報道写真家から(2)

中司達也のブログ 『 報道写真家から 』 の続編です

ホットバード、イランの放送を遮断

2012年11月25日 16時17分20秒 | メディアリテラシー

もしどこかの国でBBCやCNNの放送が遮断されたら、人はどう反応するだろうか。
おそらく、『言論の自由』も理解しない野蛮な行為だと感じるだろう。
では逆に、欧米が他国の放送を切断した場合、同じように感じるだろうか。

おそらく答えは、何も感じない、だ。
そもそもそうした場合、そんな出来事があったことさえ報じられない。
したがって、何かを感じようもない。

『自由』と『権利』の総本山とみなされているヨーロッパでは、現在、イランの放送局の衛星電波が一方的に遮断されている。

10月15日、フランスの通信衛星運営会社ユーテルサットは、通信衛星ホットバードによるイランの放送電波の中継を切断した。また、10月22日には、アメリカに本部を置く国際電気通信衛星機構インテルサットが、同じく通信衛星によるイランの放送を遮断した。PressTVをはじめとするイランのテレビ・ラジオ放送は一方的に排除され、ヨーロッパ地区では視聴できなくなった。そして、この出来事を欧米のメディアはいっさい取り上げていない。

もし、同じことをイランが行ったとしたら、欧米のメディアと社会はどんな反応をするだろうか。
『言論の自由』という最も崇高な権利のひとつをないがしろにする野蛮国家として、徹底した非難を浴びせることだろう。

しかし、『言論の自由』の本家である欧米自身が他国の放送を一方的に遮断しても、欧米のメディアはこれをいっさい無視する。おそらく、彼らは胸をなでおろしていることだろう。欧米のメディアは、事実とは関係のないシナリオに基づいた作り物を報道する機関でしかしない。イランのメディアがそうしたシナリオに束縛されたり、追随することはない。したがって、放っておけばどちらが真実の報道を行っているかが視聴者に明白となる日がくるかも知れない。都合の悪いものは、視聴者の目から遠ざけるにこしたことはない。

ここに『言論の自由』なるものの正体が表れている。それは普遍的かつ絶対的な権利や自由ではない。欧米の利益を侵害しない限りにおいてのみ許される権利や自由にすぎない。つまり、欧米の利益を侵害する恐れのある報道は、断固としてその流布を阻止するということだ。欧米だけはいつでも『言論の自由』を制限してもかまわない、という暗黙の付帯条件が付いているようなものだ。結局のところ、『言論の自由』などという概念は、欧米の利益を擁護するために持ち出された都合のよい道具にすぎない。

『民主主義』や『人権』も同じだ。他国が指一本でもこの理念を侵害すれば、情け容赦ない怒りの鉄槌が振り下ろされる。しかし、欧米自身がこれらを泥靴で踏みにじったとしても、決して非難されない。

人は『言論の自由』や『民主主義』、『人権』と聞けば、絶対不可侵な事項であると感じる。概念そのものはあまりにも美しい。だが、概念や理念を構築すること自体は極めて容易だ。それを運用することはまた別次元の話だ。

概念や理念だけにとらわれていると、誰かの決めた順路をただなぞって進むしかない。重要なのはそれがどのように機能しているかを見極めることだ。

欧米諸国は、他国が欧米のメディアにわずかでも制限を加えると、
検閲だ、言論弾圧だ、と大騒ぎしてみせる。
そして、轟々たる非難を浴びせかけ、『言論の自由』の守護者であるかのような顔をする。
しかし、自分たちに都合の悪い衛星電波は次々と遮断して、そ知らぬ顔をする。
これが、すばらしき『言論の自由』の正しい運用方法なのだ。



ホットバード、イランの放送を遮断 : 資料編
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo2/e/65076ed467897be72e8ed3fce7d2fe96 


ホットバード、イランの放送を遮断 : 資料編

2012年11月25日 16時16分59秒 | メディアリテラシー

イランの放送を遮断する欧米の衛星通信会社

2012.01.14  'UK ban on Press TV politically motivated'
http://www.presstv.ir/detail/221003.html
2012.01.25  Jamming signals keep disrupting IRIB
http://www.presstv.ir/detail/223021.html
2012.05.20  Press TV signals jammed on Hotbird
http://english.irib.ir/news/political4/item/92561-press-tv-signals-jammed-on-hotbird
2012.07.21  Press TV back on the air in England on the Sky Platform
http://www.presstv.ir/detail/2012/07/21/252118/press-tv-back-on-the-air-in-england/
2012.07.22  Facebook disables Press TV account
http://www.presstv.ir/detail/2012/07/22/252199/facebook-disables-press-tv-account/
2012.09.27  Germany takes Press TV off air again
http://www.presstv.ir/detail/2012/09/27/263836/germany-takes-press-tv-off-air-again/
2012.10.14  Eutelsat set to take Iran satellite channels off air
http://www.presstv.ir/detail/2012/10/14/266660/eutelsat-sa-set-to-take-press-tv-off-air/
2012.10.15  EU bans broadcast of Iranian TV channels on Hot Bird
http://www.presstv.ir/detail/2012/10/15/266831/eu-bans-broadcast-of-iranian-channels/
2012.10.15  ユーテルサットが、イランの衛星チャンネルを削除
http://japanese.irib.ir/news/latest-news/item/32454-%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%86%E3%83%AB%E3%82%B5%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%8C%E3%80%81%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%81%AE%E8%A1%9B%E6%98%9F%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%82%92
2012.10.16  Press TV launches facebook petition to save news channel in Europe
http://www.presstv.ir/detail/2012/10/15/266841/save-press-tv-in-europe/
2012.10.16  Press TV viewers slam EU move to ban Iran channels as illegal, hypocritical
http://www.presstv.ir/detail/2012/10/16/266951/viewers-slam-eu-ban-on-iran-channels/
2012.10.17  Ban on Iran channels driven by fear of truth: Top IRIB official
http://www.presstv.ir/detail/2012/10/17/267152/antiiran-ban-driven-by-fear-of-truth/
2012.10.17  Press TV viewers slam EU move to ban Iran channels as illegal, hypocritical
http://www.presstv.ir/detail/2012/10/16/266951/viewers-slam-eu-ban-on-iran-channels/
2012.10.18  Ways to watch Press TV in Europe
http://www.presstv.ir/detail/2012/10/18/267357/how-to-watch-press-tv-in-europe/
2012.10.19  Ban on Iranian channels violates rights of Europeans: Activist
http://www.presstv.ir/detail/2012/10/19/267626/channel-ban-violates-europeans-rights/
2012.10.19  Banning Iran channels reveals arrogant nature of EU: Iran MP
http://www.presstv.ir/detail/2012/10/19/267607/channel-ban-reveals-eu-arrogant-nature/
2012.10.22  Intelsat takes Iranian channels off air on US order
http://www.presstv.ir/detail/2012/10/22/268117/intelsat-takes-iranian-channels-off-air/
2012.10.22  Hotbird Suspends Broadcasting Syrian Satellite Channels.. Journalists' Union condemns Step
http://sana.sy/eng/21/2012/10/22/448494.htm
2012.10.22  表現の自由を無視するヨーロッパ
http://japanese.irib.ir/programs/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E6%83%85%E5%8B%A2/item/32592-%E8%A1%A8%E7%8F%BE%E3%81%AE%E8%87%AA%E7%94%B1%E3%82%92%E7%84%A1%E8%A6%96%E3%81%99%E3%82%8B%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%91
2012.10.29  EU against Iranian media telling truth to Westerners: Poll
http://www.presstv.ir/detail/2012/10/29/269389/eu-prevents-iran-media-telling-truth/
2012.10.30  EU ban on Press TV declaration of war on Iran: Expert
http://www.presstv.ir/detail/2012/10/30/269578/eu-ban-on-press-tv-a-prewar-plan/

シリアの放送を遮断するアラブサット、ナイルサット

2012.06.05  Cabinet: Banning Syrian Satellite Channels on Nilesat and Arabsat Satellites is a Violation of the Freedom of Information
http://sana.sy/eng/21/2012/06/05/423622.htm
2012.07.14  SANA Website Attacked to Prevent it from Conveying Truth of Events in Syria
http://sana.sy/eng/21/2012/07/14/431380.htm
2012.08.06  Arab media in league with Western intelligence services
http://www.presstv.ir/detail/2012/08/06/254805/arab-media-serve-west-intelligence/
2012.08.15  Syria's media war
http://weekly.ahram.org.eg/2012/1110/re7.htm
2012.09.05  Nilesat, Arabsat stop broadcasting Syria state TV channels
http://www.presstv.ir/detail/2012/09/05/260012/syria-tv-channels-off-arabsat-nilesat/
2012.09.06  Information Minister: Suspending Broadcast of Syrian TV Stations Won’t Help Resolve the Crisis
http://sana.sy/eng/21/2012/09/06/440130.htm
2012.09.06  Mikdad: Reason behind Suspending Broadcast of Syrian Satellite channels was the success they achieved in Relaying Reality
http://sana.sy/eng/21/2012/09/06/440155.htm
2012.09.06  Syrian Human Rights Network Strongly Condemns Cutting Syrian TVs Broadcast, Calls for Suing those Involved
http://sana.sy/eng/21/2012/09/06/440081.htm
2012.09.27  Al-Ikhbariya TV Hacked, Technical Team Restores  Broadcast  in 90 Seconds
http://sana.sy/eng/337/2012/09/27/443905.htm
2012.09.28  Broadcast signal of Syrian news channel hijacked
http://www.presstv.ir/detail/2012/09/28/263956/syrian-tv-broadcast-signal-hijacked/


主要メディアによるシリア、イランの悪魔化

2012年10月21日 13時40分37秒 | メディアリテラシー

すでに何度も書いているように、欧米のメディアが事実や真実を伝えることはない。
これらの機関は、あらかじめ決められた「仕様」に従って報道を製造しているにすぎない。
報道とはすべからく品質が保証された規格品であり、規格外の製品が流通することはない。
事実や真実とは、すなわち規格外であり、不良品として検品の段階で排除される。

元CNNレポーターの告発

CNNの元レポーターAmber Lyonは、ロシア・トゥデイ(RT)のインタビューで興味深い発言をしている。

アメリカの主流メディアは、シリアやイランなどの特定の国々だけを恒常的に悪魔呼ばわり[demonization:悪魔化]している。しかし、バーレーンやサウジアラビアでも同様の出来事が発生しているのに(これらの国々はなぜか非難されない)。主流派の放送局が、アメリカの方針に従順で、これらの地域に対するアメリカ政府の見解に追随することは、ジャーナリズム総体にとって実に有害なことだと私は考える。
There is constant demonization of Syria, Iran and other countries on the US mainstream media, but similar atrocities are happening in Bahrain and Saudi Arabia and I think this is an overall really harmful to journalism [sic] theme of these mainstream outlets following in the steps of US government and kind of shadowing how the US government feel about these areas.
2012.10.03  'Bahrain buys favorable CNN content'
http://rt.com/news/bahrain-favorable-cnn-content-538/


アメリカのネットワークによるシステマティックと思われるイランに対する恒常的な悪魔化が始っていることに、私は恐怖を覚える。
I fear that we are starting to see a constant demonization of Iran on US networks in what appears to be a systematic matter.
2012.10.03  'Bahrain buys favorable CNN content'
http://rt.com/news/bahrain-favorable-cnn-content-538/

 

Amber Lyonの発言にメディアの本質が簡潔に示されている。
事実や真実などどうでもよく、権力にただ従順なメディア群。

Lyonは、“規格外の不良品”のドキュメンタリーを制作したためにCNNを去ることになったが、こうしたジャーナリストがいまだCNNに残っていたことに驚きを感じる。

ただ、彼女の発言内容は報道関係者にとっては、特に目新しいものではない。しかし、報道界で生き残りたければ、事実や真実に対して積極的に目も耳も口もふさぐのが鉄則だ。トップメディアで働く栄誉や高給、厚遇を捨ててまで、事実や真実を追求しようなどという酔狂者は極めて稀だ。

まじない

誰しも高い志と崇高な信念を持って報道の世界に入るはずだ。しかし、ほどなくそんなものは捨てる方が賢明であることを学ぶ。何も考えず「仕様」に従って規格品を製造していればいいのだ。事実や真実などに目を奪われているようでは将来は保証されない。

かくして世界の報道は一定の品質保証がなされたすぐれた規格製品で満たされる。

報道機関が駆使する映像技術や編集技法、あるいは文章作法には、一定の黄金律がある。これによって、メディアは視聴者や読者を誘導したい方向や地点に的確に導く。カダフィ大佐やアサド大統領を悪として、「フリーダムファイター」や「自由シリア軍」を善として強く印象付け、確実に心理に固定する。報道は決して人々の理性には訴えかけない。感情に働きかける。理性は途中で方向を変えることがあるが、一度獲得した嫌悪や憎悪という感情はたいていのことでは変わらない。報道機関が駆使する黄金律は、人々の感情だけを刺激するテクニックだ。

ほとんどのニュースやドキュメンタリー、新聞雑誌記事はこの黄金律を踏襲している。報道は日々生産しなければならないから、そもそも独創性を追及するような余裕はない。大量生産するには鋳型が必要なのだ。

こうした黄金律は、長年の試行錯誤によって培われた、高い効果の期待できる洗練されたテクニックだ。時代の嗜好や感覚に合わせて多少変化するが、基本は変わらない。これは明文化されているわけではなく、組織的記憶として蓄積されている。

しかし、今日のような情報過多の時代にあっては、黄金も色あせる。いかに洗練された技法であっても、多用しすぎれば劣化する。メディアが駆使する技法は、実際はとっくに陳腐化している。それでもなぜか通用し続けている。それは一種のまじないのせいだ。まじないが解ければ、子供騙しの陳腐な手法が誰の目にも明らかになる。

どれだけ大掛かりなマジックでも、その仕掛けはアホくさくなるほど単純なものだ。しかし、タネがあるとわかっていても、決してそれを見抜けない。人の先入観や固定観念の裏をかいているからだ。だが、カラクリが解らないからといって、マジックを魔法と信じる人はいない。

報道も人々の固定観念や先入観を利用するが、そこには大前提が必要になる。報道の陳腐な手法が通用し続けているのは、『言論の自由』というバカバカしいまじないが効いているからだ。『言論の自由』という幻想をふりまいておけば、人びとは報道が真実を伝えていると勝手に思い込んでくれる。しかし、そんなものはこの地上のどこにも存在しない。魔法が存在しないのと同じだ。

人々にこの単純な思い込みがある限り、陳腐極まりない報道の操作誘導のテクニックは通用し続ける。世界の高名なメディアが一様にシリアやイランを「悪魔化(demonization)」すれば、それが真実として受け取られてしまう。まじないが利いている間は、魔法のように何でも信じてくれるのだ。

そして誰もいなくなった

今年の3月に、アルジャジーラのベイルート支局の特派員やディレクター、プロデューサーが次々と辞職した。理由は、シリアや中東報道におけるアルジャジーラの「偏向報道」に抗議するためだ。現場の人間には報道機関で何が行われているかは、考えなくてもわかる。信念に忠実であろうとすれば、いずれは報道機関から去らざる負えない。

発足当初のアルジャジーラは、臆することなく事実や真実を報じ続ける極めて希少な存在だった。そのため徹底した弾圧と制裁を受けた。バクダッド支局には精密誘導爆弾さえ飛来した。そして転向したアルジャジーラから、当初のスタッフは次々と去るか解雇された。ついには規格品だけを製造する月並みな報道機関に変貌した。アルジャジーラの顛末は、世界の報道機関に対する一種の見せしめだ。黙って規格品を製造していれば、頭上を気にする必要はない、と。

報道に何かを期待するのは無意味だ。
それどころか有害でしかない。

事実や真実を知りたければ、まじないから解き放たれればいいのだ。
『言論の自由』や『公正中立』、『不偏不党』などというつまらないまじないから。

 

参考資料

2012.10.03  ‘Bahrain buys favorable CNN content’
http://rt.com/news/bahrain-favorable-cnn-content-538/
2012.10.06  Major US media 'constantly demonizing' Iran, Syria: Ex-CNN reporter
http://www.presstv.ir/detail/2012/10/06/265217/major-us-media-demonizing-iran-syria/
2012.03.12  Al Jazeera exodus: Channel losing staff over ‘bias’
http://rt.com/news/al-jazeera-loses-staff-335/


Russia Todayにもサイバー攻撃

2012年09月07日 10時09分57秒 | メディアリテラシー

※この記事をアップした直後にアクセスを確認すると、すでにRTのサイトは復旧していた。

シリアのSANAに続いて、ロシアのメディアであるRTRussia Todayがサイバー攻撃に遭っている。
9月6日の夜から、まったくアクセスできない状態が続いている。
RTのツィッターは、サイトがダウンしたことを報告している。
ただ、地域によってはアクセスが可能なようだ。
RTへのアクセス不能攻撃もすぐに解消するかも知れない。



グーグルクロームを使って、グーグル検索エンジンのキャッシュにアクセスすれば、RTの記事を閲覧することができる。
手順は前回示したとおり。
テキストバージョンが表示されたあと、少しスクロールしないと記事にたどり着かない。

RT Russia Today
http://rt.com/

RTのキャッシュにアクセスするとプーチン大統領への長いインタビューが載っている。
Putin : Using Al-Qaeda in Syria like sending Gitmo inmates to fight
(プーチン: アルカイーダをシリアで使うことは、グアンタナモの収容者を戦いに投入するようなものだ)
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:http://rt.com/news/vladimir-putin-exclusive-interview-481/&hl=ja&prmd=imvns&strip=1
http://rt.com/news/vladimir-putin-exclusive-interview-481/


ブラックボックス

2012年07月09日 14時58分32秒 | メディアリテラシー

6月18日(2012年)、時事通信社の社長が引責辞任した。
理由は、記者が起こしたある不祥事だ。
その不祥事も、それにともなう社長の辞任も、とりたてて関心を呼ばなかった。

出来事のあらましは、数行におさまる。
6月13日、時事通信社のワシントン支局が配信したある記事の発信地表示が、「 ワシントン共同 」 になっていた。この記事を執筆した時事通信社の記者は、共同通信社が配信した記事を参考にした際、発信地表示までうっかり選択して自分の記事にコピー&ペーストしてしまったのだ。
ただそれだけのことだ。

メディアによる海外発信の記事には、発信地表示がなされる。新聞社による自社取材の場合は、【テヘラン=報道太郎】【ムンバイ報道花子】のように発信地と記者名を表示することが多い。通信社の場合は、【パリ時事】【カイロ共同】のように発信地と自社名が入る。

地方新聞社などが、通信社の配信記事を使用する場合は、この発信地表示をそのまま掲載するのがならわしとなっている。したがって、地方新聞社の記事に【パリ時事】【カイロ共同】などと入っているのはごく普通のことだ。

しかし、通信社自身が取材し、配信した記事の発信地表示に、他社の社名を入れてしまうというのは、到底考えられないミスだ。ソニーが自社製品を「パナソニックVAIO」と発表するようなものだ。そういう意味では、この出来事は地味ではあるが、前代未聞だったとは言える。

ニュース配信がよりリアルタイム性を重視するようになって、チェック体制が杜撰になっていることの証とも言えるが、たとえ、入念に校閲したとしても、発信地表示だけは無意識にスルーしてしまうかも知れない。いずれにせよ、これは事件というより、珍事の部類にしか見えない。

社長を引責辞任に追い込むほどのインパクトのある出来事だとは思えない。メディアの記者が不祥事を起こした例は過去に何度もある。それでトップが責任をとったという話は聞かない。記者の行為が大惨事を引き起こしたケースでさえ、当該メディアの社長は辞任していない。

時事通信社の社長は、辞任に際して「このような行為が繰り返されたことは極めて遺憾。監督責任を明確にし、信頼回復の第一歩とする必要があると判断した」と説明している。時事通信社は昨年も、共同通信社の記事を盗用しており、同様の出来事が二件続いたため、社長の引責辞任につながったということらしい。しかし社長人事は、5月に留任が内定したばかりであり、いわば、留任取止めにすぎない。痛みがともなうような辞任ではない。

一般の関心を呼ぶこともなかったお粗末な珍事と社長の辞任劇だが、ここにこそメディアの実態が浮き彫りになっている。

模倣こそメディアの本質

今回の出来事に対して、「盗用」や「剽窃(ひょうせつ)」という表現も可能だ。しかし、見方を変えれば、単に他社の記事を「参考」にしただけとも言える。どこまでが「参考」で、どこまでが「盗用」であるかの境界線は誰にも引けない。

ニュース記事というのは、元になる事件や出来事、あるいは発表などがあって始めて成り立つ。同じ出来事を取材したり、同じ発表を土台にすれば、似たような表現になってもおかしくはない。締め切りがあり、文字数にも制限がある以上、常套的な慣用表現の多用は避けられない。したがって、表現が酷似していても、もともとそれほど問題にはされない。

しかし、より正確に言えば、報道というのは同じようなものであることが常に求められていると言える。メディアの論調が頻繁に食い違うという現象は歓迎されない。メディアの論調は似たり寄ったりであることが理想なのだ。つまり、どの新聞を読んでも、どのチャンネルを見ても、退屈なほど同じようなニュースでしかないことが望ましいのだ。そうした環境の中では、コピー&ペーストで原稿を仕上げてしまったとしてもまったく不思議ではない。

メディアの役割というのは、必要に応じて読者や視聴者を適切な位置に誘導することだ。サダム・フセインを憎悪し、カダフィ大佐を嫌悪するように仕向けるためには、メディアの論調が整然と揃っていなければならない。横一線に並び、足並みをそろえ、一糸乱れぬラインダンスを踊ることが、メディアの最大の使命だ。事実や真実などはどうでもよいのだ。

世界のメディア界というのは見えないピラミッド構造を成しており、高位層と食い違う報道は決して許されない。そのためには、アップストリームの動きに注意を払い、主旨を適格に理解し、足並みを乱さない報道を心がけなければならない。つきつめれば、積極的に模倣した方が危険が少なく、しかも手っ取り早い。メディア界は、上流から下流への模倣の連鎖で成り立っている。調査報道や独自取材などただの看板にすぎない。模倣で事足りる世界なのだ。そしてそれこそが、メディアの正しいあり方なのだ。

世界のメディアが集まるような取材現場では、最上位に君臨する少数のメディアは王侯貴族のように振舞う。全世界のメディアにご託宣を示す神官的存在であることを自負している。しかし、建前的にはメディア界には階層も序列もランクもないことになっている。現場での神官たちの態度や振る舞いに納得いかないものを感じる報道関係者は多い。だが、見えないピラミッドは厳然とそそり立っている。その階層構造は恒久的に不変だ。神官のご託宣を無視できるメディアは存在しない。かくして、「サダムは悪だ!」とご託宣が降りれば、世界のメディアの論調は瞬時に統一される。

露骨であるかないかの違いを別にすれば、模倣こそメディアの本質そのものだと言える。模倣しないメディアには災難さえふりかかる。独自の報道を展開していたころのアルジャジーラは、実にさまざまな災厄を経験した。記者の命さえ奪われた。そうしてメディアの美徳を徹底的に叩き込まれた現在のアルジャジーラは、無数のラインダンサーの一員になった。

優れたメディアは、神官の託宣が降りる前にピタリとそれを言い当てるだろう。

儀式

おそらく日本のメディアは世界で最も美しいラインダンスを踊る。日本には世界でも稀な記者クラブという制度がある。日本の主要な官公庁や公的機関などには必ず設置されている。メディアは、記者クラブ制度によって常に同じ情報を共有できる。そこには情報獲得のための努力や競争は存在しない。ただし、雑誌社やフリーランス、外国メディアを排斥する排他的姿勢を伝統的に固持している。この特権的な記者クラブの維持費は、設置されている当該機関が負っている。つまり、ほとんどが税金だが、法的根拠はいっさいない。ある試算によるとその総額は年間100億円を超えている。

日本の若者が意欲に燃えてメディアに入社したとしても、ほんの数年で現実を知ることになる。記者クラブで待っているだけで、発表が運ばれてくる。それを右から左に流すのが主要業務だ。能力を発揮する場はどこにもない。へたに熱意を形にしようとすれば即座に叩かれる。杭は同じ高さであるから強度を持つのだ。ほどなく意欲は失われ、惰性の日々を送る。わざわざ頭を使って書くよりも、他社配信の記事を参考にして、そっくりの記事を書いたほうが、おそらく評価される。模倣を潔しとしない者は、一生うだつがあがらない。

したがって、コピー&ペーストで記事を書くことは、別段騒ぐほどのことではない。それは、メディアの日常業務を最も先鋭化させた行為だとさえ言える。件の記者の犯した過ちは、コピー&ペーストで記事を仕上げたことにあるのではない。

問題はメディアの本質と実態を、目に見える形で(ほんの40分間とはいえ)公衆に晒してしまったことにある。もちろん、そんな出来事があったことさえほとんどの読者は知らない。また、知られたとしても、それでメディアの本質を見抜かれることなどない。ところが、実態を晒されてしまった業界側は、針の穴から堤防が決壊するかのような恐怖を味わったかも知れない。あるいは、見たくもない自身の真の姿を突きつけられたことに対する怒りを感じたかも知れない。

コピー&ペーストからほんの数日で社長の形式的引責辞任に至ったのは、模倣を戒めるためではなく、二度とそれを世間の目に触れさせてはならないということを、記憶の新しいうちに、業界全体に周知徹底するための通達儀式だったからだ。


メディアには間違いなく有能な人材があふれている。
しかし、持てる能力を自ら封印し、模倣の日々を送るのが勤めなのだ。
優れた人材の能力を永遠に閉じ込めておくブラックボックス。
それがメディアという機関のもうひとつの重要な役割だ。




<参考資料>
2012.06.13  時事が記事の発信地に「共同」 共同通信に謝罪
http://www.47news.jp/CN/201206/CN2012061301002009.html
2012.06.13  時事通信社、発信地表示に「共同」 配信記事をコピー
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1304J_T10C12A6CR8000/
2012.06.14  「ワシントン共同」で始まる時事通信記事…謝罪
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120613-OYT1T01074.htm
2012.06.14  時事通信の配信記事が「ワシントン共同」に 記者は「コピペ」で記事書いているのか
http://www.j-cast.com/2012/06/14135678.html
2012.06.14  時事通信社、共同の記事をコピペ ワシントン支局の記者
http://www.asahi.com/national/update/0613/TKY201206130641.html
2012.06.18  時事通信社長が引責辞任 記事のコピー配信で
http://www.47news.jp/CN/201206/CN2012061801002139.html
2012.06.18  コピー記事配信問題:時事通信社長が引責辞任
http://mainichi.jp/select/news/20120619k0000m040067000c.html


●<時事の記者が「参考」にしたと思われる共同配信の記事(日経新聞/キャッシュ版)>
2012.06.13  米、オランダING銀に罰金490億円 制裁違反で
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:AupRuwQTJRwJ:www.nikkei.com/news/print-article/%3FR_FLG%3D0%26bf%3D0%26ng%3DDGXNASGM1300Q_T10C12A6EB2000%26uah%3DDF_SOKUHO_0003+%E7%B1%B3%E3%80%81%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80%EF%BC%A9%EF%BC%AE%EF%BC%A7%E9%8A%80%E3%81%AB%E7%BD%B0%E9%87%91490%E5%84%84%E5%86%86%E3%80%80%E5%88%B6%E8%A3%81%E9%81%95%E5%8F%8D%E3%81%A7&cd=13&hl=ja&ct=clnk&gl=jp

●<訂正後、再配信されたと思われる時事配信の記事>
2012.06.13  INGに過去最高の罰金=金融制裁違反で493億円-米
http://www.jiji.com/jc/zc?key=%a3%c9%a3%ce%a3%c7%b6%e4%b9%d4&k=201206/2012061300439

参考図書
『新聞が面白くない理由』 岩瀬達哉 講談社
『記者クラブって何だ!?』 村上玄一 角川書店

その他
記者クラブ一覧情報
http://www.kisha-club.jp/