報道写真家から(2)

中司達也のブログ 『 報道写真家から 』 の続編です

タイ王国の長く孤独な戦い 1

2010年05月30日 16時29分14秒 | タイ

 
 タイ王国の首都バンコクは、平常にもどりつつある。
 タクシン派団体UDD(反独裁民主主義市民同盟)が占拠した地域は、バンコク都民の手によって清掃され、元に戻った。
 そこにはUDDが残していった無残な爪跡もあるが、人は灰の中からでも立ち上がる。
 問題が解決したわけではないが、少なくともバンコク都民は、同じ事態だけは二度と許すことはないだろう。

 アピシット首相が5月2日に5項目の和解案をUDDに提示したとき、無用な譲歩をしたように見えた。
 民主党政権を支持してきたPAD(民主主義市民連合)でさえ、アピシット首相を批難した。

 しかしその後、迷走を続けたのはUDDの方だった。
 方針をめぐって幹部が対立、和解派の幹部はステージから姿を消した。
 和解などという選択肢は、タクシン元首相(以下敬称略)にはない。
 彼の頭にあるのは、民主党政権打倒、王制打倒だ。
 そして、自身の返り咲きだ。

 UDDが迷走する中、強硬派幹部カッティヤ少将が狙撃されると(5月13日)、武力衝突が勃発した。
 占拠地域では、連日、武力衝突が繰り返された。
 これこそが、タクシンが待ち望んだ事態だ。

 支持者が市街戦を展開している最中の5月15日、タクシンは家族とともにパリのルイ・ヴィトン・ショップに現われ、優雅に買い物を楽しんだ。
 待ち望んだ事態がようやくおとずれ、タクシンは安堵したのかも知れない。
 あとは、支持者の大量死を待つだけだった。


女性・子供の退避を拒んだUDD

 和解案が決裂したため、アピシット首相は実力行使で占拠地域を奪還しなければならなかった。政府・治安部隊が最も懸念したのは、砦内にいる女性や子供が戦闘に巻き込まれることだった。

 UDD側が、女性や子供、高齢者を砦から退避させることを拒んだため、治安部隊は安易に動けなかった。UDDは、女性や子供を楯に戦うつもりはなかった。そんなことをすれば、国際的な批難を浴び、立場が不利になる。UDDの魂胆は、女性や子供の犠牲者を出すことだった。そうすれば、批難を浴びるのは政府・治安部隊の方だ。

 赤シャツ隊が、治安部隊と武力衝突を繰り返し、徐々に犠牲者を出しているにもかかわらず、豊富な武器弾薬を有するUDD武装部隊=黒シャツ隊が治安部隊と交戦することはなかった。その理由は、女性子供のいる場所で戦闘をしなければ意味がないからだ。戦闘のどさくさに紛れて、味方に銃弾を浴びせても、どちらの弾が当たったかは分からない。黒シャツ隊の保有する武器の多くは、治安部隊から奪ったものだからだ。

 女性や子供の無惨な死体が国際世論に与える訴求効果は大きい。そして、その数はできるだけ多い方が望ましい。

 だが、UDDの目論見どおりにはならなかった。主砦の周りに配置された小砦を制圧した治安部隊は、そこで動きを止めた。赤シャツ隊が、火炎瓶やロケット花火、そして銃撃でいくら挑発しても、治安部隊はけっして動かなかった。これでは、黒シャツ隊は成すすべがない。結局、数百名と推測される黒シャツ隊はほとんど戦闘をしないまま、武器弾薬とともにゆくえをくらました。

 女性や子供など約3000人のUDD参加者は、砦近くの仏教寺院に避難していたが、後に寺院内の池などから多量の弾薬類が発見されている。黒シャツ隊は、中立地帯の寺院内で銃撃するつもりであったことは間違いない。治安部隊が到着する前に、この寺院内で6名が射殺されている。その経緯はまったく分かっていない。

 女性や子供の犠牲者を出すことなく、占拠地域を奪還したことは、政府側の完全勝利と言えた。
 アピシット政権打倒のために、莫大な費用と時間をかけたタクシンの目論見は砕け散った。


計画された首都炎上

 幹部が政府に投降し、占拠地域を放棄したUDDは、そのあと予想外の行動をとった。
 UDD幹部が占拠の中止を宣言した直後から、バンコク都内の約30ヶ所で火の手があがった。放火されたのは、UDDが反タクシン勢力と見なしてきた銀行や新聞社、放送局などだった。アジア最大級のショッピングモール、セントラル・ワールドは、大火災で建物の三分の一が崩落した。

 これらの放火は、暴徒化したUDDの場当たり的な犯行とされている。しかし、地方から動員されてきた集会参加者が、巨大都市の中の30ヶ所もの反タクシン派の所在地を、暴徒化してから把握したと考えるのは無理がある。「暴徒」が証券取引所を襲撃するというのも不自然すぎる。

 事前にターゲットを設定し、所在を確認し、襲撃の人員をきちんと割り振っておかなければ、同時的に30ヶ所もの襲撃放火ができるわけがない。

 UDDの二ヶ月間におよぶ反政府活動は、政府にも、タイ経済にも、ほとんどダメージを与えなかった。それがUDD幹部の焦りを生んだと考えられる。莫大な費用と時間をかけて何の成果もなければ、タクシンに顔向けができない。バンコクが炎と煙に包まれれば、政府の無策を演出でき、観光やビジネス、投資に対する影響を期待できる。証券取引所を焼けば、株価下落をまねくだろう。

 確かに、バンコクの空に立ち上る何本もの黒煙は衝撃的だった。だが、見た目の派手さに比べて、物理的にも、精神的にも、それほど大きなダメージはなかったと言える。占拠されていたラチャプラソン一帯は、バンコク都民の手によって清掃され、すぐに日常に戻された。焼けた建物や破壊されたインフラは再建すれば済むだけの話だ。5月以降、外国投資家の投資意欲は減少したが、タイ経済はとりたてて外国資本を必要とはしていないので、特に問題はない。

 最も被害を受けたのは観光業だが、観光客もほどなく戻ってくることは間違いない。バンコクはアジア最大のハブ都市であり、平常に戻れば自然に人が行き来する。

 それでも、UDDによる首都同時放火は、タクシンにとっては無意味ではなかったかも知れない。UDDメンバーの敗北感や挫折感を癒す効果くらいは期待できるだろう。

 二ヶ月もの間、炎天下の暑さと不衛生な環境、退屈な演説に耐え続けたにもかかわらず、徹底抗戦を口にしていた幹部は、土壇場で政府に投降するか、逃亡した。威勢の良かったUDDのセキュリティも治安部隊に軽くあしらわれた。取り残され、途方にくれた無防備のメンバーは、政府の用意した無料バスで故郷に送られた。バス・ターミナルから家までの交通費も政府から支給された。自尊心は傷つき、徒労感がつのる。そんな彼らにとって、反タクシンの牙城首都バンコクが炎上したことで、しばらくは溜飲を下げることができるかも知れない。

 しかし、さすがのタクシンも、首都が炎上する様を目の当たりにして、UDDと自分とは何の関係もない、カネを出した事もない、と言い出しはじめた。UDD幹部の1人は、タクシンから活動資金をもらって何が悪い、と発言しているのに。


反政府活動というビジネス

 アピシット首相の手腕によって、タクシンの目論見は砕け散った。
 ただし、最悪の事態こそ回避したが、半面、黒シャツ武装部隊を、武器とともに無傷で逃走させることになった。それが今後の大きな不安材料になる可能性はある。

 タクシンは海外メディアとのインタビューで「政府の行為はゲリラ戦を招くだけだ」と、またも言わずもがなの発言をしている。今後、ゲリラ戦がはじまっても、それはアピシット政府の責任だと言いたいのだ。しかしそれは、タクシン自身のゲリラ闘争宣言と言ってもいいだろう。タクシンに残された選択肢はそれほど多くはない。

 無傷の黒シャツ隊にはゲリラ戦を展開するだけの能力はあるだろう。武器弾薬は豊富にある。北部・東北部では太陽の下を堂々と歩けるだろう。警察はタクシンの古巣なので、追跡される心配もない。そもそも首都の同時的放火も、警察が何もしなかったから可能だったのだ。武器弾薬があり、隠れる必要もなく、警察の追跡捕縛もないなら、これほど楽なゲリラ戦はないだろう。

 しかし、闇に消えた黒シャツ隊のメンバーには大きな弱点がある。彼らの多くは、カネでスカウトされた元軍人や警官のはずだ。彼らの動機はカネであり、カネこそがすべてなのだ。もし、そのカネが手に入らないとしたら、彼らはゲリラ戦に従事するだろうか。

 アピシット首相は、タクシンと結びついた多くの企業や個人の金融取引を凍結している。過去の取引はすべて調査され、タクシンのカネの流れが解明されるだろう。すべての資金ルートを潰すことは不可能だとしても、いままでのように蛇口を全開にした資金供給はできなくなる。

 タクシンが供給する資金なくして、いかなる反政府活動の継続も不可能だ。タクシン派政党プアタイ党もタクシン派団体UDDも、豊富な資金が流れ落ちてくるからこそ、人が群がってきたにすぎない。反政府活動とは、ある意味ではビジネスなのだ。満ち足りた大富豪のために、無給で働く者がいるだろうか。国会議員から軍人や警官、末端のデモ参加者まで、タクシン・マネーで繋がっている。マネーの供給が細れば、求心力はなくなる。

 UDD幹部の一人ナタウットは、1億バーツもの現金を知人に見せびらかしたことがある。1億バーツは日本円で3億円近い。豪邸や高級車を購入した幹部もいるようだ。UDD幹部のこんな豪勢な話を聞いて、黒シャツ隊は、ゲリラ生活を送れるだろうか。

 タクシン・マネーの供給をいかに遮断するかが、今後の成り行きを大きく左右することになる。
 タクシンがゲリラ戦でバンコクを攻撃するなら、アピシット首相はマネーの流れをせき止めて、それを封じるだろう。


タイ王国の長く孤独な戦い 2へつづく


タイ王国の長く孤独な戦い 2

2010年05月30日 16時14分00秒 | タイ


欧米メディアに見るタクシン擁護のレトリック

 UDDの敗色が濃厚になった頃から、世界のメディアはタクシン援護、アピシット批判を展開しはじめた。2006年にタクシンが海外逃亡して以来、世界のメディアは、タクシンのチア・リーダーを務めてきた。

 数ヶ月に渡ってバンコクを揺るがした騒乱の責任が、いったい誰にあるのかは、メディアにとってはどうでもよいことだ。メディアは、無条件でタクシンを擁護する。メディアが不偏不党、公正中立などというのは、子供向けのファンタジーにすぎない。

 UDDが瓦解する前日の5月18日、Newsweek誌のウェブ版は、"Last Best Hope"という記事を掲載した。この記事の翻訳が、翌19日の日本語版に掲載されている。この記事は、タクシンに都合の悪い負の側面は、あいまいな表現でさらりとスルーしている。

確かに不手際は数え切れないほどあった。彼は素直な政治家などでなく、汚職に手を染めたこともほぼ間違いないが、……

もちろんタクシンは聖人ではない。反タクシン派が主張する彼の姿の大半は真実だろう。03年にタクシンが行った麻薬撲滅作戦(3カ月以内に麻薬取引を根こそぎにすると約束した)は、数千人の死者を出した。軍事攻撃によって南部のイスラム教徒の暴力は激化した。
2010.05.19  ニューズウィーク日本語版 『タイ動乱「陰の主役」の真実』
http://newsweekjapan.jp/stories/world/2010/05/post-1274.php
2010.05.18  Newsweek "Last Best Hope"
http://www.newsweek.com/id/238161

 タクシンの負の側面を認めているような表記に見えるが、これは、事前に批判に対する逃げを用意しているだけだ。そうしておいて、残りのすべてのスペースを使って、タクシンに有利な側面だけを具体的に列挙し、強調している。タクシン擁護の明確な意図を持って書かれた記事であり、「真実」とはほど遠い。

 もし、タクシンの縁故主義、メディア弾圧、虐殺疑惑、不正腐敗の数々を同じように具体的に提示すれば、印象のかなり違った記事になるだろう。

 さらにこの記事は、「王室の陰謀と軍隊の派閥が政治に影響力を持つタイにおいて」という一文をさりげなく入れ、王室に対する負のイメージも発信している。この一文は文脈上特に必要だとは思われない。どこかに王室批判めいた表記を入れなければならなかったのだろう。そういう意味で、この記事は必要な要素がしっかり盛り込まれた、チア・リーディングのお手本のような記事だと言える。

 治安部隊が行動を起こす前の18日の時点で、Newsweek誌が早くもタクシン擁護の記事を掲載したのは、まさしくお手本を示すためだ。こうした記事は、世界のメディアに対する一種のランドマークとなる。

 タイ王室に関するタクシンとのインタビューを載せて、物議をかもしたことのあるイギリスのTIMESONLIENは、アピシット首相へのネガティブ・キャンペーンを展開している。

首相になる以前の18ヶ月前、アピシット・ウェーチャチーワは、その洗練されたマナーとお金をかけた英国教育、そして育ちのよさを物語る愛想のよさで知られていた。しかし彼は、このほんの数週間で、首相の座にしがみつく、強情でしぶとい、そして非情な人物であることを露呈した。

 アピシットの経歴や見かけに騙されるな、というメッセージでこの記事ははじまっている。そして、

この数ヶ月間のタイの首都の中心部での長期的な抗議は、昨日の流血の事態で幕を閉じた。アピシット氏はこの汚名を決して拭うことはできない、という勝利を赤シャツにもたらした。
2010.05.20  TIMESONLINE
" Thai Prime Minister survives - but may never recover "
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/asia/article7131117.ece

 という、まわりもった表記でこの記事を締めくくっている。
 タイの政治史上の最大の危機を巧みに乗り切り、タクシンの野望を打ち砕いたアピシット首相のイメージを傷つけるために書かれた記事だと言える。

 TIMESONLINEは翌21日にも、アピシット政権に関する記事を掲載している。

(抗議活動が終わり故郷に送り返された赤シャツたちは)アピシットの退陣、そして解散総選挙の実施要求に失敗したものの、赤シャツ隊の運動はまだ終わっていないと主張している。彼らの意思はいままで以上に強く、再度戦う決意だ。しかし、彼らの誰もが答えられない問いがある。:どのようにして?

 この記事は、その問いの最終的な答えとして次のように記述している。

だけれども、もっと簡単な解決方法がありそうだ。タイ憲法によって、アピシット氏は来年の末には、選挙を実施しなくてはならない。彼は決して投票箱では、彼の党を勝利に導く事はできない。赤い候補者は議会で多数を勝ち取ることだろう。ストリートでの武装闘争なんかよりも、最良の戦略は、ただ待ちさえすればいいのだ。
2010.05.21  TIMESONLINE
" What next for Thailand's Red Shirts? "
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/asia/article7132583.ece

 TIMESONLINEは、選挙さえすれば、タクシン派は勝てるのだと自信満々に主張している。しかし、アピシット首相は和解案で「11月4日の選挙実施」を公約していた。UDDが占拠地から撤収してさえいれば、来年の末どころか、今年の11月に選挙を実現できたのだ。そうすれば、いたずらに人命が失われることもなかった。この記事の書き手が、そのことを知らなかったはずがない。

 TIMESONLINEは、意図的に事実を無視して、アピシット首相へのネガティブ・キャンペーンを展開しているだけなのだ。

 メディアは気の利いたレトリックを駆使して、タクシンへのチア・リーディングとアピシット首相へのネガティブ・キャンペーンに励んでいる。
 しかし、メディアはレトリックだけでなく、もっと単純なトリックを使う場合もある。

 24日、タイのメディアは、外国メディアによる「偏向」報道に関する集会を持った。特にCNNの報道姿勢が問題にされた。

問題は、いくつかの外国メディアは、一方の見解だけを報じたことだ。

パチンコや花火、爆竹、ロケット(花火)しか持っていないわれわれに対して、治安部隊は軍用の武器で武装しているのだ、と語るデモ参加者と幹部をCNNは取材しているが、アル・ジャジーラは、銃を所持するデモ隊の証拠写真を掲載している。
2010.05.25  The Nation
" Answers sought to media 'bias' " 
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/25/politics/Answers-sought-to-media-bias-30130098.html

 一方だけの主張を報じるというのは、「偏向」報道の初歩の初歩だが、それが最も効果的なトリックでもある。世界のメディアに対して「偏向」報道を是正せよ、と迫るのは無意味だ。「偏向」報道こそがメディアの本質そのものなのだから。真実の報道をメディアに期待するよりも、メディアが駆使するレトリックやトリックこそ、真実を明らかにする糸口だと知るべきだ。


タイ王国を刈れ

 米英の主要メディアは、なぜレトリックやトリックを駆使した「偏向」報道でタクシンへのチア・リーディングを繰り返すのか。

 「偏向」報道というのは、いわばメディアにとっての商品なのだ。たいていの商品は、消費者のニーズを適格にとらえたところから生まれる。「偏向」報道も同じ原理で生産される。では、タクシンを擁護するメディアの「偏向」報道は、誰のニーズをとらえたものなのか。

 欧米の主要メディアは明らかに、タクシンをタイの政治に返り咲かせるための支援をしている。タクシンが、タイの政治に返り咲くことで、タイに何が起こるのだろうか。過去のタクシン政治を見れば、おおよそ理解できる。

 タクシン政治の本質とは、グローバル化に即したタイの改造だった。構造改革と表現してもいいだろう。グローバル化とは、世界の経済の障壁をなくし、自由にモノとカネが往来できる経済体制を理想とする概念だ。中国やインドなど、一部の国を除き、グローバル化は大なり小なり世界中の国で受入れられてきた。その結果、何が起こったかというと、タイの通貨危機だ。それは、アジア通貨経済危機へと拡大し、最終的にはグローバル化の聖地アメリカに飛び火し、ヘッジファンドが破綻しかけた。

 グローバル化による障壁の撤廃が、外国資本の奔放な振る舞いを許し、ときには一国の経済が翻弄される事態を生む。必要以上の外国資本が流入して、バブルを発生させたかと思うと、一斉に資金を引上げて、通貨危機を引き起こす。これでは、一国の通貨金融政策は意味をなさなくなる。過度なグローバル化は、経済植民地的な状態を生みだす。結局のところ、グローバル化で得をするのは、先進国の巨大な金融資本や多国籍企業だ。

 タクシンは、このグローバル化を積極的に推し進め、タイを改造しようとした。タクシンが意図しようがしまいが、それは国家を外国資本や外国企業に売渡す行為に近い。タクシンが一夜にして、莫大な富を手中にしたのも、一夜にして、国を追われたのもそのためだ。

 タイ王国は、東南アジアの中心に位置している。それだけではなく、見方によっては東アジア、南アジア、オセアニア、中国を含めた広い地域の中心でもある。地勢的な重要度は極めて高い。そのタイ王国が、グローバル化され、その地勢的資源に自由にアクセスできれば、将来的には「国際社会」に大きな利益をもたらすだろう。逆に、タイ国民の利益は大きく侵害され、縮小されるだろう。

 タクシンが放逐された後、暫定政権が執った政策は、外国資本の規制強化と外国企業の定義の厳格化だった。まさにグローバル化に反する政策だ。外国資本の規制は、後に撤回されたが、それは「国際社会」との摩擦をひとまず避けるためだ。タイ王国の本音は、外国資本にきちんと手綱をかけることであることは間違いない。

 タイ国王の提唱する「足るを知る経済」の哲学も、グローバル化の概念と相性がいいとは言い難い。ただ、「足るを知る経済」はグローバル化を受入れながら推進されるものとされている。あくまで経済哲学なので解釈の範囲はかなり広い。しかし、グローバル化の推進者から見ると、あまり心地よい概念ではないだろう。外国メディアが、タイの王制に対して難癖をつける理由は、ここにもあるはずだ。

 現在のタイ王国のグローバル化は明らかに停滞している。そのタイ王国を、もう一度グローバル化の大波に乗せるには、タクシン・チナワットをタイ王国の政治に返り咲かせることが、一番の早道だ。

 世界の主要メディアは、こうした「国際社会」の意向を敏感に察知し、そのニーズに応える「偏向」報道を生産している。いかに的確な「偏向」報道を生産するかが、一流メディアの腕のみせどころなのだ。真実を報道するような無能な三流メディアは、失格の烙印を押され、時には支局が爆撃されることもある。

 タイ王国は、「国際社会」にとって最も有望な投資先であり、何としても手に入れたい物件なのだ。
 そのための「国際社会」の最大の持ち駒が、タクシン・チナワットだ。
 タクシンが6ヶ国からパスポートを取得し、自由に国外を飛びまわり、強制送還の心配もないのはそのためだ。
 タクシンの手がどれほど血に染まっていようが、そんなことはまったく関係がない。
 世界の主要メディアは、今日もタクシンのチア・リーディングに励むのだ。


 2006年のタクシン追放から、もうすぐ4年になる。
 この混乱に、まったく終わりが見えないのは、これがタイ王国の存亡を賭けた戦いだからだ。
 一歩でも譲歩すれば、タイ王国は滅びる。
 これはそういう戦いなのだ。


資料編 1 タクシン関連
資料編 2 UDD、メディア関連
 


タイ王国の長く孤独な戦い:資料編 1 タクシン関連

2010年05月30日 16時13分37秒 | タイ

タクシンをめぐる動向

2010.04.27  タイのタクシン元首相、反政府デモ続けている支持団体との接触認める 
http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-15020320100427
2010.05.04  タクシン氏の没収資産が国庫へ サイアム銀は預金4%減
http://www.newsclip.be/news/2010504_027424.html
2010.05.07  UDD now a 'red tiger' Thaksin can no longer ride
http://www.bangkokpost.com/opinion/opinion/36930/udd-now-a-red-tiger-thaksin-can-no-longer-ride
2010.05.17  Thaksin at Luis Vuitton
http://www.bangkokpost.com/news/thaksin-judgement-related/photo/178233/Thaksin-seen-shopping-in-Paris
2010.05.18  UDD幹部、「タクシン元首相が資金供与」
http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=10078
2010.05.18  パリ高級店で買い物? タクシン氏、タイ騒乱中
http://www.47news.jp/CN/201005/CN2010051801000633.html
2010.05.19  タイ軍によるデモ隊排除、ゲリラ戦につながる=タクシン元首相
http://special.reuters.co.jp/contents/thai_article.html?storyID=2010-05-19T133006Z_01_NOOTR_RTRMDNC_0_JAPAN-153868-1.xml
2010.05.19  Thaksin responsible for collapsed negotiations: Korbsak
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/19/politics/Thaksin-responsible-for-collapsed-negotiations-Kor-30129745.html
2010.05.19  Thaksin:I am not Red Shirt leader
http://edition.cnn.com/2010/WORLD/asiapcf/05/19/thailand.thaksin/index.html
2010.05.21  Paris tries to gag Thaksin
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/21/politics/Paris-tries-to-gag-Thaksin-30129927.html
2010.05.21  Thai PM promises probe into unrest
http://www.abc.net.au/news/stories/2010/05/21/2906327.htm?
2010.05.24  世界は赤服に同情している、決して意気消沈するなとタクシン元首相
http://thaina.seesaa.net/article/150883511.html
2010.05.25  Court approves warrant for Thaksin
http://www.bangkokpost.com/lite/topstories/179137/court-approves-warrant-for-thaksin
2010.05.25  Terrorism warrant on Thaksin help extradition effort : PM
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/25/politics/Terrorism-warrant-on-Thaksin-help-extradition-effo-30130158.html
2010.05.25  Thaksin says terrorism arrest warrant not unexpected
http://www.nationmultimedia.com/home/Thaksin-says-terrorism-arrest-warrant-not-unexpect-30130178.html
2010.05.26  Fugitive Ex-Leader Denies Financing Thai Protests
http://www.nytimes.com/2010/05/27/world/asia/27thai.html
2010.05.27  Interpol not act on political arrest warrant : Thaksin
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/27/politics/Interpol-not-act-on-political-arrest-warrant-Thaks-30130319.html
2010.05.27  DSI、タクシン元首相捕捉の為に国際刑事警察機構に協力要請
http://thaina.seesaa.net/article/151203156.html
2010.05.27  Thaksin launches appeal
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/27/politics/Thaksin-launches-appeal-30130306.html
2010.05.27  Thaksin talks from exile
http://www.abc.net.au/am/content/2010/s2910608.htm
2010.05.27  Will Interpol act?
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/27/politics/Will-Interpol-act-30130317.html
2010.05.27  タクシン元首相のテロ容疑、周知へ 
 http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=10166
2010.05.27  首相、タクシン政権時代の大量殺戮案件の再捜査を指示
http://thaina.seesaa.net/article/151260114.html
2010.05.28  Thailand cannot expect help from Interpol : police chief
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/28/politics/Thailand-cannot-expect-help-from-Interpol-police-c-30130381.html
2010.05.28  Thaksin launches PR blitz after court issues warrant over terrorism
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/28/politics/Thaksin-launches-PR-blitz-after-court-issues-warra-30130384.html
2010.05.28  Thaksin puts the battle on world stage
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/28/politics/Thaksin-puts-the-battle-on-world-stage-30130389.html
2010.05.29  Thaksin won’t revoke Thai nationality
http://www.bangkokpost.com/lite/breakingnews/179510/thaksin-won-t-revoke-thai-nationality
2010.05.29  PM challenges Thaksin
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/29/politics/PM-challenges-Thaksin-30130428.html


タクシン・マネーの遮断

2010.02.27  タクシン元首相の財産1246億円を没収、タイ最高裁判決 
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2702498/5409362
2010.03.29  タクシン一族が10億バーツ引き出す 
http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=9735
2010.04.21  ナタウット氏、1億で国家騒乱を請け負ったとの指摘を否定 - DSIは捜査を開始
http://thaina.seesaa.net/article/147262619.html
2010.05.04  タクシン氏の没収資産が国庫へ サイアム銀は預金4%減 
http://www.newsclip.be/news/2010504_027424.html
2010.05.17  Blacklisted
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/17/politics/Blacklisted-30129534.html
2010.05.17  活動資金カットで送金禁止措置 
http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=10064
2010.05.18  Millions found in aides' accounts
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/18/politics/Millions-found-in-aides-accounts-30129591.html
2010.05.18  UDD leader admits protest funds come from Thaksin
http://www.bangkokpost.com/news/local/37474/udd-leader-admits-protest-funds-come-from-thaksin
2010.05.18  UDD幹部、「タクシン元首相が資金供与」
 http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=10078
2010.05.19  元首相派の金融取引凍結 スラム支援活動家も対象 
http://www.asahi.com/international/update/0518/TKY201005180515.html?ref=reca
2010.05.19  資金源カットで新たな口座凍結 
http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=10091
2010.05.19  Fresh list of 43 firms, individual issued by CRES
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/19/business/Fresh-list-of-43-firms-individual-issued-by-CRES-30129712.html
2010.05.20  23 more banned against financial dealing
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/20/politics/23-more-banned-against-financial-dealing-30129891.html

 


タイ王国の長く孤独な戦い:資料編 2 UDD、メディア

2010年05月30日 16時12分51秒 | タイ

政府和解案をめぐるUDDの迷走

2010.05.03  首相、事態打開の具体策発表へ 
http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=9949
2010.05.04  PM announces next election will be held on Nov 14
http://www.nationmultimedia.com/home/PM-announces-next-election-will-be-held-on-Nov-14-30128502.html
2010.05.04  タクシン元首相、首相提案受け入れ判断は赤服側の裁量 - 建設的マスコミ関連に注目
http://thaina.seesaa.net/article/148740325.html
2010.05.05  タイ反政府勢力、アピシット首相の和解案受け入れを決定
http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-
2010.05.05  Reds 'welcome' offer
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/05/politics/Reds-welcome-offer-30128601.html
2010.05.05  Rally will continue until PM gives clear answers
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/05/national/Rally-will-continue-until-PM-gives-clear-answers-30128594.html
2010.05.06  連合、和解推進案は新体制創成を志すテロ集団に対する屈服 - 首相は辞任を
http://thaina.seesaa.net/article/148965398.html
2010.05.06  No reconciliation with red terrorists: PAD
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/06/politics/No-reconciliation-with-red-terrorists-PAD-30128683.html
2010.05.06  PAD condemns PM's roadmap
http://www.bangkokpost.com/news/politics/177067/pad-condemns-pm-roadmap2010.05.06  同盟、民主党決定を受け集会解散時期を含む検討を開始
http://thaina.seesaa.net/article/148952483.html
2010.05.07  タイのタクシン派集会、解散に向け調整か 反対派は戒厳令提案
http://www.newsclip.be/news/2010507_027455.html
2010.05.07  同盟、和解推進への参加を再確認も集会解散日は明らかにせず
http://thaina.seesaa.net/article/149158901.html
2010.05.07  同盟、政府が各団体と和解推進に向けた問題を解決しない限り集会を継続
http://thaina.seesaa.net/article/149025339.html2010.05.07  Protesters unhappy with PM's grand plan
http://www.bangkokpost.com/news/local/36920/protesters-unhappy-with-pm-grand-plan
2010.05.08  Reds get behind PM's road map
http://www.bangkokpost.com/news/local/36981/reds-get-behind-pm-road-map
2010.05.08  Road map gets red boost
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/08/politics/Road-map-gets-red-boost-30128838.html
2010.05.08  サーラーデーン及びルンピニーで銃撃、爆破が連続して発生、警官2人が死亡し10人前後が負傷
http://thaina.seesaa.net/article/149214275.html
2010.05.09  PM names Khattiya chief terrorist trying to undermine peace process
http://www.nationmultimedia.com/home/PM-names-Khattiya-chief-terrorist-trying-to-underm-30128885.html
2010.05.09  同盟、一両日中に同盟側の対案を提示 - 15日迄に集会解散の用意
http://thaina.seesaa.net/article/149291360.html
2010.05.09  平和維持本部、不穏な動きの犠牲にならないためにも同盟は集会解散の決断を
http://thaina.seesaa.net/article/149290957.html
2010.05.10  Deputy PM to surrender to DSI on Tuesday.
http://www.nationmultimedia.com/home/Deputy-PM-to-surrender-to-DSI-on-Tuesday--30128975.html
2010.05.10  Red shirt leaders announce they agree with Nov 14 election date
http://www.nationmultimedia.com/home/Red-shirt-leaders-announce-they-agree-with-Nov-14--30128974.html
2010.05.10  首相、セー・デーンをテロリストと言明 - 10日迄の態度明確化を同盟に要求
http://thaina.seesaa.net/article/149341695.html
2010.05.11  「12日中に撤収しなければ強硬手段も」 
http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=10003
2010.05.11  UDD:Rally to continue  ♯bangkokpost
http://www.bangkokpost.com/news/politics/177562/udd-rally-to-continue
2010.05.11  ステープ副首相、11日にDSIに出頭 - 警察への出頭のみ受け入れると同盟
http://thaina.seesaa.net/article/149486699.html
2010.05.11  タクシン派、集会解散拒否 保釈求めごねる?
http://www.newsclip.be/news/2010511_027475.html
2010.05.12  PM to red shirts: Leave today
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/12/politics/PM-to-red-shirts-Leave-today-30129109.html
2010.05.12  首相秘書、同盟が12日中に集会を解散しない場合は11月14日の総選挙を白紙撤回
http://thaina.seesaa.net/article/149702270.html
2010.05.13  Nov 14 poll scrapped
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/13/politics/Nov-14-poll-scrapped-30129160.html
2010.05.13  平和維持本部、13日18:00からラーチャプラソンの包囲を開始 - 実弾使用を許可
http://thaina.seesaa.net/article/149766611.html
2010.05.13  Reds to rally until PM steps down  ♯bangkokpost
http://www.bangkokpost.com/breakingnews/177758/reds-to-rally-until-pm-steps-down
2010.05.13  UDDが内部分裂、議長が辞任か 
http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=10030
2010.05.14  セーデーンが銃撃を受け重傷、一時死亡との情報が駆け巡る
http://thaina.seesaa.net/article/149794911.html
2010.05.14  Seh Daeng shot
http://www.bangkokpost.com/news/local/37279/seh-daeng-shot
2010.05.14  バンコク都心で市街戦 11人死亡、130人超負傷
http://www.newsclip.be/news/2010514_027515.html
2010.05.21  デモ隊との和解案、タクシン氏指示で決裂 タイ・ゴーン財務相
http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C9381959FE0E3E2E6888DE0E3E2E7E0E2E3E29494E3E2E2E2;at=DGXZZO0195570008122009000000


UDD、中立地帯の寺院内に武器弾薬

2010.05.21  大量の武器弾薬を発見 
http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=10123
2010.05.21  Six bodies retrieved from 'safe zone'
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/21/national/Six-bodies-retrieved-from-safe-zone-30129878.html
2010.05.21  医療ボランティアも銃撃で死亡  
http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=10120
2010.05.23  Seized weapons put on display
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/23/national/Seized-weapons-put-on-display-30130001.html


タイ情勢をめぐるメディアの論調

2010.05.18  Last Best Hope
http://www.newsweek.com/id/238161
2010.05.19  タイ動乱「陰の主役」の真実
http://newsweekjapan.jp/stories/world/2010/05/post-1274.php
2010.05.20  Thai Prime Minister survives - but may never recover
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/asia/article7131117.ece
2010.05.21  What next for Thailand's Red Shirts?
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/asia/article7132583.ece
2010.05.25  Answers sought to media 'bias'
http://www.nationmultimedia.com/home/2010/05/25/politics/Answers-sought-to-media-bias-30130098.html


2010.05.19  タイ治安部隊が突入・銃撃戦…兵1万5千人動員
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20100519-OYT1T00336.htm
2010.05.19  タクシン派、手製ロケットで対抗
http://mainichi.jp/select/world/news/20100519k0000e030054000c.html
2010.05.20  タイ反政府デモ終息 真の和解の道遠く 国王の威信も限界
http://sankei.jp.msn.com/world/asia/100520/asi1005200137001-n1.htm
2010.05.21  背景に階級対立 政治的不平等、不満根強く
http://www.nikkei.com/news/special/related-article/g=96958A96889DE2E5EAE3E1EAE0E2E0E3E2E7E0E2E3E29494E3E2E2E2;q=9694E3EBE2E7E0E2E3E2E1E0E0E6;p=9694E3EBE2E7E0E2E3E2E1E0E3EB;o=9694E3EBE2E7E0E2E3E2E1E0E3EA
2010.05.21  タクシン派、帰郷始める…デモ終結
http://mainichi.jp/select/world/news/20100521k0000m030076000c.html
2010.05.22  「タイの歴史上、最悪の出来事」 首相、治安回復を宣言
http://www.asahi.com/international/update/0522/TKY201005210629.html

 

「足るを知る経済」

Sufficiency Economy 「足るを知る経済」公式サイト
http://www.sufficiencyeconomy.org/old/en/
2007.03.06  セタキット・ポーピィアン(充足経済)
http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Overseas_report/pdf/200703_tsuneishi.pdf


支持者の大量死を望むタクシン

2010年05月18日 12時18分32秒 | タイ

 首都バンコクの商業中心地(ラチャプラソン)を1ヶ月以上占拠し、竹と古タイヤで作った粗末な砦に籠城し続けるという戦術は効果的とは言えない。バンコク都民の反感を買うだけで、政府に与えるダメージは小さい。そんなことはもちろんタクシン元首相(以下敬称略)もわかっている。

 支持者に占拠籠城を続けさせてきたタクシンの最終的な目的は、籠城しているタクシン支持者の大量死だ。

  タクシンは、その屍によってのみ、長い海外逃亡生活を終え、タイの政治の中枢に返り咲くことができると、信じているのだろう。そして、今度こそ王制を打倒し、自分がタイの支配者として君臨したい。「国際社会」もそれを待ち望んでいる。それを実現するための「大儀」が支持者の屍だ。タクシンは、治安維持軍にUDDのデモンストレーターをできるだけたくさん殺戮させたい。

 しかし、黙って籠城していても、治安軍はUDDを殺してはくれない。殺すようにしむけなければならない。タクシンは一度それを試みて失敗している。4月10日の衝突だ。

タクシン、4月10日の衝突で誤算

 4月10日、治安維持軍とUDDが武力衝突し、死者25人(内兵士5人)、負傷者800から1000人を出した。最初の発砲は明らかにUDD側から行なわれている。その後、治安部隊の一部が応戦した。

 タクシンの計画では、この衝突で、もっと多数のUDDのデモンストレーターが死傷する目論見だったはずだ。しかし、実際はタクシンが望んだほどの大惨事にはならなかった。死者25人、負傷者1000人は間違いなく大惨事だが、国際社会を動かし、政府を打倒するような潮流は起こらなかった。

 政府軍はまさかUDD側が軍用の自動小銃や手榴弾で攻撃してくるとは思っていなかった。単なる暴徒だと油断していたところに、多数の手榴弾を投げ込まれ、政府軍は大混乱になり、後退した。銃撃にさらされた部隊は反撃したが、それ以外の部隊は発砲せず、UDDの暴徒に銃を奪われるにまかせた。奪われた自動小銃は約800丁。

 この衝突での死傷者のほとんどは手榴弾の爆発によるものだった。治安軍は一発の手榴弾も擲弾(てきだん)も使用していない。つまり4月10日の衝突によるUDDの死傷者は、実はUDD側から投げ込まれた手榴弾によるものだ。

  これは混乱の中の偶発的な出来事とは言えない。治安軍とUDDが衝突している場面に、手榴弾を投げ込めば、双方が傷つくことは子供にでもわかる。犯人は、双方に死傷者が出てもかまわないという考えだったことになる。しかし、兵士よりもUDDにより多くの死傷者が出たということは、UDDをこそ狙ったと考えるべきだ。つまり、意図的にUDDを狙ったということだ。それは、何者か。

 この衝突時、AK47で発砲する黒づくめの人物が撮影されている。UDD幹部の一人カッティヤ・サワディポン少将(通称セーデーン、停職処分中の現役軍人)はかねてから、「黒服部隊」について言及している。彼はその正体を、ときにはレンジャー部隊、ときには軍内部の「浪人」集団と表現している。レンジャー部隊員が赤服隊の警備を行なっている、とも発言している。UDDの別の幹部は、カッティヤが地方で軍事訓練を行なっていると非難している。要するに、正体不明の黒服部隊とは、カッティヤ自らが編成したUDDの武装部隊のことだ。
発砲する黒服の映像
http://www.youtube.com/watch?v=4ql9nVH8Hyw&feature=related

 4月10日の衝突時に、多数の手榴弾を投げ込んだのは、カッティヤ率いるUDDの黒服部隊と見て間違いない。銃撃と手榴弾攻撃で、政府軍の反撃を誘発して、味方であるUDDのデモンストレーターの殺害・負傷を目論んだ、というのがこの事件の真相だと言える。ただ、治安軍は、タクシンやカッティヤが望んだほどの反撃をしなかった。それどころか、暴徒に武器を明け渡すという不名誉の方を選んだ。鎮圧部隊が800丁もの自動小銃を暴徒に奪われるというのは前代未聞というしかない。軍内部には親タクシンの部隊も存在すると言われている。そういう部隊が武器を従順に明け渡したのだという見解もある。いずれにしろ、タクシンにとっては大戦果というよりも大誤算だった。

 また、この衝突のとき、警察は衝突の現場からさっさと撤退して、死者も負傷者も出していない。800人から1000人もの負傷者を出した衝突で、現場を警備していた警官が一人も負傷していないのは不自然すぎる。銃撃や手榴弾攻撃を行なった者は、意図的に警官は狙わなかったこということだ。警察は、タクシンが長年勤めた古巣だ。カッティヤの武装部隊が警官を狙わなかったのは当然のことだと言える。

 4月10日の武力衝突は、治安維持軍に支持者を殺害させるためにタクシンとカッティヤが仕組んだものだったと見て間違いない。

 

支持者の屍なくして終われないタクシン

 4月10日の計画が失敗したタクシンとしては、そのままでは終われない。世界が震撼するほどの死傷者が出なければ、「国際社会」も動かない。タクシンの復帰実現には、何が何でも、UDDの大量の死体が必要なのだ。

 4月10日の衝突後、首都の各所を占拠していたUDDのデモンストレーターは、商業中心地ラチャプラソンの交差点に集められた。交通を遮断し、交差点一体を占拠した。のちに竹と古タイヤで砦を作り籠城した。バンコクで最も人の集まるエリアのすべての高級デパートやホテル、レストラン、商店は営業を停止した。経済的損失は700から1000億バーツ(約2100-3000億円)とも試算されている。

 バンコクの顔ともいうべき地区を占拠し続ければ、政府は面目を失う。いずれ、政府は籠城者の排除に乗り出さざるを得ない。そのときが、タクシンにとっての最後のチャンスとなる。4月10日のような失敗は許されない。そのためにタクシンは1日1億円という占拠維持費を使ってでも、大勢の支持者を砦にとどめた。籠城組の人数は5千から1万人。

 したがって、政府との「和解」などタクシンの念頭にはない。しかし、あろうことかUDDの一部の幹部は、政府の提示した「和解交渉」に応じてしまった。和解派の幹部はタクシンにとって裏切り者でしかなかった。UDDの強硬派幹部カッティヤ少将は、この件に関して、タクシンと電話連絡をとったと発言した。タクシンは、和解派の幹部を下し、新たに幹部を指名したと、カッティヤは述べた。UDD議長のウィーラ・ムシカッポンと和解派幹部はUDDを去った。彼らはようやくタクシンとカッティヤのおぞましい魂胆に気付いたのかもしれない。

 武装部隊を率いるカッティヤの指導力が増したため、政府軍との武力衝突は確実となった。今度こそ、世界が驚愕するほどの犠牲者を出すつもりだった。

 ところが、政府が籠城解散の最後通牒を突きつけた5月13日の夜、カッティヤ少将は、インタビュー中に頭部を狙撃され、重態に陥った(5月17日死亡)。カッティヤの狙撃によって、治安軍とUDDとの市街戦がはじまった。

 18日正午時点で36名の死亡が報告されている。UDD幹部は、「軍人は一人も死んでいない。これは一方的な殺戮だ」と発言しているが、治安軍は土嚢で守りを固めているので、UDD武装部隊による銃撃やM79での擲弾攻撃も今回は効果がないだけだ。治安軍は、攻撃されない限りは発砲しない。ただし、「発砲地区」は除く。UDDの武装部隊がいくら銃撃で挑発しても治安軍は陣地から出て攻めていくこともしない。UDDを兵糧攻めにして戦意の喪失と消耗を待つ持久作戦だ。タクシンにとっては、またもや大誤算というしかない。

 UDDの支配地域では、政府軍のユニフォームを着たグループが市民に銃撃を加えていることが確認されている。目撃者は、治安軍が撃ち殺したと証言するだろう。単純だが、効果的な戦術だと言える。

 最終的には、こうした軍を装った武装部隊が砦に攻撃を加えることも考えられる。M79で擲弾を次々と撃ち込めば、砦から群集が飛び出してくる。そこに銃撃を加えれば、大量の死傷者を出せる。

 タクシンに限ってはそのくらいの作戦は十分ありえる。麻薬撲滅作戦の三ヶ月間に2500人もの命を奪った男なのだ。しかも、そのうちの1400人は麻薬とは無関係の人々である可能性が高い。タクシンは、こうしたおぞましい作戦を実行できる下地を保有している。今回も同じことをさせればいいだけの話だ。武装部隊が貯えている武器弾薬は、治安維持軍に対する攻撃用ではなく、UDDの砦内で籠城する女性や子供への攻撃用だ。

 政府や赤十字、NGOは、籠城中の女性や子供、高齢者に砦から出るよう説得している。しかし、応じる者はそれほどいないようだ。砦に隣接する寺院に避難している者もいるが、そこも安全とは言えない。彼らは、自分たちが支持してきたタクシンの攻撃に晒されようとしていることを知らない。

 タクシンとUDD幹部は、「人命尊重」を口にし、国連に仲介の要請をしているが、それは単なるポーズにすぎない。人命を尊重する気があるなら、いますぐ解散して、砦から参加者を出せばいいだけの話だ。それですべては解決する。それをしないのは、人命が奪われることを望んでいる証しだ。タクシンはいずれ支持者への攻撃を指示するだろう。それをどう防ぐかが、政府と治安軍の早急の課題だ。

 

 この戦いは、決して、タイの新旧国内勢力の覇権争いなどではない。
 貧困層と中間層との反目でもない。
 これは、タイ王国の存亡をかけた戦いだ。
 「国際社会」の支援を受けたタクシンが勝てば、タイ王国の歴史は終わり、抜け殻だけが残る。
 この戦いにはいっさいの妥協はない。



資料編: カッティヤ少将

http://blog.goo.ne.jp/leonlobo2/e/35e85ac9890d001f91fc7722d7de6521
資料編: UDD
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo2/e/18ca593c040d766863ba2acf6b0d3914
資料編: UDDおよびタクシン元首相
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo2/e/d9cae4677c8598c67806227e2a6c87ec