報道写真家から(2)

中司達也のブログ 『 報道写真家から 』 の続編です

タイ情勢 : 軍事「クーデター」から一ヶ月

2014年06月26日 19時20分04秒 | タイ



522日の軍事「クーデター」から一ヶ月がすぎた。
外出禁止令も解除され、タイ国民の生活はほぼ正常にもどっている。

タイ国民の70%以上が今回の軍事「クーデター」を歓迎している。
長期にわたる国内の混乱を収拾する能力が軍に期待されているからだ。

2006年の軍事「クーデター」以降、タイは今日まで混乱の渦中にある。一般的には、タクシン派(地方農村、新興財閥)反タクシン派(都市住民、既存財閥)の争いと捉えられている。しかしそれは表面にすぎない。もし、この戦いがそうした国内勢力間の争いなら、とっくに決着している。

解決する気配が見えないのは、ここにはイラクやアフガニスタン、リビアやシリアに通じる構造が隠れているからだ。中東地域は容赦ない武力を使った破壊が進んでいるが、アジアは政治経済的手法を使った破壊が進んでいるのだ。

こうした破壊の背後には常に同じ意思が働いている。

タイガーエコノミーの破壊

1997年、タイの通貨バーツが突然暴落しはじめた。
その影響は周辺国へと広がり、マレーシア、インドネシア、韓国の通貨も暴落をはじめた。
危機打開のためと称してIMF(国際通貨基金)が「通貨の救援」に乗り出すと、通貨危機は経済危機へと拡大した。IMFは救援ではなく、破壊にやってきたのだ。

なぜアジア経済を破壊しなければならなかったのか。それはアジアが、欧米の「自由主義経済理論」とはまったく違った仕組みで経済発展を実現したからだ。それはタイガーエコノミーと呼ばれ、欧米の経済専門家は好奇の目でその事実に注目した。そのままアジアが経済発展を続ければ、途上国はタイガーエコノミーを真似るだろう。そして欧米の経済理論などには見向きもしなくなるはずだ。そんな事態になれば欧米の優位性や指導力は失われる。そうなる前にタイガーエコノミーを叩きつぶし、世界の目を「自由主義経済」に引き戻す必要があった。それが、アジア通貨経済危機の真相だ。

そもそもアジア諸国は日本を手本として経済発展したのだが、その日本はバブルで破壊された。日本のバブルは、欧米の圧力による1985年のプラザ合意に端を発していることは周知の事実だ。1990年、バブルははじけた。以後、失われた10年は20年となり今日まで続いている。日本はゆっくり確実に奈落に向かっている。日本の次は、日本を手本としたアジアの番だったのだ。

だが、アジアに対する経済的破壊はマレーシアのマハティール首相(当時)に阻止された。マハティールはIMFの救援を断固拒絶し、正反対の政策を執って通貨危機から脱したのだ。逆にIMFの政策を受け入れたタイ、韓国、インドネシアは通貨危機から経済危機に被害を拡大していった。どちらの政策が正しいかは自明となった。アジアの破壊はそこで頓挫した。破壊者にとってマハティールは憎んでも憎みきれない存在になった。マハティールがことあるごとに「国際社会」から非難を浴びるのは、彼がアジアを救ったからだ。

しかし、アジアの破壊をあきらめたわけではない。

タイに傀儡政権を

1997年にタイのバーツが最初に狙い撃ちされたのは、タイ王国が東南アジアの中核的国家であり、その影響は周辺国へと伝播していくからだ。まず最初に落とすべきはタイ王国なのだ。したがって、通貨経済危機後もタイ王国の支配が最優先課題となる。

外からの破壊は中途で頓挫した。となると次は内からの破壊を試みることになる。つまり、意のままになる傀儡政府を作ることだ。そこで白羽の矢が当たったのが、政治とは無関係だった地方財閥出身のタクシン・シナワット(チナワット、シナワトラ)だ。

タクシンは警察官僚だったが、どちらかと言えばうだつの上がらない存在だった。ビジネスを手がけては失敗を繰り返していた。そのタクシンが通信事業を手がけるとなぜか大成功をおさめ、タイ屈指の資産家になった。ビジネスの才覚に欠けるタクシンが先端的事業で突然成功したのは不自然に思える。それだけではなく、政党を組織すれば破竹の勢いで選挙に勝ち第一党になった。タクシンは今度は首相に就任してしまった。絵に描いたような立身出世物語だ。できすぎている。

タクシンはうってつけの人材だったかも知れない。中央にしがらみのない地方財閥の出身だ。中央に対する敵愾心を持っていれば理想的だ。2010年の騒乱でタクシン派赤シャツ軍団はバンコク都内数箇所に火を放った。タクシンの許可がなければそんなマネはできないだろう。タクシンはそこそこ頭は切れる(アメリカで政治学の修士号取得)。だが、野心はあっても才能には恵まれず、何をやってもうまくいかなかった。常に自分と自分を取り巻く状況に不満を持っていたはずだ。こうした不満を抱えた人物に明確な目標と援助を与え、成功体験を積ませると、自分には何でもできると勘違いし、大胆なことさえやってのける。

タクシンは首相に就くと、ほどなくタイ王室を軽んじるような発言と態度をとりはじめた。中央にしがらみがないとはいえ、王室を軽視するなどというのはきわめて大胆で不自然と言える。いくら絵に描いたような立身出世を遂げ、得意の絶頂にあっても、乱心でもしない限り王室を軽んじることなどできない。それが正気で行えたのは、タクシンを怖いもの知らずにするものがあったのだ。それはきわめて強力な後ろ盾の存在以外にない。もちろん、タイ国内にはいくら探してもそんなものは見つからない。

タイを追われたあとのタクシンが6カ国ものパスポートを所持し、何の制限も無く世界を移動できたり、イギリスプレミアリーグのマンチェス ター・シティのオーナーになれたのはきわめて象徴的だ。国際人権団体は、タクシンには2000人以上に上る虐殺容疑があるとプレミアリーグに抗議したが、厳しい審査をパスしているとして一蹴された。ほとんどのメディアがこの出来事を黙殺した。タクシンの資産は数千億円規模だが、金の力を使って虐殺疑惑をもみ消したわけではない。タクシンの「守護神」が放っておいても常に守ってくれるのだ。資産の多寡は関係ない。

インドネシアの元大統領スハルトの個人資産は4兆円とも見積もられている。一族全体では7兆円とも言われる。スハルトは30年間インドネシアの独裁者として君臨した。しかし、アジア通貨経済危機直後に辞任に追いやられると、その後は汚職疑惑の罪人として法廷に引きずり出される生活を送った。だが、スハルトの本当の罪は、守護神の意向に背き、インドネシア経済を破壊から守ろうとしたことだ。もし、スハルトが率先してIMFを受け入れていれば、辞任に追い込まれることはなかった。守護神の怒りを買うと4兆円の資産も役に立たないのだ。

タクシン・シナワットに2000人以上の虐殺疑惑があろうとも「国際社会」で悠々と暮らしていられるのは、欧米社会にとってタクシンは自分たちが白羽の矢を当てた「よき友人」だからだ。そのタクシンがもしタイの政治の頂点に返り咲けば、タイ王国に何が起こるかはもはや考えるまでもない。

「クーデター」最後の砦

522日の軍事「クーデター」により、タクシン派インラク政権は幕を閉じた。
インラク政権は政府機関や警察機構にタクシン一族とその一派を多数登用していた。
軍事政権は、そうしたタクシン系の人物をことごとく更迭した。

当然のごとく、欧米社会はタイの軍事「クーデター」を非難している。アメリカからの援助は打ち切られ、EU連合はタイとの外交関係や交渉を制限すると宣言した。ほぼ手中にしていた傀儡政権の樹立が「クーデター」でもろくも崩れ、振り出しに戻ったことの失望感は、さぞかし大きいことだろう。

タイ軍部は、タイ王国を守るという使命を遂行しているにすぎない。
今回の「クーデター」をタイ国民の70%以上が支持している。
「国際社会」はこの数字の意味を理解すべきだ。

軍事政権の本当の仕事はこれからはじまる。
タクシン一派を政治の中枢から排除しただけでは何も変わらない。
タクシンのような傀儡のつけいる隙のない強固な防壁を構築する必要がある。


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