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日向ぼっこ残日録

移り気そのままの「残日録」

あゝ郵政民営化・・・・

2006年05月18日 12時31分47秒 | 残日録
日本郵政公社が進める集配郵便局の再編案で、東北では109局について集配業務の廃止が検討されていることが分かった。現在、6県で621の集配局は512局となり、109局は窓口業務だけの「無集配局(集約局)」となる。郵政公社は今秋から、順次再編に着手する計画です。2007年10月郵政民営化に向けた経営効率化の一環だが、現行のサービスを維持できるかどうかが課題となる。

あれだけ、先の選挙で支持された「郵政民営化」は、どこへ行くんでしょうか?全国で、過疎の進んでいる地域は、高齢化も進んでいますので、集配が一人暮らしの老人の安否のチェック機能を果たしていたんですが・・。神戸大震災でも郵便の戸別配達が、どれだけ独居者の安否はおろか生活の勇気付けとなったことでしょう。

人間の豊かさは、所得の格差ではないと思うんですが、中流意識はなくなり、上流(年収1000万円以上)と下流(年収400万円以下)の格差社会が進み、そして、高齢者も見捨てられる社会が(20~30年先の年金の不安や医療費の負担増)そこまで来ているようで、嫌な気分です。
未来の約束された社会は、蜃気楼のようなものなんでしょうか?(60歳年金も反故にされ、だんだん先送りされそうですし、支給額もカットされるし・・・)

日テレアナ、スカートの中盗撮

2006年05月17日 12時46分30秒 | 気まま日記
女子高生のスカートの中を盗撮したとして、日本テレビの男性アナウンサー(26)が、神奈川県迷惑防止条例違反容疑で書類送検されていたことが17日、わかった。容疑を認めており、5月2日付で起訴猶予処分となった。
 同県警戸部署の調べによると、男性アナは2月20日午後3時ごろ、横浜駅の自由通路エスカレーターで、前に立っていた私立高校の女子生徒(16)のスカートの中をカメラ付き携帯電話で隠し撮りした疑い。県警鉄道警察隊員が目撃し、戸部署に任意同行した。
 同社総合広報部では「プライバシーにかかわることなのでコメントできない。社としてすでに適切な対応をとっている」としている。
2月の事件が突然公にされたのは、被害者が、加害者は起訴猶予処分(5月2日)だし、あまり誠意がないので、他の新聞社にリークしたらしいです。


以下は、上記の記事とは全く関係ありません。(26歳のアナウンサーは、男性だけでも3人います。)
「炭谷宗佑アナウンサー」(慶応大学経済学部卒、1880/01/14生まれ、26歳)がんばって下さい。「新どっちの料理ショウ」から突然降板されましたが、復帰番組は決まりましたでしょうか?ドイツW杯実況中継ででも、派手に復活して下さい!

ネット上の闇

2006年05月16日 20時23分25秒 | 気まま日記
今日、大事な大事な「メールアドレス」を変更しました。なんと、変更後60日と経っていないのに・・・。ホームページに貼り付けている「メールバナー」は、無料メールの「hotmail」アドレスにリンクさせているのに・・。(ここには来ないで~す!)
このブロバイダーの本当のメールアドレスが、アダルトサイトや出会いサイトの誘導メールの進攻に晒されてしまいました。奴らの繋がりでアドレスが売買されているんでしょう。未読にして、拒否メールの設定にしたところ、150メールアドレス以上が拒否メールになってしまった異常さです。
友人達にも新しいメールアドレスは通知しません。携帯のアドレスもあるし、ヤフー「yahoo」のもグー「goo」のもあるので不便はないでしょう。
「ウイルスセキュリティ」も「マイクロソフトのアップデート」も自動で更新しているので安心かなとも思っていましたが、「アドレス検索ソフト」で見つけているんでしょう。毎日、毎日10数通もくるので、疲れました。おかげで購入している、サプリメントや旅行案内や・・・は、来なくなりますが、仕方ありません。
ウィルス対策ソフトでダメなものもあるので「スパイウェアー」検出には「スパイボット(無料、ただし日本語なし)」がお勧めです。spybot

リンゴの花咲く

2006年05月15日 21時05分16秒 | 気まま日記
日本人に深く愛される花「リンゴの花」が咲いたとの便りはうれしいものです。
古くは「島崎藤村」に「初恋」(1897)に詠まれましたが、戦後歌謡として、舟木一夫に歌われました。「まだあげ染めし前髪の リンゴの下(もと)に見えしとき 前に差したる花櫛の・・・」
戦後の混乱期に希望をもって歌われた「リンゴの歌」(1946)歌、並木路子。詩、サトウハチロー。「赤いリンゴに唇寄せて だまって見ている青い空 リンゴは何も言わないけれど・・」
童謡「リンゴのひとりごと」(1940)詩、武内俊子。「わたしはまっかなリンゴです お国は寒い北の国 リンゴ畑の晴れた日に・・」
「津軽のふるさと」(1952)歌、美空ひばり。詩、米山正夫。「リンゴの故郷は 北国の果て・・・」
「リンゴ追分」(1952)歌、美空ひばり。詩、米山正夫。「リンゴの花びらが 風に散ったよな・・・」
「リンゴ村から」(1956)歌、三橋美智也。詩、矢野亮。「覚えているかい 故郷の村を 便りも途絶えて幾年(いくとせ)過ぎた・・・」
「青いリンゴ」(1971)歌、野口五郎。
歌声喫茶でよく歌われた、ロシア民謡「カチューシャの歌」「リンゴの花ほころび、川面に霞たち・・」
「林檎殺人事件」(1978)テレビドラマ「寺内貫太郎一家」挿入歌。歌、郷ひろみ&樹木希林。というのもあった。
「リンゴ」は、叙情的なものから、変身したようですが、やはり「ふるさと」的な雰囲気を持っているのは、なぜでしょうか。リンゴの故郷の生まれではないのですが、なぜか懐かしさがこみ上げてきます。



松井秀喜、みんなが応援団

2006年05月14日 20時25分13秒 | 松井秀喜
松井骨折の手術の執刀医は、アイビーリーグの名門コロンビア大のプレズビタリアン付属病院で手の整形外科部長を務めるメルビン・ローゼンワッシャー医学博士が指揮を執った。彼は、「神の手」を持つと最高のランクに指名されている。手術に立ち会った「※球団付の医師」も「手術は完璧だった」と認める名医であった。

※球団付の医師 チーム遠征にも随行する医師。球団は、ヤンキースタジアムにレントゲン設備や治療のための設備を備えた医局をももっています。高度な治療は、外部の専門医へ送られる。

松井選手には、見舞いに訪れた「キャッシュマン」(GM)の電話に、「スタインブレナー」(オーナー)から電話があり、松井選手と直接会話して、最高の治療を約束し、治療に専念するようにとの会話があった。松井選手は、怪我をしたことへのお詫びと、お見舞いのお礼をしたとのことだった。
そして、松井選手付の「広岡」(広報)の電話には、長嶋茂雄元監督から電話があり、松井選手に「お見舞いと激励」がありました。

そして、ヤンキースの試合観戦に訪れたファンは、松井秀喜選手の負傷欠場を知っても、試合前の球場見学コースで松井選手の試合中のベンチ指定席の当たりをなでさすって回復を祈りました。

競馬へのお誘い

2006年05月13日 14時51分19秒 | 競馬
日本中央競馬会から、電話投票30周年とやらで、「アルミ製の万年カレンダー」が送られてきました(写真は、厚紙の入れ物と本体)。
  
口座残高は、ほとんど残っていないので、「こんなお誘いがあると、入金しなければならないよ~」となってしまいます。
G1レースが次々と財布を直撃します。当たったときの(万馬券など特に)衝撃が、負け続ける財布の痛みを和らげているんですが、年間のトータルで黒字になった記憶はない。月トータルで黒字になっても、翌月の心の広さ(大きく賭ける)ですぐに落胆がやってくるのです。
本当に不思議なものです。古来「博打は艶(いろ)の道より濃い」と言いますが、男や女に夢中になっても止められますが、博打はもっともっと止められないとのことで、当たっているようにも思います。当たった時の思いは、外れた衝撃よりも100倍も甘いようです。負け続けて「もう、止めた。止めた。」と言っていた・・・のに。反省もなく、「今泣いたカラスが、もう笑う」と反省もなにもないようです。
かくして、JRAの壁紙CDや過去のGIレースのCDなどや今回のカレンダーが、気の弱いkunio_nikkiの元に次々とやって来るのです。

松井秀喜骨折の衝撃

2006年05月13日 12時15分25秒 | 松井秀喜
「松井秀喜外野手骨折」の衝撃を、ニューヨーク各紙は、どう報道したでしょうか?
一夜明けた12日(現地)付けの「ニューヨーク・タイムス」紙は、なんと一面とスポーツ面のトップで負傷の場面の写真を4枚も掲載しました。「骨折で連続試合出場記録に終止符」と報じています。
「ニューヨーク・デイリー・ニューズ」紙は、最終面の全面に(タブロイド版)松井選手負傷の写真を掲載しました。
ニューヨークでも、「松井骨折」は大きな衝撃だったようです。
写真は、同紙のスポーツ面の写真です。(クリックで拡大へ)
「松井骨折」の報道で一番うれしかったことは、トーリ監督(戦力的にも痛いが、彼は特別な(家族のような)存在だ)ジータ内野手(彼は同年齢で、いつも補佐(副主将のように)してもらっているので、早い回復を望むだけです)ジオンビ内野手(松井の連続出場の記録は残念だが、それ以上に彼の存在が必要だ)の談話が、涙が出るほど好意的のものばかりであったことです。
全治3ヶ月と報道されていますが、親指付け根の骨折で、手術は完璧だったようですので、明日にも退院し、固定ギブスの取れる1ヶ月先には下半身のトレーニングに入れるようです。

松井秀喜、長期休養か?

2006年05月12日 08時20分17秒 | 松井秀喜
レッドソックス対ヤンキース戦(ヤンキースタジアム)の1回表、レッドソックスの2番「ロレッタ二塁手」の浅いレフトフライを追った松井秀喜選手は、スライディングキャッチ。一旦グラブにボールを収めたが、左手首をひねって、ボールをこぼしました。それどころか、あまり痛がらない松井選手が、手首を押さえて非常に痛がった。そして、負傷退場した。8時20分現在、負傷の程度など報道されていない。負傷の状態や負傷箇所はバッティングに影響する箇所でもあるので心配です。
  
これで、松井秀喜選手の「連続試合出場」は、途切れました。(守備機会はあったのですが、1回のレッドソックスの攻撃が完了していない(ノーアウトだった)。「1回でも打席に入ってその打席を完了する」の、どちらかを満たしていない。)

8時20分 手首を固定して(肩から吊ってアイシングして)救急車で、病院に行きました。「治療ののち球場に戻る」(症状を軽くみていた)との発表がありました。

10時50分 「左手首骨折が判明。このまま入院し、明日(夜が明けてから)、手術をする」とヤンキース広報が発表。
試合後にトーリ監督は「(3-5で負けた試合)試合の結果より松井の方が気になった。家族同然の存在だから」と語った。なによりもうれしい談話です。

スタインブレナー怒る

2006年05月10日 22時31分49秒 | 松井秀喜
George M SteinbrennerⅢ(ヤンキース・オーナー)は、今日ヤンキースタジアムにJoe Torre(監督)の1000勝のお祝いに訪れて試合を観戦しました。
ところが、不甲斐ない試合に「破れ太鼓」か「瞬間湯沸かし器」の本領を発揮して、ぶつぶつ言っていたところに、8回 Alex Rodrigvez(三塁手)の2つ目のエラーが出ると、席を蹴って帰宅してしまった。
本当に不甲斐ない試合でした。松井秀喜選手もヒットがなかった。

ジョー・トーリ監督

2006年05月09日 21時01分24秒 | 松井秀喜
ジョー・トーリ監督がヤンキース監督として1000勝を上げました。
ヤンキースの1桁の背番号は、デレク・ジーターの「2番」とジョー・トーレ監督の「6番」だけだが、これで、いずれも永久欠番になるのは確実でしょう。
1940/07/18生まれのトーリ監督は、37歳で現役を引退すると、間を置かずニューヨークメッツの監督に招かれました。メッツでの成績 1977~1981 286勝~420敗そして、アトランタ・ブレーブス監督へ(42歳)。ブレーブスでの成績 1982~1984 257勝~229敗 その後、80年代後半は、テレビ解説者をする。1990年にはセントルイス・カージナルス監督に招かれる(50歳)。カージナルスでの成績 1990~1995 351勝~354敗  1995年途中で3度目の解任をされましたが、55歳の年齢もあって、もう監督になることはないと思われていましたが、その年の暮れにはなんとヤンキースが招きました(56歳)。以後12年目のシーズンを迎えています。ヤンキースでの成績 1996~2006 1000勝~645敗 
監督としての成績は、1894勝~1648敗です。ヤンキース監督として1000勝以上は、1460勝のマッカシー監督など3人います。トーリ監督は4人目です。