この契約が始まって初めて道明寺が外泊した。
きっと大河原さんと会っている。
無断外泊。
確かに『彼女とお泊りしてきます。』なんて言いにくいよね。
でも、私はすごく悲しくって辛い。
もう二度と笑えないって思えてしまう。
それにしても…
大河原さんとの報道があって、その翌日に外泊かぁ。
じんわり涙が浮かんでくる。
なによ。
私には、色々とうるさく口出ししてくるのに。
自分だったら良いんだね。
これからもこんな風に帰ってこない日があるのかな?
大河原さんとの報道があった今、私から電話することは出来ない。
正直、昨夜は一睡も出来なかった。
もしかしたら、帰ってくるのかなって思ってしまった。
もしかしたら、連絡があるかもしれないって何度もスマホの画面を見た。
そんな思いも時間と共に失望に変わった。
一晩中、玄関の方へ意識が集中していた。
今も玄関に全ての意識が向いている。
でも、玄関からは何も音がない。
涙が溢れそうになる、
でも、もう泣かないって決めたの。
私はいつも通りの生活をする。
なんどもこんな風に思うのに、いつの間にか私の思考は道明寺へとなっている。
そして、大河原さんに嫉妬してしまっている。
大河原さんのことを、羨ましいだとか、憎らしいって気持ちに支配される。
こんなことを思う私って嫌だな。
すごく醜い人間になっている。
パパの借金で英徳を退学しないといけなくなった日ですら、こんなに醜い思いを抱かなかったのに…。
私は、こんなことを思う立場なんかじゃないじゃない。
一年の期間限定のあいつの奥さん。
ある意味、好きな人と結婚して、一年だけでも一緒に生活をするなんてスゴイことなのかもしれない。
こんな風に、頭で思う。
でも、気持ちはこんな風に割り切れない。
私は、本当の奥さんにはなれない。
道明寺と私は、一緒に住んでいるってだけだもん。
道明寺に好きな女性がいるってことが、辛くて悲しい。
その女性が私じゃないってことが、心臓を抉られたような気持ちになる。
そして、あの報道を知ってから…。
私の心を、ずっと蝕んでいること。
道明寺が、大河原さんとキスしたってこと。
道明寺が、大河原さんとホテルに泊まったってこと。
ここから、私の思考が離れられない。
ホテルに泊まったって決定的だよね。
一緒に住んでいても、女として見てもらえない私。
妻だけど妻になれない私。
今になって、道明寺に言われたあの言葉がグサグサと胸に刺さる。
《貧相》で《運が尽きる女》の私。
女として、見てももらえない。
そんな人と、あと数か月も一緒に生活をしないといけないなんて…。
もうやめよう、考えるの。
私のことなんとも思ってない人のことなんて考えても仕方がない。
そう思っているのに…。
急激に芽生えた道明寺への想いは、私自身が困るほど大きくなっていた。
無断外泊した。
あいつを一晩、ペントハウスで一人にさせてしまった。
俺の自分勝手な都合で、しかも連絡すらしなかった。
あの不必要に広いリビングで、一人でメシを食う牧野が頭に浮かぶ。
俺、スゲー悪いことをしてしまった。
俺はまた大きな溜息をつき、スーツに着替え出社した。
メープルから出社するなんて、あいつと暮らすようになって初めてのことだ。
滋との報道以来、さすがの西田も一切何も言ってこねー。
昨日の無断外泊についても一切何も言ってこねー。
いつもなら耳を塞ぎたくなるくらい言ってくる嫌味も文句も一切ない。
なんで俺が史上最大に困っている時に、何も言ってこねーんだよ!
どうやら、俺はそんな顔をしていたらしい。
「情けないバカ面ですね。こっちまで辛気臭くなります。」
西田が平然とした顔で言ってきた。
確かに俺はバカだ。
反論する気も起らねー。
西田は追い討ちを掛けるように、俺に言ってきた。
「どうなるかと思っていた司様の初恋でしたが、案外早くに決着がつきましたね。失恋の痛手を忘れるには仕事です。さ、本日の予定はタブレットの方へ送信しましたので目を通して下さい。」
俺が失恋?
来年の俺の誕生日に、あいつを教師へ送り出すのか?
いや、無理だ。
あいつを手離すことなんて出来ねー。
一晩離れてしまっただけで、こんなに後悔ばかりの俺がいる。
牧野が無断外泊したら、俺は絶対に許さねー。
夜中でも探しに行くはずだ。
こんなにまで想っている牧野に、なんでドス黒い思いを抱いたんだよ。
何をやってるんだよ、俺。
俺は、何の為に無断外泊をした?
結局、どう悩んでも何があっても!!
俺はあいつを諦めない。
なんで俺が気持ちを隠し通さねーといけねーんだよ。
なんで、あいつを教師へ送り出さねーといけねーんだよ。
絶対に俺は諦めねー。
あと4か月しかねーけど、最後の最後まであがきまくってやる!
お読みいただきありがとうございます。