報道写真家から(2)

中司達也のブログ 『 報道写真家から 』 の続編です

人災の津波

2011年05月17日 00時06分45秒 | 政党政治の虚構

 
 東日本大震災が発生して以降、菅政権は震災対策にまごつき続けている。
 未曽有の緊急事態に国の機能もうまくは働かないと考えるのは間違いだ。
 もともと国民の安全に関心がないから、非常時にそれが現われる。
 1995年に発生した阪神淡路大震災は、日本のどこにも司令塔が存在しないことを示した。
 そのため救われる命も失われていった。
 あれ以後も何も変わってはいない。
 国民の安全にコストをかける気はなく、非常事態が発生しても決して迅速に動こうとはしない。

国民の命よりも保身第一

 震災以来、菅政権は何事にもひどくもたついている。しかし、もたついているのではなく、菅直人首相も民主党幹部も震災に対する対応を避けてきたのだ。この国では平時から、誰も責任を伴うような政治的決定は行なわない。何事も責任の所在を不鮮明にしてからでないと、決定は行なわれない。後に問題が発生しても、最終的な責任の所在にはたどりつけない。日本にはもともと意思決定部門というものが存在しないのだ。

 したがって、非常時にはなおさら責任の所在を不鮮明にしてからでないと意思決定は行なわれない。その間に救われるはずの人命が失われてゆくとしても彼らは気にしない。たとえ対応の遅さを非難されても、「想定外」「未曽有」という言葉で切り抜けることができる。国民の命よりも、自身の保身の方がまず何よりも優先される。

 非常時には物事は円滑には運ばない。指揮をとれば判断ミスや対応の不備が発生する。彼らはミスや不備に関する責任をとらされることを最も恐れる。ミスを犯さない最良の方法は、何もしないことなのだ。福島原発が非常事態に陥っても、菅政権はいっさい関わろうとはしなかった。結果、東電は財産の保全を優先させ、最悪の事態を招いた。東電にすべての判断と処置を押し付けた政府の責任が問われることはない。

 震災以後、菅政権は不自然なほど多くの対策本部や会議を乱立させた。それは当事者にさえ命令系統や役割分担が分からないという組織だった。その目的は、意思決定のプロセスと責任の所在をできるだけ不鮮明にすることにある。誰も責任を取らないようにできているのだ。菅政権はこうした保身の狡知には長けている。


衛星政党が生む多重人災

 日本の政治機構に意思決定部門が存在しない根本的な理由は、日本には議会制民主主義がもともと存在しないからだ。制度や組織は存在しても、それは実際に機能する実体的機構ではない。名目上の命令系統があるだけで、それが実際に機能したことはない。

 アフガニスタンやイラクは米軍による爆撃占領後、「国際社会」がおしかけ、投票箱を持ち込み、候補者を募り、選挙を実施し、議員と大統領を選出した。そして「国際社会」は、またひとつ地上に議会制民主主義国が誕生したと高らかに宣言した。しかし、議会制民主主義どころか、現在のアフガニスタンやイラクは、どう見ても国家とは言えない状態だ。カルザイ大統領は「カブール市長」と揶揄されて久しい。首都カブール以外を実効支配しているのは、各地域の軍閥だ。「民主的選挙」で選出されるのは、政敵を武器で抹殺し、有権者を麻薬資金で懐柔する軍閥の長だ。議会とは、こうした軍閥間の利権の分配を決定する場にすぎない。それでも「国際社会」にとって両国は、民主主義の勝利の実例らしい。この両国は、議会制民主主義というまやかしの本質を示している。

 戦後半世紀も日本の議会を支配してきた自民党は政党と呼べる組織ではない。政党とは利権集団の融合体にすぎない。自民党以外の政党は、周りに群がる衛星政党と呼ぶべきものだ。衛星政党は、議会制民主主義が機能しているかのように見せかけるために存在している。野党のフリをすることによって発生する利権をついばんでいる。こうした擬似政党群による擬似議会や擬似政府には、国家の政治や経済を運営する機能は備わっていない。したがって、意思決定を行なう機能もなければ、それを伝達する機能もない。すべては形式だけだ。このような政府には国民の安全を守る能力も意思も無い。

 1990年代、バブル崩壊後の長期経済低迷期に入ると、自民党政権の無策に国民の不信感がつのった。自民党は求心力を失い支持率が低迷した。一度別の政党に政治を託してみたくなるのは当然の心理だ。必然的に最大野党である社会党に期待が集まる。しかし、衛星政党が親方に取って代わることなどあり得ない。事態を理解した社会党は分かりやすい行動を取った。結果、求心力を失った自民党ではなく、国民が期待した社会党の方が消滅してしまった。社会党は自爆して親方自民党の危機を救った。かといってそれで自民党の支持率が回復するわけではない。

 2005年の郵政選挙で、自民党は歴史的大勝利を実現したが、それは自民党が求心力を取りもどしたからではない。国民は郵政民営化という争点を争っただけだ。そもそも小泉純一郎が人気を博したのは「自民党をぶっ壊す」と、はったりをかましたからだ。しかし、彼は自民党の何ものをも壊しはしなかった。それよりも日本を壊そうとした。結局のところ内部変革されなかった自民党に国民はますますうんざりした。ということは放っておいても野党に期待が集まる。

 だが、社会党に代わって野党第一党となった民主党も、衛星政党にすぎない。しかし、自民党政治に辟易している国民は、野党のフリをしている民主党の大風呂敷を真に受けてしまった。2009年の衆院議員選挙は、郵政選挙の反動か、今度は民主党が大勝した。歴史的な政権交代である。衛星政党が政権についたということでは、まさに歴史的出来事と言える。それは親方自民党に対する死刑宣告に等しい事態だ。衛星政党が親方の息の根を止めるようなマネをするはずがない。しかし、自爆解体作戦は過去に社会党が実行しているので得策ではない。親方の危機を救うには、どうするべきか。

 2009年9月に誕生した鳩山政権は、結局のところマニフェストを何一つ実行しようとせず、国民の期待を裏切り続けた。期待が大きかった分、国民のフラストレーションは高まった。結果、鳩山政権は9ヶ月で終焉し、菅直人が民主党政権2代目の首相に就いた。落ち込んだ支持率は急上昇するが、菅直人は、2010年7月の参院選を控えた重要な時期に、唐突に消費税増税発言を行なった。意図不明のこの発言により、選挙での敗北は約束された。民主党は参院選で大敗し、ねじれ国会を生むことになる。菅直人の発言は意図的な自爆だ。黙っていれば放っておいても勝てた選挙だった。しかし、決して勝ってはいけないことを菅直人は分かっていた。鳩山由紀夫も菅直人も、衛星政党の役割をよくわきまえた行動をとったと言える。

 民主党への支持率はジェットコースターのように乱高下し、結局、自民党と民主党の支持率は20%付近で仲良くうろうろしている。この両党の支持率が今後劇的に向上する見込みはない。民主党は衛星政党としての役割を見事に果たした。

 歴史的政権交代を実現して以降の民主党の不可解極まりない行動の数々は、とうてい無能や未熟で説明がつくものではない。

 こんな衛星政党が、サボタージュに専念しているときに、大地震と津波が東北地方を襲ったのは悲劇というしかない。衛星政党の幹部は自己保身のために冬眠に入った。被災者のために具体的行動をとって失敗するよりも、無能を演じてすべてを放置する方が安全なのだ。親方自民党は衛星政党への協力を拒み、より深い冬眠に入った。政治的人災が事態を際限なく悪化させている。被災地は、二重三重四重の人災の波に襲われている。

そして、さらなる人災
 
 経済部門でもはなはだしい人災が発生している。復興の財源に関する見え透いた誘導が行なわれている。復興財源は国債だ、いや増税だ、というお決まりのフレーズだ。国債も増税も弊害のほうが大きい。

 もともと国内経済にはマネーが不足している。バブル崩壊以降、景気が浮揚しないのは、銀行システムによる適切なマネー供給が行われていないからだ。新たな国債の発行や増税は、ただでさえ不足しているマネーが偏ることになり、日本経済をますます萎縮させる。いま必要なのは、マネーの移転ではなく、マネーの創出だ。新たなマネーを創出して復興事業にあてなければならない。日本全体がマネー不足なので、復興事業にいくらマネーを供給してもインフレにはならない。

 経済成長には、それに見合った通貨の創造がなければならない。新しい財の生産には、新しい通貨の創造が必要だ。生産の余地があるのに、マネーが適切に供給されなければ、新たな生産は行なわれない。日本が長期的デフレなのは、必要なところにマネーが供給されていないからだ。国民の貯蓄過多や消費動向の問題ではない。 

 震災復興のために国債を発行するなら、日本銀行が直接引受ければ最も確実に通貨供給が行なえる。あるいは、銀行が信用創造を行なって購入してもよい。被災地復興のためには、とにかく、マネーの供給量を増やすことだ。そうすればデフレにあえいでいる日本経済にもマネーが還流する。

 そのことを一番よく知っているのは日本銀行だ。しかし、日銀幹部は、国債の直接引き受けをきっぱり否定している。経済関係者もメディアを通じて、日銀の主張を徹底的に援護している。この20年間、日本経済が低迷するままに放置してきた日本銀行は、被災地や日本経済を救済する気はないということだ。

 だが、被災地の復興そのものは比較的短期間に達成されるだろう。復興財源は国債発行によって調達される。つまり、経済の他部門からマネーが移転する。その分、日本経済全体に影響をおよぼす。長期的には被災地の復興にも影響をおよぼすことになる。

 マネーに関する迷信が日本経済を底なしの泥沼に引きずり込んでいる。マネー供給はインフレを起こす、という迷信だ。資金が充足している経済に、必要以上にマネーを供給すればインフレやバブルを引き起こす。しかし、資金不足の経済にマネーを供給してもインフレは起こらない。

 現在の国内経済に資金需要はなく、マネー供給の必要はない、というのも意図的に作られた論調だ。資金需要はいくらでもある。しかし、そうした企業に資金を供給せず、海外に追い出し、資金需要は低下していると言い張るのだ。

 日本銀行や経済関係者は、東日本大震災を利用して、迷信を強化している。
 政治的にも経済的にも、すさまじい人災の波が日本列島を包み込んでいる。
 根本的なものの見方を変えなければ、永遠に迷信を信じて生きることになる。


 
 

<参考資料>

●民主党 衛星政党の迷走

2008.09.24  支持率の乱高下が「日本」を安値に落とす 
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20080918/171009/?rt=nocnt
2011.04.10  本部や会議が乱立…指揮系統、官僚も「不明」  http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110410-OYT1T00366.htm
2011.04.26  まるで日本半導体を見るようだ、政府の「対策本部」乱立は機能しない  http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/5931
2011.04.26  首相「災害止めるには政権交代」  http://jp.reuters.com/article/mostViewedNews/idJP2011042601001246
2011.04.26  民主代表「解任決議案」も=首相にけじめ要求-小沢系
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&rel=j7&k=2011042500875
2011.04.26  「菅降ろし」が公然化=鳩山前首相も両院総会要求-民主
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201104/2011042600033
2011.05.01  菅首相の「初めてだから」に自民「恥ずかしくないのか」  http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110501/plc11050119240011-n1.htm
2011.05.02  復興の命運分けるモノ言う政治家の登場―日本版クリス・クリスティー待望論  http://jp.wsj.com/Opinions/Opinion/node_230860
2011.05.02  役に立たない日本の政治  日本を復興するのか、破滅させるのか  http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/6426
2011.05.06  菅首相、浜岡原発の運転停止を要請  http://www.afpbb.com/article/politics/2798582/7181140
2011.05.06  菅内閣総理大臣記者会見  http://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201105/06kaiken.html
2011.05.11  なぜ菅首相は「唐突」な決断をし批判されるのか 
http://diamond.jp/articles/-/12203
2011.05.11  民主、政治主導取り下げ=野党は「変質」も追及へ 
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&rel=j7&k=2011051100962
2011.05.11  菅首相「命懸けで国難に対処」=民主・渡部氏と会談 
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&rel=j7&k=2011051101037
2011.05.13  東電救済スキームと浜岡原発停止のまやかし 
http://diamond.jp/articles/-/12241
2011.05.13  元首相・中曽根康弘 場当たり的な「政治決断」 
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110513/plc11051303190004-n1.htm

●日本銀行をめぐる動き

2011.03.23  宮尾日銀委員:万一行われれば通貨の信認を毀損-国債引き受け(1)  
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920009&sid=akogB..UmzJU
2011.03.23  大震災発生後に大型資金供給  日銀も短期金利を低位誘導へ 
http://diamond.jp/articles/-/11568
2011.03.31 「国債日銀引き受け」ならインフレ発生と財政破綻、市場関係者が危機感
http://jp.reuters.com/article/mostViewedNews/idJPJAPAN-20367220110331?sp=true
2011.04.04  震災復興:今後の日銀の役割は国債市場安定化=水野前日銀審議委員
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-20422020110404
2011.04.06  社説:震災国債 日銀引き受けを排す
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20110406k0000m070160000c.html
2011.04.10  官房長官:震災復興財源、日銀引き受けによらず確保-インタビュー(1) 
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90900001&sid=a4U0gE1mfCBk
2011.04.15  日銀の復興債券引き受けに強く反対=白川総裁
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-20629620110414
2011.04.15  日銀総裁、震災復興国債の直接購入を否定
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20110415-OYT1T00560.htm
2011.04.15  日銀総裁:復興に伴い経済も成長へ、物価・金融安定に注力-NY講演
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920019&sid=aKKtO3RCKg8g
2011.04.15  白川総裁:震災で経済活動への影響必至も、7~9月期以降にはGDPプラス転換
 http://www.zaikei.co.jp/article/20110415/70785.html
2011.04.15  優先課題は供給障害の解消、復興債券購入は不要=日銀総裁
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-20632720110414?sp=true
2011.04.16  野田財務相「復興財源は相当規模」、日銀総裁「経済を強力支援」
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-20656820110416?sp=true
2011.04.20  日銀が始める新たな資金供給オペの課題
http://diamond.jp/articles/-/11968
2011.04.21  最近の金融経済情勢と金融政策運営
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2011/data/ko110421a.pdf
2011.04.21  西村日銀副総裁:必要と判断される場合は適切な措置を講じる(2)
 http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920018&sid=abytgbP8HUsM
2011.04.28  日銀、ゼロ金利維持へ
http://jp.reuters.com/article/jp_quake/idJP2011042801000217
2011.04.28  東北の民間金融が消える
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20110426/219650/
2011.04.30  先行き「大変厳しい」、必要に応じて適切な措置=日銀総裁
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-20897120110430
2011.05.02  日本経済は「短期楽観・長期悲観」 お札の信認を揺るがす日銀の国債引受は絶対に避けるべし
http://diamond.jp/articles/-/12121
2011.05.09  財務省出席者が果断な金融政策を要望、国債引き受けは検討せずと発言=4月6─7日日銀会合議事要旨
http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPnTK058930620110509

●増税議論

2011.04.18  あらためていう。「震災増税」で日本は二度死ぬ 本当の国民負担は増税ではない
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2463
2011.04.19  東日本大震災:震災復興税、一長一短 消費税、被災者も負担/所得税、増収は限定的
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110419ddm008040052000c.html
2011.04.28  復興の財源はストックにあり
http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20110426/219663/#author_profile_tag
2011.05.12  臨時増税は不可欠だが、消費税はなじまない
http://diamond.jp/articles/-/12231
2011.05.12  増税反対で一致=参院議長と超党派有志
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&rel=j7&k=2011051200016