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「積極的平和主義」とは「軍国主義」(5)
集団的自衛権の今後を占う
慶應義塾大学名誉教授・弁護士 小林 節 氏
政府は7月1日の臨時閣議で、従来の憲法解釈を変更し、歴代内閣が長年、憲法9条の解釈で禁じてきた「集団的自衛権」の行使を認める決定を下した。1954年の自衛隊発足以来堅持してきた“専守防衛”の理念を逸脱する戦後安全保障政策の大転換である。「憲法」を骨抜きにする決定が、国民の声を聞くことなく、政府の一存で下される。本当に、こんなことが許されるのか。論客、慶応義塾大学名誉教授・弁護士の小林節氏に聞いた。
<憲法解釈の方法、限界を知ることがとても重要>
――今ほど、「憲法」、「立憲主義」、「集団的自衛権」等と言う難しい言葉が国民の間で話題にのぼることありません。特に、今回話題となっているのは、“憲法解釈”の問題です。
小林 憲法解釈の方法、限界を知ることはとても重要なことです。私は憲法解釈について2つの点を留意することをお勧めしています。
1つ目は「言葉」です。憲法は言葉で書かれています、そこで、先ずは国語的解釈を大事にしないといけません。憲法第9条では「1項:日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。2項:陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」と書かれています。そのため、戦争は極力してはなりませんし、軍隊を持ってはいけないわけです。日本には、陸軍、海軍、空軍はありません。法的に、第2警察としての陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊があるだけです。軍隊は外からくる暴力に対抗する組織ですが、警察は国内の暴力に対抗する組織です。そのため、日本の自衛隊は外から外国軍が入ってきた時、国土とその周辺に限定して“専守防衛”をすることしか認められていません。攻めて行くことは認められていません。このように、言葉を大事にしなければいけません。
2つ目は憲法のできた「歴史」的背景です、憲法は歴史的文書でもあります。細かい評価は分かれますが、現実的には、日本は他国に軍隊を派遣、侵略戦争を仕掛け、敗戦した国です。勝ったアメリカが作成して日本に与えた憲法には、間違っても「2度と海外に軍隊を出しませんと」いう意味が含まれています。
<行使できないことはアメリカが一番よく知っている>
実は、このことはアメリカが一番よく知っています。私はアメリカでホワイトハウスの高官から「いつ日本は、アメリカが与えた憲法9条を改正して、イギリスのようにアメリカと一緒に世界で戦争ができる国になってくれますか?」と聞かれました。このように日本に憲法を与えたアメリカでさえ、現憲法下では、どう解釈しても「集団的自衛権」(軍隊を海外に派遣)を行使できないことは知っているわけです。
憲法条文の解釈は「言葉」の限界を厳しく踏まえ、解釈に迷った時は、その憲法の「歴史」的背景(生まれ育ち)まで遡り、斟酌する必要があるのです。今回の安倍政権の「集団的自衛権」行使容認の憲法解釈はこの何れの壁も乗り越えることができていない、唯我独尊とも言える一方的誤解釈《憲法の破壊》なのです。
――アメリカは今回の安倍政権の「集団的自衛権」行使容認をどう見ているのですか。
小林 アメリカはとても自由な国で、この問題に関しても様々な意見があります。詳細はさておき、大きく2つに分けて説明します。1つは「日本らしく経済貢献だけでいいのではないか」という意見です。主に親日派の人達、ふたたび軍国主義に向かう日本の不気味さを警戒する人達がこのような考え方をしています。政党的には民主党がこの考え方に近いのではないかと思います。
もう1つは「もうアメリカは経済的にも、軍事的にも、1国だけでは世界の警察を維持できなくなった。イギリスのように日本もアメリカの2軍として手伝って欲しい」という意見です。政党的には共和党がこの考え方に近いのではと思います。
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「積極的平和主義」とは「軍国主義」(6)
集団的自衛権の今後を占う
<純粋な「平和主義」とは完全に対極の概念です>
――安倍政権は、ズバリ、今後どこに向かって行くのでしょうか。自衛隊志願者が激減、「徴兵制」復活という声も聞かれるようになりました。
小林 ぞっとするようなことなのであまり想像したくありません。しかし、そうなることを阻止できるように、国民全員で考えていただくために、あえて申し上げます。
安倍首相は、口を開けば「積極的平和主義」と言いますが、このような奇怪な概念は世界に存在しません。もちろん、純粋な「平和主義」とは完全に対極の概念と言えます。
自分や自分の仲間と違う価値観と意見を持つ国(派閥)を軍事力で張り倒し、従わせるというだけのことです。
例えば、現在まさに進行中の米軍のシリア空爆もそうです。イスラム教国とキリスト教国は価値観、考え方が違います。さらに、この問題は、歴史を遡ると、キリスト教国による、石油利権略奪に対する、イスラム教国の恨みに起因しています。イラクのフセイン元大統領は、堂々と戦争を仕掛けましたが、多くのイスラム教国は重装備の戦争ではアメリカなどのキリスト教国に勝ち目がないのを知っています。そこで重装備を捨て、ゲリラ戦を展開しています。しかし、軍服を着ていないので“テロ”(犯罪)と言われているわけですが、イスラム教国の人達にしてみれば、民族の歴史的恨みを表現する正当な方法なのです。
日本は神道と仏教の国であるにもかかわらず、今、イギリスのように、キリスト教国の盟主であるアメリカの2軍として軍事参加する道を歩み始めようとしています。
これはとても危険なことです。安倍首相は「国連安全保障理事会」の常任理事国入りを目指しています。しかし、国連安全保障理事会は戦争ばかりしている国の集まりです。(アメリカの2軍では、中国、ロシアが拒否権を発動して、入れるはずがありません)
<日本の東京で、テロが多発し、治安が悪化する>
これらの政策は全く日本国民に幸福と平和をもたらしません。そればかりか、日本の東京で、「9.11」やロンドンでのテロと同じ事が多発し、治安が悪化することは目に見えています。記憶に新しいところでは、スペインはイラク戦争に参加、これに対するテロの反撃があり、2004年3月11日に、列車爆破事故で191人が死亡、2,000人以上が負傷しているのです。
世界の大国の中で、69年間一度も戦争をしなかったのは日本だけです。日本は世界で、唯一の「平和」のクッションになれる国なのです。それにもかかわらず、その地位を自ら放り出し、かつ日本国民を大きな危険にさらすなんて、とても正気とは思えません。
<「日本国民がとても忘れっぽい」ことを知っている>
――「集団的自衛権」の問題は、日本国民の明日を危険にさらす大問題ですね。最後に国民にメッセージを頂けますか。
小林 「集団的自衛権」行使容認は7月1日にすでに閣議決定されました。この後、関連法律(海外派兵手続き法)が成立すれば、本日お話したシナリオが現実に動き出します。
5月15日、安倍首相の私的諮問機関である「安保法制懇」(注)が憲法解釈の変更を求める「提言」を安倍首相に提出、同日、安倍首相は記者会見を開き、「集団的自衛権」行使容認の方向性を明言しました。
しかし、安保法制懇が掲げる事例は、いずれも非現実的で、本来集団的自衛権行使の問題でない事例ばかりであり、集団的自衛権行使の本質が示されていませんでした。そこで、5月28日には、憲法学者や国際法学者、国家安全保障の実務家、元外交官、弁護士が集合、主権者国民のために「国民安保法制懇」ができ、私もその一員として活動しています。
安倍政権は、集団的自衛権の行使を実際に可能にするためのいわゆる「自衛隊の海外派遣手続法制」の整備は、来年1月からの通常国会(しかも5月以降)に先送りすることにしています。
これには2つの理由があります。1つは、福島知事選挙、沖縄知事選挙などの自治体知事選挙及び統一地方選挙への影響を恐れてのことです。
もう1つの理由が大事です。政府は「日本国民がとても忘れっぽい」ことを知っており、「安倍政権が憲法9条破壊という暴挙を犯した」という記憶が消えるのを待っているわけです。これほど国民を愚弄した話はありません。この機会に国民の皆さんも、憲法に深く関心を持っていただければと思います。「政治の過失は、選挙を通じて、政治で取り戻す」しか方法がありません。
権力者は自由に情報を操作できますので、そこに文句を言っても始まりません。ナチスの宣伝相ゲッペルスの言葉と伝わる慣用句に「ウソも100回言えばまことになる」というのがあります。しかし、私は「真実を10回言うことができれば、ウソを糺(ただ)すことができる」ことを信じて活動していくつもりです。
――本日はありがとうございました。
(了)
【金木 亮憲】
【注】国民安保法制懇:日本の立憲主義を守るために、憲法、国際法、安全保障などの分野の専門家、実務家が結集して作られた組織。メンバーには、愛敬浩二(名古屋大学教授・憲法)、青井未帆(学習院大学教授・憲法)、伊勢崎賢治(東京外国語大学教授・平和構築、紛争予防)、伊藤真(法学館憲法研究所長・弁護士)、大森政輔(元第58代内閣法制局長官)、小林節(慶応大学名誉教授・憲法)、長谷部恭男(早稲田大学教授・憲法)、樋口陽一(東大名誉教授・憲法)、孫崎亨(元防衛大学教授・元外務省情報局長)、最上敏樹(早稲田大学教授・国際法)、柳澤協二(元防衛省防衛研究所長、元内閣官房副長官補)が名を連ねる。
【後記】
日本は湾岸戦争でアメリカ軍の全費用に相当する金額(135億ドル、約1兆5,000億円)を負担した。しかし、戦争終結後、クウェート政府から御礼はなかった。当時、新聞報道では「金だけ出して、“汗”をかかなかったからだ」という話が出て、記者を含め、多くの日本国民は納得させられた。
今、その考えは、はっきり間違いだったと思う。なぜ日本政府はあの時、戦争の善悪は別にして、「クウェート政府の非礼さ」に抗議できなかったのか。使われたのは、日本人が365日、“汗”水流して働いた「血税」である。キリスト教圏、イスラム教圏、どちらの価値観も存在するのが地球社会だ。そこに、軍国主義を「積極的平和主義」と名前を変えて、どちらか一方の価値観を否定する戦争に、世界で唯一日本人だけは参加すべきではない。今、国民が動かなければ、日本で起こる「9.11」を阻止することはできない。
<プロフィール>
小林 節(こばやし せつ)
慶應義塾大学名誉教授・弁護士。法学博士、名誉博士(モンゴル・オトゥゴンテンゲル大学)。1949年東京都生まれ。1977年慶大大学院法学研究科博士課程修了。ハーバード大学ロースクール客員研究員を経て1989年~2014年まで慶大教授。その間、北京大学招聘教授、ハーバード大学ケネディ・スクール・オヴ・ガヴァメント研究員等を兼務。著書として、『「憲法」改正と改悪』、「『白熱講義!日本国憲法改正』、『白熱講義!集団的自衛権』等多数。