京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

細川護熙さん

2023年10月21日 | こんなところ訪ねて
中学か高校の修学旅行でだったか、そのあとでか、一度は訪れた龍安寺。
徳大寺家の別荘だったのを、1450年に管領細川勝元が譲り受けて寺地としたのが始まりという。
ここに元首相の細川護熙さんが昨年32枚、今年8枚、雲龍図の襖絵を奉納された。全40枚の公開は10月31日までというので拝見してきた。




政治活動を退いてからは陶芸や書、水墨画などの創作活動を続け、これまで地蔵院、建仁寺、同寺塔頭の正伝永源院、そして龍安寺に、襖絵を奉納された。現在は「これを最後に」と南禅寺の襖絵を制作中だと、昨年地元紙が伝ええていた。


その後たまたま古書店での出会いがあって『不東庵日常』を手に入れた。
灯りがともる窓の向こうは、作陶に励まれる細川さん。

60歳での政界引退は決して唐突だったわけではなく、隠棲して「晴耕雨読」の実践をすることを前々から決めていたという。

3歳のときに母親が亡くなり、ひねくれた落ちこぼれの少年時代を過ごしたらしい。
父親から素読による教養を仕込まれる一方で、人物論、伝記(それも古今東西の歴史を動かしたリーダーたちの物語)、歴史書、紀行文といったものを夢中で読んだそうだ。
祖父は「いちばん勉強になるのは人物論をよむことと、当代一流の人物に会うことである」と言い、機会を作ってはさまざまな分野の人々に会わせてくれたと書いている。

巷と不即不離の程よい位置にある湯河原で工房と窯を構え、「不東庵」での閑居の生活を続けられる。

「『晴耕雨読』をベースに、気の向くままに轆轤(ろくろ)を回し、筆を執り、茶を点て、花を活け、季節至れば渓流に糸を垂れる、そんな自分なりの草庵主義の徹底が、「残生」を生きるこれからの私の目指すところだ。」
今年85歳におなりだ。

楽しむ。楽しんで生きたい。
「ひとってぇ、いくつになっても、だれのタメでもなく自分のために、ホントに好きなことしたいこと、持っているのがいいのとちがいますか」
聖子さんも言われていましたっけ…。
コメント
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