おつかれさまです
1日1日の時の流れの速さに、
最近流されっぱなしの僕ですが、
みなさんはいかがお過ごしでしょうか?
何か楽しいイベントがあって、
早く来てほしいと思いながら過ごすと、
なかなか来ないのに、
試験の日程が近づくのは、
とてつもなく早く感じます
時間がもっと欲しいと思っても、
これがまた増えないんだなぁ
なので、1日1日を全力で、
頑張りたいと思います。
現時点での合格率は60%ぐらいだと思います。
問題は、化学
今回、危険物の試験を受けられる方は、
あと12日ファイトです
最後の最後まであがきましょうぞ
ということで、明日から6月なので、
6月っぽい言葉をご紹介いたします
「蝉の羽月」(せみのはづき)
・・・旧暦6月の異称。
蝉の羽のように、薄く、透けるような
着物や布のことを、
「蝉の羽衣(せみのはごろも)」といいます。
略して「蝉の羽」、
また「蝉衣(せみごろも)」「蝉の衣(きぬ)」
などともいいました。
その「蝉の羽」を着始める月なので、
「蝉の羽月」というわけです。
旧暦6月といえば、ひと月ほど先のこと。
そろそろ蝉たちが、鳴き出すころでしょう。
薄く透明な羽・・・。
よく見ると、夏の陽射しにきらきら輝いて、
とってもきれいですね。
蝉は、美人の生まれ変わりとか・・・。
薄物をふわっとはおって、
「蝉の羽衣」を気取ってみたくなります。
現代では、ちょっと気が早いかもしれませんが、
こんな歌もあることですし・・・。
~鳴く声は まだ聞かねども
蝉の羽の 薄き衣は 裁ちぞ着てける~
(「捨遺和歌集」大中臣能宣)
「英桃」(ゆすらうめ)
・・・バラ科の落葉低木。
枝葉が、びっしりと茂り、かすかな風にも揺れる花。
その「ゆするる」と朝鮮語の「移徒楽(イズラ=Yisulat)から、
「ゆすらうめ」と呼ぶようになったといわれます。
「英桃」は、「梅桃」とも書きます。
でも、「桃」よりも、「梅」よりも、
「桜」に似ているような気がします。
古くは、この「英桃」のことを、
「桜桃(おうとう)」と呼んでいたとか。
現在、「桜桃」といえば、
「さくらんぼ」がなる木のことですね。
「さくらんぼ」は、本来、「桜ん坊」。
桜の実を、擬人化したものです。
ところが、「山桜」などの実は、小さくて、
食べてもおいしくないのだそうです。
その点、「英桃」の実は、
食べられるそうです。
赤い宝石「桜桃」のおいしさには、
とうてい及びませんが・・・。
口にすれば、ちょっとした風にも、
心揺れていたころの、甘酸っぱい思いが、
胸をよぎるのではないでしょうか。
「青水無月」(あおみなづき)
・・・旧暦6月の異称。
6月の異称の中で、最も一般的に使われてきたのが、
「水無月」ですね。
その語源説は、さまざまです。
旧暦6月といえば、梅雨も終わって、
夏の日差しが照りつけるころ。
文字通り、水が無くなる月だからという説。
農作業を、すべて、し尽くしたという意味の
「皆仕尽(みなしづき)」が変化したという説。
「水無月」の「無(な)」は当て字で、
「の」という意味の「な」。
つまり、田んぼに水を引く「水の月」だという説・・・。
さて、青葉が生い茂る時期でもあるので、
この「水無月」に「青」をつけて、
「青水無月」ともいいます。
青葉と関連付けると、「水の月」という解釈を、
採用したい気持ちになりますね。
ちょうど、現代の6月は、梅雨の時期です。
雨に濡れて、いちだんと鮮やかさを増していく
緑を眺めていると、
まさしく、「青葉の水の月」だと思えてきます。
来る日も来る日も、降り続く雨に打たれる、青葉たち・・・。
こうして、次にやってくる日照りに負けない強さを、
つちかっていくのでしょうね。
「水鏡」(みずかがみ)
・・・静かに澄んでいる水面に物の影がうつって見えること。
「鏡」は、「影見(かげみ)」が変化したものだそうです。
なんと、紀元前5世紀には、
青銅の鏡が、中国で流行したといいますから、
その歴史の古さには、
驚かされます。
ですが、それ以前は、水面に姿を映すことが、「影見」でした。
器に水を張り、鏡として用いていた時期もあったようです。
つまり、「水鏡」だったということですね。
鏡に映る「影」は、単なる姿形ではなく、
魂や、霊的なものと思われていたようです。
ですが、鏡が、澄み切っていればいるほど、
ありのままの姿が映るものですね。
「水鏡」もそう。
もしかしたら、心も、「水鏡」なのかもしれません。
つらいときは、心が揺らぎがち。
でも、そんなときこそ、
穏やかな水面に映ったものだけを、
見つめるべきなのでしょう。
大切な今を、ゆがめてしまわないためにも・・・。
どうか、さざ波に映る風景に、
とらわれないように・・・。
おちまい
1日1日の時の流れの速さに、
最近流されっぱなしの僕ですが、
みなさんはいかがお過ごしでしょうか?
何か楽しいイベントがあって、
早く来てほしいと思いながら過ごすと、
なかなか来ないのに、
試験の日程が近づくのは、
とてつもなく早く感じます
時間がもっと欲しいと思っても、
これがまた増えないんだなぁ
なので、1日1日を全力で、
頑張りたいと思います。
現時点での合格率は60%ぐらいだと思います。
問題は、化学
今回、危険物の試験を受けられる方は、
あと12日ファイトです
最後の最後まであがきましょうぞ
ということで、明日から6月なので、
6月っぽい言葉をご紹介いたします
「蝉の羽月」(せみのはづき)
・・・旧暦6月の異称。
蝉の羽のように、薄く、透けるような
着物や布のことを、
「蝉の羽衣(せみのはごろも)」といいます。
略して「蝉の羽」、
また「蝉衣(せみごろも)」「蝉の衣(きぬ)」
などともいいました。
その「蝉の羽」を着始める月なので、
「蝉の羽月」というわけです。
旧暦6月といえば、ひと月ほど先のこと。
そろそろ蝉たちが、鳴き出すころでしょう。
薄く透明な羽・・・。
よく見ると、夏の陽射しにきらきら輝いて、
とってもきれいですね。
蝉は、美人の生まれ変わりとか・・・。
薄物をふわっとはおって、
「蝉の羽衣」を気取ってみたくなります。
現代では、ちょっと気が早いかもしれませんが、
こんな歌もあることですし・・・。
~鳴く声は まだ聞かねども
蝉の羽の 薄き衣は 裁ちぞ着てける~
(「捨遺和歌集」大中臣能宣)
「英桃」(ゆすらうめ)
・・・バラ科の落葉低木。
枝葉が、びっしりと茂り、かすかな風にも揺れる花。
その「ゆするる」と朝鮮語の「移徒楽(イズラ=Yisulat)から、
「ゆすらうめ」と呼ぶようになったといわれます。
「英桃」は、「梅桃」とも書きます。
でも、「桃」よりも、「梅」よりも、
「桜」に似ているような気がします。
古くは、この「英桃」のことを、
「桜桃(おうとう)」と呼んでいたとか。
現在、「桜桃」といえば、
「さくらんぼ」がなる木のことですね。
「さくらんぼ」は、本来、「桜ん坊」。
桜の実を、擬人化したものです。
ところが、「山桜」などの実は、小さくて、
食べてもおいしくないのだそうです。
その点、「英桃」の実は、
食べられるそうです。
赤い宝石「桜桃」のおいしさには、
とうてい及びませんが・・・。
口にすれば、ちょっとした風にも、
心揺れていたころの、甘酸っぱい思いが、
胸をよぎるのではないでしょうか。
「青水無月」(あおみなづき)
・・・旧暦6月の異称。
6月の異称の中で、最も一般的に使われてきたのが、
「水無月」ですね。
その語源説は、さまざまです。
旧暦6月といえば、梅雨も終わって、
夏の日差しが照りつけるころ。
文字通り、水が無くなる月だからという説。
農作業を、すべて、し尽くしたという意味の
「皆仕尽(みなしづき)」が変化したという説。
「水無月」の「無(な)」は当て字で、
「の」という意味の「な」。
つまり、田んぼに水を引く「水の月」だという説・・・。
さて、青葉が生い茂る時期でもあるので、
この「水無月」に「青」をつけて、
「青水無月」ともいいます。
青葉と関連付けると、「水の月」という解釈を、
採用したい気持ちになりますね。
ちょうど、現代の6月は、梅雨の時期です。
雨に濡れて、いちだんと鮮やかさを増していく
緑を眺めていると、
まさしく、「青葉の水の月」だと思えてきます。
来る日も来る日も、降り続く雨に打たれる、青葉たち・・・。
こうして、次にやってくる日照りに負けない強さを、
つちかっていくのでしょうね。
「水鏡」(みずかがみ)
・・・静かに澄んでいる水面に物の影がうつって見えること。
「鏡」は、「影見(かげみ)」が変化したものだそうです。
なんと、紀元前5世紀には、
青銅の鏡が、中国で流行したといいますから、
その歴史の古さには、
驚かされます。
ですが、それ以前は、水面に姿を映すことが、「影見」でした。
器に水を張り、鏡として用いていた時期もあったようです。
つまり、「水鏡」だったということですね。
鏡に映る「影」は、単なる姿形ではなく、
魂や、霊的なものと思われていたようです。
ですが、鏡が、澄み切っていればいるほど、
ありのままの姿が映るものですね。
「水鏡」もそう。
もしかしたら、心も、「水鏡」なのかもしれません。
つらいときは、心が揺らぎがち。
でも、そんなときこそ、
穏やかな水面に映ったものだけを、
見つめるべきなのでしょう。
大切な今を、ゆがめてしまわないためにも・・・。
どうか、さざ波に映る風景に、
とらわれないように・・・。
おちまい
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