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京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

須賀神社の懸想文売り

2018年02月02日 | 催しごと

左京区にある須賀神社境内に、烏帽子に水干姿の男が二人。顔に白い覆面をして、肩には梅の枝を載せ、参拝者の求めで「懸想文」と書かれたお札を授けています。一年のうち今日明日の二日間、節分祭にだけ現れる「懸想文売り」です。懸想文とはラブレターのこと。

【その昔、金に窮した貴族が小遣い稼ぎで読み書きのできない庶民に恋文を代筆したのが起源とか。覆面は素性を隠すためだ。広辞苑では、江戸時代に犬神人(いぬじじん)が売り歩いたとある。犬神人は中世には八坂神社に所属し、雑役や祇園際の警護などを担った人々だ。時は流れ、文は縁結びのお守りとなって同神社に伝わる】。いつの年だったか、新聞で紹介されていた記事よればこういうことです。


延宝4年(1676)刊の『日次紀事』に記されてもいるのです。
「…赤布を著し、白布を以て頭面を覆ひ、わずかに両眼を露見して、紙符を市中に売る、これを懸想文という、俗間男女これを買て、男女相思する所の良縁を祈る、…」と。梅の枝に恋文をつけて売り歩くと、若い娘が飛び出してきたとか。かつて「都の祝福芸能者たち」と題した講座で聞いたことがありました。江戸の後期には復活し、明治になくなった恋文売りが、ここ須賀神社に伝わっているのです。また、節分のときに齢の数だけの豆と賽銭を紙で包んで道に落としておく(厄落とし)と、人の厄をはらって歩く役目を果たす者もいたそうな。

    懸想文売りに懸想してみても     西野文代

「その年の懸想文売りは匂うように美しかった。おもてをつつむ白絹のあわいからのぞく切れ長の目。それは、男であるということを忘れさせるほどの艶があった」と西野さんは綴る(『おはいりやして』)。
これを読んで、ぜひ一度と思っていたのです。もちろん良縁を願って。


コメント (12)
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