に焦った俺。
そして、最後にはバカな発言をしてしまっていた。
「お前、悪徳代官みたいな総二郎に『いいではないか』とか言われて、『あっれー』とか言いながらグルグル回って帯を解かれているんじゃねーだろうな。」
俺のこの言葉を聞いた、牧野は一瞬冷たい顔をした後で口を開いた。
「なにが『あっれー』よ。なにが『悪徳代官』よ。あのね、私がしているのは着物の勉強。」
悪代官発言に呆れた牧野は「お風呂に入って寝る。」と言い出した。
牧野はリビングから出ていく直前────。
「織部くんね、大学の時から付きあっている彼女と来年結婚するんだって。幸せそうに話す織部くんを見ていたら、私も嬉しくなって笑っていたと思う。」
こんなことを言ってきたんだ。
俺が駅まで仲良さそうに歩くこいつらを見た時…。
織部の結婚の話をしていたってことか?
ここ数日、ずっとイライラしていたのから解放された。
気持ちが楽になったのもあって、冷蔵庫のいつものドアポケットに手を伸ばした。
が、俺が思ったのはそこに無かった。
ビールがないじゃねーか!
クソ。最悪だ。
昨日、飲んだ時に最後だって思っていたのに、牧野の同窓会が気になって完全に忘れていた。
こう思った時だった。
「あっ!道明寺のビール。」
牧野が思い出したかのようにリビングに戻ってきた。
「あんたに言い忘れていた。ビールのこと。」
こう言った後
「待ってて。直ぐに、買いに行ってくる。」
こう言った後、「鞄、どこだった?」だとか「財布。」こんなことを言い出して、部屋の中をウロウロしだした。
こいつ、まさか…。
その姿で買いに行く気じゃねーだろうな?
部屋着の牧野は、紺のコットン素材のノースリーブのワンピース。
眩しいほどの白い肩がむき出しになっている。
思わず咬みつきたくなるような白くて華奢な肩。
牧野が鞄を持った時、俺は牧野のその白い肩を掴んで引きとめた。
「行くな。」
「えっ?でも、あんたのビールないよ。」
こんなことを言いながら、こいつは既に玄関へ向かって歩き出している。
「こんな時間にそんな格好で行くんじゃねー。」
「へ?まだ10時にもなってないよ。それに、そこのコンビニに行くだけだから大丈夫。」
俺が今、言った言葉で気付けよ!
全く気付いてねーこいつは、
「この服、そんなにみすぼらしいかな?」とか
「え?安かったから毛玉ができた?」とか
見当違いなことを小声で言いながら、自分の姿を確認しだした。
「お前が行くなら俺が買いに行く。そもそも、俺が飲むビールだ。」
「あんた、いつもお風呂上りにビール飲んでいるもんね。」
こんなことを言ってきたんだ。
俺はこの牧野の声に、一瞬言葉に詰まった。
好きな女が俺のことを覚えてくれているって、スゲー嬉しいことなんだな。
「こんな時間にお前がフラフラするのも、そんな格好でウロウロされるのも嫌なんだよ。ビールは要らね。明日、買ってくる。だから、こんな時間にどこにも行くな。」
俺の言葉に、牧野は今日二回目の不思議そうな顔をした。
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