白河夜舟

水盤に沈む光る音の銀砂

脱心装置

2009-01-18 | こころについて、思うこと
黒漆の壁に嵌った瑪瑙のように

いま上弦月が艶めかしく燈っている

地の眼に突かれた空の痕を

ガーゼのように被う月光の滲み雲

指を伸ばして愛撫するうち

いずれ降落る銀硝子で

舌を切ってしまうだろうから

天秤型のぼやけた影を 

二、三歩あとに取り残したまま

紙いっぱいの鞄を両の手にたずさえて

口に絆創膏して帰途へと就く

地底街では

人体がまるで鉄琴板のように

横たわったまま焼酎を啜っている

なんという甘い地獄だろう

塞がった手を

マレットに持ち替える術を知りながら

花のような祝祭の残滓に酔いしれて

響かぬのを棄てるように終電へ駆ける

そうして飛び込んだ箱電車では

白磁が電燈に透けたような肌へと

ぴったりと耳を寄せて

緋の優雅なる血の色を匂う

わたしには何のうしろめたさもない

道を焼いたきょうの影はきょうを越せない

離れていったいのちのように

奔騰したまま胸壁のなかへ入ってきて

ちりちり臓腑を焦がしながら

眼の底の湖水へ沈下していく

いっそ座礁でもしてしまえば

陽光のもと朽ち果つことも叶ったろうに

死のことを考えているうちに

死ぬことを考えるようになる

この黒ずんだ脱心装置を抱えたまま

眼脂のなかにきょうの死を忍ばせて

うわ滑った舌を両の歯で戒めて

氷柱を葬るように

押し黙ったまま歩いていく

あなたの平安を祈り終えて

空転が途絶するところにわたしの家はある

きょうは一枚の手紙でも届いているだろうか

黒漆の壁に嵌った瑪瑙のように

いま上弦月が艶めかしく燈っている







最新の画像もっと見る

コメントを投稿