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日向ぼっこ残日録

移り気そのままの「残日録」

松井秀喜、破局報道について

2006年06月15日 19時37分29秒 | 松井秀喜
15日発売の週刊誌「女性セブン」で女優・戸田菜穂さんとの破局が報じられたが、練習後、報道陣からコメントを求められた松井選手は表情一つ変えずに「すべてノーコメントです」とだけ答え、スタジアムを後にした。「女性セブン」は、戸田さんから別れを切り出したとする関係者の証言をもとに、破局に至った経緯を報じている。
残念です。松井選手には、求道者のように生きていくのでしょうか。
32歳の誕生日を迎え、このての「うれしいニュース」に早く接したいものです。
榎本喜八選手(オリオンズ)や王貞治選手(ジャイアンツ)を指導した 荒川博コーチは、「打撃に関しては、全ての記録が、王選手が優れているが、到達した地点という意味では、榎本選手の方が上だろう」と述べています。
榎本選手は、その類稀(たぐいまれ)な打撃で、一時(いっとき)神に魅入られた域に達したと思われます。川上哲治選手が「球が止まって見える」とその瞬間を語っていますが、その上を行ったんじゃないかと推測します。
松井選手には、どうしても求道的な側面が推測されてしまいますが、「どこか破天荒な」一面を期待せずにはおれません。骨折のあと、連続試合出場がプレッシャーだったと述懐していましたが、飲んで騒いで、二日酔いでも豪快なホームランをファンに与えてくれた「御園生崇男」(タイガース、漫画アブサンのモデルといわれている)のように、人間的な、愛される一面を見せて下さい。お願いします。それと、結婚もず~と期待して待っています。

ニューヨークは雨!

2006年06月08日 16時40分34秒 | 松井秀喜
朝からテレビの前にいましたが、対レッドソックス戦は中止となり、9月に予定されました。球場入りする松井選手は、傘をさしかけてもらっていますが、骨折の左手に紙袋を持っています。(大丈夫ですか?まだ左手に仕事させないで!)7日も、ヤンキースタジアムでトレーニングを行い、3日連続となりました。朝から雨が降り続いたため、グラウンドには一歩も出ず、室内での筋力トレーニングに専念しました。 松井選手は午後1時35分に球場入り。この日もグラウンドで「軽くボール(昨日から硬球)を投げようと思っていた」という。しかし、悪天候のため予定を変更し、室内ジムに向かいました。 左手首に負担をかけられないから、下半身を中心に鍛え、エアロバイクをこぎ、上腕を動かすトレーニングも精力的に行いました。
順調!順調!中止のレッドソックス戦が9月ですから、もし、地区優勝の大事な試合になったなら、松井秀喜外野手が出場しているでしょうから、楽しみが増しました。


松井秀喜、始動!

2006年06月06日 20時29分46秒 | 松井秀喜
ヤンキース、松井秀喜外野手は、5日(日付は全て現地時間)ヤンキースタジアムで練習を始動しました。

5月11日にレッドソックス戦の1回表の守備機会に左手首を骨折し、翌日に手術、その翌日には退院しましたが、自宅で静養の日々でした。
そして、22日に抜糸して、手首に負担のかからない下半身の運動などをしていました。
そして、この日、25日ぶりにヤンキースタジアムのグラウンドに立ち、練習を始めました。左手首には小さいギブスが残っていますので捕球は出来ませんが、軽くボールを投げるなどの練習でした。
「ヤンキースタジアムに来る回数を増やしていきたい」と、意欲的です。
この分なら、目標の8月中の復帰は中旬にもと期待を抱かせます。

松井秀喜、みんなが応援団

2006年05月14日 20時25分13秒 | 松井秀喜
松井骨折の手術の執刀医は、アイビーリーグの名門コロンビア大のプレズビタリアン付属病院で手の整形外科部長を務めるメルビン・ローゼンワッシャー医学博士が指揮を執った。彼は、「神の手」を持つと最高のランクに指名されている。手術に立ち会った「※球団付の医師」も「手術は完璧だった」と認める名医であった。

※球団付の医師 チーム遠征にも随行する医師。球団は、ヤンキースタジアムにレントゲン設備や治療のための設備を備えた医局をももっています。高度な治療は、外部の専門医へ送られる。

松井選手には、見舞いに訪れた「キャッシュマン」(GM)の電話に、「スタインブレナー」(オーナー)から電話があり、松井選手と直接会話して、最高の治療を約束し、治療に専念するようにとの会話があった。松井選手は、怪我をしたことへのお詫びと、お見舞いのお礼をしたとのことだった。
そして、松井選手付の「広岡」(広報)の電話には、長嶋茂雄元監督から電話があり、松井選手に「お見舞いと激励」がありました。

そして、ヤンキースの試合観戦に訪れたファンは、松井秀喜選手の負傷欠場を知っても、試合前の球場見学コースで松井選手の試合中のベンチ指定席の当たりをなでさすって回復を祈りました。

松井秀喜骨折の衝撃

2006年05月13日 12時15分25秒 | 松井秀喜
「松井秀喜外野手骨折」の衝撃を、ニューヨーク各紙は、どう報道したでしょうか?
一夜明けた12日(現地)付けの「ニューヨーク・タイムス」紙は、なんと一面とスポーツ面のトップで負傷の場面の写真を4枚も掲載しました。「骨折で連続試合出場記録に終止符」と報じています。
「ニューヨーク・デイリー・ニューズ」紙は、最終面の全面に(タブロイド版)松井選手負傷の写真を掲載しました。
ニューヨークでも、「松井骨折」は大きな衝撃だったようです。
写真は、同紙のスポーツ面の写真です。(クリックで拡大へ)
「松井骨折」の報道で一番うれしかったことは、トーリ監督(戦力的にも痛いが、彼は特別な(家族のような)存在だ)ジータ内野手(彼は同年齢で、いつも補佐(副主将のように)してもらっているので、早い回復を望むだけです)ジオンビ内野手(松井の連続出場の記録は残念だが、それ以上に彼の存在が必要だ)の談話が、涙が出るほど好意的のものばかりであったことです。
全治3ヶ月と報道されていますが、親指付け根の骨折で、手術は完璧だったようですので、明日にも退院し、固定ギブスの取れる1ヶ月先には下半身のトレーニングに入れるようです。

松井秀喜、長期休養か?

2006年05月12日 08時20分17秒 | 松井秀喜
レッドソックス対ヤンキース戦(ヤンキースタジアム)の1回表、レッドソックスの2番「ロレッタ二塁手」の浅いレフトフライを追った松井秀喜選手は、スライディングキャッチ。一旦グラブにボールを収めたが、左手首をひねって、ボールをこぼしました。それどころか、あまり痛がらない松井選手が、手首を押さえて非常に痛がった。そして、負傷退場した。8時20分現在、負傷の程度など報道されていない。負傷の状態や負傷箇所はバッティングに影響する箇所でもあるので心配です。
  
これで、松井秀喜選手の「連続試合出場」は、途切れました。(守備機会はあったのですが、1回のレッドソックスの攻撃が完了していない(ノーアウトだった)。「1回でも打席に入ってその打席を完了する」の、どちらかを満たしていない。)

8時20分 手首を固定して(肩から吊ってアイシングして)救急車で、病院に行きました。「治療ののち球場に戻る」(症状を軽くみていた)との発表がありました。

10時50分 「左手首骨折が判明。このまま入院し、明日(夜が明けてから)、手術をする」とヤンキース広報が発表。
試合後にトーリ監督は「(3-5で負けた試合)試合の結果より松井の方が気になった。家族同然の存在だから」と語った。なによりもうれしい談話です。

スタインブレナー怒る

2006年05月10日 22時31分49秒 | 松井秀喜
George M SteinbrennerⅢ(ヤンキース・オーナー)は、今日ヤンキースタジアムにJoe Torre(監督)の1000勝のお祝いに訪れて試合を観戦しました。
ところが、不甲斐ない試合に「破れ太鼓」か「瞬間湯沸かし器」の本領を発揮して、ぶつぶつ言っていたところに、8回 Alex Rodrigvez(三塁手)の2つ目のエラーが出ると、席を蹴って帰宅してしまった。
本当に不甲斐ない試合でした。松井秀喜選手もヒットがなかった。

ジョー・トーリ監督

2006年05月09日 21時01分24秒 | 松井秀喜
ジョー・トーリ監督がヤンキース監督として1000勝を上げました。
ヤンキースの1桁の背番号は、デレク・ジーターの「2番」とジョー・トーレ監督の「6番」だけだが、これで、いずれも永久欠番になるのは確実でしょう。
1940/07/18生まれのトーリ監督は、37歳で現役を引退すると、間を置かずニューヨークメッツの監督に招かれました。メッツでの成績 1977~1981 286勝~420敗そして、アトランタ・ブレーブス監督へ(42歳)。ブレーブスでの成績 1982~1984 257勝~229敗 その後、80年代後半は、テレビ解説者をする。1990年にはセントルイス・カージナルス監督に招かれる(50歳)。カージナルスでの成績 1990~1995 351勝~354敗  1995年途中で3度目の解任をされましたが、55歳の年齢もあって、もう監督になることはないと思われていましたが、その年の暮れにはなんとヤンキースが招きました(56歳)。以後12年目のシーズンを迎えています。ヤンキースでの成績 1996~2006 1000勝~645敗 
監督としての成績は、1894勝~1648敗です。ヤンキース監督として1000勝以上は、1460勝のマッカシー監督など3人います。トーリ監督は4人目です。

松井秀喜、DHで出場

2006年05月08日 08時21分06秒 | 松井秀喜
今日、ヤンキースは、対テキサスレンジャーズ戦に松井秀喜選手を5番DHで起用しました。最初の打席(2回)にライト前に引っ掛けてた当たりだったんですがヒットを放つと、4回の第2打席にはランナー2人を置いて、ライトスタンドに5号3ランを叩き込みました。その後の3つの打席は全て4球を選びました。最後はレンジャーズのクローザーとなった大塚投手との対戦は4球でした。明日は試合がありませんが、明後日から16連戦、1日休んで17連戦には、いい休養になることでしょう。

この試合は、トーリ(torre)監督のヤンキース1000勝目でしたから、印象に残るホームランとなりました。トーリ監督談「松井は、疲れているようなので、休養も考えたが(代打起用)、連続出場のことも考えて(テンションの下がることを避ける)DHでの起用にした。」