白河夜舟

水盤に沈む光る音の銀砂

くるぶし

2008-09-07 | こころについて、思うこと
祖父は、今生きていれば、今日でちょうど90歳。
21年も前に死んだから、もう殆ど覚えていない。
黄疸でからだは真っ黄色、黄河で泳いだようなふうになり、
歩くこともできないくらいに衰え弱って、
座敷を這いずって、病院からの迎えの車に乗るために
玄関のほうへそろそろ進んで消えていった、
その痩せたくるぶしを見たのが、僕の見た最後の姿だった。





おじいちゃん、よくなるよ、と、話しかけた覚えがある。
祖父は笑って、なんにも、なんにも言わなかった。
それでも、幼心に、祖父の影がすこし薄くなった気がして
ぼんやりと、怖さでも不安でもない、
ただ、真っ白な思いがして、
最後まで、見送ることができなかった。





それから1週間して、学校から戻ってくると、自宅に

「●●家告別式」

とかいう看板が立っていた。
次々に花桶が運ばれてきて、座敷は黒と白の幕に装われていた。
棺の中の祖父の髪は、最後に見たそれよりもずうっと白くて、
その眼にうっすら、涙が滲んでいるようだった。
死にたくなかったんだな、と、涙せずに祖父を見ているうちに
あれ、と思うくらいに、目の前のものがもう祖父ではない、と
素早く納得してしまった。





死んだら、ただのかたまり。朽ちるだけ。
炉の中から出てきたのは、真っ白で、ところどころが焦げて
崩れかかった、カルシウム、それを竹の箸で拾って、
壺に無理やり押し込んで、蓋をすると、くしゃこしゃ、と、
かき餅を割るような音が中から聞こえた。





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大阪に勤めていたとき、疲れてしまって、梅田で死にかけた
ほんのひと月ほど前に、北大阪急行服部緑地のあたり、車中で、
携帯電話をぼんやりと取り出して、メールの作成欄に、

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

と猛スピードで、かつ、とても冷めた思いで、打ち込んで、
送り先を僕のアドレスにして、送ったことがある。





ほどなく、僕の携帯電話に、僕から

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

と、届いた。





ぼんやりと、さして意図してやったことでもなかったけれど、
あ、あれは自傷行為やったんや、と気がついたのは
少しあとのこと、
負った傷を隠すにも、包帯も、絆創膏も、厚着も要らないので
ずいぶん深く、さまざまに傷つけてやることができた。
それが報いか、本当に死にかけて、いざ死にかけたら死にたくない、
と、思う、それ以外にないことに気がついて、
死ぬのはやめた。
やめていた。





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からだが朽ちて、脳が死んでいく、自分が枯死しはじめる
初老の頃になると、ひとはうつになって自殺しやすいらしい。
自分自身が朽ちていくことがたまらない、という、
ただそれだけの理由のことからだそうだ。
そうした時期を過ぎると、老いがいよいよ気力を奪って、
自殺への意欲も、はっきりとした意識を保っていようとする
老いへの抗いの気持ちも失って、ぼんやりとしながらも
内臓や筋肉だけは衰えさせないようにと気を使い始めて、
脳を捨ててでも生きながらえていく。





自分がもう、この世界においてもう何も成せない、という、
絶望感とか虚無感みたいなものが、とても現実的になるのだろう。
おそらく、うなづくことも拒むことも、
そのどちらも面倒になっていくのだと思う。
テレビを見ながらうなづいたり、退屈していないのに居眠りして
何もする気にならなかったりしているうちに、
世の中から捨てられたような気になったり、孤独感をつのらせて
あらゆることを斜めに見たり、ひがんだり、すねたりする。





そして、そうした気持ちだけは持ったまま、理性的な判断のちからや
考えるちからを失って、話したいこともないのに話しかけたり、
そのうちに、どんどん忘れっぽくなってきて、
何度もおなじことを話したり、昔はよかったとばかり話したりして、
そのうちに、ボケていく。





こんな、本当はあと50年経たなければ起こらないはずのことが、
いま、どうにも自分の身に起こっているようで、しかたがない。





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高校のころ、ひとりも友達がいなかったころ、
失語症になったことがある。
話をしようとしても口が動かなかった。
ようやく動いたと思ったら、今度は声帯を使っていなかったせいで
声が全然出なかった。
この頃、授業中によく鼻血を出した。
過敏性大腸や片頭痛がひどくて、よく保健室で寝ていた。





最近、職場でもほとんど話さずに仕事をしていて、
家に帰ってもほとんど話もしていないし、
地元には友達づきあいもないし、音楽活動も出来ていないし、
休日出勤も重なっていて、と、
高校時代と同じような感じで、過敏性大腸や片頭痛が出ている。
パニック障害は少しずつよくなってきているらしいけれど、
突然、動悸や息苦しさに見舞われることがある。





最近物忘れがひどくなって、同じことを言ってしまったりする。
考える、ということが面倒になってきて、
本を読むことも、ピアノを弾くこともしなくなってきた。





さっき書いたみたいに、
自分がもう、この世界においてもう何も成せない、という、
絶望感とか虚無感みたいなものが、とても現実的で、
うなづくことも拒むことも面倒で、ただ状況が移ろうのに従って
惰性で、流れるように、いる。
テレビを見ながらうなづくことはなくても、退屈していないのに
寝るしか他にないような気がして眠ったり、
そのつもりもなかったのに眠ってしまっていたりする。





世の中から捨てられたような気になったり、孤独感をつのらせて
あらゆることを斜めに見たり、ひがんだり、すねたりするのは
よくないことだとは思いながら、そんな物の見方しか出来ないで
何もできるような気がしなくて、
まわりのひとたちがそれぞれに移ろっているのに、昔と同じように
接しようとして、断られていくうちに誘うことが怖くなって
見送ることにしてしまった。





思いを伝えることもしなくなって、いつしか音信も途絶えた。
それが、僕のエゴだったから、離れていったのに、
それも分からず、認めずに、戻らなくなって、手おくれで、
どうしようもなくなって、ぼんやりと、いるしかない。





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君は自殺しない、と、東京で言われてから、ぼんやりといるうち
自殺しないのではなくて、自殺したくても出来ない、というのが
いまの僕の状態、ということに落ち着いてきた。
死にたいのだが、死ねない、ということです。





きっとずっとこの先も、
自分がもう、この世界においてもう何も成せない、という、
絶望感とか虚無感みたいなものが、とても現実的で、
うなづくことも拒むことも面倒で、ただ状況が移ろうのに従って
惰性で、流れるように、いるだけのことになって、
捨てられたような気になったり、孤独感をつのらせて
あらゆることを斜めに見たり、ひがんだり、すねたりするのは
よくないことだとは思いながら、そんな物の見方しか出来ないで
何もできるような気がしなくて、
結局何もしなくて、それも分からず、認めずに、戻らなくなって、
手おくれで、どうしようもなくなって、
ぼんやりと、いるしかないのだろう、とか思うときに、





鶴見俊輔が、うまれてこなかったほうがよかったという気分を
持ちながら、でも、生まれた以上は、あたらしい生を作ることなく
生まれたものを殺すことなく、自分を終わりまで味わってみよう、
という考え方に向かう過程で、
生きることに伴う不快を味わうことを、自分が生きる原動力に
したいと思っている、云々、と書いた言葉を糧にして
これまで生きてきたことを思い返すのだけれど、
自殺しないのではなくて、自殺したくても出来ない、
死にたいのだが、死ねない、というこの思いを原動力にして
どこまで生きながらえていくのだろう、と、ぼんやり思う。
音楽も文学も消えて、ただ生活だけが残る。





生きながらにして死んでいる、というだけのことになったら
それなら自分が納得したい、と思う。





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こんなことを書いて、思っていることを冥界の祖父は
知っているのだろうか、と思うとき、
僕はあの黄ばんだ痩せぎすのくるぶしでもって、
祖父が蹴倒しにくるんじゃないかと思う。
それを待っているのかもしれない。





僕の影が薄くなっているのかどうかはわからないけど、
この前スーパーに行ったとき、自動ドアが開かなかった。





その夜、ぼんやりと携帯電話をいじっていて、
何とはなしに、ほんとうに、そのつもりはなかったのに、
メールの作成欄に、
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死と猛スピードで、かつ、とても冷めた思いで、
打ち込んでいて、は、っとして、手を止めた、





そういうことがありました。






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