メディアの報道によると、イランは核兵器の開発に執念を燃やしているらしい。
そして、その核兵器を手にするのもあと少しらしい。
しかし、少し報道を俯瞰してみると、まったく逆のことが報じられている。
乖離
いま、アメリカを中心に西側世界は、イランに対する経済制裁の包囲網を形成しようとしている。核兵器を開発するような邪悪な国には、世界が一丸となって制裁を加えなければならない、というのだ。
世界をその気にさせるために、アメリカ政府は、イランの核施設とされる衛星写真をもっともらしく公表する。イスラエルは、イランの核施設を単独で空爆してみせると豪語する。イスラエルは、イラクとシリアの原子力発電施設を空爆した「実績」がある。
しかし、IAEA(国際原子力機関) は、イランの兵器レベルの核開発の証拠はないと過去何度も報告している。
それどころか2007年には、アメリカの16の情報機関を統括するDNI (国家情報長官) オフィスは、「 国家情報評価 」という報告において、イランは2003年以降、核兵器の開発を行っていないと記述している。アメリカの情報機関は、今日でもこの見解を変えていない。
自国の情報機関がイランの核兵器開発を否定しているにもかかわらず、アメリカ政府はイランが核兵器を開発していると声高に非難し、徹底した対イラン経済制裁を世界に訴えている。
この大きすぎる乖離はいったい何なのか。
情報機関の造反
イラクに「大量破壊兵器」が存在しなかったことは、いまでは世界が知っている。フセインとアルカイーダとのリンクもなかった。すべては、イラクを破壊占領するために、アメリカ政府がでっち上げた捏造だった。このでっち上げの素材を提供したのは、言うまでもなくアメリカの情報機関だ。
政府は、自国の情報機関の報告をそのまますべて採用するわけではない。都合のよい報告は採用するが、都合の悪いものは無視する。時には、政府が望む報告を闇に要求することもある。政府の意向に反する報告をすれば、たとえそれが事実であっても、責任者は更迭されるかも知れない。政府が望む事実を、何も無いところから生み出すのも情報機関の仕事だ。
ブッシュ政権は、情報機関に提出させた好ましい素材を使って、難なく世界を説き伏せ、イラク戦争を開始した。しかし、イラク占領からほどなくして、「大量破壊兵器」は存在せず、フセインとアルカイーダとのリンクもないと、あっさり白状した。アメリカ政府が示した大量破壊兵器の証拠は捏造だと暗黙裡に認めたも同然だ。
アメリカ政府は最も安直な戦後処理を選んだと言える。捏造がバレても、何も起こらないことは1991年の湾岸戦争で証明されている。目的を達成した後も、ウソを演出し続けるのはまったく無駄なコストだといえる。実際、アメリカ政府の発言に対して、国際世論はさしたる反応を示さなかった。湾岸戦争で捏造を担ったのは主にメディアだったが、イラク戦争では情報機関だ。
占領後、あっさりバラされるとは知らずに、情報機関は政府の要望を満たす捏造を行ったということだ。 ブッシュ政権の行為は裏切りに等しく、プライドの高い情報機関としては、自国政府からかつてなかったほど軽んじられたと感じただろう。
そんなことはおかまいなしに、イラク占領という目的を達成したしたブッシュ政権は、続けてイランに照準を合わせた。
しかし、ブッシュ政権二期目の2007年、DNIオフィスは、イラン攻撃を目論む政府にとって極めて不都合な事実を堂々と公表した。
・2003年秋までは、イランの軍事機関は政府の指示の下、核兵器を開発していたと高い確信で評価する。
・少なくとも数年間、停止状態が続いていたと高い確信で評価する。
・2007年中頃時点で、テヘランは核兵器開発プログラムの再開を行っていないと中程度の確信で評価する。しかし、現在、核兵器開発の意志があるかどうかは定かでない。
・イランは現在、核兵器を保有していないと、中から高程度の確信で評価を続ける。
・ We assess with high confidence that until fall 2003, Iranian military entities were working under government direction to develop nuclear weapons.
・ We judge with high confidence that the halt lasted at least several years.
・ We assess with moderate confidence Tehran had not restarted its nuclear weapons program as of mid-2007, but we do not know whether it currently intends to develop nuclear weapons.
・ We continue to assess with moderate-to-high confidence that Iran does not currently have a nuclear weapon.
2007.11 Iran: Nuclear Intentions and Capabilities
National Intelligence Estimate、NIE
http://www.dni.gov/press_releases/20071203_release.pdf
この報告が意味するものは、情報機関は政府の付属物ではなく、その気になれば政府の政策を打ち砕くこともできる、という力の誇示だと言える。たとえブッシュ政権がイラン攻撃を強行したとしても、そこに情報機関は関与していないということを示す保険でもある。こうした公式報告がなされた以上、ブッシュ政権はイランに対する攻撃を断念せざるを得なかった。
2012年の現時点でも、アメリカの情報機関の見解は変わっていない。
アメリカ合衆国、ヨーロッパの同盟国、そしてイスラエル(の情報機関)さえもが、イランの核プログラムに関する三つの項目におおむね同意している : テヘランは核爆弾を保有していない、それを製造する決定も行っていない、そして核弾頭の発射能力を持つにはおそらく何年もかかる。
The United States, European allies and even Israel generally agree on three things about Iran's nuclear program: Tehran does not have a bomb, has not decided to build one, and is probably years away from having a deliverable nuclear warhead.
2012.03.23 SPECIAL REPORT‐Intel shows Iran nuclear threat not imminent
http://www.reuters.com/article/2012/03/23/iran-usa-nuclear-idUSL2E8EGEKT20120323
ある「利益グループ」を代表するイランの敵は、いま、イランをコーナーに追い詰めている。CIAとイスラエルの情報機関が、イランは核兵器を開発していないと主張しているにもかかわらずだ。
Foes of Iran, represented by certain 'interest groups,' are now forcing the country into a corner- despite CIA and Israeli intelligence insisting that Iran is not developing nukes.
2012.03.19 SWIFT reaction: Iran 'will retaliate', closing Hormuz Strait
http://rt.com/news/irans-shift-reaction-gulf-893/
2012年に入ってから、アメリカの情報機関の見解を伝える報道がたびたび流れている。おそらく保険を確実にしておくためだろう。だとすると、アメリカ政府が、イランへの攻撃を本格的に模索し始めたということになる。
核兵器は無用の長物
アメリカやイスラエルの情報機関にとって、イランが核兵器開発に興味がないことは、理屈から言っても自明だ。必要なくなったものを莫大なコストをかけて開発する国などないからだ。
途上国のインドやパキスタンは、なぜ無理をして核兵器を保有したのか。理由は簡単だ。隣国が持ったからだ。アメリカの脅威に晒されたソビエト連邦が核兵器を製造すると、長大な国境線を接する隣国の中国は脅威を感じて急いで核兵器を持った。すると中国と仲の良くない隣国のインドは自国も核を持たなければ危険だと考えた。そうなるとインドと国境紛争を続けているパキスタンも核を持たなければ不安になる。それだけのことだ。地図を見れば一目瞭然だ。隣国こそが脅威なのだ。
80年代、イランは隣国イラクと長期間戦争状態にあった(イ・イ戦争:1980年9月~1988年8月)。イランもイラクも、相手が核を持つ前に、核を持とうと発想するのは時代的な成り行きだった。双方とも隣国の脅威に対する備えとして、核兵器が必要だと考えた。しかし、1991年の湾岸戦争とその後の経済制裁で、イラクは核開発の余力を失った。そして、2003年のイラク戦争で、完全にその能力を失った。この時点で、イランにとっても、核兵器は不要になったのだ。
現在行われているイランの原子力開発は、発電目的だ。
米情報機関の報告とIAEAの査察が、それを裏付けている。
足踏みする「アラブの春」
こうした報告を意図的に無視して、現在、イランへの非難キャンペーンや経済制裁が行われているのは、「アラブの春」の一環として、どうしてもイランの破壊が必要だからだ。
破竹の勢いで中東地域を席巻してきた「アラブの春」だが、ここにきて足踏みを強いられている。
リビア同様に、シリアもNATO軍の空爆で徹底的に破壊する予定だったが、ロシアと中国の拒否権行使にあい、燎原の火も一時食い止められている。「国際社会」としては、炎の勢いが弱まることが一番困る。一度途切れてしまうと世界の関心も薄れてしまう。
いま、イランへの非難を強めているのは、シリアとは別にもうひとつの火元を作って、「アラブの春」が途切れることなく燃え続けているように演出したいからだ。しかし、イランは簡単に攻撃できるような相手ではない。
チュニジアやエジプトから「アラブの春」がはじまったのは、両国は傀儡政権でしかなく、意のままに転覆できるからだ。地理的にも、「アラブの春」が次々と波及していく様を演出するのに調度よい位置関係にある。こうしてパペットのベンアリとムバラクは、いとも簡単に使い捨てられた。
しかし、パペットなどではないリビアのカダフィ大佐は、徹底的に戦った。ただ、カダフィ大佐にとって不幸だったのは、自国の軍事力を極端に削減していたことだ。彼は、アフリカ全体での防衛力構築を提唱していた。リビアの兵力(陸軍)はたった5万人だった。人口も630万人ほどだ。NATO軍が徹底した空爆を加えた後は、数千の重武装の傭兵部隊と、現地調達の数千のならず者でリビアを制圧できた。リビアは壊滅的に破壊され、現在でも社会的破壊が進行している。
リビアを破壊した勢いのまま、次のターゲットであるシリアに移ったが、、国連安保理でのロシアと中国の拒否権行使によって、空爆という短期決戦の手法を封じられ、足踏みをよぎなくされた。シリアの総兵力は約32万人(陸軍約21万人)。外部から投入した傭兵部隊と現地調達のならず者では到底太刀打ちできない。人口約2250万人の半数以上は、アサド大統領の退陣を望んでいない。
イランはさらに手ごわい。人口約7400万人。兵力(陸軍)は約65万人。かつて西側に支援されたイラク軍と10年近くも戦争を続けた経験がある。傭兵部隊など瞬く間に粉砕される。国際的な経済制裁の包囲網で、徹底的に弱体化してから、攻撃しようという手順なのだろう。しかし、効果が出るには時間がかかる。「国際社会」が、それまで大人しく待っているとも考えにくい。
ロシアと中国が立ちはだかっている現在、「国際社会」の打つ手は限られている。
しかし、どのような強引な手段を使ってでも「アラブの春」は続行されるだろう。
『文明の衝突』は21世紀を貫く基幹政策なのだ。
変更や中断はありえない。
大統領候補の勘違い
3月27日にソウルで開催された核安全保障サミットで、オバマ大統領とメドベージェフ大統領の間で交わされた小声の密談がマイクに拾われた。
これを受けて、共和党の大統領候補ミット・ロムニーは、オバマ大統領を批判し、「 ロシアはアメリカの敵ナンバーワンだ 」 と発言した。この発言がメディアに取り上げられると、ほどなく、クリントン国務長官とバイデン副大統領が静かに反応した。
「(ロムニー氏は) 何が同意でき、何ができないかを現実視せず、過去に囚われたやや時代遅れの見方をしていると思う 」 とクリントン(国務長官)はCNNの特派員に語った。
"I think it's somewhat dated to be looking backwards instead of being realistic about where we agree, where we don't agree," Clinton told CNN Foreign Affairs Correspondent Jill Dougherty.
「 ロムニー氏のふるまいは、ロシアがいまだ我々の最大の敵で、冷戦が継続していると考えているかのようだ。いままで彼がどこにいたのかを私は知らないがね 」 とバイデン(副大統領は)はCBSプログラム"Face the Nation"で述べた。
"Romney acts like he thinks the Cold War's still on, Russia is still our major adversary. I don't know where he's been," Biden said on the CBS program "Face the Nation."
2012.04.01 Clinton criticizes Romney's remarks on Russia
http://politicalticker.blogs.cnn.com/2012/04/01/clinton-takes-aim-at-romneys-remarks-on-russia/?iref=allsearch
ロムニー候補にとって、国連安保理でアメリカの提言に拒否権を行使するようなロシアは、憎き敵国以外の何者でもないと映ったのだろう。その敵国ロシアの大統領とオバマ大統領のヒソヒソ話は、格好の攻撃材料だと感じたに違いない。これで大統領選を有利に展開できると考えたかも知れない。しかし、ロムニー陣営は、有利どころか、致命的な間違いを犯したことを理解できているだろうか。
21世紀は「対テロ戦争」の時代だ。西欧文明とイスラム文明が全面的に対峙する『文明の衝突』の世紀になる予定なのだ。いままさにクリントン国務長官が、「国際社会」の先頭に立って、なりふり構わず強引に衝突を作り出している真っ最中だ。
そんなときに、大統領選の対立候補が、過ぎ去った冷戦時代を想起させるような発言をするのはもってのほかと言える。冷戦の記憶が焼きついている世代はまだまだ多い。結局のところ、目に見えないテロの脅威よりも、いまだ地図上の大きな部分を占めるロシアの方がよほど脅威として映る。人々の意識を冷戦時代に逆行させるような発言は、『文明の衝突』の創出にとって不都合極まりない。
「国際社会」の前に立ちはだかるロシアは、極めて厄介な存在だが、それでも、決して敵として位置づけてはならない。21世紀の敵はテロだ。冷戦はもはや教科書の中にだけ存在が許される。この程度のことも理解できないようでは、アメリカ大統領にはなれない。
時代の境界線
いま、踏み絵にも似た、対イラン経済制裁への参加が世界に強要されている。
制裁に参加しないような国はつまはじきにされる覚悟が必要だ。
そんな中、インドは、対イラン経済制裁をあからさまに無視して、イランとの石油取引の継続を決定した。しかも、石油の取引通貨はアメリカドルではなく、金(ゴールド)になる予定だ。アメリカを二重にコケにするような行為だ。一見すると、無謀に見える。
しかし、アメリカ自身の情報機関が、イランに核兵器はないし、開発もしていない、と報告している。それにもかかわらず、対イラン経済制裁を世界に強要するのは、どう考えても道理に合っていない。
インド政府は、いたずらにアメリカを刺激する気はないが、自国の不利益をまねいてまで不合理な制裁に追随する気はないということだ。要するにインドは、一人前の独立国なのだ。
加えて4月19日、インド政府は、初の大陸間弾道ミサイルの発射実験を成功させた。三重にアメリカをコケにしている。しかし、不思議なことに、核兵器保有国のインドが射程5000kmもの弾道ミサイルの実験に成功したというのに、「国際社会」は無反応だ。ヒンドゥ教のインドは『文明の衝突』には含まれていないからだ。なるべくこの件には触れず、波風を立たせたくない。意を汲んだ世界のメディアも、さらりと報じてそれでしまいだ。
いまは、存在もしないイランの核兵器にだけ世界の注目を集めたい、という思惑が見え見えだ。
われわれはいま、時代の境界線の上に立っている。
『冷戦』という茶番が終わり、『文明の衝突』という絵空事に向う途中だ。
ロシアや中国の努力だけでは、この絵空事は止められない。
世界が無批判に追随する中で、独立国インドの姿勢は一条の光のように見える。
イランに核兵器開発なし-米情報機関 : 資料編
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo2/e/c8c7823b71bb44768f0a6e7972b275ed