白河夜舟

水盤に沈む光る音の銀砂

IWC SCHAFFHAUSEN 1940

2008-08-31 | 日常、思うこと
先日の東京滞在の折に購入した腕時計が、15日間かけて
オーバーホールを施され、今日納品となった。





仕様は、次の通り。

製造社名    
International Watch Company (IWC)

製品名    
Schaffhausen

製造年   
1940

製造番号    
#1015905 (Movement)
#1057494 (Case)

ケース仕様・形状・材質
Snap back, Cylinder, Stainless steel

風防    
Glass (Original)

防水性     
No waterproof

文字盤仕上・直径・インデックス・材質     
Black mirror dial, 30mm, Roman index, Gold (Back ground)


Steel (Gilding)

ムーブメント  
Cal.61

巻き上げ    
hand

石数、振動数、誤差      
16, 18,000/hour, 0~100seconds/day

ベルト幅、材質    
17mm, Crocodile

コンディション 
New old stock





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このIWCの時計は、ドイツの時計店からアメリカ市場に
流出したものであるらしい。
1940年製ということもあり、非防水・手巻であるのは
当然としても、
全くの未使用品として、68年間も誰にも所有されないまま
ドイツの街角に眠り続けていたということは驚きに値する。
いわゆるデッドストックというもので、この僕がはじめての
所有者、ということになる。





多少のリペアや尾錠・ベルトの取り換え程度は行われていても
ムーブメントや文字盤、針の保存状態が新品同様であることも
にわかには信じがたい。
しかし、絹糸のような繊細なデザインと仕上げを施された秒針の
その優美な動きを見れば、それが1940年代のIWCの時計で
あることに間違いはないことが一目でわかる。





また、文字盤の仕上げにおいても、まず下地に金メッキを施し、
紙片などでローマ数字のインデックスの型をあらかじめ配してから、
全体をピアノと同様の黒色鏡面に仕上げ、先ほどのローマ数字の
型を除去し、金色のインデックスを浮き出させている。
ずいぶんな手間仕事を施してある。





ではなぜ、今まで誰の手にも渡らなかったのだろうか、と考えた。
この時計には、1938年から5年間、約7~8,000個ほど
製造されたCal.61というムーブメントが、
コート・ド・ジュネーブと呼ばれる美しい縞状の磨き上げを施され
収められている。
時計の直径は30mmほどであり、現在の腕時計と比較すると随分
小振りに見える。
1940年代の腕時計は押し並べて小振りなのだが、一般的には
時計の外枠のベゼルと呼ばれる部分や文字盤、ケースの形状等に
アール・デコ様式の影響が色濃く残した、装飾性豊かで個性的な
デザインのものが多い。





この時計のデザインは、シリンダーケースと大きなリューズという、
バウハウスデザインに通じる機能美を備えている。
思うに、そうした美的装飾を排した容器は、第二次世界大戦下の
ひとびとの心には、おそらく何も訴えなかったのだろう。
そして、シリンダーケースの中の文字盤と針の、あまりに繊細な
作りかたに、内と外との不調和、弱さを見たのかもしれない。
大戦ののち、腕時計は大型化し、自動巻ムーブメントが一般化し
耐震・防磁機構が導入され、さらにクオーツ式時計が発明されて
機械式腕時計が衰退していくうちに、この時計もおそらくは
忘れ去られたのではあるまいか。





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この時計は、僕が東京を訪れた8月15日、ちょうどその日に
店頭に並んだものであった。
お盆の真ん中という、東京の人口が最も減少し、時計好きの
ひとびとから時計の情報が最も遠ざかる日であったことが
幸いしたのかもしれない。





最初に手に取ったときには、現在流行の直径40mmという
大きくて厚い時計と比較して、やはり随分小さく感じた。
それはジャガー・ルクルトのレベルソを手にしたときも同じで、
そうした声を知ってか知らずか、ジャガー・ルクルトは後年、
ビッグ・レベルソやレベルソ・グランドなどの大型のモデルを
発売している。
現在販売されている機械式腕時計の標準サイズは約38mm、
大きなものでは44mmほどにもなる。
これでは、まるで懐中時計を手首につけて歩いているようで
何とも見栄えが悪いと思ったことが、アンティーク腕時計を
購入しようという一つのきっかけでもあった。
僕の手首の幅はちょうど60mmであるから、ちょうど32、
33mm程度のダイヤル径の時計がよく馴染む。
そうした大きさのものが、アンティークには揃っている。





やや小さいかな、と思いながら、その文字盤や針の仕上げを
見つめているうちに、その美しさに惚れこんでしまった。
そして裏蓋を開けてもらったとき、納められたムーブメント
Cal.61のコート・ド・ジュネーブと、配されたルビー、
歯車の動きと配列を見たときに、
この時計の最も美しい部分が隠されている、ということへの
官能的ともいえる機能美に、虜にされてしまったのだ。





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届いた時計を改めて眺めると、シンプルという語を用いるにも
「単純」ではなく「純真」という意味を使うべきと感じるほど
機能としては一切の虚飾を排している。
そして、文字盤や針など、時計を構成する一切の可視的な要素の
作りにおいて、全くの妥協のない仕事がされている。





これを購うに、夏期の賞与では足りなかったが、
一生使うことができる、という点では、安い買い物だと思う。
人知の産物である時間を可視化した、その意匠と動きを眺めて
数時間が過ぎるような時計というものに巡り合えることなど、
そうあるものではないのだから。





しばらくは、遠出も散財も控えよう。
あとは、冬に備えて、アクアスキュータムのトレンチコートと
フランネル・ペンシルストライプのスーツを誂えるくらいか。





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近況。
祖母が寝たきりを脱し、店舗営業を継続。
父が再び倒れるも、大事に至らず、復調。
母は学会のため東京滞在、僕が一切の家事を行う。
誰からの便りもなく、出すべき便りもない。
業務9月より再び繁忙となる見込み。
職場内著しく不和。黙して語らず。
帰宅すれば初老含め老人3名のみ、年頃近いひとと
語らう機会はほとんどなし。
ひとびとが避けるのが露骨でどうにもいやな心持、で、
それをひとびとに返送するから、スパイラル。





ガソリン価格高騰のためボルボには乗らず。
酒量著しく減少し、一週間に一日程度、一合のみ。
体重が4kgほど減少。
断薬による副作用、禁断症状は終息傾向。
ピアノを弾かず、音楽を聴かず、本を眺め読んで
便りなくて一日が終わる。
休日、豪雨明けて快晴も、遊びに出ることもなく、
空ばかり眺めて過ごす。
鰯雲羊雲鱗雲飛行機雲の高く手に届かぬを諦めて
一切を見送るのみ。







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