報道写真家から(2)

中司達也のブログ 『 報道写真家から 』 の続編です

タイ : 下院総選挙のゆくえ

2007年12月22日 15時14分41秒 | タイ
優勢が予想されるタクシン系政党

明日23日、タイで下院総選挙が行なわれる。
軍部による2006年9月の政変後はじめての総選挙となる。

複数の世論調査(大学、軍、警察による)では、いずれもタクシン系の政党パランプラチャーチョン党(PPP)が第一党になるという結果が出ている。ただし、単独で過半数をとるのは難しそうだ。PPPは、タクシン前首相が党首をつとめたタイ愛国党が母体であり、第一党となれば実質的に旧タイ愛国党が復活することになる。タクシン前首相は、選挙後タイに帰国する考えも表明しており、そうなれば、タイ社会はまた混乱の中に放り込まれるかもしれない。都市部ではもはやぬぐいがたい反タクシン感情が満ちている。

ただ、PPPが優勢とはいうものの、有権者の半分が支持政党を決めていないという調査報告もある。また、調査対象の65%の人が「票買収に応じる」と答えたという報告もある。票買収は厳しく監視されるので、現実性は少ないが、不安定で巨大な浮動票が存在していることは間違いないようだ。この浮動票の動向によっては形勢は逆転するかもしれない。

こうした予測がされる中、12月5日にプミポン国王が誕生日を迎えた。毎年、国王の誕生日は盛大にお祝いされるのだが、今年は80歳という大きな節目の年であり、タイ国民にとっては特別の年であると言ってよい。誕生日の前日には恒例の国王の演説がおこなわれたが、今年は、国民の注目度も高かったはずだ。

演説の中で国王は、「国民と軍が団結しなければ、国家は災難に見舞われる」と発言された。数週間後に総選挙が行なわれるという微妙な時期の発言であることを考えれば、含みのある発言と考えるべきだろう。タイ国民にとってプミポン国王の言葉は非常に重い。この発言が国民に影響を与えないとは思えない。

この演説をテレビで聴いていたタイ在住の知人が「政治(選挙)に関して、暗に国民に呼びかけていたような気がしています」「スラユット暫定首相の功績に対してもたたえていました」という感想を伝えてきた。日本人ですらそう感じるのであれば、タイ人ならなおさらというべきだろう。この発言が浮動層に影響を与えないとは思えない。

 タクシン前首相による権力集中の背景

タクシン前首相は、いま香港で選挙戦の”指揮”をとっているようだ。
2月ごろの帰国を検討しているとも日本のメディアに語っている。

タクシン前首相は、首相時代に権力掌握の頂点に達しつつあった。その強大な権力によって、国王の権威すら頓着しなくなった。というよりも彼の権力集中の最大かつ最後の障害は、国王と王室の存在だった。彼は、国王と王室の影響力を本気で取り除こうと考えていたようだ。

しかし、タクシン前首相とその富豪一族の財力、巨大与党の政治力、そして古巣の警察の官僚機構を屈指しても、国王や王室の勢力を無力化することなど不可能だろう。しかし、彼は本気だった。彼が権力欲におぼれて見境がなくなったとは考えられない。王室の力を奪えると客観的に確信できるものがあったはずだ。

タイの国内勢力をどれだけ結集しようとも、国王や王室に挑戦することなど不可能だ。しかし、大国による強力な後ろ盾があれば話は違ってくる。外国の勢力はタイ王室には何の畏怖も抱いてはいないので、必要があれば躊躇なく行動するだろう。タクシン前首相は、支持者に自分を国王に見立てさせたりもしていたようだが、それほどあからさまなことができたのも、強力な後ろ盾があったればこそだろう。大国の力を笠に着た為政者は総じて傲慢な態度を隠せないが、タクシン前首相もその例にもれなかった。国王に一度ならずも咎められながら態度を改めなかった。タクシン前首相にこれほど傲慢な態度をとらせるほどの強力なバックアップはなぜついたのだろうか。

タイ経済は、97年の通貨危機以降、外国資本の強い影響下にあるが、しかし、完全に隷属してしまったというわけではない。通貨危機の際、タイ、韓国、インドネシアは、IMF支配により欧米資本に都合のよい経済構造への変革を強要された。その結果、多くの企業が倒産し、あるいは外資によって捨て値で買収されていった。そして国民生活はどん底まで叩き落とされた。

しかし、欧米資本によるアジア経済の略奪は、実は途中で頓挫してしまった。通貨危機後、数年でタイ、韓国、インドネシアの経済が回復しはじめたのはそのためだ。断じて、IMFの”処方箋”が効いたからではない。IMFは首を絞める手をゆるめざるを得なかったのだ。それによって血液は自然に流れた。

欧米資本にとっては、アジア経済の略奪は未完成のままなのである。しかし、おなじ手法は二度は通用しない。次なる手は、内部の協力者を得ることだ。要するにスハルトやマルコスのような人物をつくることだ。忠実な協力者には権力と富が約束されるのは言うまでもない。スハルト元大統領は30年間独裁者として君臨し、その不正蓄財は最大4兆円とも推定されている。

タクシン前首相はもともとは警察官僚で、その後実業家へ転進し、携帯電話事業で大成功する。そして94年に政界へ進出した。98年にタイ愛国党を設立すると、たった3年後の2001年の下院選挙で、はやくも過半数を取り与党となってしまった。続く2005年の下院選挙でも圧勝してタイ愛国党の単独政権を樹立した。実に見事なサクセスストーリーだが、あまりにもできすぎている。もし資金力だけで単独政権樹立が可能ならば、他の巨大財閥がとっくに行なっていてもおかしくはない。寄せ集めの新興政党がたった数年で巨大与党政党に成長した背景には、破格の要素がなければ説明がつかない。財力や警察機構のコネ程度でなせる業ではない。

日本にも自党を選挙で歴史的大勝利に導いた首相がいたが、それが可能だったのは、彼には国外に強力な後援者がいたからだ。その後援者が彼に与えた役割は、日本経済を欧米資本に差し出すことだった。すでに日本の大半の銀行や保険会社に外資が参入している。もしくは完全に買収されている。そして日本自らが、外国資本によるM&Aを容易にする会社法の改定を行なった。その結果、いまや多くの日本企業が外資による買収の脅威にさらされている。

タクシン前首相は、国を追われた後も、海外で厚遇を受けている。重大な人権侵害(大量虐殺)の嫌疑を複数の国際人権団体から告発されているにもかかわらず、人権大国のイギリスで何の問題もなく暮らしている。不可解としかいいようがない。それだけでなくイギリスのプレミアリーグ所属のサッカーチームのオーナーになるという栄誉まで与えられている。国際社会は、ミャンマーの出来事には大騒ぎするが、タクシン政権による2500人もの大量虐殺の嫌疑に対してはまるで無関心無反応だ。

こうした国際社会の対応の違いが、どこからくるのかは歴然としている。大国の利益に忠実であるかないかだ。どのような人権侵害や不正行為も、大国の利益に忠実であれば、すべて不問にされる。それどころか、賞賛され厚遇される。逆に従順でないものは、たとえ国民の福利厚生に熱心であったとしても、徹底的に非難され攻撃され、時には爆撃される。

タクシン前首相は、欧米資本が途中で頓挫してしまった政策を引き継がせるために、選ばれた人材だということだ。後援者の強力なバックアップによって難なく権力を手中に収め、強権体制を敷いた。そしてタイ経済を開放した。そのみかえりとして、彼は莫大な財産を築いた。一族による脱税や不正・汚職はし放題だった。ついには、タイの安全保障にかかわる衛星通信会社を通信衛星ごと外国企業に売却してしまった。そのまま彼を放置すれば、タイ王国の主権や安全保障までが危険にさらされただろう。

こうした事態を打開するためには、タクシン首相をこそ無力化しなければならない。しかし、強力なバックアップのついているタクシン首相には通常の手続きは通用しない。軍部による”クーデター”という形が取られたのはそのためだ。”クーデター”という形態をとることによって、内紛を装うことができる。しかし、真の敵はタクシン首相などではなく、その後ろに控えている大国とその資本だ。

 世界に広がる反グローバリズム

12月19日、韓国大統領に当選した李明博(イ・ミョンバク)氏は、「外国の言いなりになって危機に陥った韓国経済を立て直す」と発言している。「外国の言いなり」とはすなわち、IMFや世界銀行、その背後に控えている欧米の企業や金融資本を指していることは明白だ。韓国もタイとまったく同じ状況なのだ。97年の通貨危機から今年でちょうど10年。アジア諸国はいま、いかにして大国の影響から脱するかを模索している。すでに外貨準備のドル比率を下げている国は多い。

こうした動きはアジアに限ったことではない。中南米カリブ地域では、経済共同体や共同の開発銀行を設立して、IMFや世界銀行との決別をはかっている。ロシアはヨーロッパとの石油取引をユーロで行ない、イランは石油取引通貨からドルを排除した。中東の資源国もおなじことを模索しはじめている。IMFや世界銀行と決別する動きは静かに広がり、世界に打ちかけられた網が取り払われようとしている。

イランとアメリカは決して「核開発」で争っているのではない。ベネズエラとアメリカは「独裁体制」で争っているのではないし、ロシアとアメリカは「民主主義の見解の相違」で争っているわけでもない。いま、世界は通貨と金融の攻防を展開している。しかし、欧米のメディアは、決してそうした真相は伝えない。

グローバリズムとは、世界の金融市場をこじあけ、世界中に過剰に流通しているドルを使って、金融市場を賭場に変え、すべてを奪うことを目的としている。すでにほとんどの途上国は、こうしたグローバリズムの正体を見破り、世界中でさまざまな抵抗がなされている。しかし、こうした抵抗に対しては、欧米のメディアを使ってあらゆる言いがかりをつけて攻撃を繰り返している。欧米のメディアによるとイランは「核テロを画策している」らしいし、チャベス大統領は「終身独裁を画策している」らしい。すべて事実無根の言いがかりにすぎない。

2006年9月のタイの政変は、こうした世界の抵抗の動きのひとつである。
明日23日の下院総選挙の結果がどうなるかはまったく予想できない。
「国民と軍が団結しなければ、国家は災難に見舞われる」というプミポン国王の言葉がどこまでとどくかが鍵と言えるかもしれない。しかし、選挙の結果はたいした問題ではない。世界は確実に新しい方向に向かって進んでおり、タイもその流れを確かに汲んでいる。相手の手口を見抜いている以上、同じ過ちを繰り返すことはない。タイ王国は経済的主権の回復に向かってゆっくり確実に進んでいくだろう。



          2007年8月バンコク タクシン系団体による憲法改定反対集会




プミポン・タイ国王、80歳の誕生日前に「団結」の演説
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20071204id25.htm
タイ:米国のアジア太平洋自由貿易圏構想に反対 「足るを知る経済」を追求http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/globalisation/regional/news/06111101.htm

タクシン前首相、香港からタイの総選挙を監視へ=顧問弁護士
http://www.jiji.com/jc/a?g=afp_int&k=20071217015606a
前首相支持派が第1党、タイ警察の選挙調査漏えい
http://www.newsclip.be/news/20071128_016557.html
タイ軍の選挙予測、前首相支持政党が過半数?
http://www.newsclip.be/news/20071116_016382.html
タイ総選挙、各党が「タクシン政策」 経済低迷が背景
http://www.asahi.com/international/update/1216/TKY200712160138.html
タイ企業トップ、大衆迎合策導入に否定的
http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=3916
世論調査、有権者の半数が支持政党なし
http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=4062
タイ総選挙、「票買収に応じる」65%
http://www.newsclip.be/news/20071023_015942.html


権利擁護団体、タクシン前首相の対麻薬政策を批判
http://www.news.janjan.jp/world/0708/0708221146/1.php
薬物と無関係の1400人、「処刑」か=タクシン前政権の撲滅運動
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2007112700992
Thailand Amnesty
http://web.amnesty.org/report2005/tha-summary-eng
HRW concerned about Thaksin's ownership in Premier League Team
http://hrw.org/english/docs/2007/07/31/thaila16544.htm
独裁者”タクシンが到達した「権力の臨界点」
http://www.shinchosha.co.jp/foresight/200604/person_01.html
タクシン、不敬罪で訴追か?
http://fps01.plala.or.jp/~searevie/new_page_2.htm


外資代理投資 規制を撤回 暫定政権 外国企業反発に配慮
http://www3.ocn.ne.jp/~tji/sub9s0708.htm
外資反対のタイ2法案、国会不通過確定
http://www.newsclip.be/news/20071219_016871.html


インドネシア、スハルト一族の不正蓄財回収へ
http://www.nikkei.co.jp/kaigai/asia/20070924D2M2400A24.html


『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』 ジョゼフ・E・スティグリッツ著
http://www.amazon.co.jp
『マッド・マネー』 スーザン・ストレンジ著
http://www.amazon.co.jp
『円の支配者』 リチャード・A・ヴェルナー著
http://www.amazon.co.jp
『アメリカを越えたドル』 田所昌幸著
http://www.amazon.co.jp